第041話 神託聖域(4)
「ふーん……なるほどね」
遅れて戦場へと合流した吸血鬼。
吸血鬼は遅れてやってくる決まりでもあるのかというレベルで俺はいつも遅れてやって来るが、まあ大丈夫だろう。
俺がこれまで見てきた漫画やアニメの主人公なんかは大体遅れてやって来ていた。それも何人か死人が出始めた頃に。おいおいもう取り返しつかねえよ、と全読者が思うくらいの時に。
それに比べれば、俺の仲間はまだ死んでないのでたぶん怒られないはずだ。一人めっちゃ泣いてる気がするし、もう一人の心も大分痛めつけられているような気もするが、たぶん大丈夫だ。
ここから大逆転すれば、なんだかんだで一件落着みたいな空気になるはずだ。漫画ではそうだった。
(俺は一応自分の仕事もしてたし……何週も待たせたわけじゃないし……精々5分くらいだし……)
誰へのものかも分からないような言い訳を、俺は心の中で必死に見繕う。
俺はたぶんというか絶対、主人公には向かない性格だ。
そんななんちゃって主人公の横に、どこのメディアに出しても恥ずかしくないような、絶対的究極ヒロインが並ぶ。
「なるほどって、何か分かったの?」
「いや?」
俺は腕を組んだまま、堂々たる態度で隣のヒロインに顔を向ける。
彼女は俺のヒロインとは到底思えないほどに、呆れ顔を隠しもしなかった。
「でも遅れてやってくるタイプの主人公って大概、見ただけで全部察するよね。なんであんな察しいいんだろ? やっぱ強いからかな?」
「大人の事情って奴じゃない? 大物感の演出にもなるし……物語の都合上、仕方のない部分もあるわ」
「俺なんか泣いてるアワンを見て、『確かに話してみるとは言ってたけど、どんなタイミングで話してんだ!? しかも一方的にボコボコにしたのかよ!? やっぱこれ俺の背中も危ねえよ!!』とか思って、背中にナイフが生えてないか急いで確認したのに」
「事情をつける大人たちも、あなたにだけは何も言われたくないでしょうね。察しが悪いなんてレベルじゃない。頭が悪いわ」
俺たちはいつも通りのくだらないお喋りをしながら、アワンを庇うように彼女の前へと立つ。
絶賛敵と相対しているとは思えないような空気感だが、俺は内心ほっとしていた。おそらくルルワも同じ気持ちだろう。
俺がいくら察しの悪い吸血鬼とはいえ、このシリアスな空気感が分からない程鈍感ではない。そんなことはここに辿り着いた瞬間には気が付いていた。事態は最悪に近いと。
だから頭の悪い吸血鬼のフリをして登場したわけだ。いつもの奴だ。
やはりほとんど演技の必要はなかったが、日頃から身に染みつけた熟練の技だと今は良いように解釈しておこう。
現に、アワンは顔を上げている。まだ泣いているし、顔色も悪いが、確かに俺たちを見ていた。
ルルワの表情の硬さも、会話をするごとに解れてきているような気がする。己惚れるつもりは毛頭ないが、彼女も俺が来るのを待っていたようだ。
二人の安全と精神状態を確認すると、ようやく、体ごと正面へと向き直る。
おふざけは終わりだ。表情を引き締め、俺は正眼に立つ敵を睨みつけた。
向かい合ったのは、明らかに敵という感じの――険しい表情をした女。なんだコイツとばかりに俺のことを見ている。こいつがアワンを――
「かなりの敵みたいだな……相対しただけで分かる。この肌をヒリつかせるような威圧感……圧倒的筋肉量。男を尻に敷くタイプの女だ」
「殺すわよ?」
「ごめんなさい」
俺は向かい合ったルルワから、慌てて体ごと顔を逸らす。
ちょっと本気で怒っていたので顔が見れない。たぶん凄い顔をしていると思う。
「ふっ……ふふっ……」
「「っ!!」」
その時、思わず漏れ出たといった微かな笑い声が、俺の耳に届いた。
それは聞き間違いなんかではなかった。なぜなら正面にいるルルワも、俺と全く同じ顔をしていたから。
こちらを見上げる少女。涙の痕がくっきりと見えるほどに酷い顔だったが、確かに笑っていた。俺たちの視線を受け、自分でも驚くように、アワンの表情が固まる。
「なんだ笑えるじゃんか。氷タイプのクール系ヒロインかと思ってた」
「あなたがいないとこでは結構笑ってるわよ?」
「吸血鬼にも心があるって知ってた?」
俺はルルワと笑い合う。
彼女は、本当に嬉しそうだった。俺も、本当に嬉しかった。
「さて……」
朗らかなこちらの空気とは打って変わり、むしろこちらの空気が良くなるほど機嫌が悪くなっていく女。
