第049話 舌戦(1)
「――アワンは?」
二人の人間が部屋に入室した瞬間、着席も勧めず――また挨拶もなしに出会い頭、開口一番の問い。
それは質問の形をした詰問。いや、はっきりとした苛立ちの発露だった。
それも致し方ないだろう。目当ての存在は現れず、その代わりに連れて来られたのが彼女とあっては。
勇者の怒気を受け、怯むナトゥ。そんな彼女を連れてきた男もまた、ルルワの怒りという感情を一身に受けていた。
「彼女は体調が優れないようなので、部屋で休ませています」
愛想笑いですらない出来の悪い笑みを浮かべるのは、この国の王子の一人、ケイン・ブーノス。つい先日、アワンとの結婚が発表された男だ。
それは、嘲笑にすら見えるものだった。今のルルワからしてみれば、なおさらそのように見えたことだろう。これ以上にないほど悪かった彼女の機嫌が、みるみる最悪へと向かっていることが俺には分かった。
だが、流石に飛び掛かっていくほど彼女も獣ではない。
机に乗り上げるような前傾姿勢で、唸り声すら聞こえてきそうな呼吸音と威嚇のように鋭い眼光を放っているが、彼女は獣ではないのだ。
獣じゃない――はずだ。俺の信頼は、早々に願いと化す。頼むから暴力だけはと、心の中で特に信じてもいない神に祈りを捧げた。
「じゃあ私たちが行ってあげるわよ。案内して」
「いえ、流石にそういうわけには。彼女は婚前を控えた身でもありますし、どうかご遠慮ください」
ケインはアワンの件を一方的に打ち切ると、許可も取らずにメイドを入室させる。
招いておきながら座らせないルルワもルルワだが、ケインもケインだ。なかなか良い度胸をしている。
ルルワが何に対し怒っているかなど、どんな馬鹿でももう察せられるだろうに。
そして予想通り、最悪にまで到達していた彼女の怒りは、簡単に決壊した。
「はぁ……また大恥をかかされたいの? 結婚とか言ってられない体にしてあげましょうか?」
かなり直接的な脅しに、俺でさえ肝を冷やす。
常識的に考えて、結婚を控えている新郎にかける言葉ではない。ましてや相手はこの国の王族だ。
そしてそう思ったのも、やはり俺だけではなかった。
「いささか無礼が過ぎるのでは? いかに勇者とはいえ、許されない発言というものはございます」
ここぞとばかりに口を開いたのは、三日ほど前に学園で会ったカースト女王――ナトゥ。
彼女は弱みが見つかるのを待っていたかのような速度で、ルルワの無礼を指摘する。しかしそんな彼女への返礼は、さらに早かった。
それも、掟破りの禁断行為。無礼の上塗りだった。
「黙れ」
「「「…………」」」
空間を真っ二つに斬り捨てるかのような、その冷ややかな声には――俺も二人と合わせて、息を飲んだ。
ルルワはナトゥに目線をくれることもなく、吐き捨てる。
人形のように綺麗な横顔が、これほど恐ろしく見えたことは今までなかった。
「黙れ、口を開くな」
この国において大公家とは、臣下の一家というよりも王家の枝先という側面が強い。
つまりこの国では、王族とほぼ同格の扱いをされるわけだ。
だからケインと対等、いやルルワとすら対等と言わんばかりのナトゥの態度も、そうおかしなこととは言えない。
ルルワからすれば貴族家の一家でも、この国では王族に近い立場と見做されるのだから。この時、それもこの国で、彼女を一際軽んじるような態度を取れば、むしろ責められるべきはルルワの方だ。外交とはそういうものだろう。
つまり何が言いたいか。
ルルワのこの態度は、あまりに行き過ぎている。
彼女はすでに外交を、いやこの国との友好そのものを捨てていると言っても過言ではない。彼女はアワン一人のために、国とやり合うつもりだ。
(そうとうキてるな……ここまでとは)
ここ数日彼女の機嫌が最悪すれすれにまで達していたことは知っていたが、まさかここまでの横暴を見せる程までとは思わなかった。
