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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
第一章 約束の丘の祓魔姫

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第063話 妖精の丘


「――えっ!? レイちゃんが!?」


「ええ。おそらくユウキの能力によって操られている。毒は既に人の街に広がっているの」


 アワンはコロノスの街中を駆け抜けながら、状況を聞く。

 といっても、駆けているのはアワンではなくルルワだ。

 彼女の今の衣装では走るのにあまりに向かず、かつルルワとアワンではそもそも駆ける速度があまりに違うという理由から、このような運びとなった。

 つまりアワンよりも、アワンを担いだルルワの方が早いということだ。それも比較対象にならないくらい。

 荷物のように運ばれることを心苦しく思いながらも、アワンはルルワの説明に集中し、最悪の現状を理解する。


「そんな力はなかったはずです。少なくとも、7年前は使っていませんでした」


 少しでも気を抜けば、レイラの心中に思いを馳せそうになる精神を、強引に黙らせる。

 今はそんなことを考えている暇はないと。考えるべきは、現状への対処だと。


「たぶん、能力を拡張したのね。特異点は占有領域が広い代わりに、残りの余白を使った修正が利く。上手く条件を調整したんだわ」


「…………」


 それが事実なら、恐ろしいという言葉では片付けられない。

 7年前、ユウキ一人による散布でさえ、コロノス領の一割を埋め尽くした。

 それもその時の彼はまだ子供であり、たった一晩の出来事でもある。

 

 今の力は、きっとあの時の比ではないだろう。さらに毒源は倍。

 単純計算で、最低でもあの日の二倍以上の速度と猛威で、毒は広がっていく。既に数百人規模の犠牲者が出ていてもおかしくはない。


(レイちゃん……)


 己の選択の結果で、数万の命を奪った過去を持つレイラ。

 そんな彼女が、今回は己の直接的な行動によって、命を奪わされている。

 真面目な彼女は、おそらく、いや十中八九己を責めることだろう。

 レイラの心は、もう――


「何にせよ、まずはレイラを止めないことには。これ以上被害を増やすわけにはいかないわ」


「…………いえ」

 

 だが――

 アワンはそんなレイラを、見捨てる。

 現状を正しく認識していてなお、いやだからこそ――

 アワンは優先順位を、己がすべきことを、見誤らなかった。


「私たちは一刻も早く儀式を! レイラのことは、ケイン様に任せます!」


「っ! そうね、分かったわ!」


 アワンの言葉に、ルルワも同意する。

 彼女は連れの吸血鬼の言葉を、思い出したからだ。彼がわざわざ言葉にして任せるとまで言ったのだから、ケインに任せて問題ないと。

 ルルワは別れ際にムメイから聞いたレイラの位置ではなく、式場へと戻るため、方向を変えた。




***




「――逃げて!! 逃げてぇっっ!!」


 レイラは声を張り上げる。

 喉が枯れ様が、唇が裂けようが、関係ない。とにかく、叫び続ける。

 できるだけ遠くまで声が届くように。できるだけ多くの者の耳に届くように。

 しかし――現実はどこまでも無情だった。


「お願い!! 離れて!! 私から離れてぇっっ!!」


 レイラの甲高い警告は、それ以上の音に容易く塗りつぶされる。

 怒号、絶叫、悲鳴、叫声――

 己の鼓膜を突き破らんとするほどの声も、多数という力には及ばない。

 それでも、彼女は叫び続ける。叫ぶことしかできないから。


「ううっ……!! う"う"う"っっ!!」


 場所はコロノス領中央通り。

 今は封鎖された戒めの区画、旧中央通りに並行するようなこの大道は、残酷なほどに人でにぎわう。

 その理由は当然、今日がコロノス領にとって重要な祝日であり、他都市からも多くの人間たちがやって来ているからだ。

 多くの人々で賑わい、祭りの気配が充満していたこの場所は、唐突に、なんの予兆もなく地獄へと一変した。

 ただ平穏を享受していただけの人々の命を、幸福を、奪ったのは――レイラだ。


 レイラは目を閉じたかった。

 既に2km以上もの距離を真っすぐに走らされ、追い抜いて行った人々の数は数えきれない。

 レイラの足が速いわけではない。彼女の身体能力は一般的な女性の範囲に収まり、速力もレイラの肉体能力以上のものは出せなかった。それでもレイラが追い抜けるのは、その他の者達が遅くなるから。

