第071話 ただそれだけの戦い
「勇者」
「居場所」
最後のカウントダウン。
この時間の終わりを告げる天使のラッパであり、ムメイの命のタイムリミットを告げる悪魔の囁きでもあったそれが――
一秒を宣告する。
と同時――ムメイが答えを告げたのだと、ユウキは悟った。
それはもしかしたら、信頼だったのかもしれない。この男なら、必ず何らかの答えを導き出すと。
そしてその答えが自身と全く別のものであるということにも、ユウキは既に気が付いていた。
まるで最終問題では答えが分かれ、そしてその答えによって勝敗が決まることを――
最初から、分かっていたかのように。
「…………」
「…………」
それは、ムメイもだった。
相対する両者。その気配と表情で、互いに確信する。答えが違うのだと。
そして、決着の時だと。
「最終問題、答えが分かれたわ!! し、か、も!! 正解者が一名!!」
妖精は、やはりもったいぶるようなことはせず、足早に進行を進める。
しかし今回ばかりは――その飄々しい姿は、早く結果を伝えたいという私欲の駆け足にも見えた。
「というわけで記念すべき第一回目の試練、<アワンクイズ>!! 勝者は――!!」
外界から時間さえ隔離していると思わせる、異質な空間。世界に影を落とすような夜の世界。
そしてここに開かれた一風変わったクイズ大会。
否、一人の男の試練が――
「ムメイよ!!」
終わった。
「…………」
「…………」
時折耳障りに聞こえるほどの甲高い声は、まるで勝負の終わりを告げる鐘の音のように――
ユウキの耳に、残り続ける。その余韻に浸るのは、何もユウキだけではない。
ムメイもまた、まるで結果が逆だったかのように、唖然とそれに聞き入った。
そして――
「…………そうか」
ただそれだけの言葉を残し、柔らかく微笑んだのだった。
「…………」
ユウキから僅かに逸れ、遠い大地を眺めるような視線は、確かに誰かを見ている。
だがそれは、勝者の顔というにはあまりに静かだった。
飛び上がるようなことはもちろんせず、かといって噛み締めるようなこともしない――
男はただ静かに、遠くにある喜びを見ていた。
しかし当然、それでは納得できない男がここにはいる。
こんな結果は、まるで想定していなかった男が。
「ふっ……!! ふざけんなよ!!」
それはことアワンという少女に限れば、全知全能の神と言っても過言ではない存在だ。
だからこそ、自身の勝利を疑わなかった。ならば、到底このような結果は受け入れられない。受け入れられるはずがない。
しかし彼の怒りは、そのような利己的な観点からのものだけではなかった。現に、横暴とも言い切れない声は続く。
「ボクの答えのどこが間違ってるって言うんだ!? 勇者に決まってるだろ!? だから彼女は今、必死こいて戦ってるんじゃないか!!」
それは、決して間違いとは言えない抗議だ。むしろ正しくさえある。
ユウキが最終問題の答えに勇者と答えたことは、決して浅い考察からではない。その証拠に、もしムメイやルルワとの関係を関知していなければ、彼の答えは全く違ったものになっていたからだ。
ユウキは、アワンは約束のために勇者を目指しているのだとずっと思っていた。
アダとの約束、家族との約束、そしてユウキとの約束。
それらを統合したたった一つの約束のために、ずっと苦しみ続けているのだと。
そしてそれは正しかった。アワンの思考も、心すら見通せるユウキの認識は、アワンの鏡と言ってもいい。
確かにアワンが勇者に固執していたのは、過去の亡霊の残滓の影響だった。約束が、彼女に勇者の夢を見せていた。
だが、式場での宣言、丘での相対、アワンとの決別を経て――ユウキはこの考えを改めた。
アワンの心に支えが生れたことにより、彼女は己の過去へと少しずつ立ち向かい始めていると。そして今、ユウキとの問題にさえ向き合うほどに、アワンの心は変化していると。
彼女は今、改めて勇者を夢に見ている。ここにきて本当の意味で、勇者はアワンの夢となったのだと。だから――
だから――ユウキの答えは、正しい。
だから――間違っていた。
「居場所だ」
ムメイの口から放たれた言葉。
