第045話 教師(3)
混沌術――己の手で一から創造した術。
秩序術――既存のスキル群から選択した術。
「――いいですか? 術構成に求められるのは緻密なバランス力。調整力とでも言いましょうか……この段階を疎かにすれば、あなたの莫大な才能を潰す結果に終わります」
「だから具体例をあげてくれるんだよな? 例えばルルワの<銀の弾丸>なら?」
「あなたは本当に話が早いですね。助かります」
「どうも」
俺たちはようやく、術の核心に踏み込む。
いよいよ天術魔術の修得が他人事ではないと実感してきた。
「ルルワ様の適性は天術目的因。一般的には最終二文字を取る形で、オロジストと呼ばれます。天術の頂点とも言われる適正です」
「ほーん」
「大前提、天術師は信仰心こそが力。ですからルルワ様も神に何らかの祈りを捧げているはずですが、そこは私には分かりません。分かるのは、<銀の弾丸>。あの技にはあまり余白を使っていないということ」
「余白? 才能ってことか?」
「その通りです」
本当に察しが良い――とでも言うようにアワンが微笑む。
買いかぶりだが、教え甲斐のある生徒と思われて悪い気はしなかった。
「ジグソーパズルは分かりますか?」
「分かる」
前世の知識を持つ俺には当然分かる。
というより、こっちの世界にもあることに驚いたくらいだ。いや、そうでない可能性もあるか。
この辺の言語、意思疎通に関するロジックは結構複雑だ。一度しっかりと頭の中でまとめておきたいが、今は藪蛇なのでよそう。
「ではそれを思い描いてください。まずは何のピースも埋まっていない、枠だけの姿を。術構成は大きな余白にピースを埋めていき、一つの絵を完成させる作業。私はそのようにイメージしています」
「なるほど」
「ジグソーパズルと違うのは、完成の絵を自分で決められること。そしてピースの形状やサイズまでもを、自分で決められることです」
「枠の大きさが才能の大きさ。そしてピースが、混沌術と秩序術ってことか」
「完璧です。本当に理解が早い」
アワンはやたら俺を持ち上げてくれるが、俺は全く逆のことを思っていた。
彼女の説明がとにかく分かりやすい。同じ説明でも、教える人間が違えばたぶん全く結果は異なるのではなかろうか。
この先の説明を聞くにあたり、その考えはなおさら強まる。
「個々人才能の大きさに違いはあれど、必ず限界はあります。その一つの指標がレベル。レベルが高いほど、この枠が大きくなる。基本的にそう考えて頂いて構いません」
「レベルが高いほど、強力な混沌術を創造できるってわけか」
「その通りです。しかし能力には必ず限界があります。枠以上の能力は決して創り出せず、仮に余白のほぼ全てを使ってしまえば、修得できる術はたったの一つ。その能力さえ潰してしまえば、簡単に攻略出来てしまうへっぽこ術師が完成します」
「だからこそ、バランスか。自分で生み出した能力を余白の中心に置き、周囲を選択した秩序術で固定するイメージ。このバランスこそが強さ。どちらかに偏っても、戦闘では威力を発揮できない」
「その通りです。秩序術は世界に既存のスキルを修得するため、ピースが小さくて済むという特徴があります。対して混沌術は一から創造するため、ピースはどうしても大きくなる道理。しかしできるだけコストを少なく済ませたいと思うのが人の心理。だからこそ求められるのが、調整力なのです」
「おもしろ!!」
面白い、本当に。
最終的にどんな絵を完成させるかはその術者のバランス力次第。
ピースの大きさも、絵柄も、自分で考えられる。そうして長い年月と思考の果てに完成させた絵で、人は戦うのだ。
こんなの楽しくないわけがない。だって今からもう楽しい。
「もっと教えてくれ!! 調整力というのは、混沌術の創造に関してなんだろ!?」
正直、異世界転生300年目にして、今が一番テンションが上がっているかもしれない。
純粋な興奮や熱狂というカテゴリーであれば、たぶん間違いないだろう。
なんというか、少年心というか、日本人の創作魂というものが刺激される。前述の少年と矛盾するが、この想いには男も女も無いと思う。
「はい、教えてあげます」
その証明のように、アワンも楽しそうだ。
たぶん彼女もこれら術の原理原則を初めて知った時は、今の俺のように舞い上がっていたのではなかろうか。そんなふうに思えるような、柔らかくも温かい笑みだった。
