第047話 勇士学園(2)
「――学園には5つのクラスが存在し、上から英雄級、金級、銀級、青銅級、鉄級となっています。在籍している生徒の数は404人」
「400人? 意外と少ないのね」
「彼ら彼女らは英雄を志す者達であり、選抜された勇士たちでもありますから」
いきなりだがここで間違い探しだ。
王子、お姫様、お姫様、お姫様、吸血鬼。
さて、間違いはどれでしょう。
正解だ。仮にこの問題の答えを外した者がいたとすれば、勇士学園への入学をお勧めする。吸血鬼退治の方法でも学んでから出直してきてくれ。
(ザ、陽キャって感じだなぁ……)
俺は正答率100%の問題に身を置きながら、前を歩く王子とお姫様を眺める。
この国の王家、ブーノス家のケインと、ロフォス大公家の姫、ナトゥを。
(スクールカースト1位と2位)
そして早々に、イメージの言語化に成功する。
というのも、簡単すぎた。もしかしたら先の間違い探しよりも簡単だったかもしれない。
ケインはかなりの美男子だ。
やはり王子はイケメンでないと務まらないと言わんばかりに顔もスタイルも良い。
しかし王子っぽいかと言われるかと首を傾げる。俺の中の王子と言えばアベルだ。
彼はどこからどう見ても王子様だった。たぶん俺が森を彷徨う吸血姫だったら出会い頭に心を奪われていたことだろう。本当に男でよかった。
それくらいあの男は外面に限っては完璧だった。まさに物語の王子様。中身はただのシスコンだが。アベ「っ!?」
対してケインは、なんというか顔は良いが全体的な空気感が軽い。
チャラいイケメンというか。若く、才能に溢れた自分に酔ってる感がそこはかとなく漂うのだ。
最初にスクールカーストで表現したのはそういうことだ。学生の身で周りからチヤホヤされれば、こんな感じの男が誕生しそうだと。
良い奴か悪い奴かはまだ分からないし、なんなら一般的に言ってカースト上位層にもいくらでも良い奴はいるのだろうが、異世界転生を経てもカースト最下位を地で行く俺としては、なんとなく合わなそうだなと思った。それこそ、まだアベルの方が仲良くなれそうだった。
これは性格ではなく性質の問題だ。カーストの上と下は互いを忌み嫌い、内心見下し合う定め。
そして一度大人になってみると分かる。どっちも大して変わらんと。学生なんて大人から見れば全員一律で子供だ。社会に出たら特に何もできない、取るに足らない存在――
などと言っているのが300年間の引きこもり生活を経て、今年ようやく社会に歩み出したようなよちよち歩きの吸血鬼だ。
何が言いたかったか。カースト上もカースト下も陽キャも陰キャも子供も大人も大差ない。人間なんて人間である限りみんな大したものじゃないということだ。
つまり吸血鬼である俺がどの角度から見てもやっぱり最強というわけだ(?)。
途中に挟まれたよく分からない思想のせいでナトゥの話をする時間が無くなってしなったが、まあ女版ケインと思ってもらえればいい。
美女だがルルワやアワンとは雰囲気が全く違う。三者共に俺のような男が近寄りがたい空気感を当然のように放ってはいるが、ナトゥは少しでも話しかけようものなら、「キモ」とか言われそうな怖さがある。
その後仲間の女子たちの間で「きもい奴に話しかけられたんだけど~」とか笑いものにされてそうだ。
現時点では被害妄想を超えて風評被害も甚だしいが、あくまでイメージだ。だがこれでどんな感じの雰囲気かは凡そ伝わったことだろう。
ちなみに二人とも明るい暗いの違いはあれど共通して茶髪なので、さらに羽目を外した若者感が演出される。
「5つのクラスは在籍年数ではなくレベルによって振り分けられます。下の鉄級からレベル3、青銅級がレベル12――というように」
「レベルを公表しているの!?」
「はい。競争意欲を高めるためにも。弱ければ話になりませんから」
「「…………」」
俺とルルワは静かに視線を交わし合う。
