第070話 アワンクイズ
「だぁ~~い一問!!」
それは――人一人の命が懸かったゲームとは思えないほどに、あっさりと始まる。
プレイヤーの精神も、心の準備も待つことのないどこまでも身勝手な進行。
しかし、足早に、駆け足に転がるこの時間を――
(上等だ)
俺は、最高の精神状態で迎える。
命を懸けるに、今以上のベストコンディションはない。
そう確信する程に、静かなる興奮、高ぶる精神。
俺は今――最高潮へと到達していた。
「7年前、アダの凱旋祭でアワンとレイラが用意した花は【】ですが、その中で、花弁が四枚の超希少種のことを【】と言う。【】内の言葉を一字一句、漏れなく答えなさい! 漏れなくなんだからね!」
(…………なるほど)
俺は即座に問題の解析に取り掛かり、そして早くも傾向と対策へと辿り着く。
思わず唇の端が吊り上がると、対面するユウキも同じように、笑みを浮かべていた。
(流石は俺の能力だな。かなり意識している)
一問目というのは、そのクイズ全体の傾向を掴む上で重要なヒントだ。最大の答えと言っても過言ではない。実際、この一問目で分かったことは多かった。
これは、アワンがちょくちょく俺に出してくれていた――テスト問題の形式をなぞっている。その影響を受けていることは一目瞭然。
ならば、ここから考えられるのは――
(必ず一度は学んでいる内容が出される。俺が全く知らない問題は、これからも出てこない)
例えばアワンの現在の体重は何kgである――などの問題は、彼女の記憶を見ているユウキなら知る可能性はあるが、当然プライバシーを順守する俺には知りようがない答えだ。
まず把握しておきたかったのは、これがあるかどうか。一問目から俺の全く関知しない情報が出てきたら、正直完全なお手上げだった。初問を乗り切っても未来がないといえるほどに。
しかしこの問題の出され方を見て、まさに首一枚繋がった。重要な一問目がこれなのであれば、上記のパターンはほぼなくなったと考えていい。
そして問題のパターンとして他に考えられていたのが、上記の例をもっと極端にしたもの。
つまりアワンの髪の毛は全部で何本である――だとかの、そういった誰も関知できないようなふざけた問題だ。
だが、このパターンはもはや皆無と思われる。
おそらくまぐれ当たりは許されない問題で統一されていると見た。そんな勝ち方ができるような問題では、到底試練とは言えないからだ。
つまりこれは――
(単純な記憶力勝負!! いいぞ!! これで負け戦じゃなくなった!!)
全く認知しない問題を出されれば本当にお手上げだったが、そうでないのであれば勝負になる。どころか、これは俺が最も望んでいた問題傾向。
なぜなら、俺は記憶力にはそこそこ自信があるのだ。教師であるアワンにも、その点については太鼓判を押して貰っていた。
一度でも聞いたことのある内容であれば、極限まで集中すれば、なんとか脳から引っ張り出せるはず。決して勝てない戦いではない。
「ごぉ!!」
「っ!」
(…………11秒)
ルーニーによる唐突なカウントダウンが始まった瞬間、俺は一問に与えられる回答時間を瞬時に把握する。
これが俺が先手を取りたかった理由の一つ。制限時間の正確な把握。
これだけは、余裕のある一問目で必ず知っておきたかった。かけられる時間が分かるだけで、精神的余裕が違ってくる。
こういった記憶力を引き出す問題は、平静な心こそが決め手だ。気持ちよく答えられる状況を整える。それが俺のまずやるべきことだった。
「よん! さぁん!」
(問題の傾向も掴めた……滑り出しとしては上々。後はどれだけ俺の記憶を引き出せるかが勝負)
「にぃ!!」
(勝てない戦いじゃない。いや……勝てる!!)
