第069話 超えたいから試練
「月が見れることを、当たり前のことだと思うんじゃねえよ」
神でも悪魔でもなく、愛しき女こそが――契約の対象。
己を森から救い出し、己を血で生かす彼女こそが――吸血鬼にとっての全て。
だから、月を見ていたい。月が見えるように、また夜を迎えたい。
これまでも、そしてこれからも――
その月を、綺麗だと言えるように。
それが――<月夜見>。俺の欲望。
これは、太陽という試練を超え、また次の夜を迎えるための力。
吸血鬼はただ、月を見上げる資格を得るためだけに――
試練へと、立ち向かう。命を懸けて。
それは、死をも恐れぬ勇気か。それとも、身の丈を知らない男の蛮勇か。
女のため、己が課した試練へと立ち向かわんとするその男は今――
(これ…………死ぬくね?)
――怖がっていた!!
(アワンクイズ? 死ぬじゃん)
――死!!
その一文字が、頭から離れない。一文字じゃない。二つのエクスクラメーションマークで強調までされている。まるで注意喚起みたいに。警報のサイレンみたいに点滅までする。
それがずっと離れてくれないのだ。ちなみに最初からだ。試練の内容が分かったその瞬間から、ずっと俺は怖がってた。
『え~ちょっとルーニーちゃん! そりゃないよ~!』
この時には――
※「えっ!? ちょ、まっ!? ルーニーさん!? なしで、チェンジで!! チェンジお願いします!!」
こう思ってた。
『初回だからってちょっとヌルゲー過ぎるよ。これじゃあ到底試練とは言えないんじゃない?』
この時には――
※「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
こう思ってた。
必死にカッコつけてた。
正直泣きそうだった。300年振りに森から出られた感動を差し置いて、吸血鬼人生初めての涙を流すところだった。だって死ぬもん。
そんな中、俺がなんとか体裁を保てていたのは、なぜか俺よりももっと怖がっている奴が目の前にいたからだ。
あれ? もしかして俺が優勢なのか?
勘違いしてしまった。
プルプル震えている子犬を見て、ちょっといい気になってしまったのだ。調子に乗ってしまった。見栄を張ってしまった。己惚れてしまった。
本当はチビりそうなほど怖かったのに、なんか凄いカッコつけてしまったのだ。
(まじで死ぬぞこれ。え? なんだこの能力? 馬鹿じゃねえの?)
責任者呼んでこい。先ほどから何度となく脳内の天使と悪魔に働きかけているのだが、一向に連れてくる気配がない。どころか、その場から微動だにしない。
今も何やら言いたげな目でこっちを見ている。まるで責任者に全ての罪があるような目だ。
ふざけるな、ミスの責任は全て現場にある。これも全部ゴーサインを出した根源の悪魔とやらのせいだ。俺は悪くない(責任者)。
(…………オワタ)
俺が灯台下暗しというか灯台が暗しみたいな現実から必死に目を背け、特に必要のない責任の所在を改めている間にも、時は動き続ける。
自分の能力であるはずなのに、なぜか俺の心を平気で置き去りにする妖精の――無駄に無駄のない進行が。
「――これで<月夜見>の説明はしゅう~りょう! 何か質問ある人プチョヘンザ!!」
相変わらず口調が安定しないポンコツロボット”ルーニー”の説明が、どうやら終わったようだ。
キャラが安定しないのはもはやご愛嬌と言わんばかりに開き直っている。まあ、Ciriみたいに喋られるよりはマシだが。
そんなことを思いながら視線を切り、注意は自然と正面の獣へと。
俺の作った能力に俺が質問するというのも土台おかしな話。だが、質問を投げかけられたはずのユウキは、一向に手をあげる様子を見せなかった。
「なんだ? いいのか?」
「うん、特にないかな。試練の内容はボクに有利なんだし、死なないことさえ分かれば問題ないよ」
(…………落ち着いちゃってる)
さっきまで、「こ、こいつ……!! イカレてる!!」みたいなセリフを心の中で言ってそうなくらいには取り乱していたというのに、すっかりこの通りだ。
一周回ってという奴だろう。いつまでも恐怖にビクビクできるほど精神というものは強くない。