それが答えであることは、ユウキも間違えなかった。
「居場所……?」
しかし、すんなりと受け入れられるかどうかは別の問題だ。
その響きが毒のように溶け込み、体と脳が動かなくなる。そんなユウキを労わるような勝者の声だけが、静かに続いた。
「彼女は自分の居場所を見つけるために、戦っている。お前と同じだよ」
「ボクと……同じ?」
命懸けの戦いを乗り切ったばかりとは思えないような、落ち着き。
未だ心がざわめくユウキとは、どこまでも対照的な姿。
そして吸血鬼は、もう一つの答えまでを、ここに告げる。
それは、ユウキの答えだった。
「そうだろ? 聖域の獣。お前は自分の居場所が分からないから、ずっと誰かの中を彷徨っているんだ」
「――っ!!」
それは、魂に語りかける悪魔の声。
瞬間、ユウキの脳裏に蘇ったのは、己が囚われ続ける過去――その全てだった。
『殺せ!!』
呪いという名の祝福を受けたことで、群れを追い出された過去。
『いやだぁ!! ユウキぃ!!』
人という悪霊に敗北し、聖域を守ることができなかった過去。
『こいつを飼い慣らせれば、どれだけ人類のためになると思う?』
人に拾われ、飼われることしかできなかった過去。
『お前が私のために働くというのであれば、人間一匹くらい見逃しても構わない』
そして、誰かに下るしかなかった――今。
――居場所。
それはアワンの願いでもあり、ユウキの願いでもあったのだ。
そして、ユウキの居場所は――
「違う!!」
頭の中に浮かび上がった答えを、ユウキは裂帛によって吹き飛ばす。
牙を剥き出しに、獣は吠えた。
「ボクの居場所はここだ!! アワンだ!!」
『友達になろうよ』
彼女だけが、優しさをくれた。
「アワンもそれも臨んでいるんだ!! それがボクらの幸せだ!!」
『あなたの名前は、”ユウキ”。とても勇気のある子だから』
彼女が、名前と勇気をくれた。
「この聖域が、ボクとアワンの居場所だ!! 最初からそう決まっていたんだ!!」
『ここは聖域なんだよ?』
彼女だけが、ユウキの居場所なのだ。
「…………」
だが対面する悪魔は、どこまでもユウキに現実を突きつける。
まるで全ての答えを知っているとでも言うように、ユウキに答えを教え続ける。
「彼女が世界を救いたいのは――自分の居場所がそこにあると、信じているからだ」
だから、勇者ではなく、居場所が一番の望みとなった。
今のアワンには、いたいと思える居場所が見つかったから。そう言いたいのだろう。
そして彼女の望む居場所がどこであるのかも、ユウキにはもう分かっていた。だから――
「お前が世界を壊したいのは――自分の居場所がそこにないと、分かっているからだ」
自分にはもう、それがないことも。
「違う!! 違うって言ってんだろ!!」
叫ぶことで、必死に振り払う。その答えを間違っていると、突き返す。
しかし、それこそが答えだった。
ユウキには分かっていた。
アワンを取り返したところで、もう聖域は帰ってこないと。なぜなら当のアワンの望む居場所が、もう聖域ではないからだ。
過去から未だ抜け出せないユウキとは違い、アワンはもう、未来を見ている。過去にいるのは、自分だけだ。
「そもそも問題からしておかしかったんだ!! 未来のことなんて、ちゃんとした答えがあるはずないだろ!? 誰にも分からないはずだ!!」
ユウキはそれでも抵抗を続ける。
その答えを受け入れてしまったら、悪夢が醒めてしまうから。
「その妖精が君に忖度してないってどうして言えるんだ!? 居場所なんて曖昧な答えが通って良いわけないんだ!! アワンの心の何を、そのポンコツに理解できるって言うんだ!?」
負けを認めれば、アワンを救い出せない。
ユウキはアワンをこの世界から救い出すために、戦っているのだ。
「そもそも、こういうのは誰も文句の言えない、確実な正解のある問題を用意するべきだろうが!! ルールからして破綻してるんだよ!!」
アワンと共にいられるのであれば、ユウキは悪霊にだってなれる。夢を見続けられる。
その夢がたとえ、悪夢であったとしても。
「もう一回やれば満足か?」
「なに!?」
狂乱の獣を眺めるのは、静かなる鬼。