ユウキの目が見開き、その顔に多大な焦燥感さえ見せた時――
「いぃち!!」
俺は、第一問目の答えを告げた。
「【トリフュリオン】、【テトラー】」
「…………」
チラリと、視線だけで斜め上方のルーニーを確認する。
ルーニーも真顔で、こちらを見つめていた。やがてその機械のような表情が、プログラムを読み込んだように動き出す。
「オーケイ! そのまま回答権はユウキに移るわ!!」
(確認なしか。一度答えたらもう取り消せないな)
よくあるファイナルアンサー?とかの救済措置はないようだ。ならば噛んだり言葉に詰まったりするのも気を付けなければならない。
「【トリフュリオン】、【テトラー】」
「おっけい!」
(……早いな)
自信があるのだろうが、まさかノータイムで答えるとは思わなかった。
こちらからはユウキの声も聞こえなければ、回答の瞬間だけは口元が霧のようなものでぼやけるので、タイミングも掴み辛い。
おそらくあちらから見た場合、制限時間11秒間は俺の口元も同じ状態だったのだろう。
だから相手が答えたかどうかは、ルーニーの声だけが教えてくれるというわけだ。
(おっけいやオーケイが回答の受諾宣言。やはり取り消しは効かないと思った方がいいな)
繰り返すが、人一人の命が懸かっているとは思えないほどに、気楽なクイズ形式。そしてあまりにも流れが早い。
まるでデリバリーの注文のように他人行儀かつスムーズに事が進む。
「第一問の結果はぁ……お手柄ね!! 二人とも大正解!!」
そしてやはり、運命を左右する結果に関しても、あまりに呆気なく告げられるのだった。
この感じで6問走られれば、本当にあっという間だ。
「まあ、一問目で躓かれても困っちゃうわ! 二人とも最低限の資格は持っているようね! 褒めてあげるんだから!」
俺は特にホッとすることもなく、頭を回し続ける。一問一問に一喜一憂しているような余裕はない。
だが――
「君……やっぱ頭おかしいよね」
「ん?」
特に命が懸かっていないプレイヤーは、本当に気楽に声をかけてくる。
俺は相手にするか少し悩んだ末に、ちょうどいい機会と思い話をすることにした。
「あと一秒で死んでたんだよ? まさか答えが分からなかったってわけじゃないだろうし……あれは何の意味があったわけ?」
「心構えだよ」
俺は横目にルーニーの様子を確認する。ニコニコと笑顔を振りまく妖精は、口を挟んでこなかった。
視線を戻すと、続きを離せとユウキが顎をしゃくる。
「早い話、残り一秒の段階で答え始めたら回答は適用されるのかを見たかった。6問目が俺の予想を超える難問である可能性は非常に高い。いつかギリギリで答えなければならない場面がくるのなら、先にその感覚に慣れておこうと思って」
「やっぱ正気じゃない。君もっと自慢した方がいいんじゃない? 普通じゃないよ?」
「自慢するような奴は漏れなく普通だろ」
「間違いないね」
馬鹿にされていると思うほど、俺はすれてはいない。が、褒められていると思うほど素直でもなかった。
ユウキがやたら着目する俺の精神性に関しては、俺自身は普通の域を出ないと自覚している。
俺は本当に死ぬのが怖いので、まず普通だ。今だって本当に怖い。
だから今の俺は、ただ生き残るために必死に勇気と知恵を振り絞り、ただ勝つためだけにもがいているごく普通の男だ。
そして俺は、それこそが人の力だと心から思っている。
だから――
「俺は漫画とかの創作によくいる――命懸けの戦いに微塵も怖がらない、焦りもしない、深手を受けても痛いとすら思わないような完全無欠キャラが、世界で二番目に嫌いなんだ。カッコ良いと思ったこともない。むしろカッコ悪いくらいだ」
「それについては同感だけど……じゃあ一番は? そう言う奴が無双する展開かな?」
「いや、そいつが舐めプして敵に逃げられる展開だ」
「性格わっる……万人から嫌われるタイプだ」
「普通だろ?」
「ああ、納得したよ」
俺は普通に良いところもあるし、普通に悪いところもある男だ。むしろ俺のことを情けない男だと評価する人間も、世の中には多くいるのかもしれない。今俺が挙げたようなタイプが好きな人間なんかは特に
だが――
だからこそ、こういう時に勇気を振り絞れる。逃げずに頑張れる。
自分の弱さを――知っているから。
だから俺は普通な俺のことが、案外嫌いじゃなかった――
(次の問題までには、ある程度の時間が与えられるみたいだ)
――などと本当に適当な内容で時間を稼ぎ、俺は知っておきたかったことをまた一つ確認し終える。
