第065話 犯人は誰だ!?
「――なっ!? 何よこれ!?」
街を全力で駆け、式場にまで最短で戻ったルルワたちを待ち受けていたのは、凄惨たる現場だった。
変わり果てた大祭壇の間。
小祭壇にある複数の像は倒れ落ち、力なく床に転がるものから、破壊されたものまで多岐にわたる。天井にあるいくつかのシャンデリアは落下したのか、床上で花となり、歪な美しさで静観たる会場を彩っていた。
十字架型の会場、そこに設置されていた長椅子の数々は周囲へと吹き飛び、中には壁にめり込んでいるものまで見受けられる。
意匠をこらしたステンドガラスの数々は、ほとんどが叩き割られ、皮肉のように綺麗な光を内部へと差し込ませていた。
ルルワがムメイと共に出て行った時とは、明らかに様子が違っている。
踏み込んだ瞬間、そして視界に情報が飛び込んだ瞬間に――確信した。
これは悪意だと。
「クソ!! 誰がこんな酷いことを!? 最悪だわ!!」
神聖な儀式を行うために、特別に用意された大聖堂。その中央部たる大祭壇の変わり果てた姿に、ルルワは絶望を禁じ得ない。
これは、即座の修復は不可能。一刻を争う現状では、最悪に近い答えだった。
これでは、儀式は行えない。毒を祓えない。
その懸念は当然のものだろう。しかし――
「アワン?」
アワンはこの惨状に見向きもせず、まっしぐらに十字架の頂点部分へと駆ける。大祭壇にある、聖棺や神像の様子を確認しに向かったのかと思ったが、彼女はそれさえも無視し、奥へと引っ込んでいった。
「良かった!! 大丈夫です!!」
その声は、ルルワに問題がないことを伝えるためだったのだろうが、隠せない安堵の感情がにじみ出ていた。
何がなのかは分からないが、希望を感じさせるその声に導かれるように、ルルワは舞台上へと再び上がる。
そして神像の影に隠れるように伏せる、アワンを覗き込んだ。
「ここは?」
「儀式に必要なアイテムを隠していました。神の背中を取るとは誰も思わないだろうと」
「なるほど……」
ルルワは感心する。それは、混じりけなしの素直なものだ。
アワンはユウキの妨害を見越して、真に重要なアイテムなどは人の目の触れない場所に隠していたのだ。それも、神の背後に。
曲がりなりにも神とする神像の裏側に人が手を加えるなど、本来不敬もいいところ。そこに何かを隠すという発想は天術に精通しているものほど出てこない。天術には神への信仰心が不可欠だからだ。
そこを逆手に取った。天術に理解のあるユウキへの対策としてはこれ以上ないものだろう。
「凄いわアワン! お手柄ね!」
「いえ、これはケイン様の案なんです。助けられました……」
ここにいない誰かに感謝を捧げるように胸に手を当てるアワンの姿に、ルルワはそんな時ではないと理解しながらも、心中複雑となる。
ケイン・ブーノス。
アワンをその権力を盾に無理やり手籠めにしようとする最低の男――だと思っていた。
しかし、ムメイの考察では全く違う。それも、真逆。
彼は、アワンが幼少期より、毒への対抗術の開発に長年取り組んでいると、メイドとして拾ったレイラの口から聞いた。
だからアワンがこの国からいなくなった後も、彼女がその術に向き合い続けていることを信じて病院を支援し、いざアワンが帰ってきた時のための土台作りと、儀式実行の準備を密かに進めていたのだ。
その終着点こそが、今回の結婚。王族であり本家ブーノス家の期待の王子、ケインの結婚式という建前で、式場の設営に文句を言わせなかった。
彼が結婚話を持ち出さなければ、これほど立派な儀式場を、それもコロノス領に建てることなど絶対に叶わなかったことだろう。彼は自分の権力を私的に利用し、その結果名誉を落とすことになったとしても、これを実行したかった。
全ては、アワンに滞りなく儀式を行わせ、彼女の残した罪を拾わせるため。彼の主目的は、アワンとの結婚ではなかったのだ。
『結婚したいのは嘘じゃないと思う。でもやっぱり彼は、ただアワンを助けたいんだよ。好きだからね』
レイラを拾ったのも、アワンの大切な存在をもう失わせたくなかったから。ただそれだけが理由だろうと、ムメイは言っていた。
結婚話も、たぶんケインは最初この建前だけを提案し、適当な理由で破談とする計画だったのだろう。しかし当のアワンがそれを拒否。彼女の意志で、むしろ彼女から正式な結婚を申し出たのだろうと。
