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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
序章 還らずの森の吸血鬼

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第006話 自己紹介


「ん? 勇者?」


「ええ、彼女は魔王を打倒し、いずれ世界を救う者。女神のお告げによって選ばれし――」


 勇者なのです


「…………」


「…………」


 チラっと自称勇者、いや他推薦勇者の方を伺うと、澄まし顔が迎え撃つ。ついでになんか文句あんのかというジト目を添えられて。


 俺はアベルの性格についてはまだ全く知らないため、妹が世界一可愛くてまじ俺の勇者――などという親バカ、いや家族バカという可能性を完全には捨てきれていなかったが、この分だとどうやらそうではないらしい。

 なぜなら、ルルワが否定しない。俺が知るルルワという少女なら、そういうのは冗談でも許さないと思う。現在の勇者の心労が分からない彼女ではないだろう。

 この短すぎる時間で彼女の何を分かったんだと言われればそれまでなのだが、勇者の話題については俺が安易に茶化せないくらいには彼女は真剣だった。


 だからルルワがアベルの言葉を黙って受け入れてる時点で、頭のおかしな兄妹ではないということがここに確定となる。この場で頭がおかしいのは、俺だけだという事実も(知ってた)。

 そして――


(勇者ぁ!?)


 彼女が、勇者であるという真実も。


(ま、まじか……)


 驚愕は当たり前だったが、思ったよりもすんなりと、その事実は飲み込むことができた。なぜなら視覚情報がそれを真実だと言っている。

 気品ある佇まいに、高貴な気配。高価そうな服に立派な鎧。美しい髪に絶世の美貌。勇者だと言われれば、もう勇者にしか見えなかった。むしろなぜこれまで気が付かなかったのか。彼女は一般人にしてはあまりに勇まし過ぎる。


「ルルワ・シェメシュ。この名を聞いたことくらいはあるだろう? 彼女が当代の勇者だよ」

 

「お兄様、彼はこの森から出たことがないのです」


「え? それはどういう……」


 兄妹の会話は、もはや耳に入らない。

 決して乾かないはずの喉が渇き、決して出ないはずの冷や汗が、背中を濡らすようだった。


『魔王は7人いるけど、当代に勇者は1人だけなの』


『虐めじゃん。絶対泣いてるよそいつ』


『そうね』


(…………)


 思い出される――数々の記憶。


『こんなことになってしまったのは、全て300年前の過失のせい。人類史上最大にして、最悪の汚点』


『その勇者は、世には出てこなかった。魔王の脅威を前に、逃げ出したのよ』


(…………)


 呼び起こされる――彼女の激しい怒り。


『そこから、全ては狂い出した。ルコスが世界を支配した100年間は、人類にとって最大の負の歴史』


『でも、見事世界統一を果したその年に、ルコスは失踪。姿を隠した勇者から始まった負の時代は、姿を隠した魔王で終わったわ。そこから新しい魔王が生れるたびに勇者も誕生したけど、ルコスの件で崩された戦力の均衡、そのしわ寄せが後世の勇者たちには重くのしかかった。だから…………人類が打ち倒すべき魔王は、7人にまで増えてしまったのよ』


(…………オワタ)


 俺は静かに、一人天を見上げる。

 太陽の光など差し込まない深い森、そもそも太陽が最大の弱点であるくせに、俺は上を向いた。人間は本当にどうしようもない時は、下ではなく上を向いてしまうらしい。


(ここ……勇者二人いる……)


 認めたくない現実が、無慈悲に襲い掛かる。

 つまり彼女が激オコな勇者こそが俺であり、俺の尻拭いをせっせと勤めている勇者こそが、彼女であるということ。

 こんなのバレたら、一体どうなってしまうというのか。彼女は俺のせいで、世界を7回救うような難行に挑まされているのだ。この若さで。


(…………殺される)


「――なるほど。吸血鬼……」


「私が確認したところ、彼から吸血衝動や人間への殺意などといった負の感情は全く読み取れませんでした。また敢えて背中を向けてみましたが、終ぞ襲ってくるような気配はなく。むしろ酷く人間的であり、非常に友好的です」