 レイラが通り抜けると、範囲数メートル圏内にいる人間たちは瞬時に苦しみ出し、苦悶の声をあげ、地に這いずり回る。

 それは可視化できる毒霧に触れようが触れまいが、関係ない。風に乗って各地に飛ばされた毒は、空気そのものを汚すようにそこにいる人々を侵していく。


 その中には、レイラを止めようとした者もいた。

 そしてそういったものの末路は、決まっていた。レイラに接触した瞬間、それが平民であれば即死。騎士であっても、数十秒の痙攣を経て、死に至る。

 直接接触が最も恐ろしく、また呼吸器系の対策も、肌を完全に塞いだとしても効果はない。


 まさに地獄であり、悪夢。

 レイラは悪霊に乗り移られ、この悪夢に手を貸している加害者だ。


 もう何も考えず、このまま身を委ねてしまいたかった。

 どれだけ抵抗しようと、思い通りにならない肉体。勝手に走り続けると言うのなら、もう諦めてしまえば。

 目を瞑り、何も見なければ、現実を受け入れずに済む。楽になれる。

 しかし――


『私は!! 勇者になりたい!!』


 再び家族になった少女が、それを許さない。

 レイラに諦めることを、許してくれないのだ。

 だから、彼女は足掻く。涙で溢れる目を開き、しっかりと悪夢を見ながら、声を出し続けた。


 だが、心には限界がある。

 やがて視界に捉えたのは、二人の少女。姉妹か、友人か――数十メートル先、レイラの進行方向で震えて蹲る幼い子供たちだ。

 どんどんと近づいてくる。いや、レイラが近づいているのだ。

 あと数分も経たずに、彼女たちも殺す。

 また、子供を。未来ある命を――レイラが。


(誰か……助けて……)

 

「逃げて!! 逃げてぇっっ!!」


 救いを求める声の代わりに、響き渡る絶叫。

 それに応えるように、彼はやってきた。


「<赤き土(エリュトラー・ゲー)>!!」


 大地を捲り上げるように滑り込んだのは、一人の男だ。

 それは――英雄の卵。勇者を志す、青き力。

 しかし、盛り上がった大地に押し流された少女たちを抱き寄せ、部下たちに受け渡す姿――まさに英雄。

 

 ものの数秒で人命救助を終わらせたその男は、通行止めのような大地の壁を背に――

 今、レイラへと向き直った。

 

「ケイン様!!」

 

 かつてコイラスからは――英雄が消えた。

 しかし――

 



***




 ――ユウキ。


 幼少期、アワンが運命の出会いを果し、そして拾い上げた小さき獣。

 だが彼が特別なのは、何もアワンとの関りだけではなかった。


 それは――才能。


 神の寵愛を受けし一個。

 種を超え、生物の枠外からも例外として飛び出すほどの溢れんばかりの才。いや、もはや彼こそを神の子と呼ぶに、否定の言を挟める者はこの世にいないだろう。

 それほど彼は、他とは違った。生まれた瞬間から、彼は違ったのだ。


 そんな大陸屈指の才能が、人の少女と出会い、知恵を授かった。

 禁断の知恵の実を食した獣は、人を知り、楽園を追放される。

 そして――放浪の地で、悪を覚えた。


 結果は火を見るよりも明らか。

 神の奉仕の末にこの世に生まれ落ちた獣は、悪魔の手を借りてさらなる力に堕ちた。

 毒で奪った多くの魂を生贄に、易々と壁へと到達。さらに3年後、負傷と英雄の魂を併せ呑み、壁を超える。

 その後は、悪霊を祓い、祓い、祓い、祓い続ける毎日。

 狩りを覚え、牙と爪を研ぐこと数年で得たその力は――レベルにして94。


 彼がそこにたどり着くまでにかけた時間は――およそ7年。

 森最強の吸血鬼ですら、その境地に辿り着くまで、およそ100年以上の月日が要求された。

 まさに天才。唯一無二の存在。


 彼こそが――ユウキ。

 12使徒最年少にして、超新参、超新星。あと数年もすれば筆頭。さらに十数年後には魔王にすら手が届くと目されるほどの――


 怪物である。


 しかし――


「ううっ……! あぐうっ……!!」


 地に転がる者がいた。


 もう7年も前の傷でありながら、今も鈍い痛みを残すような新鮮な傷跡。

 それが開いたかのように、そしてそれを必死になって閉じるように、腹を押さえ、蹲る。

 痛みは――尋常ではない。

 それは彼ほどの天才が、平静を取り繕おうとするプライドを――

 敵を前に、立ち上がろうとする気力を――


 平然と折るほどの、脅威の一撃だった。


「はっ……! くっ……!」


 ユウキは涎を垂れ流し、己の水分でふやけた土を舐めながら、大地に頬を押し付けるようにしてそれを見上げる。

 己にこれほどのダメージを与えた――化け物を。


 そこには、吸血鬼だと言うのに、太陽の光を一身に浴びる男の姿。

 聖域を侵し、本来は罰せられるはず無法者が、守護神を見下ろしていた。


(な、なんだ……!? この威力は……!?)