第一問が終了し、本来であれば即座に第二問に移ってもよさそうなところ、ルーニーが話に割り込んでこない。
敢えて試練に全く関係のない無駄話を選んだのだが、静観。これは大きな収穫ではなかろうか。
つまりプレイヤー同士である程度なら試練の時間をコントロールできるということだ。この仕様が吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが、やはり調べておいて損はなかった。
(もう一つ調べられるな……)
「どんどん行こうかルーニー。やっと楽しくなってきた」
俺は敢えて自分から、第二問へと促す。
とにかく前へ。それは戦闘だろうが策略だろうが変わらない。俺は守るより、とにかく攻め。己の気質に合う策の方がテンションが上がり、精神の高ぶりがパフォーマンスの向上へと結び付く。
自分が最も気持ちよく戦える。それが一番の勝利への近道だと俺は知っていた。
「もっと難しくてもボクは構わないよ?」
(ちっ……同意されたか)
積極的同意でこそないが、これは相槌の類であり、俺の考えに同意しているものというのは日本人であれば即座に分かること。
そんな先に進むことを肯定するようなユウキの返事に、俺は思い通りにならなかったと内心舌を打った。
知りたかったのは、プレイヤーの一人でも次に行こうと宣言すれば、ルーニーはそれに従うのかどうかだ。
俺の予想では、二人のプレイヤーが先に進む意思を示せば、ルーニーは確定で動き出す。だからどちらか一方の意志ではどうなるかを先に知っておきたかった。
が、この分ではやはり――
「オーライ! じゃあここからはちょっとずつ難易度上げていくわよ~!! 死に物狂いでついてきなさい!!」
(やはり総意は汲み取る。それも即座に)
ならば今度はユウキから先を促すのを待ってみるのがいいだろう。
できれば術者である俺と対戦者との違いも把握しておきたいところだが、全六問ではあまりに試行回数が少なすぎる。
(初回でできるだけ能力の概要を把握しておきたかったが……甘かった)
いつかくる二回目の試練の想定を考えている余裕がない。
いやもはや、そんなことを考えていれば足元をすくわれかねない状況だ。
そんな差し迫った危機へのこの上ない理解が、愚痴のような感情も同時に生み出す。
(というか対戦相手の言葉真に受けんなよ。こいつほんとに俺の能力か?)
俺が生み出したとは思えないほどに、全くご主人様に寄り添わない。むしろ試練という建前をここぞとばかりに振りかざし、どこまでも突き放して来る。
それとも好きな子にぞんざいに扱われるのも悪くないという俺の深層心理を汲んでいるとでもいうのか。まさかこんなところに俺の欲望が反映されるとは思ってもいなかった。
「だぁい~~ルルワ2問!!」
「気にしてたんだ」
「ごめんて」
次は回答順が交代し、ユウキからとなる。
先の回答速度を鑑みれば、後手のメリットなどあってないようなものだが――
「他人の能力を一時的に借りることができるアワンの天術【】は、【】時間に一回使用可能でしょう!?」
「【満月の加護】、【12】」
俺の予想通り、ユウキはノータイムで答えたようだ。
即座に俺に番が回って来る。
そして今回は俺も、時間はかけなかった。
「【満月の加護】、【12】」
「ピンポンピンポーン!! 二人とも大正解!!」
ルーニーが祝福するように正解を告げるが、やはり喜ぶ気にはなれない。
最初から分かっていたことだ。序盤の数問は当てて当然。勝負はやはり後半。
後半にかけて難易度が増していくのはこういったクイズ問題ではもはや様式美であり、特に最終問題は5問までの正答を帳消しにするほどの激ムズ問題が来ることは想像に難くない。
つまり最終問題までは数合わせみたいなもんだ。ユウキも一ポイント差での決着を当然のように思い描いていることだろう。
「君結構やるんだね。こんな馬鹿げた能力にするだけのことあるよ」
「お前もな」
こちらも予想はしていたが、ユウキも大した記憶力だ。取りこぼしはやはりないと思った方がいい。
勝つためには、絶対に、一問もミスはできない。
「第さぁ~ん問!!」
最終6問目までは数合わせ。
どれだけ楽観的な考えだったかを、俺はまだ半分を超えないこの段階で知ることになる。
つまりは――
ここから展開は、加速する。
「勇士学園でアワンがナトゥと相対した際、彼女にユウキは憑依していたでしょうか!?」
「っ!?」
(明らかにユウキ贔屓の問題……いや!! そんなことを考えている場合じゃない!)
