第044話 教師(2)
「――神と人、あなたはどちらの方が価値が高いと思いますか?」
「人」
俺は即答する。答えに一切の迷いはなかった。
「…………なぜですか?」
「いない者には、価値なんか付けようがないから」
「…………」
ここはコイラスの王宮。
ルルワと愉快な仲間たちに与えられた最高級の客室だ。どの辺が最高なのかは正直俺にも分からない。きらびやかなシャンデリアやフローリングの光沢などは説明するのも億劫なので各々勝手に想像して欲しい。吸血鬼はひかりものが苦手なのだ。
そんな吸血鬼にはあまりにも不釣り合い――なんならイジメかと思うほどの豪華絢爛な一室で、俺は今勉強中。
そして教師から唐突に、神の存在価値を問われているところだった。
「宗教の勧誘かな? 悪いけど俺戒律があって、生涯童貞を貫かないと――」
「驚きました」
「え? 童貞?」
「違います。そっちは当然です」
「当然なの?」
一応俺にはルルワという内縁の妻的なポジションの恋人がいるのだが、そして彼女はその事実を知っているはずなのだが。
(あ、知ってるからか。ルルワが恋人だからだ)
彼女は俺に血を与え続ける限り、生涯に渡り清らかな乙女でなくてはならない。つまり俺も彼女をパートナーにしている限りは一生童貞だ。これは裏を返せば、アワンは俺が不貞行為をするような吸血鬼ではないと、信じているということにならないだろうか。
俺は神をも脅かすような思考展開で、この難局を乗り切る。これこそが人の力、いや成り上がりの魔法使い――童貞の力だ。
そして俺は300年童貞を死守したからこそ、こうして魔術師の道へと歩める。
「私が驚いたのは、いないと言い切ったことにです。無宗教の人間は数多くいますが、神の存在そのものを否定する者は滅多にいません」
「ああ、天術って力があるからね。神の存在を否定したら、じゃあこの力はどこから来てんの? って話になるわけだ」
たぶんさっきの問いも、天術魔術に関連する重要な問いなのだろう。
神と人という要素が、天術魔術と綺麗に対比している。
「…………あなたは本当に賢いですね。どうしてそんなに人の知恵に精通しているのですか? ずっと森にいたのでしょう?」
「俺が神だったりして」
「300年森に閉じ込められるようなマヌケな神は、私も信じたくないですね」
俺が真面目に答える気が無いと悟ったのか、アワンは目を逸らす。
ルルワはこの辺りの俺の知識ギャップについて突っ込んでくることはほとんどないが、アワンは結構違和感が強いのか、些細な事にもこうしてよく気が付く。
俺ももっと隠せという感じなのだが、正直四六時中ボロを出さないよう警戒なんか、精神的にしんどくてできない。だから今のように割と開き直っている。俺は神ではなく人なのだから。
「これだけは勘違いしてほしくないんだけど……信じる人を否定する気は一切ないよ? 俺の中にはいないってだけ」
「もちろんです、ご配慮ありがとうございます」
「ルルワとアワンが天術を使う時、この子達は一体何に祈ってるんだろう? 処女の神かな? とか毎回心の中で思ってるけど、信仰は自由だしね」
「否定する気は一切ないんですよね?」
神がかり的な力で異世界転生しておいてなんだが、なんならこっちの世界に来る前女神とも面会しておいてなんだが、俺は神の存在を全く信じてはいなかった。
いや、そのような高次元存在はもしかしたらいるのかもしれないが、俺はあれを神と呼びたくないだけだ。
ましてや、人よりあれの方が価値が高いなどとは、俺が生きている限り絶対に言いたくない。
俺はどこの誰かも分からないような偉い奴なんかより、人の方がよっぽど大切だ。
なぜなら俺を救ってくれたのは神ではなく、人なのだから。
「…………私はそんな意図はないと分かっていますが、人によっては不快に思うかもしれません。発言には気を付けた方が良いでしょう」
「っ!」
真面目な声色に、俺は説教の匂いを感じ取る。
そして自身の発言を振り返り、すぐに反省した。
「ごめん。確かにアワンの言う通りだ。気を付けるよ」
吸血鬼は「キィ」くらいしか発言する予定はないから――などという冗談は口が裂けても言えなかった。
心から神を信じ、信仰を捧げる人間たちには、俺の考え方や発言は眉を顰める――いや嫌悪の対象だろう。俺はその辺の配慮が全く足りていなかった。
