第004話 魔王
「それで、仲間の凡その場所は分かっているのか? それと彼氏がいないというのは今だけかな? ちなみに俺も彼女はいない……今はね」
「森に入る時にはぐれてしまったみたいだから、そのあたりじゃないかしら。そう遠くにいるとは思えない」
「俺もそう長い時間彼女がいなかったわけじゃないんだが、ちょうどたまたま今はいないんだ。ほら、なんせこんな森の中だろう? 出会い自体が少ないからさ」
「たぶん野営に適した場所……最低でも平地に陣取るわよね。適当な場所に心当たりはない?」
「適当な女の子に心当たりはないか? ちょうど彼氏がいなくて、ちょうど彼氏募集中で、ちょうど森でイケメン吸血鬼に命を救われたような、17歳彼氏なしの女の子とか」
「会話してくれる?」
確かに彼女の言う通り、会話が噛み合っていないような気もする。
これが人間と吸血鬼によるコミュニケーションの限界なのか。種族が異なるというだけで満足に会話もさせて貰えないとは、ますます女神への怒りは募るばかりだ。
「はぁ……何を期待しているのか分からないけど、私は彼氏なんか作る気ないわよ」
「ああ……」
「あっ! で、でも! えっと、その……い、今はそうでも! いつか! そういつかは欲しいとは思ってるわ! 常に前向きには考えてる!」
「仲間の位置が分からなくて困ってるって? 俺に任せてくれ」
その場での素早い屈伸運動を終えた俺は、能力行使の準備に入る。
「任せてって……彼らが今どこにいるか分かるの?」
「分かるよ、吸血鬼だからね。そして困っている人を見過ごせないのが俺の性分。全く損をする性格だよ。だがそんなところが――」
「それはもう分かったから。できるなら早くして」
「はい」
ほんの僅かな、本当に僅かな苛立ちの感情を察知したため、俺は即座に引き下がる。
小心者の俺は、女の子にちょっとでも強気に出られると委縮してしまうのだ。野生のギャルとか積極的にエンカウントを回避する。たぶん共感してくれる男は多いはずだ。
「ちょっと集中するから、静かにしててくれ」
素直に押し黙るルルワを尻目に、俺は目を閉じる。
この能力には、冗談ではなく集中力が求められるのだ。
「<反教底位>」
人間の聴覚では決して聞き取れない周波数。超高音波とでもいうべき莫大な音響が、俺の全身から放たれた。
実体が伴わない音の爆発に、森全体が微かに揺らされたような気配。程なくして、俺の頭の中に、膨大な情報の波が押し寄せてくる。
「いた、人間が5人」
「ほんと!? 生きてるの!?」
「生きてる。ここから真っすぐ、西に5km」
――<反教底位>
楽園を追放された誰かさんを嘲けるような能力名は、当然俺が命名した。悲劇の主人公みたいでカッコイイと思ったからだ。誰にでもそういう時期はある。もちろん今は違うが。今は。
この能力の実体は、簡単に言えば――超音波をぶつけて反射音を解析する、エコーロケーションという奴だ。
事実上範囲に限界はないが、それは頭脳で処理できる情報量に限られる。まさに吸血鬼という、人智を超える肉体を持つからこそ可能である技。ただ――
「良かった……どうしたの?」
「いや……ちょっと疲れて」
これが滅茶苦茶疲れるのだ。
人一人の脳みそでこの馬鹿みたいに広い森の情報を一挙に読み取ったのだから当然ではあるが、ほんともう二度と御免だと思う位にはシンドイ。
もちろん俺は半分死人のため、肉体的疲労というものにはもう300年縁がないが、精神の疲労だけはなんともならなかった。むしろ300年かけて憔悴した精神に、この追い打ちはかなりキツイ。例えるなら連日徹夜で勉強したテスト当日に、出題範囲を間違えていたことに気付いた瞬間と同じ程度の辛さ。
その程度で泣き言いうなと言ってくる奴には、なら超音波出してみろと反論する。きっと負け惜しみくらいしか出せないだろうが。
「西に…………なるほど。森の出口を目指しながら、私を探していたのね」
「ん? 君らって西から来たの?」
「ええ。だってここは、大陸の最東に位置するから」
「ほーん」
全然考えたことなかった。
たぶん全力を出せば森の外のことも読み取れるのだろうが、自分が行けない場所のことなんか知っても意味がないし、なんなら余計に辛くなるだけだと思ってしなかった。
「歩きながら話しましょう」
言うや否や、身をひるがえし、自ら歩き出すルルワ。