前から薄々思っていたが、彼女は身内以外には結構容赦がない。つまりアワンはもう、彼女にとって完全な身内扱いということなのだろう。
喜ぶべきか悲しむべきか。どうにかして彼女が犯罪者にだけはならないようにしたいところだが。
「彼女を無断で同席させたことは謝罪いたします。ですが、彼女も関係者ですので」
今のルルワと会話できるだけ、ケインは大したものだ。
ナトゥなんか目を合わせないようにさっきから俺の方ばかりを見ている。そして俺も全力でナトゥを見ていた。理由は彼女と全く同じだ。
「関係者? ああ、あなたの婚約者へのイジメの主犯という立場かしら? 自分の妻を虐めていた女にも祝わせるなんて、変わった趣向ね」
「…………」
ケインは、表情一つ変えなかった。
当然周知ということだろう。俺は今回の結婚話が持ち上がった時から、あれはケインが裏で主導させていたのではとさえ考えていた。どうやら、ルルワも同じ考えだったようだ。
「凄いわね。怖くて見て見ぬふりをしていたのかしら? それともやらせてたの? いずれにせよ、甲斐性の無い男をあてられた女は気の毒ね。心から同情するわ」
「…………」
なぜか俺にもダメージが入る。
財布もハンカチも持っていない甲斐性なし独走吸血鬼こと俺は、それはもう冷や汗ダラダラだった。
しかし、彼女の口撃は終わらない。逃がさねえよとばかりに、次は女の方に鋭い眼光を向ける。
瞬間、びくりと震えるナトゥの姿に、俺も感化されるように背を正した。
二人ともまだ座らず、その場に立ったままであるので、教師に怒られている生徒みたいだ。たぶん彼らは教師に怒られたことはないと思うので、冗談ではなくこんな経験は人生初なのではなかろうか。
震える生徒の一人を、鋼のように硬質な瞳が射抜く。
「私の妹分が世話になったみたいね。それに、私のペットも可愛がってくれたんですって? いいのよ? 今日も好きにやってくれて」
「…………」
ナトゥが明らかに顔色を悪くし、顔ごと伏せる。
恐怖に震えあがるその姿には、クラスの女王の威厳はない。それはまるで親にイタズラがバレた子供のように、頼りない姿だった。
「やれよ。私の前で、やってみろ」
「…………」
(…………コワイ)
抜き身の刃物が眼前に差し出されたような緊張感だ。
それこそ怒気を真っすぐに向けられている彼女は、それを喉元に突き付けられているような気分だろう。
冗談でも口を開こうものなら、即座に切り裂かれそうな怖さが今のルルワにはある。言ってる場合ではなく、本当に殺しそうだ。
そんな中、俺は見たことも無い空想上の生物――極道を彼女に重ねながら、黙して下っ端に徹する。
できるだけ存在感と影を薄く。今だけは、絶対にこっちを見て欲しくなかった。理由はやっぱり怖いからだ。
「体調が悪いみたいね。部屋で休ませた方がいいんじゃない? それとも、今日は頼もしいお友達がいないからかしら」
「…………」
彼らは二人して、その場に立ち続けている。
正直、俺も今からでも席を立ちあがってあっちに並びたかった。そうしなければならないような気がするのだ。俺なんかが偉そうに彼女の横に座っていていいのかという気にさせられる。
「二人そろってよくもまあ私の前にその間抜け面を出せたものだわ。英雄を志しているくらいだし、きっといつ死んでも構わないのね」
先日ルルワがボコボコにしたケインと、同日吸血鬼をボコボコにしたナトゥ。
結果だけを見れば差し引きイーブンのはずなのだが、二対二になった途端戦局は大きく変わる。
なぜか、ルルワ一人でまとめてボコボコにしていた。
彼女が有言実行の女であると同時に、俺という男の戦力のありえない程の低さがここに露呈してしまう。
そしてなぜだろう。俺もボコボコにされているような気分なのは。
ビビッて言葉も出せない二人(二人だと信じたい)に対し、ルルワは鼻を鳴らす。