「人の言葉も喋れるようだね。握手に応じてくれたことからも、知能は高いことが伺える」


「はい。本人の口から言われるまで、私も魔物であると全く気づきませんでした。一見しただけでは普通の人間にしか見えません」


「伝え聞く噂だけで判断するなという、これが良い見本だね。君を救ってくれた彼のことを、私も信じたいと思う。だからそんなに不安そうな顔はしなくていいんだよ?」


「お兄様、感謝します」


「感謝するなら彼にだね。我々全員の命の恩人になってくれる、救世主かもしれない」

 

 近くで行われているはずの会話が、酷く遠くのものに聞こえる。

 もうこのまま現実に戻って来たくない。いつも通り狭い場所に引きこもってずっと丸まっていたい。しかし300年振りに差し込んだ光は、俺を闇の中に逃がしてはくれなかった。


「――ねえ……ねえ、ちょっとあなた。何を遠い目をしているのよ」


「あっ……は、はい。勇者ルルワ様、何か御用でしょうか?」


「なんで急に敬語?」


 当然だ。彼女には俺の300年分の残業を押し付けてしまっているのだ。いや残業どころではない。俺も含めた勇者7人分の仕事を彼女は肩代わりして今も働いている。守るべき人々も計算に入れるとしたら、さらに世界人口×7の仕事量。人一人が背負うにはあまりに重すぎる。

 それもこれも、一番最初に大ミスをやらかした上、引継ぎもせずに仕事を丸投げした馬鹿な奴のせいだ。俺なら殺しても殺したりない。

 どうかバレないでくれと内心震えあがる俺を知ってか知らずか、ルルワは更なる爆弾を追加する。悪意なく最強の吸血鬼たる俺に大ダメージを与えてくるあたり、やはり彼女は勇者だった。


「改めて自己紹介させて。私の名前はルルワ・シェメシュ。ダソス王国の第一王女で、今は恐れ多くも、勇者の称号を預かっているわ」


「…………」


 森でたまたま出会った女が、勇者で、王女だった件。


『女ぁ!!』


『えっ!? なに!? きゃあっ!?』


『人!? やめっ! 離れなさい!!』


 嘘であってほしい記憶だが、流石につい二時間前の記憶を手放す程、俺の海馬は役立たずではない。そもそも海馬なんてものが存在するのか、あったとしても死体のこの身で機能しているのかすら知らないが。

 しかも記念すべき自称勇者美女との出会い。200年前の自称魔王おっさんとの出会いとはわけが違うのだ。忘れられるはずがなかった。

 つまり俺は紛れもなく、王女を押し倒し、王女に覆いかぶさり、王女に体をこすりつけ、至近距離で王女の良い匂いを嗅ぎ、そして同時に王女に臭い息を吐きかけた――そんな吸血鬼だった。


(…………オワタ)


「改めてよろしくね。あなたの名前も教えてくれる?」


 差し出される手を、呆然と見下ろす。

 俺はこの手を取ってもいいのだろうか。王女へのセクハラとかで罪に問われないのだろうか。もう色々と遅すぎる気もするし、俺に明るい未来なんてものはそもそもないが、だからと言ってこれ以上罪を重ねるわけにはいかない。

 そんな迷いから発生した僅かな時間の隙間に、第三者、いや第四者は入り込んだ。


「両殿下、よろしいでしょうか」


「どうしたアガトス」


 それは、髭面で強面のおっさんだった。

 近くで待機していた騎士風の戦士たち、四人のうちの一人。たぶんリーダーだろう。理由はなんか偉そうだから。


「お話は聞こえておりましたが、危険かと思われます」


「危険とは彼のことかい?」


「まさに。吸血鬼の実在などもはや伝説に等しく、我々の理解に及ぶものではありません。こう言っては無礼かもしれませんが、荷が勝ち過ぎます」


「我々の手には負えないと? 一理あるが……それでは君は、妹の恩人を素気無く追い払えと私に言っているのかな? それが誇りあるダソスの王族が振舞うべき態度だと?」


「人と化け物とを同列に語るなど愚の骨頂。恩というのも、両殿下が実情より大きく捉えているに過ぎませんし、そもそも姫様への厚意自体に、何の下心もないと断言できましょうか?」