「さあ! ムメイからちゃっちゃと答えちゃいなさい!!」
ここで言う彼女とは、即座にナトゥのことだと判断する。ユウキがアワンに乗り移っていたのは、あくまで彼女の意識が無かった睡眠中のみ。昼間には乗り移れない。なぜならアワンにバレるから。
ならば考えるべきはナトゥの体にユウキが乗り移っていたかどうか。
俺は学園でのナトゥの態度、表情、言葉――その全てを記憶から引き出す。あの時に喋っていたのは、ユウキだったかどうか。
(最も確実な証明は……記憶の矛盾か?)
『恥ずかしくないの?』
俺はこのセリフをナトゥの口から聞いた瞬間、国際租界でアワンと衝突した夜のことを想起した。アワンが口にした言葉と全く同じだったからだ。
アワンへの皮肉として痛烈なセリフだが、ナトゥにはあの夜の記憶はない。ならばあれはユウキということに――
(ならない!! ユウキがアワンの記憶を伝えたという可能性もある!!)
「ごぉ!!」
(ユウキがナトゥに予め指示していたという可能性もあるんだ!! 発言の内容は全くあてには――!!)
「さぁん!!」
(だが、他に根拠があるか!? 二分の一だ!! この際運に賭けるか!?)
「いぃぃち!!」
想定よりもずっと早く訪れた、残り一秒のタイムリミット。ギリギリの回答。
その刹那――
脳裏に浮かび上がったのは、ナトゥの最後の言葉だった。
『みんなが望んだんなら、そいつは死ななきゃ。社会の常識よ?』
瞬間――俺は叫ぶ。
「してない!!」
「…………」
汗をかく体であれば、滝のようなものとは言わずとも、はっきりと視認できる程度には流していたことだろう。
正直、3問目でここまで追いつめられるかというレベルで、俺はギリギリだった。
しかし――
「おっけい! じゃあ次はユウキの番ね!」
(ひとまず受諾されたか……間に合った)
欲を言えば、回答を始めた瞬間からカウントダウンは止まるのか、それともそのまま動き続けるのかも知りたいところではあるが、そんな検証ができるはずもない。
もし予測が外れた場合、死は免れないからだ。だから上限リミットは11秒と考える他ない。それが最も利口。
もし一秒以内に、一単語で即座に答えられない問題であれば、今のはアウトだ。これからは答えの長さも考慮しなければならない。
(あらゆる可能性を考えておかなければ……)
「憑依してない」
「せぇぇ~~かい!! やるじゃない! もう試練を半分乗り越えちゃったわ! 今どんな気持ちぃ~!?」
あっさりとユウキの口から告げられる答え、続くルーニーの言葉に、俺は胸を撫でおろす。
ちゃんと理屈で考えて導き出した答えだったが、やはり運の要素も強かった。残り一秒で思い至れたのは、それこそ強運だろう。
「よく答えが分かったね」
どんな気持ち、どんな気持ちとしつこく聞いてくる小うるさい妖精を無視し、俺は語り掛けてきたユウキと会話する。
正直、安堵感で胸が一杯だったが、表には努めて出さない。
「お前なら絶対に言わないことを、ナトゥが言ってたからだ」
「へぇ……なんだろ?」
ユウキは当然ナトゥの記憶も全て見ているはずだろう。そのうえで、分からないようだ。まあ正直、思い返してみてもユウキが言っていてもおかしくない内容ばかりではあった。彼はアワンを人の社会から追い出したかったのだから、発言に違和感もない。