そして侮蔑を隠しもしない視線で、下から彼らを見下ろした。
「つまらない男に、つまらない女。もうあなたたちが結婚したら? とてもお似合いだし、私も心から祝福できそう」
開幕からキレッキレのルルワを見て、俺は思う。
彼女が味方で、本当に良かったと。
俺があっち側にいたら、今頃きっと泣いていると。
涙が出ないはずの吸血鬼にそこまで言わせるのだから、彼女は本当に凄い。
本当に、凄い怖かった。
***
直近で結婚を控えている者がいるとは思えないほどに、祝福のしゅの字も見当たらない空間の中にあって、メイドだけが粛々と動き続ける。
俺は凄いなと、先ほどから彼女のことを目で追っていた。このお通夜を通り越して若干二名の葬式に変わりそうな空間にあって、彼女一人だけが顔色一つ変えずに黙々と作業を続けている。
お茶の準備と、お茶菓子の準備だ。王族にはメイドがいっぱい付いているものと当然のように思っていたので、彼女が最初から一人であることは不思議だったが、それも頷ける手際の良さと働きだ。
きっと彼女は優秀なメイドなのだろう。なんたって眼鏡もかけているし。きっと頭が良いに違いない(馬鹿)。
「――失礼。口を挟んでもよろしいでしょうか?」
「「「っ!?」」」
無言の空間に、埒が明かないと重い腰をあげたのは――1匹の吸血鬼。
この場に吸血鬼はたぶん俺しかいないため、当然俺だ。やっと自分から動くんかお前とどこかから幻聴が聞こえてきそうなほどに重い腰を、今、満を持して椅子から解き放つ。
――ようなことはなく座ったままではあるが、反応は顕著だった。
――喋れたの?
そんな声なき声が聞こえてくる。
言葉を濁さずに言えば、二人とも王族とは思えないほどにあんぐりと大口を開いていた。これほど驚愕という二文字が相応しい顔は中々お目にかかれない。
「まずは着席して貰おうよ。王族をいつまでも立たせたままというのは外聞が悪い」
「…………」
俺が喋ったことは、ルルワにしても意外だったのだろう。
彼女もなぜか「喋れたの?」くらいに驚いた表情をしている。
それくらい普段の俺は議論という面では全く頼りにならない存在と見做されていると知ると同時に、もしかしてこれまでの俺はずっと喋っていなかったのではなかろうかという問題がここに提起される。
ちょっと笑えない懸念ではある。ここまで全て「キィ」のみでシンボルコミュニケーションを果していたというのなら、俺の言語力の低さと不思議なまでの表現力の高さのギャップも頷けるというもの。
そんな馬鹿げた仮説を半分真面目に考えてしまうほどに、彼女は俺が口を開いた事実に驚いていた。
「この部屋の主は君なんだから、君の口から頼むよ。私では失礼にあたるから」
「…………どうぞ、座って」
良かった。
ここで「やれよ。私の前で、やってみろ」とか言われた日には、小便チビっていたところだ。信じていたが、俺は彼女の身内認定だった。ほんと信じてた。
二人が着席したことを確認すると、俺は正面に向き直り、改めて口を開く。
「まずは同席の機会を賜り感謝申し上げます。私共のためにここまで足を運んでくださった労も合わせてねぎらわせてください。また我々の特殊な事情ゆえ、お二人を十分に歓迎することが適わなかったことを謝罪いたします」
挨拶抜きに関しては、俺も変わらなかった。これは相手を軽んじていると言うより、俺たちはすでに挨拶を済ませているのだから、改めて行う必要性を感じなかったというだけだ。
ケインとナトゥの二人も、そこに突っ込むほど野暮ではなかった。
むしろ俺の流暢な言葉の方に驚いている様子。
そんな中、俺はとりあえず伝えておくべきことを捲し立てた。
まずは俺のように身分不確かな者が王族と同席している事実に後から文句が付けられないよう、感謝の言葉で釘をさしておく。