だからいつまでもビクビクしている俺の精神はやはり凄いということになるのではなかろうか。流石精神支配無効の吸血鬼。ついでに俺も一周させてくれないだろうか。今なら三周だってする。回ってワンもする。
「それもそうか。なら……はい先生!」
「君がするのかよ」
俺はピンと手を振り上げる。
そして学級委員のような面構えで、不真面目な生徒を横目に睨んだ。
「俺はお前とは違う。仮に聞きたいことが何もなくとも、面接の最後に必ずやってくる――何か質問はありますか?――にはちゃんと答えを用意しておく男だ」
少なくとも5、6個は用意しておく男だ。
なぜか当日の朝には2、3匹死んで息をしていないが、とにかく用意はする男だ。
「面接? ああ……あの人狼ゲームのことか。あれって意味分かんないよね? 嘘が上手い人雇って何になるんだろ?」
通じないと思っていた地元トーク(日本)には、意外にもレスポンスがあった。それもかなり的を射た。
だが俺は的に突き刺さったその矢の上から、さらに別の矢で中央を射抜く。
「なら人面ゲームだな。村人が村人を追放するんだから」
「君…………巧いこと言うね」
「どうも」
嘘つきが生き残るルールと人事面接とをかけた、かなり高度なシャレ。
死の境地を迎えたことで、吸血鬼の脳がここぞとばかりに火を噴く。
「まあ人狼ゲームでも、結果は変わらないけどね」
「どうかな?」
結局勝つのは自分だと言う分かりやすい挑発を、一蹴する。一周ではなく、一蹴する。
そして俺は、ニヤリと余裕満面の笑みを浮かべると――
「ルーニー。アワンクイズ全六問の答えを俺だけに教えてください。お願いします」
質問を繰り出した。
「だぁ~~めっ♡」
却下された。
「じゃあ次はいよいよ恋の試練! <アワンクイズ>についての説明に入るわよ! ありがたく聞きなさいよね!」
そして、滞りなく進行に移る小悪魔ルーニー。
俺が生み出したというのに、全然思い通りになってくれない俺の妖精。肝心な時は必ず俺を立ててくれるルルワとは大違いだ。よく見ずとも外見以外は全く似ていない。
「返事は!?」
「「はい」」
俺は腹を括り、試練に向き合う。
もうどうにでもなれという開き直りとも言えた。
「よろしい!! アワンクイズは全六問! 一問でも正当数の多かった方が勝利よ! 問題はあたしのどくだんとへんけん? だけど、文句は言わせないんだから!」
ルーニーの説明に、さっそく待ったはかかる。
差し出口に入場したのは、急遽エントリーを、それも勝手に決められた可哀想な選手――ユウキだった。
「なんで偶数? こういうのって奇数が相場じゃない?」
「文句は言わせないんだから!」
「でもさ、同点になったらどうするわけ? 6問しかないなら、その可能性って結構高いよね?」
「あうっ……あう……」
「引き分けで延長とかするくらいなら、6ポイント先取とかにした方が良かったんじゃない? 頭大丈夫?」
「うぅ……ううっっ~~!!」
正論という名の棍棒でボコボコにされたルーニーが、俺の胸へ。
泣きたくなったらすぐ胸の中に飛び込んでくる感じは、ルルワと似ていた。ルルワはこれほど打たれ弱くはないが。
というか弱過ぎる。まさに雑魚だ。いや、ざーこだ。
「大丈夫だよルーニー……俺は君の味方だ」
「ふみゅぅ……むめいぃぃ……」
泣いている妖精を、よしよしと撫でる。
これ以上ない優しい手つきで労り、そして――
「大好きだよルーニー。だから……あいつ失格にしてよ」
「せっこ!!」
話し合いという名の買収行為に割り込んだのは、クレーマーだ。
明らかに善質だが、やはり俺からしてみれば悪質な。俺にとってはイケメンは全員漏れなく悪なのだ。だから俺に文句を言う奴は全員クレーマーだ。
「お前こそ、審判に文句言うなよ! 審判に喧嘩売る奴が一番見苦しいから! 芝の上だと不自然に防御力が落ちるサッカー選手くらい見苦しい! たぶん赤ん坊とぶつかっても転がるぞあいつら!」
「何の話だよ」
本当に何の話だという感じだが、俺はあれだけは意味が分からんとずっと思っている。あれこそ究極の人狼ゲームだ。嘘つきの数が多すぎるが。
ユウキは狼のくせに根が真面目なのか、譲歩の末に、やはり正論によって話を展開する。