しかし、だからこその強烈な違和感。
「部族の総意で殺すべきとされ、逃げ出した過去を持つ子供。そんな状況から救ってくれたアワンに、望まれたら死ねなんて言うはずがない」
「…………そうか」
まるでつまらない話を聞かされたとばかりの冷めた表情は、拒絶、もしくは防衛本能のようにも見えた。きっと、思い出したくもないのだろう。
それがどちらの記憶であるのかは分からない。もしくは、どちらもなのか。
「ルーニー……進めてくれ」
ユウキはただ、ゲームが進むことを願った。
そしてどうやら対戦者の一存だけでルーニーは動くらしい。非常にややこしいことに、この時ルーニーが口にしたのは第四問ではなかったが。
「じゃあ後半戦に突入するわよ~~お! みんなトイレ休憩は大丈夫!? 行きたい人は今すぐ行っトイレっつゴー!!」
「このギャグセンスも君の仕様なの?」
「絶対に違うと思いたい」
本当に違うと思いたい。
俺は自分で言うのもなんだが、ギャクセンスはある方だ。こんな親父ギャグ失敗みたいなことは言ったことがない。
「というかトイレどこあるの? その辺でしろとか言わないよね?」
「うぅ~~ぺったんこ!!」
「「っ!?」」
気の抜けるような謎の掛け声と共に放たれた光。それを視線で追っていけば、瞬く間に仮設式トイレが出現する。
壁には少女チックなデコレートがされており、それは先端まで出かかった尿を一瞬にして引っ込めるほどの魔力を帯びているが、一転開いた扉から見えるのは、綺麗な便器だ。中身は普通のトイレ。むしろ一般的なものより豪華ですらある。
(試練に関連する限りは際限なしにしたとはいえ……ここまでとはな)
ルーニーに敵を攻撃させる、もしくはそれに類する行為をさせることは、原則絶対に出来ないようになっている。
それは逆も同じで、ルーニーには全く攻撃は通らない。
彼女はあくまで試練の進行役であり、これを滞りなく済ませるのが仕事。だから試練中は無敵の最強妖精と言っても過言ではない。たぶん俺の攻撃も全く効かないと思われるし、やろうと思えば何でも生み出せるのだろう。
よくよく考えれば、これは結構凄いことだ。
(もしかして……今回の試練が特殊ってパターンもあるのか?)
試練に関して、またその試練を超えて授けられる能力に関しては、俺は本当に一切知らない。
俺が設定したのは、試練難度の極地化とそれに釣り合うだけの褒美。リスクを極限まで突き詰め、それにリターンを無理やり釣り合わせた形だ。
だからここにきて、試練というのはもっと大規模なものの方が一般的なのかもしれないと思い始める。今回はたまたま、いや、初回にして特殊例を引いてしまったとか。
(まあ……今考えることじゃないな)
「第四問!! ももももん!!」
俺は頭を切り替える。
いよいよ、などとは決して言えない早々とした後半戦。
ただ3問目であの難易度だ。ここからは本当に命懸けとなる。
その確かな予感と共に繰り出されたのは――
「異種族の中でも、邪精霊やアンデッドなど悪性の強い種族にこそ絶大な効果をもたらす、アワンの天術と言えばぁ!?」
(くそ!! 知らない!!)
俺の、関知しない問題だった。
少なくとも即座に思い当たるものはない。
(いや……落ち着け!! 全く知らない問題は出ないはず!! 必ず俺が聞いたことのある術のはずなんだ――っ!!)