 飛びつきざまに食らった一撃。

 その初撃の尋常ならざる威力に、ユウキは目を見開く。

 驚愕と衝撃は、留まることを知らない。


(ばっ、ばかな……!? 一体どうなっているんだ……!?)


「はっ、くっ、はあっ……!」


 ユウキは腹を丸めるような体勢に移り、なんとか痛みを逃そうとする。しかし、腹部に残る鈍痛が消えることはない。

 むしろ動きに合わせて更なる痛みが増した。


(このボクが……!! たった一発の蹴りで……!! どういうことなんだ!? 大陸最強じゃなかったのか……!?)

 

 恨み言は、主人である魔王。そして、吸血鬼の情報を与えた少女へと。


 ユウキの知識は、見聞のうち、”聞”が大元を締めていた。

 それは彼の能力の特性上仕方のない仕様でもあり、それでは言い訳として賄いきれない彼の性格上の影響でもある。要は他人から聞いた知識だけが、彼の常識であり、世界だったのだ。

 ユウキが魔王から聞いていたのは、大陸最強の12人に己が名を連ねたということ。自身がイコラオスと双璧となされているということ。

 つまり彼は具体的な強さ、天上を知らない。魔王の強さも、またイコラオスの強さも知らないのだ。戦ったこともなければ、戦う姿を見たこともない。それどころか、直接相対したことすらない。


 そして彼がアワンの記憶を見て知ったのは、吸血鬼がイコラオスを下したという事実のみ。

 しかし――苦戦の果て、戦いはギリギリだったと。負けても全くおかしくない戦いだったと。終盤まで、かなり追い詰められていたと。勝てたのは運が良かっただけだと。

 それが吸血鬼の言であり、アワンの認識でもあった。


 ユウキは、ムメイがイコラオスと戦う姿を直接見たわけではない。そしてそれは、アワンも同じこと。

 画一的な視点による情報収集による歪な知識構成が――

 この結果を、招く。

 

(アワンは嘘をつけない! なら……こいつ!! 仲間に嘘ついてたってのか!? ふざけやがってぇ……!!)


 ユウキの疑いは、間違ってはいないが、やはり正しくもない。

 これが人から情報を聞くということの怖さ。そして弊害だ。


 魔人イコラオスと吸血鬼ムメイの激戦を語る時、それは見る者の視点によって評価は大きく変わる。

 まず当事者である二人の印象は、それぞれこうなる。

 イコラオス――近接戦の真っ向勝負ではおよそ勝ち目がない。搦手必死、それでもなお対等に届くかという戦い。

 ムメイ――自身が途轍もなく追い詰められ、勝敗が最後まで皆目見当つかないほどの戦い。勝てたのは運が良かったから。

 両者の認識は、どちらも間違いではない。

 だがここに、全くの第三者の視点が加わればどうか――


 やはり多くの者が、激戦と表現することだろう。二人の印象はどちらも間違ってはいないと。

 しかし、苦戦と表現するのは意見の分かれるところだろう。客観的視点は主観的印象というものが混じらない。ムメイの心情を考慮に入れない者も、中にはいるだろうから。

 つまりは――

 ムメイの感覚も、イコラオスの感覚も全く考慮に入れない場合、あの戦いはこのように評価されるのだ。

 

 大陸最強の12使徒であっても、ムメイの相手にはならない。

 ムメイは13人目の使徒。あるいは――


 8人目の――魔王だと。


 伝え聞く情報だけが全てのユウキには、この最も重要となる要素が抜けていたのだ。

 それが――この結果を、招く。


(なんてパワーだ……。ボクのスピードにも平然と……。っっ――!!)


