第059話 ここにいてくれるだけで
「アワン様。私は今回の結婚には、反対です」
「…………」
レイラは切り出す。
説得するためでも、彼女の意志を捻じ曲げるためでもない。ただ、自分の考えを伝えようと思った。
ちゃんと向き合い、話をすることが大事だと、そう教えて貰ったからだ。
「レイちゃん……そんなこと言っていいの? ご主人様でしょ?」
「大丈夫。ケイン様には言ってるから」
「っ!」
アワンは当然驚く。それはそうだろう。そんなことは、一介のメイドには許されない行為だ。出過ぎた真似を超えている。
しかし、何が気に入られたのかは分からないが、レイラにはそれが許された。そしてケインも、レイラには忌憚のない意見を日頃から求めている。
「だから裏切っていいってわけじゃないけど、私なりに筋は通してるつもり。たぶんケイン様も、怒らないと思う」
『レイラ……アワンのこと頼むぞ』
あれはきっと、レイラの心変わりを見抜いたうえでのエールだったのだろう。
相反する感情がぶつかっていたようだが、やはり彼女はアワンのことを第一に案じているようだった。
だから――
(ごめんなさい)
ケインの想いを、レイラは振り払った。
「だから、私の質問に答えてほしい。本当にこれでいいの?」
「…………」
レイラはもったいぶらなかった。直球でぶつける。
そんなに真っ直ぐボールが飛んでくるとは思っていなかったのか、アワンはそれを条件反射のように避け、顔ごと逸らした。
「ほら、やっぱり答えられない。そんな気持ちで結婚とか……正直何言ってるのって感じ。無責任じゃん」
見え見えというより、無理やりひねり出したような挑発。
意外にも、アワンはそれに食いついてきた。もしかしたら、彼女も自分の考えを、思いを、誰かにぶつけたかったのかもしれない。
「無責任じゃない。私はちゃんと納得した上で、今回の結婚を受け入れた。今から考えを変える方がよっぽど無責任だから」
「だから覚悟が固まってないのが無責任だって言ってるんでしょ? 彼と本当に結婚していいんですかって聞かれたら、普通新婦はすぐ頷くものなの。心から幸せな顔でね。アワン様は答えられなかったどころか、顔も逸らしたじゃん」
「結婚していいです。これで満足ですか?」
「なにそれ、子供みたい」
意固地になっていることが丸わかりの姿だ。
これでいい。そう無理やり信じ込ませているような。
アワンの事情も唯一理解しているレイラは、具体的な内容に切り込む。それこそが、答えだと。
「なんで7年前の責任を、アワン様が取らなきゃいけないの?」
「…………当然でしょ。私に責任があるんだから」
やっぱりだ。
彼女はそれが自分の使命だと思っているらしい。自分一人の使命だと。
「だったら私もだよ。なんで一人で全部やろうとするの? 自分勝手だよ」
「一人じゃできないから、結婚したんじゃない!」
それを一人でやると言うのだと、レイラは言ってやりたかった。
だが、そのまま全部吐き出してしまいたい。そんなアワンの様子に、言葉を飲み込む。
「コロノス領で大儀式を行う許可! その儀式を行うための聖域と式場の設営! 患者たちの移動申請! 私一人でできると思うの!? 人手も、お金も、どこから出すのよ!? 誰が助けてくれるっていうの!?」
「…………」
その通りだ。
それらは、アワンが今回の婚姻の条件を全てのみ込んだからこそ叶ったもの。
アワンはそのために、今回の結婚を受け入れたのだ。
「でも……頼って欲しかったと思うよ?」
レイラの呟きに、アワンはとうとう我慢の限界とでも言うように立ち上がる。
それは、アワンにとっての――逆鱗だった。
「何ができるのよ!? 他国の人間であるルルワさんに!! 吸血鬼のムメイさんに!! この国で一体何ができるの!? 困らせるだけじゃない!!」
「…………」
確かに、今回クリアされた問題を、ルルワとムメイの二人が叶えるのは、現実的に見てまず不可能だ。
アワンの結婚という代価の代わりを、二人は用意できない。ブーノス家、コロノス家、ロフォス家が一度に納得する奇跡のカードこそが、アワンなのだから。
もちろんアワンが相談すれば、たぶん二人は全力でなんとかしようとしただろう。だからアワンは彼らに何も言えなかったのだ。