辿り着くのは、存外早かった。
というより、もはや思い当たるものがこれしかなかったのだ。
俺が耳にしたことがあり、アンデッドにもダメージが通せると証明されているスキル。あれは――
「【悪霊退散】」
「【悪霊退散】」
「ぐぅぅれいとぉ!! 二人とも凄いじゃない!! まさかここまでやるとは思ってなかったわ!!」
「同意だね。一度だけ使われたスキルをよく覚えてたもんだ。それも、あんな状況で」
「…………」
俺はガリライヤーでの一件を思い出す。
橋上で精神操作を受けたアワンが、俺の腕から抜け出す時に使った術だ。割とダメージを食らったので、びっくりして印象に残っていた。
おそらくアンデッドというヒントがなければ直ぐには辿り着かなかっただろうが、ここに両方揃っていて問題から外すのも不自然ということだろう。救われた。
「能力をアワン本人の口から説明された満月の加護とはわけが違う。ほんとに凄いよ」
「どうも」
ユウキの言う通り、満月の加護は<浪漫非行>を貸す時に詳しく話に聞いていた天術だ。
ちなみに<浪漫非行>他能力らは、<月夜見>を展開しても戻ってはこなかった。4つの能力全ての発動を試してみたが、軒並み空振りに終わる。
「お前は余裕そうだな?」
「まあね。分かってはいたことだけど、やっぱりボクに有利過ぎるよ。いい勝負になってるのが不思議なくらいだ」
その顔は、間違いでなければまんざらでも無さそうだった。
意外に彼はこのクイズを楽しんでいるのかもしれない。まあ、命さえ懸かっていなければ、俺も割と楽しんでいたことだろうが。
「ここからだろ?」
「だといいね」
だが今の俺に、楽しむ余裕などない。
依然圧倒的不利に置かれていることは変わりなく、少しの油断が命取りとなる。
それは、すぐに正しかったと――
「だいだいだいだい!! アガトス5問!!」
「やっぱ気にしてたんだ」
「くどいって」
分かった。
「レイラの未来のフルネームを答えなさい!!」
「「――っっ!?」」
それは、あまりに唐突にやってくる。
(未来だと!? 馬鹿な!? いや――!!)
空気が変わったと、この場にいる誰もがそれを確信するほどの戦慄。
現に俺たちは、示し合わせたように気配を粟立たせた。
「おい!! どうなってんだよ!? アワンクイズだろ!?」
混乱渦巻く月夜の中――
ここにきて、初めて取り乱す様子を見せるユウキの姿に――
「回答権はムメイからよ! はいどうぞ!」
俺は――勝機を見出した。
「聞けよ!! おい!! 馬鹿妖精!!」
(ここだ!! 賭けるしかない!!)
千載一遇の――勝機。
俺は己のこれまでの戦い方を信じ、前へと出る。
攻めこそが俺の有り方。これこそが俺の生き方だ。
「レイラ・〇〇〇〇!!」
思い描いた答えを、即座に口に出す。
それは即応反射、条件反射という域の回答。だが、悔いはなかった。
これで外したとしても、俺にはこれ以上の答えはもう出せない。それを、答えた瞬間に俺は直感したのだ。
「おっけぇ~! じゃあ次はユウキね!」
「なにぃっ!?」
時間にして僅か一秒ほどで回ってきた順番に、ユウキが大きく狼狽える。
俺はその時点で、作戦の成功を確信した。
(いける!!)
「未来ってなんだよ!? そんなの分かりっこないだろ!?」
「…………」
ユウキの抗議にとりあうものは存在しない。俺は黙して状況を見守り、ルーニーは変わらずニコニコと微笑み続ける。
突然未来に関する問題を出してきたことも相まって、より一層不気味な笑みだ。まるでAIロボットや肖像画を眺めているような気分にさせられる。無機物が意思を持ち、勝手に動き出しそうな。
そんな中、ユウキはまだわだかまりが収まらないようで、意味のない抗議を続けていた。
「ほんとに答えが分かるのかよ!? おい!!」
「ごぉ!!」
「ちいっ!」
5秒のカウントダウンが始まり、ようやく腹を括ったのか、ユウキが口を閉ざす。
しかし、あまりに遅い切り替えだ。たった5秒の残り時間で答えが出せるとは思えない。
「さぁん!!」
一点を見つめ、その視線を左右へ細かく震わせる姿からは、極限の集中が見て取れる。しかし、ルーニーに受諾は未だない。そしてついに――
「いぃぃち!!」
ユウキにとって、初めての残り時間一秒。
この時点で、俺は自身の勝利を確信した。
(勝った!!)