「先ほども言いましたが、ルルワ様の<銀の弾丸>は、おそらくあまり余白を使っていません」
「ピースが小さいってことだよな? でも必殺技だよ?」
ピースを小さくできるほど、多くのピースを嵌めることができる。つまりは、手数が増えるということだ。多種多様、様々な能力を持っている方が、戦闘を有利に運べるのは当然のことだろう。それこそが能力の調整力。
しかしあれは、彼女の核にあたるほどの大技だ。実際これまでの敵の大体があれで致命的なダメージを食らっている。40試練と言われるほどの強敵たちがだ。
そんな大技を低コストで修得できるものなのか。
「もちろん、あくまで混沌術にしては――という枕詞が付きますが。コストパフォーマンスが良いと理解していただければ」
「調整が上手かったんだよな? その心は?」
「まず、天術四大原因系の中の、己の適性に合致している。これは大前提です。端からここを間違えば、術構成は終わりと思ってください」
「うん」
『目的天術師』
≪四大原因系≫
・【質量因】
=何でできているか =
素材、物質、物理的条件、供物、肉体、骨、血、武器生成
純度・由来が重要(聖獣の骨、聖女の血など)
・【形相因】
=本質・理想の形=
どんな形、本質か、像であること、形、設計、構造情報、魂
嘘・幻・変身魔術を見破る
像を作るときの「像の形のイメージ」
・【作用因】
=動かした原因=
プロセス、エネルギー、成長、老化、破滅を早める
外から加わる動かす働き、何がそれを生じさせたか
・【目的因】
=何のために存在するか=
神を讃える、記念する、存在理由、機能、意図、善、聖属性
目的が物を動かす力の源になる
「彼女は目的因の聖属性を、己の得意攻撃に乗せている。物理攻撃特化の戦士系は、天術師に多いという傾向も手伝って、あれほどの高威力が引き出せているのです」
「刺突攻撃特化型の戦士。それがちゃんと天術師の道を選んで、さらに合致する特性を選択した。だから強いってこと?」
「その通りです。目的の神は正しき信仰心こそを評価します。つまり変なことさえしなければ、基本事項を守るだけでも強大な力が得られるのです。ルルワ様はその典型例ですね」
なるほど。
ルルワはやっぱり王道系主人公ということか。
もちろんその根底にあるルルワの信仰とやらも手伝っているのだろうが、要は勇者ほどの才能があれば、よっぽどのヘマさえしなければ順当に強くなるということだろう。
「あなたがイメージしやすいよう、他の例も交えていきましょう。例えばルルワ様が討ち滅ぼしたという40試練――ミサ・アイヤール」
「あの鹿の子か」
俺様系パリピギャル。
アワンは直接は対峙していないはずだが、俺の教育のためにルルワから話を聞いてくれたのだろうか。だとすればかなり要領が良い。この展開を見据えていたということなのだから。
「彼女は毎年、神に供物を捧げていました。それが生え代わった自分の角です」
「質量因だな」
肉体の一部を神に捧げる。
これまたドンピシャの例だ。
「その通りです。この系統の術者は実はかなり多いです。信仰心を供物で表現するのは生きとし生けるものの確かな歴史。そして長く神例として続いてきたことだからこそ、強い。目的の神も根源の悪魔も、生物に有限な時間という概念をことさら重く捉える傾向にあります」
「例えばその種族にとっての儀式的価値……もしくは角そのものの価値なんかも考慮してくれるの?」
「素晴らしい考え方です。そのような思考こそが、術の戦闘では特に求められること」
「どうも」
本当に、凄い褒めてくれる。
正直対応に困るとは言っても、褒められるとやはり嬉しいものだ。学習の意欲が自然と増し、もっとちゃんと覚えようという気に自然となる。
あんまりよいしょ感がないのも大きい。彼女はたぶんお世辞を言うタイプではないだろう。
「ミサの種族はエラフォケンタウロスという、ケンタウロスの亜種です。彼女たちの種族では、角は誇りであり命。それを神に捧げるという行為は、彼女たちの種族にとっては神聖という言葉では片付けられないほどの大きな意味を持ちます」
だから強大な威力が角に宿るということか。
素人目にも、ちゃんと恩恵と対価が釣り合っているような気がする。
信仰心が力とはよく言ったものだ。
「凄いな。つまり彼女は調整が上手くいった例ってことか」