自分の責任を、代価を、擦り付けることを許さなかった。自分のために、迷惑をかけたくなかった。それは他ならぬ、彼らだから。
「…………」
「…………」
荒げた呼吸音は、一つ一つが悲壮を感じさせる。まるで泣いているようだ。
その姿を見るだけで、胸が締め付けられる。彼女の本心が、痛いほど分かるから。
レイラが言いたかったことは、最初から徹頭徹尾、それだけだから。
「でも……一緒にいたいんでしょ?」
「っ!!」
大きく揺れる気配に、レイラはつい先ほど見たアワンの姿を思い出す。
本当に楽しそうに、本当に嬉しそうに、彼らについて話していた。大好きなことが、これでもかと伝わってきた。
本当は、彼らと一緒にいたいのだ。彼らの元に帰りたいのだ。それが分かっているから、レイラはこの結婚には反対なのだ。
彼女の居場所は、もうここではない。それが、分かっていたから。
「…………無理だよ」
「どうして?」
アワンは再び座りこみ、顔を伏せる。
ポタポタと零れ落ち始めた涙は、年相応のものだった。
「ほんとはね……違うの」
「違う?」
「全部……全部言い訳なの」
彼女は、懐かしい過去でも思い出すように、顔をあげる。
その瞳は、希望に煌めき、そして同じだけの、絶望を湛えていた。
「あの二人はね、本物の勇者なの」
「…………」
それは、確かな憧れであり、そして幻滅。
後者は、きっとアワン自身への。彼女は――
「私……酷いこと言っちゃったの。ルルワさんにも、ムメイさんにも……本当に、本当に酷いこと言っちゃったの……」
口元の形が定まらない程に、震える声。
涙に濡れた顔が、レイラへと向けられる。
「弱いくせに、口だけは達者な女のことを……仲間って呼んでくれるの。こんな私の力を……頼りにしてくれたの。でも、私は何もできなかった! 何の役にも立てなかった! ずっと待ち望んでいた試練を前に、何も! 震えて泣くことしか!!」
ガリライヤーでの顛末は、ムメイとルルワから聞いている。
その試練が、誰であったのかも。
「いざという時に何もできない! 頼りにならない、口だけの勇者! それでも、こんな私のこと助けようとしてくれるの! 優しい言葉をかけてくれた! 友達って言ってくれた!!」
「…………」
アワンは、苦しかったのだ。
それは、二人の関係ではない。二人という本物を見せられて。
「釣り合ってないの!! 私だけが!! 私がいなくても、あの人たちはきっと世界を救う! 試練も、使徒も、魔王だって! 必ず倒す!! 二人だけで!! 私の力は……必要ない!!」
彼女は――
「私の居場所は……あそこじゃない。私は……勇者じゃなかった」
勇者を、見てしまったのだ。
勇者に魅せられた少女は、やはり勇者に魅せられた。
見てしまったのだ、本物を。知ってしまったのだ、本物の力を。
どんな困難にも、障害にも、試練にも――立ち向かい、そして乗り越えていく。
アワンは、本物と出会ってしまった。
「…………」
ずっと憧れ、目標にしていた勇者。そのアワンの夢を取り上げたのは、皮肉にも、本物の勇者たちだったのだ。
ルルワとムメイが凄ければ凄いほどに、アワンの自信は砕けて行った。自分ではそこには辿り着けないと、悟らされてしまったのだ。
それは延いては、自信の喪失と、自己の喪失。
アワンは試練をなんなく突破する二人の姿と、情けなく蹲るだけの己の姿を見比べ、確信してしまった。
自分はここにはいらない。自分の居場所は――
――ここではないと。
「いてくれるだけで……いいんじゃなかったの?」
「――っ!!」
そんな憂鬱を、レイラの言葉が晴らす。
レイラがこの言葉を選んだことに、さしたる特別な意味はない。それは偶然が運んだ奇跡。それこそ、彼女のアワンを思う心が、成した技なのかもしれない。
かくにも、こうしてアワンに最も必要とされる言葉が、今、届けられたのだ。
「きっと二人は、そう思ってるよ?」
レイラは、確信していた。
短い時間だったが、ムメイとルルワ、二人と会話を交わして分かったこと。それは同じくアワンのことを思うレイラだからこそ分かったことだ。
二人は、アワンを必要としていると。
