第005話 勇者
「はぁ!? 七人!?」
四天王より多いじゃねえか。魔王が7人とか、そもそも複数いるとか聞いたことがない。
(もしかしてあのおっさん、一番弱かったってオチじゃないよな?)
『奴は四天王の中でも最弱……』。そんなテンプレ展開が頭をよぎる。
「なんでそんなことになってんだ? もしかして魔王ってそんなに凄くないの?」
「凄いに決まってるじゃない。魔王一人だけで、世界一つに匹敵する脅威と言われてるわ」
「世界7回滅ぶ計算じゃん」
そんなんでよくまだ人類滅亡してないな――と、率直な感想を抱く。
いや、俺も300年この森の魔獣をほぼ一方的に蹂躙しているが、未だ滅んでいる様子はない。生物の絶滅や根絶は、案外個人が短期で実行するには難しいのかもしれない。
「だから言ってるでしょ、危機だと。人類が滅亡してないのはたまたまというのが、学者たちの見解ね」
たまたまって。学者、もっと頑張れよ。
「みんなそう言ってるわ」
しかも全会一致なのかよ。もっと学べよ、学者。
「でもさ、魔王がいるんなら当然勇者もいるんだろ? そいつは一体どこで何してんだ? どっかの暗い森の中で油でも売ってんの?」
「…………油は売ってないわよ」
それは、勇者のことを知っているような言い方だった。立ち振る舞いや気配から薄々察していたが、彼女はもしかしたら結構偉い人なのかもしれない。だって高貴な雰囲気が全身から振りまかれている。それこそ勇者とお近づきになれるような権力者であってもおかしくないくらいに。
(もしかして貴族とか? あんまり失礼なことしたらまずいか?)
もう取り返しはつかないような気もするが、今からでも態度を改め、ゴマをすっておくべきだろうか。
などと考えながら、彼女の後ろ姿を舐めるように見る。自分でも節操がないと思うのだが、なんせ300年ぶりの女なのだ。三大欲求の中で唯一残ったということもあり、性欲が留まることを知らない。
(やっぱ吸血鬼だからかな?)
それとも童貞だからだろうか。吸血鬼だからということにしておこう。
「魔王は7人いるけど、当代に勇者は1人だけなの」
「虐めじゃん。絶対泣いてるよそいつ」
「そうね」
しみじみと頷き、共感するルルワ。こんな感じで、彼女も虐められる側の気持ちを知っているらしい。意外だ。
「こんなことになってしまったのは、全て300年前の過失のせい。人類史上最大にして、最悪の汚点」
「300年前?」
「あなたも全くの無関係というわけではないわ。始まりは魔王ルコスの死……いえ、誕生からだから」
「…………」
その頃までは、人類はそこまで追いつめられていなかった――ということだろうか。やっぱり四天皇最弱クチャラーおっさんは強いほうだったのか。ルコス「っっ!?」
「今から約300年前、災厄の魔王ルコスは生まれた。その時、彼に対抗できるほどの強さを持つ勇者も、この世に誕生したの。この世界では、魔王が生れれば必ずそれに匹敵するだけの力を持った勇者が誕生する。でも――」
ルルワの気配が変わる。
それは先ほど垣間見えた強い感情の片鱗――怒りだった。
「その勇者は、世には出てこなかった。魔王の脅威を前に、逃げ出したのよ」
「うわぁ……」
思わず素で声をあげてしまうが、彼女の後ろ姿に目に見えた変化はない。握りこぶしを作りながら、ただ黙々と進む。しかし怒っていることだけは、その背中だけで伝わった。
「そこから、全ては狂い出した。ルコスが世界を支配した100年間は、人類にとって最大の負の歴史」
なるほど。なんとなく話が見えてきた。
つまり魔王が生れれば勇者が生れる。それら拮抗した両者のぶつかり合いで世界のバランスは保たれ、それが代々繰り返されてきたわけだ。
定期的な争いに目をつぶれば、確かにそれは安定していると言える。しかし300年前の勇者が初めて魔王をほったらかしにしたことで、人類側が不利になり始めた。
「でも、見事世界統一を果したその年に、ルコスは失踪。姿を隠した勇者から始まった負の時代は、姿を隠した魔王で終わったわ。そこから新しい魔王が生れるたびに勇者も誕生したけど、ルコスの件で崩された戦力の均衡、そのしわ寄せが後世の勇者たちには重くのしかかった。だから…………人類が打ち倒すべき魔王は、7人にまで増えてしまったのよ」