「レイラ・ブーノス!!」
「――っ!!」
しかし――勝鬨の直前で滑り込む、悪魔の答え。
まるで命懸けの戦いであるかのように、制限時間一杯で飛び込んでくる。
そして、その答えは――
「せぇ~~かい!!」
俺と、全く同じだったようだ。
(…………そう甘くはないか)
正直勝ったと確信していた分、落胆は大きい。欲を言えば今ので決めたかった。即断し実行した策も、そこに至るまでの速度も、全てが完璧だったはず。
本当にユウキは追い詰められているようだった。だからこそ――この結果に惜しいと思ってしまう俺がいる。
(切り替えろ……引きずるな……)
最終問題を前に最悪のイメージを植え付けられてしまったが、それは向こうも同じこと。
今は正解を素直に喜び、そして相手にある程度のプレッシャーをかけられたことを誇るべきだ――と、胸を撫でおろすユウキの姿を見て己を慰める。
彼は、はっきりと眉をひそめていた。
「おい、本当に正解なんだろうな? 未来が分かるって?」
「さあ……悪いが俺も知らない。全くの想定外だ」
「なんだよそれ。ちゃんと管理しろよ」
まさかこの先のいつかに起こることを問題に出されるとは、俺も思ってもいなかった。そもそも未来が見えるなんて俺は知らない。
当然そのようにルーニーを生み出したわけでもないし、俺の全く預かり知らない能力だ。
「まあ信じるしかないだろ? それより気づかないのか?」
「何が?」
無垢な表情で待ち受けられる対戦者。この様子では、本当に気づいていないらしい。
俺は最終問題直前のタイミングで、勝負を仕掛ける。ユウキの心を大きく揺らすため、自分から口を開いたのだ。
「未来では、少なくともレイラとケインは生きてるってことだよ。それもいつか結婚するまでな」
「っ!?」
「この時……この国を聖域にする予定の獣は、一体どこで何をしてるんだろうな?」
ユウキは7年前の毒によって、この国を終わらせるつもりだ。ならばレイラとケインの両名が生き残っている時点で、国家転覆は失敗に終わったということになる。
つまりそれはどういうことか。誰かがユウキを止めたのだ。そして12使徒を止められるような者は、一人しかいない。要するに――
「俺はここでは死なない。勝つのは俺だ」
まさかの、最終問題を目前にして勝負の結果が分かってしまうという珍事。
こんなことは俺も本当に予測していなかった。だが気休めとはいえ、かなりモチベーションに繋がったのも事実。
そうなるとやはり面白くないのは、ユウキだ。
「別にあの二人が未来で生きているからといって、君がここで死なないという保証には繋がらないだろ?」
「じゃあお前はこの国を諦めて、アワンと二人愛の逃避行でもきめるのか? それともレイラとケインの二人だけ親切に見逃してやるのかな?」
どちらも考えにくい。
それは他ならぬユウキが一番よく分かっていることだろう。
「…………そもそもまずルーニーの言葉自体ボクは信じてないし。未来が見えるなんて眉唾だ」
「そうか」
俺は余裕綽々いった素振りで、笑みを見せてやる。
ユウキはやはり面白くなさそうに、表情を歪めた。しかし続いたのは、そんな不確かな未来への愚痴、いや、嘲笑だった。
「あいつ……あれだけアワンアワン言っといてこれかよ。どこまでもかっこ悪い男だなぁ。妥協して別の女とくっつきやがった」
「…………」
レイラ・ブーノスという名前になる未来。
これで相手を間違うような者はいないだろう。十中八九その相手はケインだ。
そしてケインは今、アワンのことを好きでいる。
つまり何らかのきっかけで、ケインの好きな相手が変わったということなのだろう。
「まぁ高嶺の華を諦めて、花屋で手ごろなものを買ったと思えば利口なのかな? ようやく身の程を知ったんだね」
その言葉に、俺は強く苛立つ。
到底看過できない暴言だった。
「好きな人が変わることの、何がいけないんだ?」