「その通りです。彼女の角の一撃は、あのルルワ様にも大ダメージを与えるほど。これは確実な成功例です。強大な術者はこの調整を当然のように行っていますが、本来そう上手くいくものではありません。元も子もないことを言えば、失敗する者の方が絶対的に多いです」
「そうだろうな」
話で聞いた限りでも、それもさわりを学んだだけでも、一朝一夕ではいかない力だ。
アワンが順序だてて細かく説明する理由も分かる。これは確かに難しい。
「一人一人、それぞれ才能の大きさが異なり、己の才能に合致する術も違う。これを自分一人で見つけ、探求し、己に合った構築を見出すのは至難です。天才的センスはもちろん、圧倒的な運も必要になってきます。混沌術を混沌の始まりと表現する者もいるほど。軽はずみに足を踏み入れるべきではない領域だと」
「…………」
「だから基本的に、多くの術者は秩序術を選ぶ傾向にあります。こちらの方がバランスが良い上に、混沌術よりもピースが小さいため、多くの術を会得できるからです。何より、リスクが圧倒的に低い。あなたが戦ってきた敵がこの世界の上澄みだっただけで、本来術者とはそういうものです」
「俺のレベルと強さなら、わざわざ混沌術を創らなくても、秩序術だけでさらに強くなれるってことか」
「それが安全策ではあります。あなたのレベルと才能であれば、多くの術を会得できるでしょう。できることが増えるだけで、戦闘の幅は格段に広がります。打てる手を増やすと言う意味では、そちらも正解です」
「…………」
これは――忠告だ。
思考誘導とは思わなかった。彼女は平等に提示した上で、リスクの高い低いを教えてくれているのだ。それだけカオスは失敗の可能性が高いのだろう。いわばギャンブルというわけだ。
「あなたの適正ではない天術について先にお伝えしたのは、これがいかに難しいことかを知って欲しかったからです。あなたの知力を理解した今となっては、出過ぎた真似を恥じ入るばかりですが」
「そんなことないよ。たぶん俺もテンションのままに突っ走ってたと思う。ありがとう」
「…………いえ。恐縮です」
おそらくは、それが失敗パターンということなのだろう。
この術の基礎とも言える枠組みを聞いた時、多くの少年少女ならどう思うだろうか。早速自分だけの能力を創造したいと、当然のように思うことだろう。
だがこれらルールを正確に理解し、そして自分だけにあった力の形を見つけていくのは、大人でも難しいことだ。
それら十分な心構えと準備をせずに足を踏み入れた者達が、失敗していく。
そしてひとたび下手な能力を生み出してしまえば、才能を全て潰す結果に終わり、もう取り返しがつかない。一度嵌めたピースは取り外せないのだ。
彼女はそれを俺に伝えるために、まず天術の説明でワンクッション挟んでくれた。たぶん俺の興奮具合を見て、一度落ち着かせた方が良いと思ったのだろう。的確な判断だ。
「では本題の魔術師について。先にあなたの口から聞いた、イコラオスを例にしましょう」
「うん」
この一週間でイコラオスとの戦いについて詳細に聞かれたが、やはりこの時のためだったようだ。
おそらくルルワにも同じ聞き取りをしていたのだろう。
「これは私の予測であるという前提を元に聞いてください。彼はおそらく、土属性です」
『根源魔術師』
≪四大元素系≫
・【火属性】
万物は流転する 変化
・【水属性】
万物の根源は水である 最難関
・【土属性】
神も人も同一の地から生まれた 武器創造、アイテム創造
・【風属性】
魂は空気である 魂は息である
「この属性判別は、本当に私の推測です。彼の三本の大槌は、自分で造ったものではないかという予測からの。予測の上に推測を重ねているので、ほとんど憶測と言っていいでしょう」
「でも、それが戦闘なんだろ?」
「真理ですね」
相手が天術師か魔術師かさえ、基本的には分からない。
その判別と、相手がさらにどの系統に分類される術者かを見極める力が求められる。これを戦闘中に行わなければならないのだから、頭が痛い。
「あなたに対しそれだけの威力を発揮できる武器は、世界にも中々ありません。あれは魂を代価に創造した属性武器と考えるのが妥当でしょう。アイテム創造能力は、魔術師では一律で土属性に分類されます。ちなみに天術では質量因です」