文句があるならここで何かを言うべきであり、文句を言おうものなら獣ルルワが即座に牙を剝くことだろう。どっちみち彼らに行える抵抗はないが、建前というのは重要だ。
そして十分なもてなしができていないことにも、あとから難癖をつけられないよう先に言っておいた。まあこれについては大っぴらに攻めることはできないだろうが。
今回俺たちは外交特使や使者などではなく、王に招かれた客人という扱いとなっている。
本来王族のルルワは使者として来国し、自分の使用人にもてなしの用意をさせるのが一般的だが、彼女は勇者という特殊例であるためこれが当てはまらない。
そしてその事実を、玉座の間で王が認めている。この辺りの不備に突っ込もうものなら、それは延いては王への批判も同義だ。
この国では王族の力が強いが、だからこそなおさら王の権威も強い。ここを崩す度胸は彼らに無いはずだ。
そしてこれらの内容を矢継ぎ早に喋ったのにも、当然理由がある。
簡単に言えば、彼らに文句の付け所を与えないためだ。処理しなければならない問題が次々に提示されれば、一つ目の問題を流してくれるかもしれないと踏んで。
差し当たって先ほどのルルワの無礼に対して指摘するのであれば、タイミングは今この時を置いて他にない。これを下手に後回しにすれば、「じゃあなんでその時に言わなかったの?」という必殺の逃げ口上の使い時を与えることになるからだ。
その場で抗議しなければ、それは認めたと見做される。これはどこの社会でも同じだろう。
そもすれば、それは着席を勧められて応じる前に言わなければならないことだ。既に招待に応じて席についてしまっている時点で、話をする準備は整ったと見做される。
友好的な話し合いに応じる姿勢を示した立場で「さっきのあれはないんじゃない? 失礼だよ?」とかサラリーマンでも言わない。俺の社会的常識はたぶん貴族社会にも適応されるはずだ。
だがそんな俺の思惑とは裏腹に、ケインが食いついたのはもっと分かりやすい部分だった。
ある面では、それに一番に触れるのは当然ということ。
「喋れたのか?」
「喋れないと、私が言いましたか?」
正論ではあるが、見方によってはかなり挑発的な内容でもあった。
なぜなら謁見でのやりとりがある。あれを見せられて、喋れると思う人間の方が少数派だろう。あれは人の言葉を喋れませんと言っているに等しい。
だからこそ、彼女の反論は予想の範疇だった。
「王を……いえ、コイラスを馬鹿にしているわ。これを公表すれば、あなたどれだけの大問題になるか、分かっていらっしゃって?」
「もちろん、承知の上です。そのうえで、判断はそちらにお任せします」
「はぁ?」
「私の処分は、そちらにお任せしますよ」
俺は文句をつけてきたナトゥにではなく、ケインと目を合わせる。
こちらの方がまだ話が通じそうだと思ってのことだ。
「何を言っているの? 頭がおかしいのかしら?」
「ナトゥ、黙っててくれ」
「…………」
確かに玉座の間での一件を経て俺が喋れるという事実は、王を軽んじる行為だ。
王の言葉に対し、偽りの言葉で応えた。これは王侯貴族の面子を潰す行為だろう。それくらい俺にも分かる。
一単語程度を聞かれたくらいでは覚えたで済ませられるが、流石にここまで流暢に喋ればその体裁だと誰もが分かる言い訳も使えない。
これが表に出れば、かなりの大問題になることは間違いないだろう。
だからこそだ。
(だからこそ、同時にこの事実は王の面子も潰す行為だ。下手すれば、吸血鬼に踊らされた王という不名誉な称号が付いて回る)
慎重に取り扱わなければ、どんなふうに爆発するか分からない爆弾だ。
今だからこそ知能の低い吸血鬼に合わせて言葉を交わした慈悲深き王という見方ができるが、このやり取りが茶番と明らかになった場合、それは王が騙されたということになる。
こういうのは伝え方と汲み取り方が最も重要であり、かなり繊細な問題だ。