同情も、呆れすらその顔にはない。何の感情も湛えないどころか、ここにあってどこまでも自然体。
そんなムメイは、ただ事実のみを語る。
「それでもいいよ。ただ……」
混じりけなしの思いだと直感できたからこそ、ユウキはただその言葉を待つしかなかった。
やはり答えであった、その言葉を。
「何度やっても結果は同じだ。今のお前には……俺は負ける気がしないよ」
「…………」
静かな夜には、獣の呼吸音だけが残る。
自分でも情けないと思うような荒い息。
それでも、問わずにはいられない。それはまるで、教えを乞うように。
「ボクのアワンへの理解が……君より下だって?」
「違うよ。お前はただ、目を逸らしていただけだ」
そうだ。ユウキは最初から、答えを知っていたのだ。
ただそれが正解とは思いたくなくて、目を逸らしていた。なぜなら――
「自分から。そして自分と同じだった、アワンから」
「…………」
同じだったから。
幸せな家族を取り上げられ、行きついた学園で人の悪意を知り、ロータル大谷へと追いやられたアワン。
部族から追い出され、聖域に辿り着き、人の愛と人の怖さを知ったのち、ロフォス家へと流れついたユウキ。
居場所を探す二人は、同じだったはずだ。
だが――
アワンは居場所を見つけ、そしてユウキは――
「今からでも遅くないんじゃないか?」
「なに?」
ここにあって、あり得ないような発言に、ユウキは思わず顔をあげる。
やはり吸血鬼の表情は、特に変わらなかった。
まるで顔をあげさせるためにそれを口にしたとさえ言わんばかりの雰囲気。それならば企みは成功だ。ユウキは確かに、ムメイの言葉に注目する。
「今の彼女を見てやれよ。試練は終わったが、まだ勝負は終わってないだろ?」
「っ!」
続いた言葉に、ユウキは発言の意味を悟る。
同情ではないことは確か。だが、宣戦布告というにはあまりに鋭さがなく、そして相手に寄り添い過ぎている言葉から。
「お前はずっとアワンの中にいたから、彼女の顔を見れなかったんだ。顔を合わせなきゃ、分からないこともあるもんさ」
「…………」
憑依でアワンに乗り移っていただけのユウキを皮肉るような言葉は、真理を突いていた。
乗り移ったアワンの体でも、鏡くらいは見ることができただろう。だがそこに映るのは、アワンであってアワンではない存在。だからユウキは、自分の顔さえ見れてはいなかったのだ。
それはやはり、自分から目を逸らし、同時にアワンからも目を逸らしていたということ。だから今、ムメイは見ろと言っている。
「最終的にお前が勝てば、今の勝負だってあってないようなもんだ。そうだろ?」
「…………」
つまり、アワンと今一度向き合えと言っているのだろう。
今のアワンの全てを受け入れ、その上で戦えと。それで決着をつけようと。
先の勝負の結果に文句をつけたユウキへの妥協案。しかしこれは――
「矛盾してるよ。アワンの全てを受け入れたら、ボクに戦う理由はなくなる。それとも許してくれるのか? 君たちの中にボクが加わることを」
今のアワンを受け入れるとは、そういうことだ。
彼女の居場所は既にムメイとルルワとなった。それを尊重するということは、ユウキが諦めるということ。それではムメイとユウキの勝負が発生するわけがない。
「まあ……それは無理だろうな。俺は別にいいんだが……世間が許さないだろう」
「だろうね」
当然、これまで人間を数えきれないほど手にかけてきたユウキに、その未来はない。未だ人に危害を加えたことのないムメイとは立場が違う。本当に当たり前のことだ。
むしろユウキはムメイの考えにこそ驚いたくらいだ。俺は別にいいという言葉が、嘘のようには聞こえなかったから。
(こいつ……よくよく考えてることが分からないな。まあ吸血鬼と言われれば納得だけど……)
多くの人間を殺してきたユウキに対し、悪感情というものが欠片も見えない。それをこうして表に出したとしても、それが何だと言わんばかりの平静たる態度。
しかし勇者に随行し、各地で人を救っている。こうして今も、命を懸けてまで人間のために戦っている。ユウキをして、意味が分からない吸血鬼だ。