宗教問題は足を踏み込みずらく、また口も出しにくいと前世の知識で嫌というほど知っていたのに、余計なところで敵を作るところだ。
アワンの言う通り、発言には重々気を付けることにしよう。
「私は気にしません。あなたがそんなつもりではないことは分かっています」
「ありがとう」
これを良い風に捉えるのであれば、俺たちはこんなセンシティブな会話もできるくらいには、仲良くなったということでもある。
彼女がどれほど神を信じているのかは分からないが、普通は嫌な気持ちになるだろう。信じているものを否定されるのだから。
それを加味してこの空気感は、かなり関係が進んでいると言えるのではなかろうか。あまり良い測り方とは言えないが。
「話を戻しますが、あなたは根っからの魔術師みたいですね」
「やっぱさっきの質問は、天術師と魔術師の判別だったのか」
「はい。ですけど所詮は迷信や俗説の類です。決定打とは成りえません」
「そうだろうな」
人の考え方は移ろいやすく、信仰を持つ者も、最初から持っていたわけではない。アワンの言った通り、話半分に聞いておいた方が良いだろう。
「なら決定打は? なんかそれを判別する術でも持ってるの?」
「いえ、天術師、魔術師を見破ることができる術を持つ者は、かなり希少です。よほど才能が合致しなければ、得られるものではありません」
(イコラオスってやっぱ凄かったんだな……)
人生で二番目の強敵も、俺のことを魔術師だと言っていた。
敵の発言だからこそブラフという線もあるが、俺は嘘じゃないとなんとなく思っている。なぜなら彼は、それを仲間にも警告していた。
「ですから、明日はその判別に行きます。学術機関に術道具が保管してありますから」
「申請しといてくれたの?」
「ええ、ルルワ様のお名前を使わせていただきました」
(ルルワってやっぱ凄いんだな……)
天術魔術を判別できる術が希少なのは、おそらくその判別が戦闘の勝敗を左右するほどの大きな要因だからだろう。
それだけ術適性というのは他人に知られてはならないことなのだ。
その前提から考えて、おそらくはそれを判別できるアイテムもかなり希少なものだと思われる。なぜなら貸し出しを行わず、勇者でさえ現場に足を運ばなければならないのだから。それこそ王族や貴族であれば、持ってこいとか言えそうなものだ。
「じゃあ俺はまだ能力習得しちゃだめなの? というか能力の修得ってどうやるんだ?」
「その過程こそが最も重要なのです。一日二日は誤差と言えるほどに、おそらくは膨大な時間がかかることでしょう。むしろこの工程には、できるだけ時間をかけた方がいい」
「ほう……」
俺は余裕綽々の笑みで腕を組む。内心戦々恐々としながら。
まだ勉強するのか、もう勘弁してくれと不可視の白旗を振りながら。
「まずは簡単な原理原則から。この世の術は大きく二分され、己でスキルを創造する<混沌術>、現存するスキルを選択する<秩序術>に分けられます」
「また横文字かー。こういうの嬉々として出すと嫌われるよ?」
「どうぞご自由に。といっても、難しくはありません。自分で創るスキルと、この世にあるスキル、ただそれだけです」
「それならまあ……ギリ許されるかな?」
「さっきから何と戦ってるんですか?」
過去様々な作品に目を通してきた俺から言わせてもらえば、このような独自設定は受け付けない層が一定数存在するのだ。
何を隠そう俺は受け付けない側だった。今も拒否反応で顔の血の気が引いてきている気がする。気のせいだった、標準仕様だ。
「多くの術者はこれら二つを上手く組み合わせ、戦闘に用います。天術師でも魔術師でも、基本考え方は同じです」
「具体例が欲しいかな。その方がイメージしやすい」
「もちろんです。こちらを」
『目的天術師』
≪四大原因系≫
・【質量因】
=何でできているか =
素材、物質、物理的条件、供物、肉体、骨、血、武器生成
純度・由来が重要(聖獣の骨、聖女の血など)
・【形相因】
=本質・理想の形=
どんな形、本質か、像であること、形、設計、構造情報、魂
嘘・幻・変身魔術を見破る
像を作るときの「像の形のイメージ」
・【作用因】
=動かした原因=
プロセス、エネルギー、成長、老化、破滅を早める