「でも私……まだレベル34で……。試練だって……まだ乗り越えてなくて……」
泳ぐ瞳、逃げる視線。それらを、掬い上げる。
レイラはアワンの手を取ると、両手を重ね合わせた。
「強さとか、役に立つとか、釣り合うとか……大事なのは、そんなことじゃないでしょ?」
逃げる視線を、無理やり合わせる。
迷う意識を、両手で引き寄せる。
「私は二人にとって……ただの他人で……」
なおも、逃げ続ける瞳。
だからレイラは真っすぐに目を見て、告げるのだ。
「大事な人でしょ?」
アワンとムメイたちとの付き合いは、まだ一月にも満たない程度。実数にすれば、この半分以下かもしれない。
そしてアワンに与えられた役割は、勇者ルルワの護衛。表向き、ただそれだけの関係。
彼女はそれを分かっているのだ。
だからこそ、迷っているのだ。
そう思っているのは自分だけなのではないかと。二人はそこまで、自分のことを大切に思っていないのではないかと。
その迷いが――恐れが――消えない。
だから――
「そんなんじゃないよ……だって……だって私なんかが……」
「二人がそう言ったの!?」
だからレイラは、アワンを叱ったのだ。
「っ!?」
両手を潰さんとばかりに握りしめ、唾が飛ぶほどに叫ぶ。
物理的に、アワンの視線を取り戻す。
涙に濡れ、子犬のように震える瞳。しかし――レイラを見た。
「人の心を、勝手に決めないでよ!! 勝手に諦めて、大事な人を奪わないで!!」
そして、一緒に涙を流す。
アワンの恐怖は、レイラの恐怖だ。レイラもずっと、そうだった。
アワンは彼女の、鏡だ。
「ちゃんと話し合ったの!? 自分の意見をちゃんと伝えたの!? ここにいたいって、二人といたいって、ちゃんとそう言ったの!?」
「っ!!」
レイラは、勇気をくれた人の言葉を借りる。
彼はこのために、レイラに言葉を届けてくれたのかもしれない。
「怖くても、辛くても、向き合わなきゃ!! 大事な人といたいなら、拒絶されるかもって不安とも戦わなきゃ!! 勇気を出すしかないの!!」
「ふっ……う"っ! うう……う"うぅ……!」
震える少女の、頬を挟み込む。
どこまでも優しく、どこまでも力強く、両手で掬い取る。
「しっかりしなさいアワン!! あなたの居場所は、ここじゃないでしょ!?」
過去に囚われた少女。
小さな顔は、まだ幼い。大人びて見えても、まだ子供だ。
レイラは彼女を、ここから救い出したかった。
「大事な人がいてくれることが、一番幸せなんだよ? だから、いてくれるだけでいいの」
誰かの言葉ばかり。自分の言葉を持たないことに自嘲の笑みをこぼしながら、それでも恥ずかしげもなく、レイラがそれを言えたのは――
彼女が、勇気ある者だったからだ。
「泣き虫のくせに、強がりでかっこつけな……手のかかる妹の言葉。私の大事な人」
今日ここに――
レイラは、アワンの勇者になった。
「アワン。あなたはどうしたいの?」
そして、アワンは――
「私は――」
***
「――とかまあ……そんな感じの流れじゃない?」
レイラから聞いた話を元に、現在コイラスで繰り広げられているお家騒動の展開と各陣営の思惑を自分なりの言葉に代え、俺は一息つく。
当然その相手は、ルルワだ。俺の話し相手は悲しいことにルルワくらいしかいない。
「能力……使ってないのよね?」
「使ってない」
ここでこっそり<反教底位>の使用など、台無しもいいとこである。俺はこの国にきてからはまだ何の能力も使っていない。
というかまだ戦わないのだろうか俺は? おかしい。冷静に考えて、戦闘以外で役に立てる場面など俺にはないというのに。一体敵はどこだ? まだ敵のロ文字も見当たらない。ちなみにロが見当たらないという者は、敵という漢字の中を探してみロ。
「要するに……ユウキの毒に侵された人々を、アワンは一人助けようとしてるってことね。彼女から能力聞いてたの?」
「いや? でも儀式型っぽいなとか、処女の血関係してそうだなとかは、薄々思ってた。神託聖域への理解も早かったし、血に関する俺の探りにも微妙な反応してたし、何よりルルワとの大喧嘩の件があるし」
「なるほどね。儀式に使用するための神聖な血。人外に苦しめられた人々を救うための血だから、どこの馬とも知れぬ吸血鬼には飲ませたくなかったと」
