第064話 力を奪う者
「<妖精の丘>」
敵が能力を発動する際のこの独特の緊張感が、俺は好きだった。
まだ通算で5回目の戦闘。それも術の知識を学んでからは正真正銘初の実戦で、何を生意気言っているのかという感じだろうが、そう思ってしまうのだから仕方がない。
つまりは、そんなたった数回の戦闘経験で――俺は早くも、術による戦闘というものに魅せられてしまったのだ。
(いいぞ……いい感じだ)
正面に対峙するは――臨戦態勢の獣。
黄金の毛は逆立ち、その隙間から噴き出る毒は、まるでオーラを形作るように広がる。
まさに毒々しい気配。凶兆を帯びた不吉の塊。
空気をビリビリと震わすこの感じが――最高だ。
毒の方とは違い、俺の関知しない、全く未知の能力の展開。
そしてユウキに己の能力への信頼と絶対の自負が感じられるからこそ、ゾクゾクするのだ。
吸血鬼の奥底に隠れている生存本能、闘争本能を刺激され、表に引っ張り出されるような感覚。
もしかしたら、俺は戦闘狂の気があるのかもしない。
それとも、森の外に出て、頭がイカれてしまったのか。
もしかしたら死んでしまうかもしれないというのに――
今も苦しんでいる人々がいると分かっているのに――
決して動かないはずの鼓動の高鳴り、血が沸騰するような興奮が――収まらなかった。
「なんだ? 特に何も起きないけど……もしかして、俺に憑依しようとして失敗したのかな?」
逆立つ毛並み、勝ちを確信したような表情。本人の気配の変化に対し、場には全く変化がない。
何らかの能力が発動したとは思えないような変化の無さに、俺は反って警戒を強める。
そして思ってもいない予想を口にしながら、適当に探りを入れた。
もちろん現実を進めながらも、己の中で考えをまとめる。できれば戦闘開始前に整理しておきたいことを。
ユウキが持つとされる4つの<混沌術>は、順当に考えれば次の通りだろう。
一、<神託聖域>
二、<犬吠精霊>
三、<憑依能力>
四、<妖精の丘>
つまり彼の手札は全て、今発動している4つ目を除き、既にオープンされているということ。
その中で現在場に捲られているものが、二の<犬吠精霊>と、四の<妖精の丘>。
この戦いにおいて、1と3は全く考慮に入れる必要はない。
一の<神託聖域>は仮に発動されたとしても、俺にとっては全く脅威にならない能力だからだ。タネも割れており、それ以前に効果がないと分かっている能力に天力を割くほど、ユウキも馬鹿ではないはず。
三の<憑依能力>も怖くない。俺に憑依して肉体の自由を奪うのは、まず不可能だからだ。できるならとっくにやっているはず。その気配すらないということはつまり、そもそも俺は憑依可能な対象ではないのだろう。
他人の肉体を自由に操ることができる力。憑依先が無制限なのであれば、おそらく4つもの混沌術を得ることは叶わない。能力が強すぎるからだ。
おそらく、憑依先はかなり少数に絞られるのではなかろうか。もしくは達成しなければならない条件があると見た。
つまり俺が警戒すべきは徹頭徹尾、二の毒と、新能力である四のみ。
この時点で4つの混沌術を持つというユウキの強みは半減。もちろん強力無比かつ俺に効果のある能力を二つ持つと言うこと自体が脅威といえば脅威だが、彼に限ったアドバンテージというものはほとんどない。
今後12使徒を超えるとされる魔王らと戦うことを考えれば、いておかしくない程度の相手だ。むしろ望むところ。
条件は、ほとんど対等と言っていい。
「<霊魂奉納>」
「っ!」
俺の言葉を当然のように無視し、ユウキは詠唱を唱える。
今度は、目に見えた変化があった。殺気で塗りつぶしてはいたが、よく見れば確かに余裕の無かった顔色が、瞬く間に平常のものへと戻る。
立ち姿にも、これまでのような不安定さはなくなる。まるで戦闘開始前のような落ち着きを取り戻した。
(回復……秩序術か?)
