第007話 森で起きた殺人事件
「ルルワ様、こちらです」
「ええ」
案内されて辿り着いたのは、森の中での彼らの拠点だ。
もはや言う必要もないことかもしれないが、歓迎されているのは俺ではなくルルワのみ。俺は歓迎どころか、ここに来るまでの道中も騎士たちによって四方を包囲され、常に厳戒態勢だ。アベルとルルワがいなかったら、たぶん帯同も許されなかったんじゃなかろうか。お呼びじゃない感が半端ではない。
「このような場所で申し訳なく――」
「不要よ。十分すぎるくらいだわ。それよりも、よくこんな場所が見つかったわね」
髭のおっさん――アガトスの謝罪を、ルルワは押しとどめる。
騎士たちの中でもこのアガトスはひと際俺への当たりが強い。どこの馬の骨ともしれない吸血鬼なのだから当然だし、気持ちも分かるが、逐一睨みつけてくるのは正直勘弁して欲しかった。
だが彼は、アベルとルルワに対してはしっかりと礼儀を尽くす。これもやはり当然だが、理不尽に虐げられる側としては種族差別、外見差別、階級差別、身分差別だと言いたい気持ちが無いわけでもなかった。ちょっと差別される要素が多すぎる俺も考え物だが。
「仰る通り、これほどの大きさを誇る天然の洞窟は、見つけるだけでも一苦労でしょう。幸運としか言いようがありません」
「内部には誰かの手が入っているようだった。ここが元は誰の住居だったのかは、非常に気になるところだね」
アベルからチラっと視線が向けられるが、俺は馬鹿な吸血鬼のフリをして上手くやり過ごす。300年の長い訓練の末に生み出した、渾身のオトボケ顔だ。吸血鬼は人間よりも酷く知能が劣るのだと、印象付けるような演技。全く演技の必要はなかった。
7人が横並びで入れるような大きな入り口を通り抜ければ、すぐに大広間が見える――はずだったが、石や木材などの仕切りでいくつかの区画に分けられていた。
よく見れば、椅子や机などの簡単な家具もある。人の手が入っていることはもはや疑いようがない。
「凄いじゃない! たった数日で、よくここまでの拠点を築けたわね!」
思ったよりも充実している仮拠点に、ルルワのテンションが目に見えてあがる。これらを整えたのが己の仲間たちだと思っているからだろう。確かにたった数日で、それも未開の森の中で、ここまでの生活拠点を数人で用意したというのなら、それは凄いことだった。
「喜びに水を差すようで心苦しいが、言ったろう? 既に人の手が入っていたと。私たちが行ったのは巣くっている魔物がいないかの確認と、簡単な埃掃除くらい。つまり我々がここを見つけた時には、既にこの拠点は完成していたんだ」
「え? それって……」
嫌な予感は、すぐに現実となる。
ルルワを黙らせたアベルの次の矛先は――
「吸血鬼殿。一つ訪ねたいんだが、この森には君以外に知性生物は存在するのかな?」
「?」
「なんでこっち見るのよ。あなたに決まってるじゃない」
美少女吸血鬼に視線を向けてみるが、呆れ顔で迎撃される。
「?」
「こっちを見るな。たたっ斬るぞ」
髭面おっさん吸血鬼に視線を向けてみるが、仏頂面で迎撃される。
「?」
「いや、私でもないよ。吸血鬼は君だ」
イケメン吸血鬼に視線を向けてみるが、やはり困り顔で迎撃された。
どうやら彼が話しかけた吸血鬼というのは、俺のようだ。
「?」
「なんで急に『人間の言葉は難しくて分からない』――みたいな顔をしているのかな? さっきまで普通に喋ってたよね?」
「キィ……キィ……」
「…………ごめんルルワ。間に立ってくれないか? 吸血鬼との意思疎通は、私にはまだ早かったようだ」
「お任せください。――ここはあなたの拠点だったのよね? 木々を切り倒して家具を作ったのも、あなたなんでしょう? こっちを見る! 正解なら返事!」
「はい」
両手で顔を掴まれて、無理やり目を合わせられる。
端整な顔立ちが眼前にまで迫った。
「なんで誤魔化そうとしたのよ。私たちにここを使われるのが嫌だったの?」
「…………」
「素直に言ってみなさい。怒らないから。ね?」
「恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