 体内の奥深くにまで響く鈍痛。

 その痛みがようやく落ち着きを見せ始めた頃、ムメイは動き出す。

 追撃してこなかったのは、おそらくユウキの悶絶する姿をブラフと警戒していたからだろう。接近を誘っているのだと。

 だが、ダメージを負っている者の完全回復を待つほど愚かではない。この吸血鬼の最も厄介な点は、こういった知恵を持つことにある。


 ユウキは遠方から駆けだすムメイの姿を視界に捉えた瞬間、ほぼ反射的に能力を発動した。


「<犬吠精霊ヒュラケス・ダイモーン>!!」


 それは、ユウキの防衛本能――その具現。

 金の体毛の隙間から噴き出るのは――毒々しい色を帯びる多量のガスだ。


 ――<犬吠精霊ヒュラケス・ダイモーン>。


 解放、散布された霧状の毒は、呼吸器系はもちろん、生物の皮膚、粘膜などから侵入を果たし、人体内部へ。

 そしてこの毒が侵すのは――血液。

 生物には必ず流れる命の源泉に染みわたり、溶け込み、そして――どこまでも深く、蝕むのだ。

 

 この力は、アワンが授けた力でもなければ、彼の種族的な能力というわけでもない。

 これこそが、神が彼に与えし力。


 一般に神に愛された者のことを、この世界では特異点と呼ぶ。

 神の寵愛は大別して二つ。

 胎内でレベルを与えられし胎祝者。

 そして胎内で術を与えられし胎授者。


 当然ながら、この二つのどちらかに該当する存在は世界的に見ても極めて稀。つまり、この二つに同時に該当する者など、まさに奇跡に等しい確率となるのだ。

 そしてその奇跡こそが――ユウキだった。


 彼が腹の中で受けた寵愛は、レベルにして49。

 さらに大陸を見渡しても無二の危険な能力を同時に授かった。

 それは、彼が悪の道を進むことを強いるかのように。

 ユウキの運命は、その時点で決まっていたとでもいうように。


 恐るべき――才能。


(血を操る吸血鬼ほど、毒は全身に巡る!! ボクの能力はもう知っているんだろ!? 接触がどれだけ危険かということも!!)


 それは音というよりも、気配。気配というよりも、物質。

 空気が不穏な音を立てて汚されていく様は、まるで世界が悲鳴をあげるよう。


 ユウキの周囲は瞬く間に汚され、彼を身を守るためのベールが展開される。

 何人たりともこの空間を侵すことは適わない。まさに絶対防御。まさに彼だけの聖域。しかし――


 その男は神を嘲笑うかのように、容易く――

 聖域への侵入を果す。


「<夜王の(キングズ)>――」


「――っ!?」


 その存在にかかれば、十数メートルの距離は一投足。

 踏み込む気配だけで、毒の霧を晴らす。


 ユウキの動体視力をして、目の前の空間に穴が開いた――その程度しか認識できない、まさに神がかった速度。

 飛来する一撃に、成す術はなかった。


(はっ――!?)


「<先翔蹴ギャンビット>!!」


「ぶふっ!?」


 速度と体重の乗った重い蹴りが、正確に腹部を捉える。それはまるで、傷口に塩を塗るかのようにダメージか所を的確に狙った、冷酷無比な一撃。

 鼻と口からは衝撃と同時に全ての空気が抜け、太鞭のようなその足が振り抜かれれば――

 四肢だけをその場へと残し、体は遥か彼方へと蹴り飛ばされていくような感覚を、ユウキの意識に残した。


「う"ぐぅっ……!!」


 先ほどの繰り返しのように、ユウキは丘の上を滑る。

 飛ばされそうになる意識をなんとか保ちながら、ユウキは小さな体を丸め、体幹の維持にのみ努める。吹き飛ばされながらも、できるだけ衝撃を体外へと流す。

 それでも、なお――


「はっ、ぐっ! おうっ……!?」


 胃液を逆流させ、不快な感触を口から吐き出しながら、ユウキは狂乱にさえ届きそうなほどの驚愕に襲われ、さらに頭を混乱させる。

 陣痛に迫るような痛みも、鼻を掠める酸っぱい刺激臭も、今だけは全く気にならなかった。

 彼の注意は、注目は、頭のおかしな吸血鬼へと向かう。


「くっ! やっぱ服の上からでも駄目か……」


 地に顔を擦りながら、なんとか確認するのは、対戦者の姿。

 彼は攻撃カ所である足から侵入を果した毒に、顔を歪める。毒は――効いている。そしてやはり、ムメイは毒が自身に効果を及ぼすと知っていた様子だ。


(ば、馬鹿か!? 一体何を考えているんだ!? 直接接触が最も危険だと、そう聞いてたんだろうが!?)