そのあたりの情報統制、情報操作、並びに影響を考えれば頭が痛いだろう。曲がりなりにも王族ならばそのリスクをここで握りつぶした方が安全策だと当然分かるはず。
「発言、よろしいでしょうか?」
「…………ああ」
そしてケインは、賢い男だった。
少なくとも、後先考えずに行動するタイプの男ではないことが、ここに分かる。
(アワンとの結婚も、何か狙いがあるのか? 両家の力関係がはっきりしないことにはなんともな……)
他国の内情をただの吸血鬼である俺が知るはずもない。
だから、知っていることから手を付ける必要がある。
「周知された王室布告、並びに大公家令には目を通させていただきました。王の承認を得た正式なご結婚のようですね。おめでとうございます」
「当然だ」
言質を取れたことに、安堵は無かった。
ただの作業に過ぎない。
「王命勅書を見せていただけますか? 写しでも構いません」
俺の要求に、王子は間を置くことなくメイドを見る。
その前には、彼女は動き出していた。書類の準備をするメイドの姿を見て、俺は確認を済ませる。そして落胆の色を宿した瞳を、瞼で覆い隠した。
この時点で、最も知りたかったことの確認は済んだ。望んでいたものとは逆の結果で。
「ああ、失礼。読み上げていただけますか? 私は文字が読めませんので」
「畏まりました」
ケインとナトゥは小ばかにするように微笑み、対してメイドは真顔で肯首する。そんな彼らの様子を眺めながら、俺は思考を続けた。
一番知りたかったのは、王の正式な承認だ。
これを偽造するほど彼らも寝ぼけてはいないだろうが、だからこそ、メイドが書類を取り出そうとした時点で俺は敗北を悟った。
これでアワンとケインの結婚が、国王が発する国家最高権威の文書の元、正式に認可されたものだと確定してしまった。
これはもはや私事ではなく国事に該当し、婚姻の正統性と合法性も合わせて証明されたも同義。
つまりこの時点で、反対の声をあげることが非常に難しい。法に則った正式な結婚に文句をつけるのは王族でも、いや他国の王族だからこそなおさら難しいことだ。
メイドの口から読み上げられる両名の正式称号や血統、婚姻の承認宣言などを聞き流しながら、どこかに粗はないかと探してみるが、やはりそんなものは見当たらない。
素人に突かれる程度の穴を放置するとは思えないし、王を騙そうとするほど馬鹿ではないだろう。
この時点で、両家が納得の上で結婚を勧めたというのはもはや疑いようがない。アワンの意志に関してはもちろん例外とするが。
「――以上です。なにかございますでしょうか?」
「ありがとうございます。では次に継承・権限文書を――」
「馬鹿か。見せられるわけないだろう」
「そうですね。失礼しました」
当然の指摘に、直ぐに引き下がる。
彼にも国家機密に関する心構えはあるのだと、少し感心したほどだ。チャラチャラした雰囲気から、頭もあまりよくないのだと勝手にイメージしていた。
そして彼の俺に対する態度は、ルルワに対する態度とは当然のように異なる。
まさにカースト最下位の男を相手にする、カースト最上位の男といった感じだった。
「いくつか気になったことが。エバ・ラーヘルの名がどこにもなかったように思いますが、彼女は式には?」
俺の当然の指摘に、予想通りと言わんばかりに鼻を鳴らされる。
浅知恵だとでも思ったのだろう。自覚しているので、特に文句は無かった。
「当然各国への声明の前に招待を出している。が、彼女も忙しい身だ。残念なことに、式の参列には間に合わないかもしれない」
「承認は得られたのですか?」
「承認?」
そこでケインははっきりと、嘲笑の空気を明らかにした。
馬鹿を見る目を隠しもしない。ルルワの気配が泡立つが、俺は机の下で手を振ることでこれを押さえた。
今は邪魔をして欲しくない。
俺が彼女を止めるようなことは滅多にないので、いざこういう時はルルワは素直に指示に従ってくれる。本当にありがたい限りだ。
