第046話 勇士学園(1)
「――な、なんだ!?」
一人の男が声をあげる。
それを合図としたかのように、発光はさらなる力強さを帯び、室内を瞬く間にその輝きで包み込んだ。
光でこの世に生まれる影さえも肩身を狭くし、逃げ場を無くすほどの強烈なる光は、一人の男から生み出されたもの。
彼がそこに手を触れた瞬間――それは起こったのだ。
「ただの属性判別のはずだろ!?」
「魔力だ!! これは、魔力量の輝き!!」
「じゃあ、これ全部魔力ってことかよ!?」
「そ、そんな!! ありえない!!」
「見たことも聞いたこともねえよ、こんなの!!」
光が爆ぜる音さえ幻聴として聞こえてきそうな裂光に照らし出されるのは、集まったやじ馬たち。勇者に飼われる吸血鬼とやらの力を見に来た、これからの未来を背負って立つ若者たち――そのはずだった。
しかし、英雄を志す少年少女たちは、ここに早くも敗北を味わう。
決定的な、敗北を。才能の違いという、覆しようのない事実を。
「言っておくが……俺が本気を出せば、まだまだこんなもんじゃない」
「なに!?」
「まだ上が!?」
「嘘だ!! いくら何でもそれは嘘だ!!」
「ハッタリに決まってる!!」
ざわめく子羊たちに、魔人を撃ち滅ぼした最強の吸血鬼は、鼻を鳴らす。
そして自身が開発した新たなる力。更なる暴力を、ここに解き放った。
「見せてやろう……俺の魔術。<ルルワのご褒美時間>」
「――なにしてんのよ?」
そこで俺は、目を開いた。
目の前には、俺の根源的欲望にして現在進行形の欲望でもある――美少女ルルワ。
「あれ? ルルワ何やってんの? 君は俺を横から褒めそやす準備しとかないと」
「あなたが何やってんのよ。いい加減帰って来なさい」
「キィ?」
そこでようやく、俺は理解した。全部妄想だったと。
なぜならあんなに沢山いたモブやじ馬たちが、ここには一人として存在しない。
いるのはルルワとアワン、お馴染みの少女たちのみだ。しかも二人して不審なものでも見るかのように俺のことを眺めていると来たものだ。誠に遺憾ながら、本当にいつも通りだった。
だが俺は正直、今だけは断固として否と言ってやりたかった。なぜなら、間違っているのは俺ではない。
「予想通り、魔術師でしたね」
「まあ、ほとんど分かってたものね」
「…………」
この通り、俺の属性判別は既に終了していた。
結果は大番狂わせなどなく普通に魔術師。彼女たちの反応からして、俺は魔術師が過ぎる生粋の大魔術師のようだ。
俺もこの結果には納得しかない。童貞→魔法使い→魔術師。完璧な数式が成り立つ。いっそ美しさすら見出せるほどに。
なにやら進化したみたいな表現だが、言うまでも無く俺は現在進行形で童貞だった。本当に言うまでもなかった。
だから俺が文句があるのは、結果に対してではない。
ぶっちゃけて言えば、なんか俺が思い描いていた測定と違ったからだ。
「流石の魔力量でしたね。そのレベル帯の平均を私は知らないので、正確なところは分かりませんが……これはかなりのものなのでは?」
「ええ。この辺りは私も感覚になるけど、膨大な魔力量だと思うわ。保有している才能も期待できるわね」
「…………」
二人とも、あっさりし過ぎではなかろうか。
異世界でも屈指の重大イベントが来たと、昨日から興奮で眠れなかった俺の男心を返してほしい(デフォルト)。
「こんな密室でやる必要あったの? 測定員みたいな人もいないし」
俺の愚痴っぽいぼやきに、二人して振り返る。
だだっ広い無機質な室内には、俺を含めて三人だけ。あまりにもの悲しい空間だ。
未だかつてこんなにぞんざいな測定イベントがあっただろうか。少なくとも俺は知らない。
「頼んで外してもらったわ。進め方はアワンが知っているようだったし」
「はい。あなたの属性、系統の情報は、それこそ一般人のものとは価値が違います。絶対に知られてはならないものです」
「そうですよね」
怒られた。それも正論で。
しかも説教はまだ終わってなかった。
「そもそも公衆の面前で属性判別など邪道です。学園側は生徒の競い合いを求めているのでしょうが、本来強さとは隠してこそ威力を発揮するもの。それを大っぴらに披露し、ましてや誇示するなど、実戦を全く想定していないアホの所業。情報価値的の側面から見ても、やはり常軌を逸した愚行です」
「同感ね。一言一句間違っていないわ」
「キィ……」
何やら凄まじいダメージが俺の心に入った気がする。
妄想の中とはいえ、開発した魔術を意気揚々と見せつけようとしていた自分が恥ずかしい。というかまだ魔術開発してないし。しかもなんだあの魔術は。トチ狂っているとしか思えない。頼むからあんなのだけはやめてくれよ俺。踏みとどまれよ俺。ほんと頼むぞ!?