もしそうなら、これまで使わなかった理由はどこにあるのか。
その不自然を加味しても、このタイミング的にも、4つ目の能力と関係がありそうに感じる。そもそも4つもの混沌術を修得しておいて、秩序術というピースを嵌めるスペースは残っているのかという問題もある。
(俺の体感では……ない気がするな)
ユウキの才能を俺と同程度と仮定した場合、空きスペースはほとんどなくなる。もちろんコストパフォーマンスを最大にするためにユウキなりの工夫をしているだろうが、その微差まで考慮に入れればもはや考察も糞もない。
現在分かっていることのみから判断すれば、俺の勘では4つの《カオス》でユウキの絵は完成だ。仮に秩序術を持っていたとしても、一つか二つが関の山だろう。その場合、おそらくは主要能力を補助するための力だと思われる。
この辺りの塩梅も敵の能力から、そして自身の経験則から判断していくのだろうが、残念ながらまだ俺には早いと言わざるを得ない。
(俺のやつは、たぶん参考にはならないよなぁ……)
そんなことを考えていると、ようやくユウキが最初の俺の問いに答える。表情には、余裕の笑みすら湛えながら。
「男には入りたくないかな? ボクにだって選ぶ権利はあるよ」
「ああ……やっぱそうだったのか。道理で女ばっかだなぁと……」
蛇女、ナトゥ、アワン――思い返せば全員女だ。しかも美人ばかりを選んでいる。子供みたいな顔して、随分な好き者らしい。
いや、気持ちは分かるが。俺だって乗り移るのなら美女が良い。叶うなら、一回ルルワに乗り移ってみたい。気合で体から追い出され、一睨みで退散させられそうな気がするが。
「元気になったみたいだし、素朴な疑問いいか?」
「どうぞ?」
本当に余裕だ。
さっきまでの追い詰められ具合が嘘のように。やはり、それほど自信のある能力ということだろう。
(また搦手の類か? いずれにせよ、まともには戦わないはず……)
速度は俺の方が上。
イコラオスよりは僅かに速いと感じたが、やはり俺を超えてはいない。
攻撃力、防御力は比べるべくもない。先の二発の攻撃でそれは分かった。近接戦では圧倒的に俺に分があると。
やはり、素面で俺とまともに殴り合えたイコラオスがおかしかったでファイナルアンサーのようだ。
まああの爺さんは300年以上鍛えていたみたいだし、まだ7年のユウキが後れを取るのは妥当だ。むしろ乱打戦で良い戦いでもされようものなら、俺とイコラオスの立つ瀬がない。赤っ恥も良いところ。
「混沌術って併用できるのか? なんとなく、一度に一つしか使えないイメージだったんだけど」
「できるよ? もちろん修練は必要だけど……これに関してはボクが特別ってわけでもない」
「そうなのか……ありがと。教えてくれて」
「どういたしまして」
俺は異世界人だけに、前世の知識に引っ張られがちなところがある。
混沌術に関してもそうだ。強力無比な能力は、同時に発動できないものだと勝手に思いこんでいた。
こういった日本人の知識は、多大な恩恵をもたらすと同時に、やはり足を引っ張る要因でもある。メリットデメリットを天秤に乗せた場合、もちろんメリットの方に大きく傾くが、軽く流せない程度のデメリットがあるのも確かだ。
感覚というものは後からの矯正が難しいだけに、感覚的センスが要求される場面ではネックにもなる。術の理解に当たっては特に。
「それよりも……かかってこないのかな? 毒は時間が経つほど体を巡るよ? 死ななきゃいいと思ってるみたいだけど、決着が早いに越したことはないんじゃないかな?」
「…………そうだな」
まだ血を使っていないというのに、思ったよりも毒の巡りが早い。
それに、痛みも尋常ならざるものだ。この調子なら、俺でも数時間と経たず動けなくなるかもしれない。毒くらい気合で何とかなるだろとかぶっちゃけ思っていたが、見積もりが甘かった(当たり前)。
(今は昼間……ルルワの血は出来る限り使いたくない。毒のことを考えると、<公序陵辱>も使わない方がいいな……)
血液に溶け込む猛毒。その血の力を使用すれば、どうなるかは俺にも分からない。
ユウキの言う通り、早めに終わらせるに越したことはない。
何か行動を起こさなければ、相手の能力も分からない。
迷いは――数秒だった。
「<日神月歩>」
予備動作も、踏み込みさえもなしに、俺は動き出す。
大地だろうが、空だろうが、関係ない。吸血鬼が蹴るのは、空間。まるで別次元の生物であるかのように、現実に足跡を残さない。