かといって性格破綻や人格崩壊はなく、基本的には倫理的かつ論理的。平時は平和志向と思えるほどに荒事を避ける傾向にあるくせに、かと思えば戦闘では狂っているとしか思えないような肝の座り具合を見せる。
特に勝負どころの度胸と精神力は尋常ではない。一度進むと決めたらアクセルをべた踏みできるタイプだ。その先が例え崖だと分かっていても関係ない。
人間のようで、吸血鬼のような、全く未知の生き物。
そしてその確信は、続く提案でさらに強まった。
「だから……開き直って悪役になってくれない?」
「は?」
何を言っているのか。ユウキは底値なしで理解に苦しむ。脈絡がないとすら思うほどだ。全く別の話が始まったのかと思った。
「もういいじゃん。嫌がるアワンを無理やり連れ去ろうとする悪い奴で。試しに悪役に徹してみろよ。たぶんその方がお前に合ってるよ?」
皮肉――のようには思えなかった。
むしろどこまでも利己的で、どこまでもユウキに寄り添った発言。ユウキはそのように判断した。
だからこそ、わからないなりに言葉を返す。
「また矛盾してるよ。今のボクの方が君にとっては悪い奴のはずだろう?」
主人公サイドの考えを頑なに受け入れず、自分の考えこそ正しいと押し通す敵。それが悪役というものだ。
それを正義と信じて疑わない今のユウキは、ムメイにとってこれ以上にない悪役のはず。
だから悪役に徹しろという意味が、本当に分からなかった。
「それに、結局やることは同じなんだ。アワンのことを受け入れたところで、大した違いはないはず。そうだろ?」
「違う」
ユウキの正論に、間髪入れず挟まれる否定。それは断言と言ってもいい。
全く、これっぽっちも同じではないと、ムメイが考えていることが伝わる。
そしてそれは、確かだった。
「今のアワンを受け入れ、彼女のことを正面から見る――」
ムメイが、ユウキのことを見る。
「そんなお前に、俺は勝ちたいんだ」
そしてユウキも、ムメイのことを見た。
「…………」
「…………」
まるでそれは、先の試練でさえ不完全燃焼であったとばかりの発言。
命懸けの試練を――不足と切り捨てる傲慢。
そしてさらなる試練を――己から望む強欲。
まさに<月夜見>を映すような性格。次々に試練を望む底なしの飢餓。魔術は欲望の発露とはよく言ったものだ。
「それが……そんなに大事なことか?」
「大事なことだ」
ユウキがアワンに行う仕打ちは変わらない。
どちらにしろ酷い行為。いや、アワンの望み、心、想い――その全てを理解した上でとなると、ある意味そちらの方が酷いのかもしれない。
それでも今の彼女を受け入れろと。過去のユウキではなく、今のユウキと戦いたいと。
「仮にそれでボクが勝った場合、君は素直に負けを認められるわけ? 別にボクは心変わりとかする予定はないけど」
「ああ。アワンもルルワも他の人間たちも、お前の好きにすればいいよ。好きなだけ殺すといい。これはここだけの話にして欲しいけど……別に俺はお前のこと、特に悪い奴だとも思ってないんだ」
「は?」
立て続けに繰り返される訳の分からない発言に、ユウキは本当に眼を剥く。
悪役に徹しろと言っておいて、悪い奴とは思っていないとは。
もはや考えなしに喋っていると思いたいほどだ。だが、この吸血鬼に限りってそれはあり得ない。
「ボクがこれまでどれだけの人間を殺してきたか、知らないのか?」
「知ってるよ? けどお前って人を食べる種族なんだろ? なら人を殺すのは当然じゃないか?」
「…………」
それは――異質。
いや、本来人外たる吸血鬼には相応しい発言だろう。しかし、この吸血鬼に似合う言葉かと言われれば、それは否だ。
だがこの点に関しては、ユウキの方がむしろ異質だった。人の世界で育った彼だからこそ、人を殺すという行為にいい意味でも悪い意味でも重きを置いている。
それは植え付けられた、人間的感覚。そちらの道に進んだ自分は悪だと、心のどこかでユウキは思っていた。
「俺はレイラがお前の存在を報告し、アダがお前を殺そうとしたことについて、間違っているとは思わない。それが人の正しさだ」
ユウキもあれから曲がりなりにも人間社会を生き、色々と学んだ。
確かに幼き日のユウキ、そしてアワンからすれば理不尽な話であったが、今のユウキにはその意味も、意義も理解できる。