「なるほどなぁ……<子らへの贈物>だっけ? あれはどういう原理か分かる?」
「残念ながら、何を代価にしているかまでは……しかし彼の根源的欲望は分かります」
「ああ、それなら俺にも分かるよ。贈物だろ? あいつはたぶん、誰かに何かをあげるのが好きだったんだ。それがイコラオスの欲望」
自分で聞いといて、自分で答えを言う調子のりの生徒。俺のためにも、ここでは教師の役目を率先して奪う優秀な生徒と言っておこう。
その人間にとって価値あるものをイコラオスが贈る。
それを受け取ったら、子供に帰る。全くの他人からプレゼントを受け取る権利があるのは、基本的に子供だけだから。
それがイコラオスの魔術の基本原理。
俺はこの異世界の知識の中でも――特に天術と魔術に関し、多分あの時は一番知りたいと思っていた。その知識欲という望みが、イコラオスの魔術にことごとく刺さった。
相性次第では戦況をひっくり返せるというこれ以上ない見本。本当にこれまで戦った敵がことごとく良い参考例になっている。
「間違ってはいませんが、正しいとも言えません。私は全く逆をイメージしました」
「え?」
だが、教師のお株は奪われてなどいなかった。
と同時に、吸血鬼のハリボテの知性が浮き彫りとなる。
これまではことごとく正答を叩きだしてきた俺が、ここにきて初めて繰り出した誤答。
しかしその誤りは、今回の学び――それら全ての核心に触れるほどの。
重要な、本当に重要な――間違いだった。
「彼は、贈物を欲していたのでは? 何かが欲しかったから、与えていたんです」
「――っ!!」
『身に余る贈物は、人を童心へと還す』
『全力でやろう。俺も楽しんでるからさ』
『生意気な小僧だ。ならば楽しむ余裕など無くしてやる』
『魔人の全霊を持って、貴様を沈めてやる!! この空で、今決着をつける!!』
『来い!!』
瞬間――イコラオスとの激戦が、脳裏に蘇る。
そうだ。彼は――
「ずっと求めていた、好敵手の存在。彼はルコスに敗れてから、実に300年もの間――ずっと誰かを待っていた」
「…………」
「だから最後に、童心に還ったんです。魔術は、人の欲望を表すから」
「…………」
彼は――子供に帰りたかったのだ。
言葉が出なかった。
俺は今、確かに――魔術の極意へと、踏み込んだ。
これが――魔術。
悪魔に魂を差し出し、人の欲望によって力を得る。
本当に、言い得て妙だ。俺は勘違いしていた。
奥が深い――そんな浅い言葉が不釣り合いなほどに。
これ以上ないほどに、人の本質を表す。
俺は、これを修得できるのだろうか。
ただ今の話から、分かったこともあった。それは――
「それって、たぶん天術にも言えることだよね」
「え?」
「要は表と裏。どちらにも取れるって話だよ。神託聖域さ」
「っ!?」
アワンが敢えて例に出さなかった天術を、俺は敢えてここで出す。
あまり過去を突っつくような真似はしたくないが、これだけは言っておきたかった。
「神の言葉ってさ、結構いい加減なところがあるんだよね。どちらにも取れるっていうか、受け手の人間次第で意味あいが変わるっていうかさ」
「…………」
そうだ。少なくとも俺が知っている神話などの神の言葉は、結構曖昧だった。
その神託に左右され、身を滅ぼした人間たちはそれこそ数えきれない。数多くの例が、歴史に語り継がれている。
「『汝、自身を知れ』。本音を曝け出す力って言ってたけど、人間の感情のどれが正しいかって、そもそも正解なんかある? こいつを殺してやりたい――とかよっぽどの善人でも一度は考えたことあるだろうし、なんなら俺も数えきれないくらいある。それくらいの些細な自意識でも浮かび上がるんならさ、それこそ真実の姿とは言えないよね」
「…………」
ずっと引っかかっていた。
あの発言がルルワやアワンの本音とはどうしても思えないのだ。
完全に否定するつもりはない。おそらく各々心のどこかで、ほんの少しは思っていたことなのだろう。
だがそれが本音とは? 絶対に間違いとは言えないが、だからこそ絶対に正しいとも言えないではないか。
なんなら俺であれば、「人間なんか全員滅びろ!! 世界の害虫だ!!」とかたぶん叫んでた気がする。実際ちょっと思ってるふしあるし。
だがそれを本音とか言われたら溜まったものではない。痴漢もののセクシービデオを常習的に嗜む男を痴漢として検挙するくらいの暴挙だ。