この能力が可能とするのは、初速から最高速の突貫。
そんな数秒にも満たない刹那の時間の中、俺は確かに聞いた。
「ボクは追いかけっこで負けたことが、一度もないんだ」
「<夜王の>――」
「聖域の主が誰か……教えてやるよ」
「<先翔蹴>!!」
鞭のように振るわれた右足が、虚空を両断する。
そこに――ユウキはいなかった。
いや、彼がいなかったからこそ、俺の一撃は空間を裂いたのだ。風が押し流されていき、丘の花々を一斉に巻き上げ、大地の表面さえも巻き込みながら――環境は一変する。
しかしそれ以前から、丘の景色は既に変わっていたのだ。
「<喜犬の庭駈け>」
「っ!!」
どこから出現したのか、今までどこへ行っていたのか。
音もなく、滑るように移動を終えたユウキの気配を、背後に捉える。
その時には、攻撃は迫っていた。
「<岩裂>!!」
「<日神月歩>」
それはまさに――岩をも切り裂く一撃。
どころではない。純硬度で最高位金属アダマントにも爪痕とへこみを残すだけの攻撃だった。
その正体は、単なる犬のひっかき。
だが、彼の体格から考えればあり得ない威力と範囲を誇るその袈裟斬りは、成人した男の肉体であろうと紙のように両断する。
同じく空間に傷跡を残すほどの驚異の一撃。そう――空間だ。
「<夜王の>――」
「なにっ!?」
まるで攻撃から発生した空気の流れに身を任せるように――俺はゆったりと空を舞う。それは、月面で遊ぶ宇宙飛行士の宙返りを彷彿とさせる動き。
そして一度遊びの時間が終われば、時は加速するように――攻撃へと、転じる。
「<先翔蹴>!!」
「ぶっ!?」
確実に当たると想定していた攻撃が、空振りに終わる――その攻撃硬直の隙を撃ち抜かんとする、冷酷無比な膝蹴り。
打撃が顔面へ深く食い込み、骨が折れる嫌な感触を足が捉えたその時には、既に結果へと、現実は移り始めていた。
「んぎぃ……!! <霊魂奉納>!!」
サッカーボールのようにバウンドして丘を転がっていくユウキが叫んだのは、先ほど聞いたばかりの詠唱。
一度、それも直近で聞いた呪文を忘れるはずもなく、俺はすぐに回復能力だと悟る。
(二回目……迷いがないな。制限はないのか?)
秩序術は基本的に、天力魔力が尽きない限りは何度でも使用可能だが、中には回数制限などがあるタイプも存在するそうだ。往々にして、それらは強力な能力に見られる仕様だとも。
既に体を起き上がらせ、大地に四肢を付いて衝撃の勢いを殺すユウキの姿に、俺は微かな違和感を抱く。回復が強力過ぎると。
だがそんな懸念を心中に抱くころには、俺の肉体は再びユウキへと迫っていた。
「い"い"っ!? <喜犬の庭駈け>!!」
(っ! 速いな……)
蹴りの衝撃に丘上を滑っていくユウキを、追うように繰り出した追撃は、空振りに終わる。
その回避は、肉体能力によるものには見えなかった。
何らかの特殊な移動法で、一時的に俺の攻撃速度を上回っている。
俺は間合いを倍以上に測り直し、距離を取り直す敵を、すぐに追った。
だが更なる追撃は行わず、視界だけで。
(ダメージそのものが無かったかのように……俺の一撃は対して体力を削れていないのか?)
だがあの詠唱の迷いの無さは、一撃でも受ければ致命傷。ならば攻撃を受けた場合即座に回復することにしよう――の潔さにも見える。
先の追撃を慌てて回避したのもそうだ。食らってはまずいと思っているから、避けたのだろう。
ならばダメージは大きく、それほどのダメージでも瞬く間に完全回復できる強力な回復手段だと思った方がいい。
敵の力を過大に評価するのは良くないが、舐めてかかるよりはマシのはず。
動きを止めた俺に、ユウキは犬のように吠えた。
「こんの馬鹿力がぁ!! 何度も何度も同じ技で!! 芸がないんだよ!!」
「じゃあ何度も同じ技にやられるなよ。あんまり俺にギャビらせないでくれ。俺だってそろそろ別の技とか使いたいんだから」
本心だ。
本来<夜王の先翔蹴>はオープニングの一手というか、先手を取る意味合いが強い技。
戦場を相手の空気ではなく、己の空気に強引に持って行く感じのイメージだ。だが現実の俺は、まるで必殺技みたいにこの技を多用しまくっている。
その理由は一重に、<夜王の先翔蹴>だけで敵がなんとかなってしまうからだろう。
仮に防がれたり躱されたり、この技じゃどうしようもないとなった場合は、流石の俺だってこう何度も繰り出さない。