外から加わる動かす働き、何がそれを生じさせたか
・【目的因】
=何のために存在するか=
神を讃える、記念する、存在理由、機能、意図、善、聖属性
目的が物を動かす力の源になる
「…………覚えられる気がしない」
用紙を差し出された俺の第一声は、それだった。
もちろん用紙を見せられても文字を読むことができない俺では、そもそも覚えるとかいう次元の話ではない。
当然アワンに読み上げて貰ったが、カワイイ子のカワイイ声という特典がついても、覚えようという気にはならなかった。
しかしそんな駄目生徒の弱音を、敏腕教師は織り込み済みだったようだ。
「覚えなくていいです。こういうのは頭に記憶するのではなく、実戦で体に覚えさせていくものですから」
「具体例を出すための参考資料ってこと?」
「その通りです。そうですね……まずはあなたに最も身近なルルワ様から」
アワンは説明の順序を考えるように上を向いた後、視線を俺に戻す。
そして説明ではなく、質問を選んだ。
「ルルワ様がどれに当てはまるか、分かりますか?」
「目的因」
俺は即答する。
その程度の推測は頭の中で既にやっていた。というよりやらない奴がいるのだろうか。それは流石に教えを乞う生徒としての自覚が足りないとしか言いようがない。
「あなたは生徒の鑑ですね。模範にさせたいくらいです」
「やめといた方がいいよ? 俺鏡に映らないから。模範したら空っぽの人間になりそう」
「誉め言葉を素直に受け取れないところだけが、あなたの欠点ですね」
「どうも」
確かに俺は、他人に褒められるのがあまり好きではない。
どういう反応が正解か、未だによく分かっていないからだ。だから毎回受け流そうとするのだが、こちらも上手くいったためしがない。誰か正解を知っていたら教えてほしい。
いやそもそもそこまで褒められる内容でもない。ルルワは聖属性を使うと自分で言っていた。ならば彼女は目的因一択だ。本当に簡単な問題。
「ルルワ様の必殺技、あれは混沌術にあたります。つまり彼女が自分で創造した、オリジナルスキルです」
「<銀の弾丸>でしょ? ここだけの話さ……あれ滅茶苦茶かっこよくない?」
「滅茶苦茶かっこいいです」
アワンも即座に肯首する。それも珍しく食い気味だ。金の瞳が煌めいている。
やっぱり彼女から見ても、あれは本当にカッコイイらしい。
「あれって彼女が勇者だからかっこいいの? それとも美女だからかっこいいの? 髪がたなびくから?」
「それもありますが……そもそも技自体がかっこいいです。剣でのシンプルな攻撃だからこそ、逆にあそこまで映えるのでしょう」
ルルワの<銀の弾丸>は、彼女が特化している刺突攻撃に、天術聖属性を乗せたスキルだそうだ。
敵に肉薄し、至近距離からレイピアで弾丸を放つ。あのザッと沈み込んで、ドンと撃ち出す感じが本当にかっこいい。しかも超高威力。シンプルイズベストを体現したような必殺技だ。
勇者の代名詞に相応しい。あまりに勇者過ぎる。
「技名もシンプルでかっこいいよね。響きもいいし。しかもルルワって毎回”必殺”! みたいに叫ぶからさ、まじで滅茶苦茶かっこいい」
「そうなんです! あの技名と声が最高なんです!」
彼女の琴線に引っかかったのか、その勢いはその場で立ち上がりそうなほどだった。
こう見ると、本当にどこにでもいるような少女だ。これまでは大分無理をしてクールに徹していたのがよく分かる。
なぜあそこまで笑わないように努めていたのか。不思議なほどに。
「なんだよ! ルルワのこと好きなんじゃんか!」
「あなたにだけは言われたくありません!」
勉強会。
ここ一週間でもそうだったが、俺たちは意外と本筋から逸れることが多かった。
だが、それこそが本当に大切なことなんだと――やはり俺はなんとなくではあるが、分かっていたのだ。
まあその分勉強時間は長くなるのだが。しかしなぜか、彼女はこの国でも挨拶回りに行ったりはしない。
自国の、それも大公姫であれば、貴族たちから夜会に招待されたり――などを当然のように想像していたのだが、そんな気配もない。
今、楽しそうに笑っている少女に、一体何があるのか。一体何があったのか。
この国への滞在が、アワンという人間を知るきっかけになるのではないかと、俺はそんな僅かな予感を抱いていた。