俺のことを恋敵でも見るかのように睨みつけてくる強大な敵に、俺はようやく向き直る。こいつが――
「おい」
「はい」
満を持して再び向かい合ったルルワに、俺は片手で頬を挟み込まれ、持ち上げられた。
それはカツアゲにあった少年が、胸倉を掴まれるがごとき光景。強者と弱者が一目で分かるような情けない姿だった。
「絶対いらなかったよな? 二回目」
「はい」
「なんで一回ウケたら調子に乗って二回目やるんだよ。ウケねえって分かってるだろ?」
「はい」
「くどいんだよ何度も何度も。次やったらほんとに殺すから」
「キィ……」
実に300年振りにカツアゲにあった俺は、正直チビっていた。
いつもは鮮やかな手腕で俺のボケを受け流すルルワが、なぜ天丼に対してはこれほどまでに厳しいのか。なんか口調も変わっていた気がするし、本気で怖かった。
誰がここまで彼女のフラストレーションを溜めたのか、犯人は想像に難くない。あと何度かやろうと密かに思っていたが、金輪際このボケは二度と使用しないと心に誓う。理由は怒られるのが怖いからだ(情けない)。
「お前か、俺のルルワをここまでイライラさせてくれた奴は。ほんと、なんてことをしてくれたんだ」
「いや、今のにボクはほとんど関係ない気がするけど……心当たりがあるとすれば、腹筋の件かな? そんなに気にしてたとは」
「なんてことをしてくれたんだ!」
ここに真相が明らかとなる。全部こいつのせいだと。
何にせよ、もうルルワの顔はまともに見れない。顔を見るのが怖いからだ。
今から彼女と話す時は――そうだな目線は下の方に、腹筋のあたりでも見ておくか。
「こんなに待ってあげるボクはかなり話の分かる敵だね。それとも、これも大人の事情って奴なのかな?」
「こいつ、分かってる側だ。主人公たちの会話を不自然に待ってくれる敵について言及してきた……デキる」
「何がよ」
俺はようやく、本当にようやく敵へと向かい合った。なぜならルルワに背中を押されたからだ。物理的に。
真っ直ぐに俺だけを睨みつけているのは、蛇のような女だ。俺はまさに蛇に睨まれたカエルのように、ボケっとその場に突っ立つ。
カエルは蛇に丸飲みされるまでずっと真顔だが、あの間何を考えているんだろうとか思いながら。たぶん今の俺のように、特に何も考えていないのだろう。
「ごめん。見ての通り俺の主人公力こんな感じだからさ、自己紹介とか頼める?」
「いいよ。ボクも君と話がしたかった」
(僕っ子?)
外見は年頃の女――それも妖艶な美女と言った感じだが、口調があまりに合っていない。話してみたら印象と違った――なんてことは日常でも多々あることだが、彼女は根本から違うような気がした。
まるで別人の演技をしているかのような違和感がある。
「ボクは、君たちが12使徒とかって不自然なくらいに持ち上げてる奴らの一人さ。数年前に入った新参だけどね。よろしく」
「っ!?」
おふざけのような空気は、一気に霧散する。
正直、氷水を頭からぶっかけられたような気分だった。
(12使徒……ルルワたちが無事だからてっきり……)
失礼な物差しにはなるが、ルルワとアワンが大した外傷も負わず、逆に相手に深手を負わしている事実から、俺は敵の力量を大したことがないと見切りをつけていた。
当然のことではあるが、相手が12使徒と分かっていれば、最初からあんな感じの登場はしていないし、ここまで余裕ぶっこいてもいない。
(言ってる場合じゃないな。ひとまずここから……)
相手がイコラオス級の戦力と分かれば、こんなところで呑気に戦うわけにはいかない。
大渓谷で起こった激戦を思い返せば、少なくとも大橋近辺の人間は巻き沿いになることだろう。その場合死者は最低でも万単位だ。本当にやってる場合じゃなかった。
「待って。おかしいのよ」
「ん?」
全力の戦闘態勢に移行しようとしていた俺に、待ったがかかる。
それも敵ではなく、味方から。
「そんなに強くないの。私たちでも優勢だった」
「え?」
やはり失礼な反応ではあったが、それが俺の素直な感想だった。
仮に今のルルワとアワンがイコラオスと相対した場合、たぶんあの槌の一振りで即死するだろう。強さの差を見極めるのが非常に苦手な俺ではあったが、それくらいは流石に分かる。俺でも死ぬかと思ったくらいなのだから。
だからいかに勇者とはいえ、12使徒に優勢という事実は、明らかにおかしい。
(まあでも例があのおっさんだけだしな……。12使徒が全員あれくらいとも限らない……のか?)