「じゃあ全六問はいいけど、出題形式は? まさか記述式じゃないよね?」
「もちろんよ! 口頭で出題するんだから! あたしのカワイイ声で問題を出してもらえることに、感涙にむせび泣きながら答えるといいわ!」
そしてすぐに立ち直るルーニー。フラグとしか思えなかった。
「じゃあどうやって答えるわけ? まさかいっせっーのとか馬鹿なこと言わないよね?」
「もっ……もちろん言わないわよ! 考えてもいなかったわ! 本当に、考えてもいなかったんだから!」
「良かったよ、そんな馬鹿!な話はないから。じゃあどうするの? 相手に答えを教えることなく、ボクらは安心して口頭で答えられるんだよね? そういうシステムをちゃんと考えてるんだよね? 馬鹿じゃないんだよね?」
「えーと……あのぉ……あっ! そうだわ! 回答順を一問ごとに交代にするっていうのは……!」
「それだとさ、問題が3問になるんだよ。しかも当然全問正解する予定のボクからすれば、無駄な時間だけが倍になる。そんなのを彼のミスが出るまで延長して繰り返せって? 馬鹿じゃないの? というか馬鹿だ」
「お"ぉっ! お"お"お"ぉぉっっん!!」
「男泣き……」
完全無欠の正論でタコ殴りにされたルーニーは、とうとう男泣きにまで至る。
それは恋という補正がかかった俺が、ちょっと引くほどの号泣だった。
「ルーニー」
俺は見かねて、助け舟を出すことにする。
ちょいちょいと手招きすれば、すぐに妖精は近づき、耳を差し出した。
丸見えのコショコショ話が終われば、ルーニーの表情は太陽のように明るいものとなる。
「分かったわ!! じゃああたしの魔法で、答えを相手にだけ聞こえないようにしてあげるんだから!」
「っ!」
ユウキの指摘は、最もなものだ。
先に答える回答順を交互にすれば一見公平と言えるかもしれないが、それは保有知識がある程度釣り合っている場合に限る。
ユウキは自分が圧倒的に有利だと思っているのだから、相手に答えを教えるようなルールを許諾するわけがない。
仮にそのルールでゲームを行った場合、彼の言うように、問題を延長し続けて勝負が長引く未来が当然のように見える。
そんな冗長な試練では締まらない。そんな決着は誰も臨んでいない。
戦うなら公正公平、あとからこうだったから負けたなんて言うのも言われるのも、俺は御免だ。
「声を聞けるのは自分自身とあたしだけ! あたしがそれを聞いて、正解してるかどうかを発表するわ! それなら文句ないわよね!」
「良いアイデアだ。それなら文句ない」
「もっと褒めなさい! あたしのアイデアなんだから! あたしをもっと褒めて!!」
人の案を平然と自分のものだと主張する面の皮の厚い妖精を無視し、俺たちは細々とした条件を詰める。
「口元も隠そうか。回答順は交互でいいな?」
「そうだね。一問目はどっちから答える?」
「ちょ、ちょっと! 無視しないでよ! なんで無視するの!?」
「当然俺だ。文句ないだろ?」
「ああ……文句ないね」
「も~!! 男ってほんと馬鹿!!」
一問目の正答は、この勝負において大きな意味を持つ。
おそらくこれを外した瞬間に、俺の死は確定するからだ。だから、先に答える。
俺が一番槍でなければ、試練の意味がない。
「もう知らない!! ユウキには試練の変更権が与えられてるわ! 一回だけね! 怖いなら、他の試練に変えてあげてもいいんだから!!」
変えるわけがない――そう確信しながらユウキの言葉を待つが、彼はルーニーに答えを返さなかった。
即断して当然の質問を敢えて無視し、あろうことか、俺に声をかける。
「君さ……分かってる? これから死ぬんだよ?」
「ん?」
腕組みをしてなんとかざわめく心を落ち着かせようと努めていた俺に、唐突にかけられる言葉。その野暮な内容に、俺は心から首を傾げる。
いまさら何を言い出すのだろうかと思って。何の時間なのだろうかと、本当に不思議だった。
「たった6問のクイズで死ぬけど、怖くないわけ?」
「怖いよ?」
「…………」
俺の当然の答えに、息詰まるユウキ。
まさか本当に吸血鬼には心がないとでも思っていたのだろうか。吸血鬼だろうと何だろうと、死ぬのは怖いに決まっているだろうに。