そう、ここは俺が作った拠点の一つ。当時この洞窟をねぐらにしていたモンスターを殺して奪った隠れ家だ。
およそ100年くらい前になるか、俺は拠点製作にハマっていた時期があった。
いわゆる森の中でのスローライフ。良い場所を見つけ、拠点を作り、DIYをし、部屋に家具などを置き、思いのままに模様替えをする。
森そのものを自分の島に見立てて、数十年、一人で黙々と。
――という事実を知られるのが恥ずかしかった。
一人でそんなことをしていたとバレるのがまず恥ずかしいし、数十年かけてこの程度の出来というのも恥ずかしい。できれば名乗り出たくなかったが、流石に誤魔化せなかったようだ。俺はブツブツと呪文を唱えるように、小声で白状する。
当然それでは聞き取りにくい、というより全く聞き取れないため、ルルワは俺の口元にわざわざ自分の耳を持ってきてまで話を聞いてくれた。
「……なるほどね。だったら恥ずかしがることなんてないわよ。私たちは凄く助けられたもの。むしろお礼を言いたいくらいだわ」
「その通りさ、素晴らしい拠点だよ。事後報告、事後確認となって申し訳ないが、ここを使わせてもらってもいいかな? 今から他の場所を見つけるというのは、骨が折れそうなんだ」
「うん」
凄く気の良い兄妹だな、と漠然と思う。俺が強いから持ち上げている、というわけでもなさそうだ。
少なくとも、俺がイメージしていた王族とはかなり勝手が違う。
「それと、水のある場所に心当たりはないかい? できれば今日中に水源を確保しておきたいんだが」
「洞窟の奥に地下水が湧く場所があったはず。塞がれてなければだけど」
まだ洞窟内部全ては回り切れていないのか、それとも水源自体が駄目になっているのか。いずれにしろ、確認して損はないだろう。
「それは素晴らしい! 是非案内を頼みたい!」
「いいよ」
***
地下水が十分使えることを確認した俺たちは、それぞれ必要な分を木の桶に汲み、洞窟内を進む。
「――ここがルルの部屋だよ。布切れ一枚の戸口になるが、緊急時だと思って我慢して欲しい」
「もちろんです。むしろ個室を貰っていいのですか? 私は皆と同じ大部屋で構いませんが?」
ルルワの発言に、騎士たちは一斉にたじろぐ。顔には出ていないが、勘弁してくれという気持ちが気配だけで伝わってきた。
「それは流石に容認できないよ。君は王女に相応しい行動を取らなければならないし、彼らは臣下として相応しい態度を示さねばならない。歪な平等は時に不平等を生じ、その遠慮は逆に、彼らを困らせることになるよ?」
難しいが、要は身を弁えろということだろう。
常識的に考えて、王女が部下、それも男と同室というのはあり得ない。吸血鬼の常識でも、変なことを言っているのはむしろ彼女の方だ。
「分かりました。ありがたく使わせていただきます」
「うん」
「それで、この後の予定は?」
「今日はもう遅いから、ここで夜を越そうと思う。今後の方針を決めるための会議を行おう――とも思ったが、それも明日にしよう。まずはしっかりと、体を休ませなさい」
それは数日、満足に休む暇もなかったルルワを気遣ってのことだろう。
確かに今から移動をするのは危険だが、まだ日が暮れるような時間ではない。少なくとも、会議くらいならできる時間はある。
「分かりました。では今日は失礼します」
ルルワはその気づかいを、素直に受け入れた。無理をしてもいい結果には繋がらないことを知っているようだ。
それと、たぶん早く身体を拭きたかったのだろう。水が入った桶を二つも抱えているし、この森に入って数日とか言っていた。体を清める時間も無かったに違いない。
ルルワの部屋から離れようとする騎士たちの後ろに、何食わぬ顔で俺も続く。それはもう生まれながらの騎士みたいな顔をして、隊列に加わった。しかし――
「なにしれっと騎士になろうとしてるのよ。あなたも入って。顔を拭いてあげるから」
「姫様!!」
アガトスの怒声は、この時ばかりは同感だった。
一体何を考えているのかこのお姫様は。これ以上吸血鬼の評判を下げるようなことを言い出さないで欲しい。