だが現実は、俺のただの蹴りは、イコラオスほどの存在にも有効打となってしまうのだ。効くと分かっているならしない理由はない。
「それより、お前の混沌術ってまさかその回復能力か? それとも移動能力の方か? 確かに良い能力ではあるけどさ……」
俺の攻撃ダメージを瞬く間になかったことにする回復能力。
そして身体能力の速度とは関係ない特別な移動手段。
確かに強力だが、満を持して発動するほどのものとも思えない。あの気配は、必勝を確信したようなものだった。
音もなく丘上を滑るような先の移動法も、順応には時間がかかるかもしれないが、手も足も出せないほどとは言えない。
現に聖域の主が誰か分からせてやるよ――とか言っていた主が、逆に分からされている。しかも同じ技で。
「教えるわけないだろ? 自分で考えなよ」
「ああ、やっぱ違うんだな」
「…………」
ここから分かるのは、やはり能力の全容はまだ明らかになっていないということ。
他に何らかの切り札、もしくは本体のようなものがあると思っておいた方が良い。
(このレベルの超回復に制限がないのだとしたら……元を断たないことには徒労だな。試してみるか……)
4つ目の能力――<妖精の丘>の考察は、当然ながらこの攻防中もずっと進めていた。
その時無視できないのは、ユウキの能力の傾向。天術は神に対する人の願い。本人の好みや性格、人間性までもが、能力に現れる。
つまり――
「<浪漫非行>」
「あ?」
俺は予備動作もなく、空へと翔け上がる。
疑問の声を置き去りに、みるみる大地から離れていけば――
空からは、聖域と呼ばれる丘の全貌が明らかとなった。
それは、目標の視認と、助走距離の確保。
俺は舌なめずりでもするような気配で、丘を見下ろす。
「そんなとこから何するつもりだ? 遠距離攻撃も範囲攻撃も……持ってないんだろ?」
人外の聴覚が、ユウキの呟きを拾う。
彼が知るのは、アワンの記憶のみ。確かに俺は強力な遠距離攻撃も大規模な範囲攻撃も、持ってはいない。
俺はユウキの言うように、馬鹿力だけが取り柄の、脳筋吸血鬼なのかもしれない。
だが――力だけなら、誰にも負ける気はしなかった。
俺は、加速する。
それは、落下でもなければ、急降下でもない。
もはや――天災。
天の上の神が降らせた――雷だった。
「<狂月の漸近鬼>!!」
「――っっ!?」
主はいつも――人への罰に、雷を贈る。
だから稲妻は、大地に向かって走るのだ。
「ワン!!」
獣の遠吠えが聖域に響き渡った時――
大地は――消し飛んだ。
***
「…………」
大地に作り出されたクレーターを見下ろす。
悲鳴どころ、かもはや呼吸すらしていなさそうな大地には、標的の姿はない。身を起こし、惨状を確認するように見渡せば、やはりどこにも彼の姿はなかった。
ただ削られた大地と、爆心地のように巻き上がる大量の土煙だけ。降り注ぐ土砂の雨を全身に浴びながら、俺は一撃の余韻に浸る――
「<反教底位>」
――こともなく、即座に能力で対象の位置を割り出す。
その副次的効果で分かったのは、自身の身に起きた異変だった。
(場所が……)
先ほどまでいたはずの丘の上から、座標がずれている。
それも、数km以上も。
『ワン!!』
(あれか……)
直前に聞いた犬の遠吠え。関係していないとは思えない。
何らかの力で、聖域から追い出されたのだろう。
どうやら聖域の守護者というのは、名ばかりではないらしい。
「まあ、そうでなくっちゃな」
俺は大地に足がめり込むほどに踏み込み、飛び出す。
そして――帰り着いた。
「はっや! 凄いとかじゃなくてキモイよもう。ぶっちゃけあの子の腹筋より引くかも」
「腹筋より?」
聖域に再び舞い戻った俺は、当然ながら歓迎されなかった。
当然だ。侵入どころか、聖域そのものを破壊しようとしたのだから。
だが邂逅一番ぶつけられたその言葉には、あまりに人の心がない。流石に腹筋より引かれるのは、俺も傷ついた。
だが、そんな馬鹿げた空気も一瞬。
「ど素人にしては良い読みだね。まあ神託聖域見せられたら考えない方がアホか。いやでも憑依能力見といてまんまと出し抜かれたアホがいたんだったか。きっと反省したんだね」
「まあな」
憑依能力の件については、本当にぐうの音も出ない。
アワンに執着する敵が、他者に乗り移れる能力を持っていると分かっていたのに、アワンに乗り移るという発想に至れないとは。これはアホと言われても仕方がない。