たぶん思いは同じだろう。少なくとも俺は、大丈夫かこの学園と思った。
その間にも、ケインの説明は続く。
「レベル3を超えれば鉄級として入学でき、レベル12を超えれば青銅級、レベル22を超えれば銀級、レベル34を超えれば金級のクラスに上がれます。これはレベル10以上の開きがあると、一対一では勝つのが難しいという通説から定められたものです」
レベルは、戦闘の勝敗を分ける大きな要因。いや、最大の要因といっても過言ではないという。この世界では、この数値の多寡で、勝利の可能性を探るのだから。
その中で、最も一般的に広く知られているのが――レベル10以上の差がある場合、一対一の戦いでは勝利を収めるのは難しいという常識。そしてそのルールは、低レベル帯(50以下)の方が当てはまりやすいという傾向にあるそうだ。
つまりレベル10とレベル20の対戦マッチングと、レベル60とレベル70の対戦マッチングでは、前者の方が勝敗の結果を予測しやすいということ。この時レベル10と20、どちらの方が勝率が高いかなど、もはや言葉にするまでもないことだろう。
要は、仮にレベル90くらいの敵が今の俺と戦った場合は、このルールを覆し、結構いい戦いになるということだ。
もしかしたらイコラオスのレベルはそのくらいだったのかもしれない。
(アワンのレベルが34だったな……彼女は金級)
やはり勇者を志すだけのことはある。
一番上のクラスだ。ルルワに話を聞いたところ、この若さでこのレベル帯は滅多にいないらしい。
「最後に英雄級ですが、このクラスはレベル50付近に到達した者だけが入れる特別クラスです。非常に狭き門だということは、ルルワ様には釈迦に説法でしょう」
(英雄級はあってないようなもんってことか)
勇者ルルワと英雄アベルがレベル50への到達者だった。
ルルワはもう違うが、逆に言えばつい最近まで勇者であってもそこで足踏みさせられたということ。
これに匹敵する存在が、早々いるとは思えない。要は名前だけのお飾りクラスということだろう。
「実質一番上は金級ってことね? 割合は?」
ルルワも俺と同じことを思ったようだ。
それどころか、金級に該当する生徒すら非常に少ないだろうと。
そんな俺たちの考えが透けて見えたのか、ケインとナトゥは顔を合わせると、笑みを見せる。俺たちにとっては、あまり気持ちよくない類の笑みを。
「金級は現在全体の約10パーセントほど……そして英雄級は、4人です」
「「「っ!?」」」
これには、流石の俺も驚いた。
勇者の血を引くアワンと同等の生徒が、ここに40人もいるなど。しかも、英雄級は4人。
「レベル49が二人。そして学園最高の術師二人は、既にレベル50に到達しております」
「いるの!? 到達者が!?」
つい最近までのルルワと同等の戦力。
勇者に匹敵する個が、二人。
「いますよ、あなたの目の前にね」
王家の血を引く二人は、薄ら笑いを隠しもせずにこちらへと振り返る。
その視線は、やはりアワンへと向けられていた。
***
――授業。
俺はこの時間を、今までは昼寝の時間だと思っていた。真面目に聞いたことは一度もなければ、真面目に聞こうと思ったことも一度としてない。
だが、今はその時間を昼寝に当てることはできない。なぜなら俺は永遠の不眠を約束された存在なのだから。
しかしその事実とは関係なしに、今の俺はこの時間を蔑ろにしようなどとは思わなかった。
なぜなら俺は今、学びたいのだから。月並みだが、この意欲があるのとないのとでは、この時間は全く違うものと化した。
実体が伴うかどうかは、横に置いておいて。
(…………なるほど)
俺は黒板に走る文字を見て頷き、そしてペンを持つ。そこから特にできることは何もなかったので、大人しくペンを置いた。
代わりに筆を走らせるのは、アワン。代筆どころか、代わりにノートを取ってくれている。本人が出席しながら他人にノートを取らせるという、前代未聞の授業風景を展開しながら、吸血鬼は勇士学園の座学に座してエントリーしていた。