間違っていたのはユウキとアワンで、正しかったのはアダたちだということも、悔しいが納得していた。しかし――
「だからその人間をお前が殺すことも、俺は間違ってるとは思わない。弱い方が悪い」
「…………」
ここに、ユウキを間違っていないと断言する者が、存在した。
しかもそれは、今ユウキと殺し合いをしているはずの相手だった。
「アダは、アワンの父親だけど……アワンにも同じこと言えるの?」
「言える。アダが悪い。まだ子供の段階で、きっちりお前を殺すべきだった。あれは優しさじゃない。ただ自分に甘い奴だ」
「こうしている今も大勢死んでると思うけど……それでも僕は悪じゃないって?」
「悪じゃない。人間は殺してよくて、人間を殺すのは駄目なのか? それじゃあ俺やお前は? 人間の望むままに、無抵抗で成すすべなく殺されろって?」
「…………」
ユウキの心に寄り添っているようには思えない。
同情とかそういうのは、おそらく嫌いなタイプだろう。ならばこれが本心ということ。未だかつて、こんな考え方をする人間はいなかった。
ムメイは吸血鬼だが、ルルワと共に旅をしている。勇者の旅路のお供を。これは南勢力との敵対表明以外の何物でもないはず。しかし異種族が人間を殺すことは間違いではないという。
ユウキはここに、ようやく理解した。ムメイは敵が憎くて戦っているわけではないのだと。彼が戦う理由は、全く別にあるのだと。
「お前が俺を殺し、ルルワも殺し、この国の人間を皆殺しにしてアワンを自分のものにする。その未来が間違いだとも思ってない。俺たちが目指そうとしている未来も、きっと地獄だ。だから最終的にアワンが幸せになるのがどちらなのかも、俺には分からない」
「…………」
勇者の旅に加わるとなれば、命懸けという言葉も生ぬるいほどの試練がこの先待ち受けていることだろう。
単純な話、ユウキの数十倍の戦力に立ち向かうことになる。それも最低でも数十倍だ。
今ユウキ一人相手にこの現状を鑑みれば、希望よりも絶望色濃い未来。つまりその先にアワンが死ぬ可能性は高いと、ムメイは言っているのだろう。
たぶん彼は、自分でさえ死ぬ可能性の方が高いと思っているのだ。遥か高い理想を追い求めているとは思えないほど、現実的な考え。
ならばなぜ、そこまで分かっていてなぜ、戦うというのか。ユウキはもう少し先の未来で、それを知ることとなる。
「だから、戦おう。アワンの未来をかけて」
悪役に徹して。この意味を、ユウキはようやく理解する。
悪は、ユウキのことだけを言っていたわけではないのだと。
ムメイは、自分でさえ正しいとは思っていないのだ。自分は正義の立場で戦っていると、全く思っていないのだ。
「世界とか人間とかどうでもいい。この戦いは、ただそれだけの戦いにしよう」
アワンの居場所を守りたい者と、アワンの居場所を作りたい者の――戦い。
だからこそ、今のアワンを理解する者同士でなければならない。でなければ戦う意味がない。
そういうことだ。
初めて出会うタイプの敵。いや、正真正銘初めての存在に、ユウキは笑う。
心から呆れて、笑った。
「君……やっぱ頭おかしいんじゃないか? 正義面して悪い奴倒す方がスカッとするだろうに。それに、敵に塩を送ってるって分かってる?」
ユウキの苦笑に合わせるように、ムメイも笑う。
同じく、苦い笑みだった。それから言いにくいことを溢すように、遠慮がちに口を開く。
「正直、今までの勝負は退屈だったんだ。クサいこと言うけどさ、やっぱ戦いは心だよ。だからお前は力を十分に発揮できてないんじゃと思って」
「悪かったね、弱くて」
ユウキも薄々分かっていたことだが、やはり弱いと思われていたらしい。
まあそれも仕方がない。圧倒的に有利なフィールドであれだけボコボコにされ、さらに圧倒的有利な勝負で負けた直後とあっては、まさに返す言葉がなかった。ムメイにもこれくらいの愚痴を言う資格はある。むしろ優しいくらいだ。
「不完全燃焼なんてこっちも願い下げだ。俺だって勝利の美酒には程よく酔いたいからさ」
「…………」
つまり今のアワンを見ないユウキに勝っても、何にも嬉しくないということだろう。