 アワンの記憶では、レイラが過去を語っている。

 つまりユウキの能力もある程度は知られているはずなのだ。その知識があって、攻撃してくるはずがない。

 それも――ノータイムで。


「体内を巡る速度も、威力も尋常じゃないな……。これ生まれつきってそんなのアリ? いくら何でもズルくないか?」


(じゃあなんで触ったんだよ!!)


 ユウキは叫びたい気持ちを、必死にこらえる。

 というより、物理的に不可能だった。痛みでそれどころではないからだ。

 

 先の一撃は、不意を突かれたという面もあった。

 アワンへ飛び込んだところを、カウンターをもろに食らった形だ。だからこそダメージも大きかったのだろうと。

 しかし、違った。

 あちらからの、それも正面からの直線的な接近。身構え、心構え、防御の姿勢で迎え撃ってなお、この結果。

 一撃の威力が違い過ぎる。それも、ただの通常攻撃で。


(馬鹿げてる!! こんな……!! こんな奴が、いていいはずがない!!)


 ユウキは己を完全に棚に上げ、届かぬ声で天に叫んだ。

 理不尽だと。


「お前……戦ったことないだろ?」


「っ!!」


 未だダメージの中を彷徨うユウキに対し語り掛けるのは、今も尚毒に侵されているとは思えないほどに、平然とその場に立つ男だ。

 時折痛みに反応するように歪む表情は、間違いなく毒が効いている証。だが当の本人が、そのダメージ自体をあまり気にしている様子がない。

 端からあって当然だとでもいうように。


「攻撃されて何驚いてんだよ? 攻めるに決まってるだろ? 毒はあるって予め知ってるんだから」


 何を言っているのか。ユウキは本気で理解に苦しむ。

 だから、攻撃できないと踏んだのだ。毒の存在を知っていて、また直接接触が最も毒の廻りを早めると知っていて、それを選ぶ馬鹿はいない。普通は他の方法で攻撃する。


「いやだからな。アダでも3年は生きれるって情報はもう確定してるんだから、俺も3年は死なないだろ? この戦いには絶対3年もかからないし、最終的に毒の解呪ができるアワンまでいるんだから、この戦いにおいて、毒は怖くないんだって」