「…………」
自然と言葉に怒気が籠る。ユウキはそれを敏感に察知し、押し黙った。
レイラとケインが結ばれるといっても、それがいつのことかは分からない。
例えば数年後の未来という可能性は十分にあるだろう。ならば好きな相手が変わるということも全くおかしな話ではない。
俺だってルルワ以前にも好きな相手くらいいた。ルルワへの愛が正しく、それ以前の愛は全て紛い物――なんてことは全く思わない。
心変わりは、別に悪いことじゃない。レイラもケインも、本当に良い奴らだ。
「ふーん……なに? 君あいつ気に入ったの?」
「うん。友達になりたい」
率直な言葉に、ポカンと口を開くユウキ。俺の言葉が相当珍しいものだったようだ。
別にこれからケインがレイラのことを好きになるからといって、アワンへのこれまでの想いが嘘だったなんてことにはならない。
そんな馬鹿な話があるはずがない。それなら数人の相手と付き合って結婚を果した人間のこれまでの愛は、全部嘘だったとでも言うのか。本当に馬鹿げた話だ。
「今あいつは、アワンのことをとても大切に想っている。そしてこの先は、レイラのことをとても大切に想う」
つまり、今アワンに向けている優しさと同等のものを、未来のレイラに贈ることができる男だ。
きっと、二人は幸せになるだろう。だから――
「良い奴だ。レイラは見る目があるよ」
「…………」
勝たなければならない。
彼らの未来を守るためにも、俺は死ぬわけにはいかない。
それは、アワンの未来でもあるから。
だから――
「さぁ……未来へ行こうか」
「いいや……君が行くのは、地獄だ」
前座、数合わせ、準備運動――なんだっていいが、最終問題を除き全問題をクリアする。
ここまでは予定通り。まるで予定調和。
残るは最後の一問。これを正解した方が――勝者。
「最終、第六問!!」
正真正銘、これが最後の問題。
この一問で、俺の運命が決まる。
魂が、未来が、命が――
この一問に。
(ルルワ!! アワン!!)
瀬戸際までやってきた正念場、俺は最後まで死力を尽くす覚悟を決める。
そしてそれら信念を、ここにはいない仲間たちに誓った時――
決戦のゴングは鳴る。
「今のアワンの一番の望みはなぁ~~に!! 男なら、一言で簡潔に! ビシッとバシッと答えなさい!!」
「「っ!!」」
最後を迎えるに相応しい問題。
一見簡単に答えが思い浮かぶからこそ、逆に難しい。
しかし――
「勇者」
最終問題にも関わらず、ユウキは迷うこともなく回答を終える。
それは、呆気ないほど簡単に――
むしろ、これまでで最も自信があることが、その表情から分かるほどに――
満を持した回答。それが彼の導き出した、このアワンクイズへの答え。そしてアワンという少女への答えだ。
「さあ!! 最後の回答は!?」
「…………」
11秒。
極限まで圧縮された時間は、長くも感じ、また一瞬のようにも感じられた。
本当に、時間の感覚が無かった。もはや、カウントの声すら聞こえてはいなかったのかもしれない。
『私も一緒に連れて行きなさい!! 私も、勇者です!!』
俺は、アワンとの出会いから――
『あなたたちの行動の一つ一つが、勇者の名を汚している! 見ていて不愉快なのよ!!』
衝突――
『あなたは勇者に相応しくない!! 世界を救う勇者は私だ!!』
戦い――
『私はいずれ、7人の魔王を討ち滅ぼす者!!』
宣言――
『この世界を救う、勇者です!!』
その全てを思い返し、答えに辿り着く。
今、俺はやっと、アワンの全てを理解した。
アワンの――答えを。
(アワン……俺は……)
月の光も届かぬ遠い場所で、今も足掻き、もがき、苦しみ続けている少女に対し――俺は贈る。
心からの信頼を。俺の答えを。
毒は、きっと彼女が――
(俺は、お前を信じる)
祓ってみせると。
「居場所」
答えが――分かれる。
そして、今ここに――
勝敗が、分かれた。