俺が己のなけなしの理性に必死に訴えている間にも、当然現実は進む。
「本当は私も外したかったのですが……」
「あなたがいなくなったら誰が測定するのよ。それに、仲間なんだから問題ないでしょ?」
「うん」
ルルワが俺の方を向いてきたのは、当事者である俺の同意を求めてだろう。
俺は当然全く気にしていないので、即座に頷いた。なんなら先生であるアワンには一番知っておいて欲しいところだ。これからも横からアドバイスして欲しいし、俺のことをできる生徒だと褒めてほしい。
「仲間……」
言葉の響きに浸る――とまではいかないまでも、何やら考え始めたアワン。
その空気を変えるように、ルルワが話題も変える。
「でも驚いたわ。あなたにもそういう感情ってあったのね」
「ん?」
俺の雰囲気から、誰かに見て貰いたかったという思いを汲み取ったのだろう。ルルワが呆れ笑いを見せながら振り返る。
アワンも顔をあげ、凄く意外そうな表情を見せた。
「私も驚きました。顕示欲などとは無縁のものかと……」
「…………」
ルルワとアワンはそんな感じだが、俺は違う。
正直、そういう気持ちはある。取り急ぎ、早く魔術を開発したいし、それができたら早く誰かに見てほしい。
だってまだ生み出してもいないのに、披露するその瞬間のことをずっと考えてしまうくらいだ。たぶんこれに関しては、おかしいのは俺ではないと思いたい。
誰にだってある感情だろう。俺はこれをかっこ悪いとは思わなかった。
「ああ、早く見せてやりたいよ。俺の魔術……<|17歳王女の処女の血の祝福《絶対童貞時間》>を」
「順調なのよね?」
「私のせいですか?」
二人の少女たちが、どちらに責任があるかを早くも擦り付け合っている頃、俺はやはり――
己の魔術をどんな技にするかを、欲望のままに考え続けていた。
***
コイラス。
大陸中央部の東に位置する国。
縦に並んだ三つの大国の中央に位置し、三国の中では最も先進的な改革国と言われている。
「コイラスは王家の力が強い国でね。特に血が重要視されるの。だから王家の血が通った三家が絶大な影響力を誇る」
王家であるブーノス家を筆頭に、軍事方面に強いロフォス大公家、そして同じくコロノス大公家。
王家と二つある大公家、この三つの家系によって国は主導されているのだそうだ。
「いえ。厳密には、今は二家です。ここ最近の大改革も、ブーノス家とロフォス家主導によるものですから」
ルルワの説明に訂正を入れた少女は、当事者の一人だ。
なぜなら、彼女の本当の名はアワン・コロノス。この国で絶大な影響力を誇っていたコロノス家の大公姫であるのだから。
「じゃあアワンにも王族の血が流れてるってことか。お姫様じゃん」
「お姫様よ。私とそんなに変わらないって言ったでしょ?」
本当に変わらない。
勇者の血を引いていて、王家の血も引いていて、処女でお姫様で、おまけに二人とも意志も気も強い。属性駄々被りのヒロインたちだ。
それにどちらも平然と主人公を食ってしまいそうな存在感がある。物語とかだと当然のように主役を張れる面々だろう。
「で、その大改革の一環がこの学園ってことね。驚いたな、まさかこんなとこがあるなんて」
見上げるような巨大な学園は、前世の学校と比べても遜色ない。というより、かなり似通っていると感じた。
ここは勇士学園。勇者に匹敵する存在を発掘、教育することを目的として設立された、教育機関だそうだ。
「学園自体は昔からあったみたいだけどね。英雄の排出を学園の理念に掲げだしたのは、ここ最近のことらしいわ」
英雄とは、勇者に匹敵する力を持つ者のことだ。
この世界ではレベル50の壁に到達した者を到達者と呼び、そしてその壁を乗り越えたものを達成者と呼ぶ。