「そういうこと。優しい彼女があれだけ拒絶するんだから、よっぽどの理由がそこにはあるはずだろ? やっぱり、ちゃんとした理由があった」
二人とも、譲れないもののために喧嘩になったのだ。
やっぱりルルワにとっての、かけがえのない友達になるという俺の読みは、正しかった。そして今はもう、俺も他人事ではない。
「その子供を見るような目やめてくれる?」
「見てないよ? エロい目で見てたから」
「じゃあいいとはならないから」
俺はルルワを抱き寄せ、膝の上に乗せる。
彼女は心ばかり、ほとんど見せかけの抵抗を一瞬見せてから、すぐに嬉々として身を預けた。
「よくレイラから聞いた話だけでそこまで理解できたわね。私は複雑で、未だによく分からないわ」
「分からなくてもいいんじゃないかな? とりあえずコロノス家はケインが欲しい、ブーノス家はアワンが欲しいとだけ分かってれば……ロフォス家の思惑に関しては流石に分からないな。何かメリットがあるはずだけど、レイラもよく分からないと言ってたし……」
今回の一件について一番知るであろうケイン。その横にいたレイラが分からないと言っているのだから、俺に分かるはずもない。
なんとなくきな臭い感じはするのだが、イメージだけで決めつけるのもなんだかなという感じだ。
ナトゥは個人的にアワンのことを嫌っていたようだが、彼女が当主というわけでもないようだし。
そんな思考は、ルルワが提示した話題に挿げ替えられる。
「話変わるけど、さっきやった体の測定とかって、あれ何だったの? スリーサイズや体重まで教える必要あった?」
「あるね。大あり。俺の魔術には必要不可欠なデータだ」
本当に、全てが必要だった。
肉体の全か所を正確に採寸させてもらったが、まだデータは足りないくらいだ。
これが魔術の神髄。まさに欲望こそが力だ。
「凄い不安になってきたわ……」
「アワンを信じるんだ。俺は全部、彼女から教わった」
「本当に大丈夫なのよね?」
疑いの目が留まるところを知らない。
これが日頃の行いという奴か。俺は日頃そんなに駄目な奴だっただろうか。
「アワンも今、儀式を成功させようと頑張ってるんだ。俺も彼女のように、頑張らないとな」
「たぶん、一緒にされたくないんじゃないかしら?」
たぶんというより絶対、一緒にされたくはないと思う。
患者のデータを必死に集めているアワンと、ルルワのデータを必死に集めている俺。なんか恥ずかしくなってきた。
が、俺も決してふざけているわけではない。
「それに……チンタラしてられないからな」
「…………」
真面目な呟きに、ルルワは目敏く変化を捉える。
腰に回す手に、手が重ねられた。
「ここにきて、ガリライヤーでの一件は、威力偵察の可能性が出てきた。ユウキが生きていて、アワンにまだ固執していると分かった以上、その対策は必須。いつか来ると分かっている敵に後れを取るわけにはいかない」
「そうね」
それも、既に能力まで分かっているのだ。これで負けたら笑い話。
そうならないためにも、俺の能力開発は必須。一秒でも早く完成させるのが理想だ。アワンがここにいれば凄い怒られそうではあるが、今だけはラッキーだと思うことにしよう。
「だからアワンがこの国に残る残らないの選択に関係なく、そのいつかに備えなきゃな」
それが俺の結論だ。
それ以上はなかった。だがやはり、ルルワは不満らしい。
「アワンに関しては……やっぱり静観なのね」
「当然だ。俺はもう、彼女にやれるだけのことは全部した。これ以上こちらから何かするなら、それは施しだよ。対等な関係じゃなくなる」
「…………」
ルルワに話し合いを促し、橋上でアワンのことを認め、そしてこの国でアワンの謝罪を許し、最後に友達だとハッキリ告げた。
俺のやるべきことは全部済んでいる。俺は一度も彼女と向き合うことを逃げていないつもりだ。これ以上アワンに優しくすると、俺の嫌いなタイプの男まっしぐらだ。
「現状、彼女はルルワとのケジメをほったらかしにして逃げようとしている。言ってしまえば、俺はそれさえきちんと清算するのなら、彼女の選択がどちらであろうと尊重するつもりだった。だけど――」