希望的観測が含まれているためそうは思わないようにしていたのだが、実際そんな気もしていた。
だって12使徒が全員あれくらいの強いのなら、分ける必要がない。19魔王とかでよかったはずだ。
そうなると数字的美意識くらいしか否定の材料もないので、やはり不自然ではあるが。俺が加わったら20魔王で綺麗になるのだが、たぶん俺の存在は知られていないし、知られていても入れて貰える気がしない。
いややっぱり魔王が20人もいるのはなんか違うか。7人とか平然とやってるので今更ではあるが。
「これは私の勘になるけど……中身は別人なんじゃないかしら?」
「つまり……中の方が12使徒で、肉体は別ってこと?」
「そう考えると矛盾はない。なんとなく外見と雰囲気が合ってないような気がしてたし」
「ふむ……」
ニヤニヤ、いやニタニタとこちらを見て笑う女。
確かに、あの感じの美女にはもっと優雅に微笑んで欲しいものだ。そして妖艶な大人の色気で少年心をくすぐって欲しい。甘い言葉で誘惑とかして欲しい。
だが俺の理想とは裏腹に、彼女は嬉々としてこの状況を楽しんでいる。まるで無邪気な子供のように。
「アワン、いい加減立ちなさい。見知った顔なんでしょ?」
「っ!?」
驚いたのは、当然俺だ。
まさか12使徒と面識があるとは。だが同時に納得もした。それが事実なら、アワンのこの様子も頷けると。
「おそらく……にはなりますが。私の…………知っている男です」
「ネカマかぁ……嫌なこと思い出した」
ゲームで数年に渡り素材などを献上していた相手が男だったと分かった時は、発狂したものだ。アワンがこれだけ痛めつけられたのも無理はない。あの精神的痛みは14歳の少女が受けるにはまだ早いだろう。俺でさえギリギリだった。
「ようやく気付いてくれたのかぁ……本当にびっくりするくらい鈍いよね。そこが可愛いんだけどさ。アワン久しぶり! ボクボク! ボクだよ!」
「…………」
手を振る女の声に、立ち上がったアワンが、再び下を向く。まるで逃げるかのように。
ここ数日一緒にいた限り、彼女はそこまで精神的に弱いタイプには見えなかった。つまりよっぽどのことが、この男との間にあるのだろう。
「でもでも、君がカワイイ女の子じゃなかったから、世間は許してくれないくらいの馬鹿さ加減ではあるよ? 甘やかしてくれるお友達と、可愛く産んでくれたご両親に感謝だね。あ、どっちもいないか」
「なんだこいつ、凄いな」
「そうなの、凄いのよ」
なんというか、凄い。
凄いイライラする。ルルワがご機嫌斜めだったのも頷けるウザさだ。
「忠告が遅くなったけど、気を付けて。敵はこっちの思考を読んで精神攻撃してくる。まともに会話しない方がいいわ」
「そうか……だからルルワの弱点を的確に。まさかアワンも腹筋で?」
「なんで腹筋一点突破なのよ。あと、私の腹筋を確定事項みたいに進めないでくれる?」
「念の為言っておきますが、私は割れてないです」
「私は?」
辛いことでも、苦しいことでも、誰かと分け合えば意外となんとかなるものだ。俺はそれを経験から知っていた。
現に蛇女は、普通に会話に加わるアワンの姿を見て、面白くなさそうに憮然とした表情を見せる。
言葉で傷つけてくる相手に対し、言葉で対抗するのは愚策だ。こっちで勝手に楽しめばいい。かまってちゃんはそれを一番嫌がる。
「気持ち悪いなぁ……気持ち悪い。薄っぺらい友情ごっこだ。まだそんなに仲良くもないくせいに。助け合いとか体のいい言葉でお互いの傷を舐め合って。あの程度で崩壊する程度の信頼関係のくせに」
「友達ってそんなもんだぞ? 友達いる?」
「いるよ、そこにいる」