戦うならそれなりの意義が欲しいと。そして心身ともに十全な相手と戦って、それでもなお勝ちたいと。彼にとっては、それが大事なことのようだ。
「そのためなら、塩でも薪でも酔い止めでも、望むものを送ってやるよ。ただ……」
吸血鬼は、ニヤリと笑う。
「その時は、もう負けの言い訳は許されないぞ?」
「ふっ……!」
分かりやすい挑発に、ユウキは笑みをこぼす。
先ほど、アワンへの理解で敗北を喫し、そのうえで勝敗に文句をつけたユウキを皮肉った言葉。
しかし的を射ている。それらアワンに関しての全てを受け入れた上で勝負に臨むのなら、もはや言い訳の言葉は残されていない。
それでも乗るかと、ムメイはそう言っているのだ。
(なるほど……確かに)
アワンが気に入るのも分かる。不思議と心が動かされる。
少なくともユウキは、こんな感情は生まれて初めてだった。
「酔い止め、有難く受け取るよ。ボクは酒に強くないからね」
「いいね、そうこなくっちゃな」
戦いに、ワクワクすることなど。
この男と、全力で戦ってみたいなど。
(勝つ)
勝ちたい。ただそれだけのために。
こうしてようやく、ユウキは戦いの舞台へと上がったのだ。
「男ってほんと馬鹿。でも……ちょっとだけ羨ましいわ……」
「いたのか」
これまでは何かの置物のようにそこにいるだけだったルーニーが、突如として喋り出す。あまりに久しぶりに喋ったので、術者であるムメイでさえ存在を忘れていたようだ。
ユウキも完全に頭から存在を消していた。
「というかいつまでいるのこの子。もう帰って欲しいんだけど」
戦いに真の意味で乗り気になったユウキにとっては、もはや完全に邪魔な存在だ。さっさとどこかへ行ってほしい。気のせいでなければ、ムメイからもそんな空気が醸し出されていた。
「何よ何よ! 何なのよ! こんなに待ってあげたのよ!? もっと褒めなさいよ! あたしをもっと大事にして!」
それにルーニーも気が付いたのか、ここぞとばかりに空中を暴れまわる。
今までの不気味なほどの静けさが嘘のように。
(どういう判定なんだ? 共感能力とか?)
あまりにも空気を読んだような動き。特に再起動の瞬間は、感情があるとしか思えないような絶妙なタイミングだ。
そんな気持ちを、ユウキは皮肉交じりに吐き出す。
「君って空気読めたんだね。見くびってたよ」
「そうよ! それでいいのよ!」
「いいのか」
だが人であれば馬鹿にされていると受け取りそうな言葉には、嬉しそうに胸を張るルーニー。本当に不思議な存在だ。こんな能力はやはり見たことがない。
「じゃあ、ムメイには試練のご褒美をあげるわよ!! 感謝しなさいよね!?」
「「っ!?」」
すっかり忘れていた。
そんな顔を見せたのは、何と一人ではなかった。
同じような顔をして、二人は顔を見合わせる。
「そうじゃん!! 忘れるとこだったよ!!」
「こればっかりは彼女に感謝すべきだね。待っててくれたんだから」
「そうよ!! もっと感謝しなさい!! 崇め奉りなさい!!」
新能力。
それはユウキを圧倒的に不利にする要素だ。
なぜならその能力だけは、どうやっても奪うことができないことが確定している。自力で攻略していき、そして対処するしかないのだから。しかし――
(面白い……やってやろう)
戦いは――心。
心のありよう一つでその内容は大きく変わり、そして結果にさえ繋がる。
ムメイの言葉は、やはり的を射ていた。
「やばい……急にドキドキしてきた。どんな能力なんだろ?」
「あんま期待しない方がいいよ? こういうのって期待の割に大したことないってオチがほとんどだから。どうせ一回触ったものを動かせる能力とかそんなのだよ」
「それはもう持ってる」
「持ってないだろ?」
「持ってなかった」
ユウキは思ってもいないことを口に出し、己の心を奮い立たせる。
命を懸けた試練。それを乗り越えた褒美。
まかり間違っても、使えない能力は与えられない。
それどころか、ユウキの想像だにしない強力な力が飛び出てくるだろうと。
「恋の試練をよく乗り越えたわね! あたしの祝福を受け取りなさい!」
ルーニーが、闇の空へと舞い上がる。
そして――
ユウキの試練が、始まった。