俺が怒っていたのはレイラだけではない。
同じ立場であるアワンにも、俺は怒っていた。
「このままルルワとの一件を有耶無耶にして別れるつもりなら、俺はもうアワンのことを仲間とも友達とも思わない。その時は悪いけど、彼女に同情するよ」
俺は、立ち向かわない者、楽な方に逃げようとする者を弱いものだと思う。ナトゥを筆頭に、寄ってたかってアワン一人に負けていた者達のようにだ。だからそういう人間には、心から同情する。可哀そうだと。
逆にどんなに怖くても、どんなに震えていても、少しずつでも立ち向かおうとする者は――強者だ。そんな人間がどんな辛い目に合おうが、俺が同情することは絶対にない。だってまだ戦っているのだから。同情する部分がない。
だから俺は、まだアワンが戦っていることを、心から信じている。
「はぁ……カッコ良すぎる男っていうのも考え物ね」
「強制はしないよ。ルルワが引き留めたいなら、好きにすればいい」
「寂しいこと言わないでよ。気持ちは一緒でしょ?」
ルルワがソファ上で反転し、俺を見下ろす。
長い髪が顔にかかり、くすぐったかった。
「私も……アワンのことを信じるわ。彼女の選択を尊重する」
「…………そうか」
安心するように微笑む俺に、ルルワも微笑む。
なにやら甘ったるい空気だが、俺は相変わらず美人だな、くらいにしか思わなかった。
そんな俺の表情に、ルルワは白けたように転がる。
そしてふて寝でもするように、俺のすぐ隣に腰掛けた。
「でもあなたって、ほんと勿体ないことするわよね」
「勿体ない?」
離れたいのかやっぱり離れたくないのか、分からない距離だ。
ぴったりと体をくっつけ、俺の肩にぐりぐりと頭をこすり付ける。
「だって絶好のテンプレパターンじゃない。結婚式に乗り込んで、悪い男からお姫様を奪い返して、そのまま連れ去るって奴。この状況なら、きっとアワンもあなたに惚れるわよ? 何かの間違いで王子様と誤認してくれるかも」
俺ははっきりと、顔を歪める。
想像すると、凄い気持ち悪かったからだ。おぞましさすら覚える。
「それって女の子的には美談なの? 俺からしたら、気持ち悪さしか感じないんだけど」
「そこまで?」
俺の表情の変化に、呆れるルルワ。
女心的にはわりとありらしい。俺はやっぱり信じられなかった。
「男に連れ去られる程度で心変わりする女なら、また次の男が連れ去りに来たら、絶対そっちに鞍替えするじゃん」
「た、確かに……」
そんなものを愛とか言いたくない。
男はそんな女で良いのだろうか。俺ならちゃんと話し合えよと思う。というか人の女奪ってる時点でそもそも最低だし。
「女の子のこと馬鹿にしてるよ。俺そんなことする男はかっこよくないと思う。少なくともアワンは、そんな男は絶対待ってない」
「…………」
ルルワの表情の変化は、顕著だった。
頬が染まり、まるで惚れ直したと言わんばかりに瞳が煌めく。そんな目で見られるのが照れくさく、俺はやっぱり、いつもの冗談で逃げた。
「だから俺は結婚式のちょっと待ったぁ!が世界で二番目に嫌いなんだ」
もう慣れたのか、ルルワは穏やかに微笑む余裕さえ見せ、腕を絡める。
そして囁くように問いかけた。
「一番は?」
「ちょっと待ったぁ!してくるような男作ってる新婦」
「ふふふっ……!」
楽しそうに笑うルルワを見て、俺は思う。
俺は絶対に、ちょっと待ったぁしてくるような男は、彼女に作らないと。
ずっと俺だけを見てくれるように、これからもカッコイイ男でいようと。
「それに、王子様ならもういるだろ?」
落着といった空気に、あえて水を差す。
ルルワは若干訝し気に、顔を歪めた。
「まさかそれって……ケインのことじゃないわよね? あいつは勇者が妻っていう箔付が欲しいだけでしょ?」
やっぱりか。
勇者に物理的にボコボコにされ、精神的にもボコボコにされたあげく、散々な誤解をされているケインに心から同情する。
「はぁ……ルルワ……」
「なによ……」
「はあっ、ヤレヤレ。あー、ヤレヤレ」
「何よ!!」
いや、心から――同情しなかった。
舞台は移り変わり――コロノス領、結婚式場当日。
一人の少女の物語は、いよいよ最終局面へと移行する。