なるほどなるほど。
代々魔王勢力と勇者勢力は拮抗していたが、300年前のルコス世代は勇者が戦わなかったことにより、戦力のバランスは崩れ、ルコスの次世代がその責任を肩代わりさせられたと。
だが次の魔王を殺せずに勇者が死に、そのまた次の魔王も殺せずに勇者が死ぬ。一対一で対等な力だというのなら、二人や三人に増えた魔王を相手に勝てるはずがない。負のサイクルは続き、結果魔王は7人にまで増え、もう取り返しがつかない状態にまで陥ってしまったと。
確かにこう言われると、全部300年前の勇者が悪い。だが――
「どうして逃げたって分かるんだよ。誕生しなかっただけかもよ?」
素朴な疑問には、即座に答えが返って来る。まるでそう反論をする者が多くいるかのように。
「勇者の誕生は、女神のお告げによって人類に知らされるの。そして魔王と勇者は必ず世界に導かれ、やがて出会う宿命。現にルコスは、ずっと勇者を探していたと言われてるわ。だから300年前勇者が誕生したことも、その勇者が逃げ続けていたことも、確かな事実よ」
吐き捨てるような言い方だった。呪詛すら含まれているような気配。
彼女がどれだけその勇者に怒っているかは、火を見るよりも明らかだ。それだけ多くの人間が死んでいるということだろう。その勇者一人のせいで。
(…………ん?)
その時、俺の脳裏によぎるものがあった。
それは虫の知らせというべきものであり、確かな嫌な予感というやつでもあった。
『我が名は魔王ルコス。そうか……貴様だったか……。探したぞ』
(300年前……現れなかった勇者……)
『100年間、この日を待ち続けた。二つの伝説を同時に打ち破れるとは、私は運が良い』
(勇者と魔王は……必ず導かれる運命……)
『もちろんです女神様! 俺は必ずや魔王を倒し、世界を救ってみせます!』
(おおおっ……俺じゃねえかっ!!)
真実に気が付いた瞬間、俺はその場に立ち止まる。
寒さなどとうに感じない体のはずなのに、膝どころか、全身が震えあがるようだった。
え? もしかして俺のせいで人類滅亡しかかってるってこと?
俺が300年も森の中にいたせいで? 嘘だろ? 誰か嘘だと言ってくれよ。
「…………どうしたの?」
突然立ち止まってしまった俺に、彼女は不思議そうに振り返る。
俺は即座に顔を伏せた。言えるわけがない……俺がその勇者ですなんて。言えるわけがない……魔王ほったらかしにして、300年間森に引きこもってましたなんて。
(…………殺される)
だから――
「なんて酷いやつなんだ! その勇者、許せねえよ!」
握りこぶしを作り、体を震わせる。
記憶の一切を今この場で握りつぶし、俺は強い怒りに震えあがる正義の吸血鬼へと、進化を遂げたのだった
***
――とか思ってた時期が、俺にもありました。
「良かった! 無事だったのか!」
「それはこちらのセリフです! 本当に、本当に良かった!」
再会した途端、抱擁を交わした男女の姿を、俺は冷めた視線で眺める。
軽いハグかと思いきや、それはまるで長い時間離れ離れとなっていた恋人同士のように熱いもの。この光景を見せられて理解できないほど俺は馬鹿じゃなかったし、こんな光景を見せられてまだ希望を抱けるほど、俺は馬鹿にもなれなかった。
(そんなことだろうと思ったよ。彼氏はいないとか言ってたけど、どうせ許嫁で婚約者とかそういうオチだろ? まだ付き合ってはないけどお互いに好き同志で、結ばれることは確定しているしなんなら二人ともその未来を望んでいる。家同士で約束された結婚だけど、小さい頃からの幼馴染で、子供時代にも結婚の約束とかしてて、そいつは彼女のために強くなった騎士とかで、二人ともやっぱりまんざらでもない――みたいなテンプレパターンだ。あーあ、頭とか撫でてるよ。ルルとか愛称で呼んじゃってるよ。もう死ぬよマジで。人類滅びねえかな……)
俺は絶妙な距離に一人取り残され、地獄のような光景を見せられ続ける。300年生きてきて、初めて寝取られの痛みを味わった(別に彼女ではない)。
普通に死にたい。というか誰でもいいから殺したい。