(文字も書けん。文字も読めん。喋れる言葉はキィくらい。こんな吸血鬼は嫌だな)
我ながら本当に凄い。これでよく授業を受けようと思ったものだ。
黒板に書かれてある全文字が、俺には全く未知の言語。これから覚えようという気にもならない。
どこかの時空で俺が文字を読めた瞬間があったような気がするが、きっと気のせいだろう。証拠はどこにも残っていないのだ。気のせいだと思って欲しい。
だがそんな俺にも、唯一と言っていいほど理解できることもある。
それが、言語だ。
遅いかもしれないが、俺はなぜか、この世界の言葉を生まれつき喋ることができる。
いやこの言い方は正しくはない。正しくは、生まれつき意思疎通ができている――となる。
例えば先ほどケインが発言した、”釈迦に説法”という表現。
ルルワを筆頭に、この世界の住人達とコミュニケーションを取っていく中で、俺は異世界の者達が日本語のことわざや四字熟語などをごく当たり前のように用いることに、大きな違和感を感じていた。
それもそうだろう。例えば今回ケインが使用した”釈迦に説法”を例に挙げると、釈迦とは北インドの人物で且つ仏教の開祖にあたるので、発言に大きな矛盾が生じてしまう。なぜならこの世界にはインドという国も仏教という宗教も存在しないためだ。
俺はこの不可思議な現象を解明しようとした。そして直ぐに匙を投げた。意味がないことを悟ったからだ。
分かったのはこちらが用いた日本語の表現は、きちんとあちらにその意味が伝わっているということ。そしてあちらは異世界で使用される表現に自然と置き換えて捉えているということだ。
それは言い手と聞き手を逆にしても同じことだった。つまりは表現方法、言語は異なるが、己の保有知識の中でそれに最も近しい言葉で自動翻訳されるということ。
もしかしたらそれは言葉ですらないのかもしれない。そもそもが日本語のない世界で、日本語を用いる俺の言葉が伝わっているというのも可笑しな話だ。
前の世界の人間のコミュニケーション方法に該当しない新たなコミュニケーション法。
俺は仮にこれを、象徴記号的意思疎通【symbol=communication】と名付けた。あくまで仮だ。仮に随分本気だが、仮と言ったら仮なのだ。
物事をどちらかと言えば感覚よりも理論で捉える傾向にある俺にとって、この事象は考えれば考える程訳が分からない類のものであったが、もはやこの世界はそういうものだと割り切っている。
天術や魔術などの不可思議な力が働いている世界だ、前の世界の論理を基準に考えても無駄なことだと。
因みに文字については日本語では意味は通じなかった。他にも英語や、フランス語、ロシア語、中国語など――あちらの世界での主要な言語は軒並み試してみたが、だめだった。逆に発声する言語であれば、それらも意思疎通が出来ることは実証済みだ。
つまりはまあ、俺が特に苦も無く自然体でペラペラと話せているのは、この世界の法則に頼っているから――となる。
欲を言えば文字でもそのルールが適用されて欲しかったが、そこまでうまい話はないということだろう。
(アワンの方が分かりやすかったな)
何の偶然か、講義の内容は俺が最近学んでいる天術魔術の基礎体系に関してだった。俺は既に頭に入っている知識を教師の説明でなぞりながら、別行動をしているルルワに思いを馳せる。
彼女は現在、実技授業の方に顔を出しているところだ。
(ルルワの機転のおかげで助かった)
一通り学園の案内を終えた頃、唐突にケインとナトゥが提案してきたのだ。後学のために、かの勇者パーティーの力を披露していただけないかと。
つまりは、生徒たちの前での実演。相手はケインのパーティーが務めるという。