ふわりと長い金髪が舞い、スカートが揺れる。当然俺は真後ろにつき、彼女の尻を追いかけた。フリフリと左右に揺れる魅力的なヒップを眺めながら、あわよくば彼女の香りが風に乗って流れてこないかと真後ろに陣取る。
俺が抱えて走ったり、なんなら一緒に飛んで行く方が絶対に早いが、当然そんなことは言わない。
俺は少しでも長く彼女との時間を楽しみたいのだから。
「何度も言っている通り、ここは本来、人が立ち入って良いような場所じゃないの。私たちが入ったのも、やむを得ない事情があったからよ」
ルルワは目指すべき方角を間違うような、鈍感属性は持ち合わせていなかった。むしろ西に真っすぐ、確かな足取りで進んでいく。
(若いのにしっかりした子だなぁ……)
「逃げて来たのよ。敵からね」
「敵?」
弾丸狼――のことではないだろう。
あれはこの森にいた奴らだ。そういうのはなんとなく分かる。
「この森の外のこと……は知らないわよね」
「うん」
正直あまり興味はなかったが、喋りたそうなので黙って聞くことにする。こういった小さな努力がゆくゆく実を結ぶのだ。きっとそのはずだ。
「この森で生まれ育ったあなたにはイメージしづらいかもしれないけど……世界というのは広いの。今あなたが頭の中で思い描いているよりも、もっと、ずっとね」
俺は前世地球の世界地図を頭に思い描いていたのだが、あの何倍もこの世界は広いのだろうか。
まあ流石にそんなことはないだろう。彼女が俺のことをずっと森の中に引きこもっていた森ボーイと思っているがゆえの認識のずれだ。
都民が田舎者に都会を紹介してあげたら、そいつは東京生まれだった――みたいな感じか。それだと彼女が恥を晒しているようで若干可哀想だが。
「広大な大地に、多種多様な種族が暮らす世界。知的生物の数は、この森の比じゃないわよ」
「吸血鬼は?」
「吸血鬼はいない」
やっぱりいないのか。
吸血鬼の国とかあれば、太陽を克服する手段とかも知っているかもしれないのに。
だが吸血鬼がいたとされるのは軽く数千年前のことだと彼女は言っていた。望み薄にもほどがある。いや、例え過去でも、当時の文献などが残っていれば――。
「あなたが殺した魔王ルコスと、私が全く別の種族だってことは、流石に分かるわよね?」
「ああ、お前には牙がないからな。それでギリギリ見分けがついた」
「その理屈だと、あなた狼男ってことになるわよ?」
「これは牙じゃなくて鬼歯ね。失礼するよほんと」
「何のプライドなのよ」
ずっと思っていたが、彼女はレスポンスの鋭さが凄い。それはもう鬼歯みたいに。牙ではなく鬼歯みたいに。
撃てば響くように言葉は返って来るし、その内容も知的だ。滅多にできない会話ということもあって、喋っていて凄く楽しい。
「そんなこの世界で、私達人間という種族は、酷く弱い立場にあるの」
「弱い?」
「そう。それは生物的弱さでもあり、立場の弱さでもある。つまり人間という種は、世界的に見て弱勢種であり、被支配者階級ってこと」
「ほーん……」
前世地球では、人間は完全な支配者階級だった。それも断トツのカースト最上位。サッカー部やギャルを超える潜在能力を有していた。それは俺のような陰の者であったとしても。
地球にはそもそも人と似た種族すら全くいなかったので、何ともイメージしにくい。人間が追い詰められるほどの敵がいるとは。
確かに狼のおっさんはメチャクチャ、それはもうムチャクチャ、ハチャメチャ強かったが、個人の影響力には限界があるだろう。なんか過剰に褒めたらクチャラーのおっさんみたいになってしまったが、もうそういうことでいいや。――故・ルコス「っ!?」
「人類は常に追い詰められている。絶滅の日も、そう遠い未来ではないと言われているほどに」
「ん? でもあのおっさんが魔王だったんだよな? 魔王が人間の敵ってことだろ? もう死んでるじゃん」
あのおっさんは魔王だった。その魔王を俺は殺した。
つまり俺は、人類を救った英雄ということになるのではなかろうか。この事実を強く押せば、彼女も俺に惚れるかもしれない。
だがそんなに簡単ではなかった。むしろ俺は、やめておけばよかったと後悔することになる。
「200年も前の話よ? もう次の魔王が生まれてるに決まってるじゃない」
「そうなんだ」
襲名制なのだろうか。どんな奴があのおっさんの後を継いだのか、少しだけ気になる。その程度の心もちであったから、淡々と続いたルルワの言葉には非常に驚かされた。
「現在生存が確認されている魔王は、この世に7人」
「はぁ!?」
なんと、この世界には魔王が7人もいるらしい。