ケインはきっと、アワンとは結婚できないと、最初から分かっていたのだ。むしろ勇者に憧れる彼は、その結果こそを望んでいた。
これが、ムメイが語ったケインという男の真意だった。
彼はケインの考えに関しては、コイラスの政治事情なんかよりもよっぽど自信を持っているようで、十中八九間違っていないと断言していた。
ケインはただ、アワンのことを勇者だと信じ続けていた。そんな勇者の、手助けがしたかったのだと。
(謝らなきゃいけない人間が増えたわね……ほんとに私は、人を見る目がない)
ムメイの助言がなければ、きっとアワンのことも仲良くなれない女と最初の段階で切り捨てていた。ケインのことも、レイラのことも。
ルルワは自嘲する。
自分にも弱い部分は確かにあるくせに、人の弱さばかりに注目して、それを反射的に拒絶し、腹立ち、嫌悪さえする己という存在に。
ムメイに言えば、「人間なんだからそんなの当たり前……。みんなそうだよ……」と当然のように答えることだろう。
しかしルルワは、自分が許せなかった。人には弱さがある。しかし、それに立ち向かうことこそが強さだと、ムメイに教えて貰ったから。
(ちゃんと謝ろう)
だが、それは今ではない。
全てが終わってから、改めて向き合うべきことだ。
ルルワは現実に戻り、思い当たっていた懸念を口に出す。
「でも、よくバレなかったわね。ユウキはあなたの記憶を見れるんでしょ?」
「そうなんです。だからこの妨害は、別の人間の仕業だと思います」
アワンもこの隠し場所を知っていたというのなら、その記憶をユウキは見ているはず。儀式を邪魔するのなら、会場をここまで滅茶苦茶にしておいて、ここにだけ手を付けないというのは不自然だ。
「そんなことする人間がいるの?」
「ロフォス家の者でしょうか? ユウキに手を貸すとすれば……」
「そうかしら? 私は違うと思うわ」
ユウキが長年潜伏していたというロフォス家。まず最初に怪しむのは当然だ。しかしこの状況だと、話は違ってくる。
「既に毒が蔓延しているこの街で、そんな気骨のある者がいるかしら? 仮に脅されているにしても、自ら死に飛び込むようなものだわ。無謀とも言うわね」
むしろロフォス家の者は率先してこの街から避難しているのではなかろうか。もちろんユウキから前もって聞いていればの話だが。
「確かに……でも操作された場合はどうでしょう?」
「それって憑依? それともレイラみたいに? いずれにせよ、多人数を操れる類の能力ではないわ。できるなら、今しない理由がないもの。人数制限があるにしろ、毒の散布係よりもこっちを優先させるとは思えない。その結果がこれじゃあマヌケがすぎるもの」
「そうですね……その通りです」
能力を割いてまで多人数を動員した妨害がこの結果では、あまりにお粗末すぎる。この現状はむしろ、個人による八つ当たりのようにも見受けられた。
計算性のない、感情的な行動の結果。だからこのこととユウキは関係ない。
そうなると不思議なのは、ではなぜユウキは妨害に動かないのかという点だ。
彼の目論見通り、アワンがこの地に戻った。その時点で儀式自体を行わせないために、この場所の破壊に動いてもおかしくなさそうなものを。
毒を浄化されてもいいというのか。このまま何もしなければ、近いうちにその未来はやってくるというのに。
「まあでも、儀式の行使に問題はないんでしょ?」
ルルワはその疑問を一旦棚上げする。
今はやはり、毒の浄化が最優先だと。
「はい、大祭壇内部の装飾は文字通り飾りです。重要なのはこの場所とフィールドの状態。ですが……」
「ん?」
壇上に立ち、広い会場を見渡すアワンに、ルルワも並ぶ。
そして、心残り、重大な懸念が一つだけある――そんなアワンの視線に釣られるように、ルルワもそれを見た。
「扉が……破壊されています」
「え? 扉?」
アワンが見つめるのは、破壊された大扉。
地獄への門か、天国への門か――それほどに大きく、また立派な扉だった。しかし今は、それがない。
巨人の口のようにぽっかりと開いた穴。そのわきに添えるように、外された扉は立てかけられている。
ルルワはアワンへと振り返り、その深刻そうな表情から逃げるように、もう一度扉を見た。それを繰り返す。