そんな俺の素直な答えに、ユウキは何を思ったのか、とんでもないことを言い出す。
「…………変えてあげようか?」
「…………」
その言葉は、流石に無視できなかった。
俺は腕組みを解くと、ユウキと本当の意味で向かい合う。
笑みは自然と消え、無表情で相対する獣と視線を交わす。ユウキも、俺の視線から逃げなかった。
「こんな馬鹿げたゲームで死なれても興醒めだ。別に能力の一つくらい、ボクはくれてやっても良いよ」
「…………」
それは、挑発や強がりの類――ではない。それが直感的に分かった。
これは――情だ。ユウキは俺に同情しているのだ。
勝ち目のない試練を課され、それに挑まざるを得ない俺に――
もはや死という未来しか、与えられてはいない俺に――
彼は、同情してしまったのだ。
「それは許せないっていうなら、試練の変更でもいい。別に示し合わせても、ルール違反じゃないんだろ?」
「…………」
ユウキの明らかな同情に対し、俺に怒りはなかった。
俺はただ、この時――
彼と最初に出会った時の記憶を、思い返していた。
『友達ってそんなもんだぞ? 友達いる?』
『いるよ、そこにいる』
最初に出会った時は、まさかアワンとユウキがこれほどの関係だとは思ってもいなかった。
確かに、二人は友達だった。俺よりも前に出会い、そして確かな絆を育んだ。
もしかしたら間違っていたのは、俺の方だったのかもしれない。
あの時は確かに、俺とアワンは友達ではなかったから。
だが、今は――
『君のことを分かってあげられるのは、ボクだけだ。ここはボクと君だけの世界。ボクだけが彼女を救い出せる』
俺も、彼女の友達だ。
だから――
「変えないでくれ」
だからその情を、提案と共に俺は突き返す。
ユウキは面食らうように、牙と白目を見せた。
「君も頑固者だね? プライドが許さないって奴?」
「うん」
俺は既に、心を決める。
いや、最初から心は決まっていたのだ。
『君たちも、その子に関わるのは辞めといた方がいいよ? きっと後悔するから』
「でも、プライドじゃ命は買えないよ?」
「うん。買わない」
「…………」
魔術は、人の欲望。
よく言ったものだ。俺はこれを、ずっと欲していた。
この時が来るのを、ずっと待っていたのだ。
『名前で呼んでくれない?』
「ここで逃げたら、俺はきっと自分を許せない。この先の俺を、好きになれない」
「命がけの勝負から逃げるからか? 別に次の試練でも同じことだろ?」
「違うよ」
そうだ、違うのだ。
これは試練。俺の――願いだ。
「この試練だから、俺は逃げたくないんだ」
「…………」
『私がただ、一緒にいたいの。だからそのためなら、どんなに世界が私に厳しくたって、頑張れる気がする』
ルルワはやっぱり、俺のことをよく分かってる。俺の欲望を。
この試練から逃げ出す俺に、森を出る資格はない。
この試練を超えられない俺に、彼女たちと共にいる資格はない。
死ぬのは怖い。だけど、俺は――
「ここで――命を懸ける。アワンは、俺の仲間だ」
こいつにだけは、負けたくない。
この試練だけは、負けるわけにはいかなかった。
「いいや……」
だが――
「アワンは、ボクのものだ」
それは、相手も同じ。
俺たちは、この試練だけは――
絶対に負けられないから。
「ルーニー、変更はなしだ! ボクはこの試練にする!」
「ああ……受けて立つ!!」
両者、もはや文句の欠片もなく、満場一位の空気で場は満たされる。
そんな中、俺は死の恐怖による肉体の震えを見て見ぬフリし、心を見た。
勇気に奮い立つ、俺の心を。
『だからボクが、君を悪霊から救い出す。全部殺して、ボクと君だけの聖域を創ろう』
(負けられない!! この戦いだけは――!!)
『じゃあ、一番嫌いなのは?』
『友達を――傷つける奴』
(負けられるもんか!!)
越えなければならないから――試練。
超えたいから――試練だ。
「おっけい!! 良い感じに場が温まって来たわね!! 絶好の試練日和だわ!!」
妖精が――高らかに舞い上がる。
夜の闇を切り裂く月光が――
「じゃあさっそく始めるわよ!! 恋の試練!! アワンク~~イズ!!」
試練の開始を――告げた。