せめてもの負け惜しみを言うのなら、おそらくアワンから彼女の過去を事前に聞けていれば、これを想定できた気がする。
まあ、今となっては本当に言い訳だが。
「必死扱いて追い出したってことは、やっぱ当たりか? 聖域でしか使えないんだろ?」
「ピンポーン!! 大正解!! いや~焦ったよ。冗談じゃなく、丘ごと消し飛ばされるとこだった」
冗談じゃなく、丘ごと消し飛ばすつもりだったのだから当然だ。
失敗に終わったが、この情報を早々に得られたことは大きい。やはりやる価値はあった。
「ボクの<妖精の丘>は、この聖域でしか使えない超限定能力だ。半径49m、高さ11mのこのなだらかな丘の上だけが、能力の範囲。君のさっきの一撃でできたクレーターは、ここから見えるだけでも明らかにそれ以上の深さと広さだから、ほんとにヤバかったね。バケモンかよ」
「…………」
範囲を規定した能力。
神託聖域と同じのようだが、その実態は全く違う。
神託聖域は橋の上一区間を儀式上に見立てて、その範囲内で能力を行使していた。おそらく儀式空間の広さをその都度術者本人が指定するのだろう。使用場所に合わせて。
しかし今回の<妖精の丘>は、正真正銘この丘だけに限られた力。汎用性は全くなく、超一点突破にして超限定的な力。
獲物をこの場所に誘導する手間と使用頻度の低さを考えると、かなりのリターンがあると思われる。
「だからこの国に俺たちを……いや、結婚式場をこの国の、この領地に指定したんだな」
「君は本当に勘がいいね~。それに、ボクも結構考えてるでしょ?」
確かに、結構考えている。
おそらくロータル大谷にイコラオスを誘導したのは、アワンをグランド要塞から逃げさせるためだろう。あれが来たら勇者でもどうしようもない。逃げるしかない。
しかしこの国にアワンを戻すための策略は勇者の手によって粉砕。だが怪我の功名によりその勇者の旅になんとアワンが加わった。
ルルワの目的はダソス王国に帰ること。ユウキはルートを先読みし、必ず通るガリライヤー大橋で罠を張った。
そこでアワンに自身の生存を匂わせ、心を弱らせる。おそらくアワン出立の情報から進んでいたと思われる結婚話に、彼女を巻き込むためだろう。
アワンに再び過去の傷と向き合うことを強い、ケインとの結婚式並びに解毒の儀式をここコロノス領で行わせることで、自然と彼女をこの地へと戻した。
となれば、俺やルルワとの戦闘になることは必死。だからこそ、この聖域の丘で戦えるよう、俺たちをこの地に招き寄せたのだ。
この地に再び悪夢を届けることを前提に用意された、周到な策だ。
アワンに憑依し、彼女の記憶と思考を読んでいるだけのことはある。
現に俺たちはユウキの動きに全く気付かず、表面上で進む婚姻話にばかり注目させられていた。
確かに行き当たりばったり感はあるし、全部が全部ユウキの思い通りに動いたわけではないだろう。ケインの気持ちやアワンの心変わりなどが良い例だ。
だがやはり、現状掌で転がされている感は否めない。
何より俺が、今ここにいる。ユウキに圧倒的に有利なフィールドに、誘い込まれている。これが揺るがない事実だ。
「ここじゃなきゃ意味がないんだ。アワンを救うのは……ここじゃないと……」
過去の何かを見るように目を細めるユウキを無視し、俺は思考を回し続ける。
(回避したということは、やはり聖域の破壊は打開策の一つ。確定しているのなら続けない理由はない)
先ほど取った助走距離は30mといったところ。ならば今度はその倍。60mの高度から一撃を叩き込む。
先の遠吠えによる追い出しにも、回数制限などの何らかの限度があるのかもしれない。
聖域の破壊という最大の弱点が浮き彫りとなった今、それを目的に動かないのは馬鹿だ。
俺が方針を決め、早速実行に移そうとしたその時――
襲うのは、明らかな異変。そして見舞われるは、最悪の予感だった。
「どうしたの? 落とし物でも探してるのかな?」
ニヤニヤ、いやニタニタと気持ちよくない笑みが見える。
だが今だけは、気にもならなかった。
(…………まさか!?)
大地の上で慌てふためくのは、一匹の吸血鬼。
まるで翼をもがれたコウモリが、無駄だと分かっていても空を見上げるように。
「君が探してるのは、もしかしてこんな能力じゃないかな?」
吸血鬼は今、自由の翼を奪われた。
「<浪漫非行>」