「一体誰がこんな酷いことを……」
「と、扉はいいんじゃない? 扉は許してあげましょ?」
ルルワの説得に、アワンは静かに首を振った。しかし、その否定の念はどこまでも力強い。
「儀式において、扉は境界線の象徴であり、扉を開くという行為は、神を招く意味合いを持ちます。だからこそ、これを最初に誰が開くかが非常に重要なのです」
「…………」
力強い瞳に、ルルワは口をつぐむ。
再び開ける気がしなかった。
「儀式に全く関係のない者が手を触れれば、成功確率に響きます。それが悪しき者であれば、最悪。神の怒りに触れ、私の祈りは届かないかもしれません」
「…………」
「やられました。術の理解に深い者の仕業。きっとこの惨状はその意図を隠すための偽装でしょう」
「…………」
「いえ、徹底的に破壊されたものばかりのこの会場の中にあって、扉だけは綺麗に残し、ご丁寧に立てかけてまでいる。これは明らかに挑発です!! 儀式を馬鹿にしているとしか思えない!!」
「…………」
状況をまとめているうちに熱が入ったのか、アワンの口調がヒートアップする。
ルルワは目を逸らすように、目を合わせないように、扉だけを見つめ続けた。
「一体誰がこんな酷いことを!! まさに鬼畜の所業!!」
「…………」
「ルルワさん……少しでも、犯人に心当たりはありませんか?」
「…………」
それは悪意からではなく、警戒からだろう。
数十トンにも及ぶ大扉を破壊できる存在。そして術を理解し、術者の最も嫌がることを実行した悪しき者の正体を、彼女は知りたいだけだ。
その存在がこの先の儀式を妨害してくるのであれば、成功率に直接作用すると。
こちらをジッと見つめる真剣な瞳に、ルルワはようやく目を合わせる。
そして、もう開けないと思っていた口を、開いた。
「見当もつかないわ」
ルルワは犯人を、隠蔽した。
***
「…………」
ゆったりと丘から舞い上がる存在から、目が離せない。
それは、まるで通りがかった散歩中の犬が、自分の飼っているペットにそっくりだった時の反応に近い。
そんな体験はこれまで一度としてないし、そもそも俺は犬を飼ったことすらなかったが、そんな気分だった。
内心馬鹿みたいなことを考えなから、空を見上げるのは、ご存じ鬼畜な吸血鬼。
自分の犬かどうかを検分し続ける、飼い主だった。
「凄いな! これが空を飛ぶ感覚か!」
ふわふわと浮き上がっていき、高度は早くも十メートルにまで到達しようと言う時、ユウキは我慢ならないように両手を広げた。
まさに自由を体現する姿。空を手にした大地の獣。
「凄いや!! 何がズルいだよ! 君の方がズルいじゃんか!!」
空の上をぴょんぴょんと飛び跳ね、これでもかと喜びを表現する。
このはしゃぎようは、とても演技には見えない。ユウキ自身の隠された能力という可能性は、俺の中から既に消えかけていた。しかし、まだそれが俺のものと確定したわけではない。
(神託聖域の可能性は……いや……)
浮かせる能力と言えば、神託聖域の過剰の無。
己にも適用できるのであれば不可能ではない。しかし――
(やはり飛べない。奪われてるな)
何度試しても、浪漫非行が発動できない。
これまでは手を動かすように自然とできた行為が、適わない。300年以上前はこれが普通だったというのに、今ではこちらの方が俺には不自然。
空を飛べないというだけで、あまりに不自由、かつここまで世界が窮屈に感じるとは、今の今まで気が付かなかった。まるで右腕を失ったような気分だ。
いや、喪失感はそれ以上。
(戦闘中に取り返せるのか? 条件は? いや……)
その前に、確認すべきことがある。
それは――
「<一触即動>」
「おわあっ!?」
飛行と同じく、もはや己の手足となっている念動力を発動する。
その対象は、これまでの幾多の攻撃の際に既に接触を果していた存在。俺は攻撃したら、大体の場合ついでに手で触れる。これは狙うというよりもはや日常の癖だ。アワンの時も大扉の時も、その癖に救われた。
吸血鬼から空を奪った獣を、大地へ帰す。
そこはお前の居場所ではないと、地面へと叩きつける。
「いっ……てぇ!!」
(…………<一触即動>の方が力としては上なのか? それとも使用する術者によって威力は違う?)