「…………」


 何だその理屈は。到底理解できない。

 頭がおかしいとしか思えない考え方だ。

 ユウキは隠しもせず、それをそのまま顔に出す。ムメイは呆れるように苦笑した。


「隙だらけとか、見積もりが甘いとか……それ以前の問題じゃないか? いや、俺も戦闘経験じゃ偉そうなことは言えないんだが……正直これが一戦目みたいなもんだし……」


 見下ろすのは、ムメイ。

 そして見下ろされるのは、ユウキ。

 既に格付けは済んだとばかりに、上から目線の言葉の数々。馬鹿にされていることは明白だった。

 だからこそユウキは痛みを気迫で振り払い、立ち上がる。いや、怒りという感情で痛みを飲み込んだ。


「はあっ! くっ……はあっ……! ボクの……何が! 問題だってぇ!?」


 しかし、これ以上は上がらないと思われたユウキの怒りに――

 ムメイは平然と、さらなる薪をくべる。


「お前全然強くないよ。たぶんアワンと戦っても負けるんじゃないか?」


 それは、挑発――ではなかった。

 ユウキにはそれが分かった。目の前の男は、本心を言っていると。挑発するつもりはなく、また馬鹿にするつもりもない。

 つまりは、ユウキの実力をアワン以下と、本気で見做しているということだ。


 怒髪天――いや、その感情の高まりは、まさに天を貫く勢い。

 天才のプライドは、これを許さない。

 いや、そうでなくとも、決して許せるものではない戯言だろう。

 ユウキはか弱きアワンを世界から救い出す――絶対的強者なのだから。そうでなければならないのだ。


「パワーだけが取り柄の脳筋が!! 腕相撲で子供ガキ負かして勝ち誇ってんじゃねえよ!!」


「その理屈だと……お前子供(ガキ)になるけど……」


「ボクは12歳なんだから、子供なんだよ!!」


「自分で自分を子供って言う子供、初めて見たな」


 ユウキは叫びと共に、涎を唾としてまき散らし、唸り声さえ上げながら相対する男を睨みつける。

 眼を剥き、牙を剥く。

 獣の表情に、はっきりとした殺意が彩られた。


「いいかド素人……術者の力量は保有する才能が全てだ。この世は天才が勝つようになっているんだ」


 ユウキは怒りに突き動かされながらも、どこか冷静な獣の本能で判断する。

 手を抜いて勝てる相手ではないと。これまでこなしてきた一方的な狩りとは、全く異なると。ようやく、自覚した。

 ムメイの口にしたそれ以前の問題には、このような認識の遅れも含まれている。ムメイは当然のように、ユウキとは命懸けの戦闘となると、とっくに心得ていたのだから。

 そして死闘に臨む覚悟ができていた。それこそが、毒へ対処しないという対処に現れている。


「天才キャラか。それあんま好かれないよ? 努力キャラの方がみんな好きなんだから」


「違うね。みんな天才は大好きさ。だけど才能だけにかまけて最強です~は嫌いなんだ。あいつらはキャラに自分を投影するから、自分が努力してない奴って見做されるのが嫌なのさ。結局大して変わんないのにね」


「お前……やっぱデキるな」


 ムメイは、心から関心するように肯首する。

 ユウキはその間に、能力発動の心づもりを終えた。ようやく死闘へ踏み込む覚悟を準備する。


「君だってそんな大して努力なんかしてないだろ? 君のほとんどの力が、才能によるものだ。自身の才能に胡坐をかいているくせに、後から必死に付け足した薄っぺらな頑張りを努力とか言うのって、滑稽な誤魔化しだとは思わない?」


「思う」


 またしても、即座の肯首。

 彼は敵だからといって何でもかんでも相手の意見を否定するような男ではないらしい。中にはいるのだ、憎い相手の言うことは全部間違いだと見做す勘違い野郎が。

 ユウキは絵物語などのそういった主人公が嫌いだった。自分の意見は全部正しい。自分の敵に回る奴は全部間違い。結構いるパターンだ。

 この様子だと、ムメイもユウキと同じ考えなのだろう。意外に話は合うのかもしれない。


「まあでも、お前が天才なら俺はやっぱ努力キャラってことにさせてくれ。300年頑張ったって数字だけは立派な成果も一応持ってるし……俺できるなら人に好かれたいからさ」


 だがこういった飄々とした姿が、ユウキを無性にイラつかせる。

 その余裕を引っぺがしてやると、さらなる闘志を燃やした。


「無用の心配だよ。君の才能はボクに全く及ばないからね」


「…………」


 本当に、全く及ばない。

 そもそも、未だ術を会得していないムメイでは、対等な土俵にすら立っていないのだから。


「<混沌術カオス>に関してはもう習っただろう? 己の手で創造する強大な力」


 アワンの記憶から、彼女がムメイに術を教えていたのは知っている。

 その内容は、基礎基本に限られるが。


「ああ……もう何が言いたいか分かったな。ソレ以外にもあるって言いたいんだろ? 特異点は余白を潰さないんだな」


 ソレ――が指すものがなんであるのか、分からないユウキではなかった。

 つまりムメイは、この毒以外にもユウキは切り札を持っていると察している。

 良い勘だが、今一つピント外れだ。


「いいや、違うね。特異点によって授けられた能力も例外なく、領域を占有する」


「…………なに?」


 その反応に、ユウキは確信する。

 やはり――ムメイは基礎的な情報しか知らない。

 無理もない。あの程度の短い期間では。それも途中から教師はいなくなってしまったのだ。これでは能力習得など夢のまた夢だろう。

 彼ほどの身体能力を持っていて、術修得を焦るのもおかしな話。つまりこの馬鹿げたパワーさえやり過ごせば、ユウキの勝ちだ。


「君たちは勘違いしているようだが、<神託聖域>もボクの<混沌術カオス>の一つさ」


「…………」


 驚きはあれど、警戒はない。

 当然だろう。この状況において、<神託聖域>は脅威とはならない。

 彼は単独であり、3つの神託のいずれもが適用外。そもそも、あれは多くの人々がいなければ真価を発揮できない類の能力だ。

 毒もしかり。やはり天術は影響が集団的になりがちだ。対個人特化の力は中々あるものではない。

 しかし――


「常人では一つ……多くても二つが限度とされる<混沌術カオス>を、ボクは4つ持っている。だからボクは、天才なんだ」


「っ!?」


 この情報開示には、流石に面食らうムメイ。

 その表情に、ユウキは笑みを深める。

 そして――


(ボクの勝ちだ)


 あまりにも早い――

 そして決して間違いとは言い切れない――


 勝利宣言を告げたのだ。


「<妖精の丘コロノス・ネライドーン>」

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