この辺りのレベル帯の者たちを、勇者に匹敵する存在――英雄と呼ぶようだ。例えばアベルとか。
「それで? ここに来た理由は? 俺とアワンはこれから、<|17歳王女の処女の血の祝福《絶対童貞時間》>について詰めなくちゃならないんだ。子供と遊んでいる暇はないんだよ」
ここに向かっている道中から明らかに口数が少なくなったアワンを、俺は意図的に話に巻き込む。
ルルワも、アワンの変化には気が付いているようだった。
「ちょうど暇そうで良かったわ。子供同士、話が合うんじゃない?」
「おい、あんま俺の先生を侮辱すんなよ? 俺も怒る時は怒るぞ?」
「あなたに決まってるでしょ」
なんだ、アワンに言ったわけじゃなかったのか。
なら良かった(?)。
「まさか……引き抜きをお考えですか?」
「流石ね。そう、一緒に戦ってくれる勇士を探しに来たのよ」
「…………」
アワンの表情は変わらない。
だからこそ、俺はなんとなく嫌な感じを受けた。
「アルフレート大山への大遠征に動員された兵士たちは、ダソスが誇る最精鋭たちだった。私の国に、もう兵力を募る余裕はないわ。だから新しく軍を編成するには……情けない話だけど、他国の力を借りるしかない」
「俺たちだけじゃいずれ手が回らなくなるのは分かるけど……ちょっと急ぎすぎじゃないか?」
ルルワの国の意向も確認せずに、勝手に進めていいのだろうか。
ゴンドワナの攻略に乗り出すのかも、まだ分からないというのに。
「遅いくらいよ。でもあなたが言うことも分かるわ。だから今回は内情視察に留める予定。けど有望そうな子に今から唾をつけとくのは、別に損じゃないでしょ?」
「まあ、確かに」
特に否定の余地はない。
軍には軍で対抗するのは人の基本戦術だ。数は力というのは、別に異世界でも変わらない。俺だって七人の魔王に一斉に襲い掛かられたら成すすべはないのだから。軍は強大な個が相手でも機能する戦術だ。
「でもよく許可が下りたね。自国の戦力だろ?」
「学園の理念をもう忘れたの? ここは英雄を輩出したいのよ」
「そっか」
勇者に帯同するということは、英雄ルートまっしぐらだ。
学園としても願ったりというわけである。
「…………勉強があるんだったわね? ここまで連れてきといてなんだけど、ここは私一人でもいいわよ?」
俺に言っているような発言だが、ルルワが誰に対して気を使っているのかは明らかかだった。当人でさえ、気が付くほどに。
「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫です」
「「…………」」
どうやらアワンが通っていた学園は、ここで間違いないらしい。
そして、あまり良い思い出はないようだ。
その時、学園内から二人の人間が歩み出てくる。
どうやら案内に駆り出された生徒たちのようだ。その証拠に、ルルワの姿を捉えてこちらへと歩み寄って来る。
ルルワは事前に話を聞いていたのか、泰然と男女の二人組を待ち受ける。
しかし――瞬間的にアワンに走った緊張を、俺は見逃さなかった。
「お待たせして申し訳ありません、ルルワ殿」
「時間通りよ。彼女が来るとは聞いてなかったけどね」
予定外の人間の参入を、ルルワが指摘する。
言外の詰問にも、男は特に悪びれもせず、整った顔立ちに薄い笑みすら浮かべていた。
「失礼を。やはりかの勇者様をご案内するのに、私だけでは不足かと思いまして。申し遅れましたが、ケイン・ブーノスです。そしてこちらが――」
「ナトゥ・ロフォスです。どうぞよろしくお見知りおきを」
王家――ブーノス家。
大公家――ロフォス家。
どうやらここにコイラスの御三家が集ったらしい。
ケインとナトゥと名乗った美男美女は、揃ってルルワではなく、アワンを見下ろしていた。