成すすべなく地面に激突するユウキの姿に、俺はこれまで考えもしなかったような問題に着手する。
それは一触即動による念力と、浪漫非行の飛行能力、どちらの方が強制力は上なのかといこと。
まさかこんなことを考える日がくるとは思ってもいなかった。俺の手元にある状態ではまず不可能だ。
(ユウキの浮遊能力と俺の飛行能力なら白黒ついてるんだが……)
神託聖域の浮遊は、俺の飛行能力で完全に無効化できたとアワンは言っていた。
しかしその時とは条件が違う。どちらも俺の能力であり、しかも片方は俺が使っていない。
俺としては、ユウキが使用すれば本来の力は発揮できないという結論に持って行きたいところではあるが、それを証明するには――
(いや、一触即動で対処が可能という結論さえ分かればそれでいい。飛行能力を奪ったところで、意味がないと示せれば)
空を飛べる力を得たところで、その都度撃墜されるのならば意味はない。
奪われたことに関しても、大地の獣を狩るのに飛行能力がそう必要とも思えない。そこまで致命的な状況ではない。
「おいふざけんなよ!! 空飛べて喜んでる奴の邪魔するってどういう神経してるんだ!? しかも落とすって!!」
「そりゃ落とすだろ。俺が空飛べてないんだから。ライト兄弟だって弟が先飛んだと時はきっとこんな気持ちだったはずだ」
「誰だよ!?」
土を払いながら、ユウキが立ち上がる。
怒ってはいるが、回復を使わないあたり大したダメージではないようだ。これで俺の一撃の有効性と威力は証明される。ユウキの回復能力の脅威も。
「兄より偉大な弟は必要ないんだ。お前が太陽を目指すというなら、何度だって空から落としてやるよ。俺は人の成功を見るのが一番ムカツクんだ」
「凄いな……なんか素直過ぎて逆に性格よく見えて来たよ……」
俺は適当な会話を続けながら、能力の考察を進める。
(盗られたのは浪漫非行だけか……おそらく一度に一つしか奪えないんだろう。でなければ強力過ぎる)
相手の力は何でもかんでも奪い取れ、それを自分のものとして使える。
そんな能力はインチキもいいところだ。俺は自身の膨大な才能のデカさから、逆にそれがどれだけ難しいことかをよく知っている。
神も悪魔も、何でもかんでも願いを叶えてくれるほどお人よしではない。むしろこの点においては人間よりも厳正だ。おそらくこのルールに例外はない。
いくらこの広い世界において、ここにのみに限られた限定能力とはいえ、無敵の力が作れるわけはないのだ。
そしてこの戦闘中に行使できない能力が浪漫非行だけであるというのなら、やはり致命的ではない。
俺は地上戦だけでも十分に戦える。だから――
「…………」
だからその光景には、言葉が出なかった。
まさに、開いた口が塞がらない。俺は気づけば、再び空を見上げていたのだ。
「言ったろ? 聖域の主が誰か……教えてやると」
一体どこにあったのか、いや、一体どうやって持ってきたのか――
空を埋め尽くすのは、人間を超えるほどの大きさを誇る岩。そして無骨なそれらに彩を加えるように添えられるのは、木々だ。
まるで天に小さなブラックホールが発生したかのように、自然が引き寄せられ、空を塞ぐ。
丘の景色は一変する。
いや、やはり俺が気がつくずっと前から、もう変わっていたのだ。
「<一触即動>!!」