これに困ったのは当然俺だ。俺は弱い相手に手加減とか物理的にできないし、そもそも俺の強さをそのまま見せようものなら、きっとこの国にはいづらくなる。どちらの面でも避けたい提案だった。
そこで機転を利かせたルルワが、別行動を提案してくれたのだ。
自分は実技クラスの方を見てくるから、俺とアワンで座学の方を見てきてくれと。
二人は俺かアワンのどちらかに用があったのか、かなりごねていたが、結局はルルワの提案を飲んだ。勇者の力が見られるのなら大っぴらに文句は付けられないのだろう。
それで現在、俺たちは学園の授業に出席しているというわけである。
たぶん今頃王子ケインは生徒たちの前でルルワにボコボコにされている頃だろう。彼らが俺たちのことをかなり舐めているのは態度から透けて見えていた。
そしてルルワは、そういう相手には結構容赦がない。
(…………)
俺は現実に立ち返り、ケインと分かれたもう一人に視線をやる。
アワンを挟んで一つ奥の席に離れて座るのは、カースト上位美女ナトゥ。俺たちをこの教室に案内してくれた張本人だが、彼女はまるで「言葉も喋れない上、文字の読み書きすらできないの? これだから知能の低い吸血鬼は。こっちを見ないでくださるかしら。馬鹿が移るわ」みたいな目で俺の事を見ていた。
俺は馬鹿なフリを継続してこの被害妄想とも言い切れない試練を乗り切る。
というのも、彼女が俺たちに最初に進めたのは――いわゆる最下位クラス、鉄級のものだったからだ。
別に一番下のクラスを勧めること事態に悪意があるとまでは俺も言わないが、あの感じは確実にこちらを馬鹿にしていた。そういうのは隠そうとしても分かるものだ。彼女は全く隠していなかったが。
それこそ見下している感じがあからさまだった。授業について行けないだろうと。
知能の低い吸血鬼こと俺は別にそれでも構わなかったのだが、意外にもこれにアワンが対抗。
黙って金級クラスの講義に案内しろと、怒り混じりに反論してくれたのだ。
正直、意外だった。彼女はケインとナトゥの二人に対し、あからさまな苦手意識――いや、恐怖意識すら持っているようだったから。
そんな彼女が立ち向かった理由が、俺のことを馬鹿にされたから。これに驚かないはずがない。
まあつまりは、俺が今の授業を受けられているのは、アワンのおかげということだ。
彼女の勇気を無駄にしないためにも、俺はこの授業から何かを得て帰らなくてはならない。
「――では最後に魔術師の系統外三つについて。これらは完全に例外という括りになります。適合者は10万人に1人とも言われておりますので」
「っ!」
・【原属性】
世界は不可視の粒子から成る 光
・【無属性】
無限から万物は生じる 闇
・【数属性】
万物は数なり 法則
「…………」
俺は苦心して顔に出さないように努める。
そして教師の解説を一言一句頭に叩き込もうと意気込んだ。
「これらは術師の具体例そのものが少なく、性質が非常に見極めにくい系統となりますが、高い才能を持つ者ほどこれら性質に該当する可能性があります。ですが術師の多寡は希少性ではないため、当然ですが、これらに該当する者が皆強者となるわけでもありません」
が、肩透かしを食らう。なんとも曖昧な説明だ。
俺が聞きたいのはそんな適合から外れた者達を慰めるような言葉ではなく、その系統と判別された者の心構えや気を付けるべきことなのだが――。
もしかして、このクラスに当てはまる者は一人もいないのでは――そんなことを思うほどに、まるでおまけコーナーみたいにぞんざいな扱いだった。
一番聞きたかったことが聞けず、俺は不完全燃焼のような気持ちで授業を終える。
その時、顔の横あたりを両手で包み込まれ、吐息が耳元をくすぐった。
「帰ったら教えてあげます」
内緒話のような声に横を向けば、ニコッと微笑まれる。
俺の先生は、生徒の望みをよく分かっていた。
無属性。俺の合致する性質は基本四大元素系ではなく、なんとレアもレア、系統外魔術だったのだ。