「はぁ……ものを知らない奴の相手は疲れるな。いいか? 彼女にコロノス家の方針に関し口出しする権限はない。エバ・ラーヘルはアダ・コロノスの死を期に、家名と同時にそういった諸々の権限を剥奪されている。当主でもなければ、すでにコロノスの者でもないんだ」
「…………」
そうだったのか。
なぜアワンの家名が違うのかずっと不思議には思っていたが、そういう理由が。
ならば彼女は家に戻る立場にあるということだろう。本当に、何がどうなっているのかがさっぱり分からない。
エバがこの地にいないからこそ婚姻を進められているというわけでもないようだ。全く関係していないとも思えないが。
「先ほどから思っていたが、覚えたての浅い知識で喋るな。見苦しいぞ」
「…………」
これに関しては、特に文句はないどころか共感すらした。
覚えたての知識をひけらかすのはかなり恥ずかしい。他人がやっているのさえ見ていられないのだから、自分であればなおさらだ。
しかし、その程度の正論で俺も引き下がるつもりはなかった。友達のためなら、恥くらいどうということはない。
「いえ、そちらではなく、グランド要塞最高司令官の承認は得られたのかという話です。アワン・ラーヘルは現在、正式に勇者の警護任務についている立場ですが、ご存じありませんでしたか?」
「…………」
ケインが押し黙り、ナトゥが目を見開く。
俺は気づかないふりをして、言葉を続けた。
「こちらは命令書も発行された正式なものです。今回の婚姻は彼女の任務妨害にあたるため、司令官の裁量案件では?」
俺はワザとらしく懐をまさぐり、必要なら書面の用意もあるとアピールする。
誰もが知ることではあるが、俺の懐には何もない。本当に何もなかった。
「覚えたての知識で恐縮なのですが、今回の婚姻は国際軍法命令干渉罪および軍事資産管理法違反に該当するのではと私共は判断しております。王族とはいえ、軍事権限を持たない者では越権行為は免れないかと思いますが……」
「…………」
俺の反論は――正しい。
しかしそれは、アワンが軍属であれば――の話だ。
(大丈夫だ。こいつらは知らない)
ロータル大谷の防衛には、複数の国家の思惑と権利が複雑に絡んでいる。つまりグランド要塞防衛の任に当たっている兵士たちならば当然、任務中の許可のない婚姻などは絶対に進められない。仮に王族であろうと、確実な命令違反だ。
しかしアワンの現在の立場は特殊であり、そもそも元の立場からして、エバ直属の特別部隊の部隊長であり、拠点防衛の経験を積ませるために、その役職は便宜上与えられたものに過ぎなかった。
だからアワンはエバの一存で、すぐに勇者のお付きにすることができた。その事実は、俺が先に語った内容が彼女には適用されないことを示している。
しかし、それを知るのは俺とルルワ、そしてエバのみだ。
傍から見れば、アワンは勇者護衛の任を正式に与えられた兵士の一人。グランド要塞最高司令官の命を遂行するため、彼女は勇者一行にダソスまで随行しなければならない。
ここに一国家が横入りするのは、国家間の問題に発展するほどの越権行為だ。少なくとも、エバの承認は必要不可欠。
それがなければ最も重い罪に問われるのは、命令違反をしたアワンだ。
「心配には及ばない。彼女がそれらが適用される立場にないことは、既に分かっている」
「――っ!?」
これには流石の俺も、驚愕を隠せなかった。
俺は見落としていたのだ。
その事実を知るのは、俺とルルワ、そしてエバだけではないということを。
(どういうことだ……)
これをケインが知ると言うことは、彼に喋った者がいるということ。
そしてそれは、一人しかいない。
(アワン)
望まぬ結婚に巻き込まれた被害者と思っていた少女が、自ら口を開いている。
謎が謎を呼ぶ婚姻話。
何かが起こっている――それだけは、確かだった。