「言葉が過ぎるよ、アガトス」


 髭面のおっさん――アガトスの言う事は、非常に耳が痛かった。なぜなら俺がルルワに近づく理由には、下心しかないからである。必死に他のものを探してみるが、揺れるお尻くらいしか見当たらなかった。ついでに海馬の8割も、その映像に占有されている気がする。俺の海馬にすらダメージを通すとは、流石は勇者だ。


「今日は随分お喋りね、アガトス。お酒でも飲んだのかしら?」


「探しましたが、残念ながらこの場所には見当たらないようです」


「そ、お酒なしでも酔えたのね」


 だから俺を庇うように怒ってくれる、ルルワの気遣いが心苦しい。だって下心しかないんだもの。何ならおっさんより俺の方が今の状況に酔っている。

 およそ300年振りの楽しい時間。もうしばらくは、夢の中にいたかった。

 だから、どうやったらいい吸血鬼だと信じて貰えるか、俺は必死に頭を悩ます。

 そんな時だった――


「なっ!?」


「ん?」


 突然、一斉に注目されたような気配に、俺は思考を中断して顔を上げる。

 そこにはルルワを庇うように前に出るアベルと、一斉に抜剣する騎士たち。驚愕の視線は俺に向けられているようで、少し違った。

 やや上を見上げている彼らに釣られるように、俺も振り返る。そこには、大口を開けた巨大な蛇がいた。


「<陽呑蛇アッシュステイク>!!」


 誰かが叫んだのと、俺が心の中で全く同じ言葉をなぞったのは、ほぼ同時だった。

 

(気づかなかったな。こいつ音無いんだよなぁ……)


「馬鹿な!? デカすぎる!!」


「上位種! 変異個体か!?」


「なんだこの大きさは!?」


 背後から騎士たちの狼狽える声が届き、外の世界にも同じものがいるのだと分かる。しかし、全てが同じというわけではないらしい。


「ルルワ!」


「はい!」


 続いたのは、剣が滑るような金属音と、地を踏みしめる音。おそらくルルワたちも抜剣したのだろう。どうやら戦うつもりのようだ。まあ、この状況では戦う以外に道はないが。

 

(こいつ、絶対目を合わせてから喰うんだよな)


 それが<陽呑蛇アッシュステイク>の習性。

 必ず食べる前に獲物の瞳を確認し、しっかりと目を合わせてから丸飲みする。その方が美味しくなるのかは分からないが、その意味の分からないこだわりに今日は救われた。

 腹の中に入っても脱出自体は難しくないのだが、胃液で全身がベタベタになってしまう上、それがまたメチャクチャ臭いのだ。これにはクチャラーのおっさんもびっくりだろう。


(ん? これチャンスじゃないか?)


 唐突に、俺は閃く。特にピンチでもない状況を、チャンスに変えられると。

 ここでこの蛇を何とかしてやれば、下心疑惑も解消されるかもしれない。疑惑でないことが残念で仕方ないが、いずれにしろ多少は評価も変わって来るだろう。

 やることは決まった。


「っ!? 逃げて!!」


 ルルワの警告とほぼ同時、陽呑蛇アッシュステイクが動く。凄まじい速度で迫った大口は、大の大人を縦向きのままでも丸飲みにできるほど。

 太陽すら呑み干せると称される大口。それが向かう先は、当然最初に目を付けた獲物である――俺だった。


 ――パァンッ!!


 耳を塞ぎたくなるほどの巨大な破裂音。

 それは全長80m級の大蛇が、80m級の肉塊へと変わった音だった。


 俺は弾け飛んだ肉や臓物を頭から被りながら、跳ね返る血しぶきも全身に浴びる。巨大な分、死に際も豪快だ。

 そして確実に殺したことを確認すると、全身血まみれのまま振り返った。


「俺は森生まれの吸血鬼。名前はまだ無い。どうぞよろしく」


 魔物を倒して、善良さをアピール。と同時に、強さの証明も行う。

 まさに完璧な自己紹介。俺は満足すると、血に濡れた右手を差し出した。


 先ほど結果的に拒絶することになった握手を、今度はこちらから試みる。

 ルルワは血や臓物の激臭に表情を歪めながら、俺の手を握り返した。

 気のせいだとは思いたいが、その顔は非常に嫌そうだった。

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