「なに?」
「一体何を考えておられるのですか!? 化け物を自室へ招くなど!!」
「もう休むんでしょ? なら寝ずの番をしてもらおうと思って。彼寝ないみたいだし。そうよね?」
「キィ……」
「なりません!! 危険です!!」
「危険? 彼より頼りになる護衛が他にいるの? いたら名乗り出て欲しいわね。<陽呑蛇>の巣に放り込んであげるから」
「ですからその吸血鬼こそが――!!」
「それとも何? 私の目が曇ってると言いたいの?」
「…………」
(…………コワイ)
人睨みしただけで、騎士たちはもちろんのこと、あのアガトスまで黙り込んでしまう。あの髭のおっさんアガトスがだ。
俺に対しては常に優しかったので凄く意外だったが、彼女は大分気が強い性格らしい。
「まあまあアガトス、いいじゃないか」
「しかし――!!」
「ルル、近くに一人待機させるから、何か必要な時は彼に声をかけてくれ」
「……ありがとうございます」
世話係、と言えば聞こえはいいが、要は見張りということだろう。
どっかの野良吸血鬼がまかり間違って王女を襲わないようにというわけだ。自分で言うのもなんだが、間違いが間違いじゃなくなるので、一人では絶対に足りないと思う。
ルルワもその意図は分かっているようだったが、文句は言わなかった。
「うん、じゃあおやすみ」
アベルがアガトスを連れて離れていく。それを見送った後、ルルワは部屋へと入った。その背に続こうとした俺を、待機を命じられた騎士が阻止する。
「おい」
いきなり胸倉を掴まれ、締め上げるような強さで引き寄せられた。
そのうえで、顔を突きつけられ、さらにどすの利いた声を浴びせられる。こんなことは300年の人生でも中々ないため、普通にびっくりした。
「殿下に指一本でも触れてみろ。俺たちがお前を殺す」
「…………」
ガンギマリの目から視線を逸らし、周りを見渡せば、そこには二人の騎士。
三人が揃って、人外の吸血鬼を敵意の目で見つめている。
「本来、お前のような薄汚い化け物が近づいていいような御方ではない。両殿下が温情をかけているからこそ見逃しているが、少しでもおかしな真似をすれば、命令を無視してでも斬り捨てる。殺せなくとも、必ず殺してやる。それが我々の忠義だ」
例え勝てなくとも、ということだろう。
三人ともが、俺のことを全く信用しておらず、そして同じくらい、ルルワのことを心配しているようだった。
これまではルルワの目があったから慎んでいたようだが、彼らも内心はアガトスと変わらないのだ。つまりは右からアガトス2、アガトス3、アガトス4だ。
「絶対に、殿下に危害を加えるな。分かったな?」
「キィ……」
俺はアガトス2の凄味に、快く返事を返すと、ようやく布の戸口をくぐった。
「広い……それにベッドまで。――これもあなたが?」
中ではルルワが、部屋の内装を見渡していた。
俺が入ったことを確認すると、人の気も知らないで嬉しそうに話しかけてくる。
「はい、王女殿下」
「急に敬われると気持ち悪いわ。多少無礼なことを言っても許すから、あなたの喋りやすい口調で喋って」
「キィ……キィ……」
「そこまでは許してない」
壁は剥き出しの岩肌で、明かりもないような部屋。しかし十分なスペースだけはある。これなら指一本触れないというミッションも、なんとか達成できそうだ。
「ここ座って。顔を拭いてあげる」
無理そうだ。
「自分で拭きます」
「嘘よ。あなた凄く汚れてたじゃない。服も洗ってあげるから、早く脱いで」
(…………大丈夫かこれ。ほんとに殺されるんじゃないか?)
無理やり服を脱がされ、血で汚れた体を王女の手によって綺麗に拭かれる。いつもは溜まった雨水などで適当に汚れを落とす俺だが、体を拭かれるのも案外気持ちいいものだと知った。
こちらからは触れていないからセーフ――そんな言い訳をしていた俺に、鎧を脱ぐのを手伝ってくれとルルワが頼むことで、俺の死刑はここに確定した。
しかし、俺の死刑執行は延期となった。なぜなら――
翌朝。
死刑執行人であり、俺を殺すと宣言していたアガトス2が――
何者かに、殺されていたからだ。