(あん? さっきから何見てんだよ? 殺すぞまじで。やっちまうぞこら)
ルルワとの再会を喜びながらも、俺の方を睨み続ける高身長王子様系イケメン。
還らずの森などと言われる危険な森の中、不審な男がいるのだからそれは当然の警戒ではあるが、俺の目には、愛する恋人に近づく男を牽制しているようにしか映らない。つまり宣戦布告だ。
(まじで殺しちゃおうかな。え? というか別に殺しちゃっていいんじゃね? だって俺吸血鬼だし。人類の敵だし。え? ほんとに何も悪いことじゃないじゃん。それが自然の摂理じゃん。人間ってただの餌じゃん。7人の魔王がちんたらやってるんなら、俺が人類滅ぼしちゃえばいいじゃん。お前らのせいで8人目の魔王爆誕だよ。え? これまじで殺せるぞ。やんのか俺。やれんのか俺)
暗く深い森の中。還らずの森。絶好の殺人スポット。
世界に殺せと言われているようだ。しかし――
「おやめください。彼は、私を助けてくれた命の恩人です」
男が俺を警戒していることに気が付いたのか、ルルワが止める。
俺は普通に彼女にもムカついていたので、その場でボケっと突っ立ち、二人まとめて睨みつけていた(八つ当たり)。
「そうなのかい?」
「はい。弾丸狼の群れを追い払い、ここまでの案内もしてくれました。彼がいなければ、私は今、ここにはいません」
「なんと!」
ようやくベタベタくっつくのをやめた二人が、俺に向き直り、さらに近づいてくる。男の目に、既に敵意というものはなかった。だからその分も、俺は瞳に敵意を宿す。
俺は吸血鬼。人間は全員敵だ。
「――これは大変な失礼を。私の名はアベル・シェメシュです。ご挨拶が遅れたこと、そして感謝の言葉が遅れたことを重ねて謝罪したい。私の愛するルルワを救っていただけたこと、なんとお礼を申し上げればよいか……」
お前のために助けたわけじゃねぇよ――と思うが、口には出さない。もう口に出すのもめんどくさかった。
何もやる気が起きない。こいつと会話したくない。
男――アベルは何を血迷ったのか、手を差し出して来る。
俺は当然その握手には応じず、むしろ何だこの手はと、汚いものでも見るように眺め続けた。
「…………」
「…………」
同調圧力にも友好的な空気にも屈することなく、ガン無視を敢行する。だが、目だけは逸らさない。明らかにヤバい奴だが、もうそれでよかった。全てがどうでもいい。
返事がなく困っている男を見かねたのか、ルルワが前へ出る。
俺の視線は当然彼女へと移るが、瞳の鋭さは変わらない。ゴミを見るような目で見た。
好きという感情は裏切られた途端にそのまま裏返るというが、まさにだった。先ほどまで女神に見えていた彼女が、今はニンニクに見える。
「紹介するわ。私の――兄よ」
「いえ、人として当然のことをしたまでです。お礼を言われるようなことではありません」
俺はルルワを押しのけるように一歩前へ出ると、お兄様の手を取り、握手を交わす。礼には礼で返すのが、人として当然の姿だからだ。
「…………」
なぜかあんぐりと口を開けてこちらを見ているルルワを尻目に、俺とお兄様はにこやかに友好を深める。
「いや、それではこちらの気が済まないよ。どうか我々の感謝の気持ちを受け取ってほしい」
「本当に感謝されるようなことは何も。それよりも、返事が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。実は先ほど使用した能力の後遺症で、少し気分が優れなくて」
「それは気が付かずに申し訳なかった。どうかあちらで体を休めながら、妹を救い出したという君の武勇を聞かせて欲しい」
「私如きの話でよろしければ、是非」
「…………」
誰だお前は――そんな目で俺を見ているルルワに、兄アベルは嬉しそうに語り掛ける。
「良い人に巡り合えたようだね。これも、勇者の人徳という奴なのかな?」
「お兄様、揶揄わないでください」
「ん? 勇者?」
「ええ、彼女は魔王を打倒し、いずれ世界を救う者。神のお告げによって選ばれし、勇者なのです」
森でたまたま出会った女が、勇者だった件。
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