例としてはあんまりだが、言いたいことはかなり伝わったはず。
「『過剰の無』も、想い人がいない、想いが無いってことだったけどさ。あれは逆に想いを求めている人ってことにならない? 誰かを好きになりたい人、その準備ができている人。それって、とても素敵なことだよね」
「…………」
そもそも想い人がいないが、アワンに矛盾する。
だってあの12使徒はアワンにこれ以上に無いくらいに執着していた。彼の想いが、自分の能力そのものを否定している。
「『誓約と破滅は紙一重』。そんなの当たり前だ。約束を守るにしろ破るにしろ、その先に待ち受ける未来は重い。なぜなら約束自体が、その人間にとっては非常に重いものだから。そうだろ?」
「…………」
森を出る時、ルルワと結んだ契約と約束。
その果ての今、俺が破滅への道を辿っていないと誰が言えるのか。そんなものは分からない。この選択が正しかったどうかなんて。
分からなくても、進むしかないのだ。それが、人の約束だから。
「全部捉え方次第だよ。君が自分にことごとく当てはまっていると感じたのは、その時の君がそういう気分だったから。神託なんて、見方によっては誰にでも当てはまる。これが天術魔術にも通じる真理――ってことなんじゃないかな?」
「…………」
俺は少なくともそう思った。
答えなんかない世界で、自分だけの答えを見つけ出す力。
それこそが、人の力だと。
「今回の授業を聞いて、俺はそう思ったんだけど……どうでしょうか先生。これは正解ですか?」
たぶん彼女が教師でなければ、俺はこんな考え方はできなかっただろう。俺はそのことに深く感謝していた。
なぜならこの理解こそが、強さに繋がるのではと思ったからだ。
それが正しいかそうでないかは、この先の俺で証明されることだろう。
「あなたって……本当に……」
こちらをジッと見つめるアワン。
彼女が出しかけたその言葉は、残念ながら途中で途切れた。
それは彼女に原因があったわけではない。外的要因によって、口をつぐまざるを得なくなったのだ。
それは――
「ねえ、なにこの雰囲気」
「っ!?」
その声が聞こえた瞬間――アワンは即座に身なりを正し、同時に背筋を伸ばす。
それは何かやましいところでも目撃されたかのような反応だった。俺は彼女の存在にはとっくに気が付いていたので、落ち着いて立ち上がり、そして出迎えた。
「お帰りルルワ。お疲れ様」
「…………」
煌びやかなドレスに身を包んだ彼女は、夜会帰りのお姫様だ。
そして必ず俺の元に帰って来てくれる少女でもある。
「ねえ、なんか口説いてなかった?」
「いや?」
「ねえ、なんかうっとり顔じゃなかった?」
「いえ?」
俺たちは本当にそんな気はないので、ルルワの詰問に揃って顔を見合わせる。
アワンも俺と同じく、何を言っているんだという渾身のオトボケ顔をしていた。俺はマストだが。
「そう? 私の勘違い?」
「疲れてるんじゃないか? ごめんね、任せっぱなしで」
「お力になれず、本当に申し訳ありません」
俺とアワンは揃って頭を下げる。
俺たちだって遊んでいるわけではないが、やはり外交の全てを任されているルルワの負担は大きい。それもちゃんと分かっていた。
そしてルルワがその程度を気にするような女でないということも。
「いいわよ。それより勉強の方はどう? 順調?」
「ああ、かなりね。大分掴んできたよ」
本当に、今日だけでかなり進んだ。
満足感と充足感が段違いだ。あとは己の欲望と向き合い、それを探求していくだけだろう。今から楽しみだ。
「ほんと!? 凄いわ!!」
口実を探していたかのように、ここぞとばかりに抱き着いてくるルルワを、受け止める。ドレスが皺になっても大丈夫なのかなと内心思いながら。
汗の香りに乗って鼻孔を掠める香水の匂いと、ほのかなお酒の匂いが、彼女の今日一日分の働きを知らせる。
彼女は中々表に見せないが、疲れているはずだ。できるなら休ませてやりたい。
だが、やはり俺たちの旅路に休暇なんてものはなかった。
「そっちはどうだった? 何か収穫は?」
「ええ、許可を取ってきたわ。明日は、皆で学校に行くわよ!」
それはまさかの、ダブルブッキング。
しかし俺とアワンに動揺はあっても、問題はない。
なぜならそこは何の偶然か、俺たちが行く予定の場所だったからだ。
こうして明日の予定は、ここに確実なものとなった。