蛇女、いや蛇男が指し示したのは、アワンだった。
どうやら友達だったようだ。アワンがあまりに仲良さそうにしないので、全く気づかなかった。
「今は訳あって離れ離れだけど、ボクからは逃げられない。ボクも君から離れられないように、ボクたちは確かな運命で繋がっているんだ。だからこうしてまた巡り合えた」
「…………」
「君のことを分かってあげられるのは、ボクだけだ。ここはボクと君だけの世界。ボクだけが彼女を救い出せる。あの時もそうだったよね?」
心からそれを信じているような、至って平然とした口調。
狂気的気配ではないからこそ、強い狂気が見えた。少なくとも俺は、ハイな感じで言われるよりもこっちの方が断然怖い。
「…………救うとか世界とか言い出す奴に、碌な奴いないな」
「それもう私が言った」
一人目の章ボスが凄いチラつく。
これが何かの物語なら手抜きを疑うくらいには敵の属性が駄々被りだ。
「二人だけの世界って、結構人いたけど……あれは結局何だったんだ? 正直何がしたかったのかよく分からん」
奇襲を仕掛けておいて放置だし、今も戦闘ではなくお喋りを優先しているし、やり方もやっていることも適当だ。
少なくともアベルはこんな感じではなかった。良かった、違うとこもあった。
「たぶん、二つの能力は三つ目の能力発動のための準備なんだわ。誰かが神の言葉に背いたら、災いが降りかかる。それも、おそらくは連帯責任で」
「凄いなぁ……流石は本物の勇者。どっかのポンコツ勇者とは大違いだ」
(もしかして……俺のことか?)
300年森に引きこもって世界を放置していたポンコツ勇者のことを言っているのなら、それはたぶんというか十中八九俺だ。たぶん俺以上にポンコツの勇者は世界にいない。
「その通りだよ。神の言葉を受け入れた者がその状態を脱却すれば、三つ目の術の発動条件は整う。ボクの能力解除の合図と同時に、範囲内の対象者は一斉に神の器へと成り代わるのさ」
「…………」
やっぱり、抜け出すのはまずいことだったのか。
範囲から飛び出した途端に三つ目の声が聞こえたから、嫌な予感はしていたのだが。
「つまり、唯一二つの術にかかり、そして神の言葉に背いたアワン。君一人のせいで、これから大勢の人間が死ぬってわけ。おわかり?」
(…………なるほど)
なんとなく見えてきた。
つまりこの敵はアワンと何かしらの因縁のある敵であり、こいつが待っていたのは勇者でも吸血鬼でもなく、アワンだった。
彼女を捉えるためルートを読み待ち構え、罠を張っていた。
そして満を持して術を発動。彼女に精神的ダメージと罪悪感を抱かせるためにここまでたどり着くまで敢えて泳がせ、そして相対し自分の正体を明かした上で、大量の人間を殺す算段だったと。
勇者に人一倍の憧れと覚悟を持つ彼女には、自分のせいで人が死んだというのはかなり効くはず。それが分かっている感じ、彼女に関しては今の俺たちよりも理解が深いのかもしれない。
ならばたぶん、俺とルルワの存在も計算に入れていたと思われる。彼女一人ではこの難局から脱することは難しい。ルルワでさえ術下に置かれていたくらいだ。
いや、その場合はアワンの術を解けばいいだけの話か。種明かしの方法は何でも良かったのだ。彼女の心さえ傷つけられれば。
確かにそう考えると、この聖域はアワンだけのために設けられた場所と言える。そんなに考えなしでもない。発想は子供みたいだが。
(憑依みたいな術なのか? 12使徒本人じゃないなら、もう殺していいな)
40試練程度の実力なら、一対一で俺が後れを取ることはないだろう。
ただその前に、天術のルールは知っておかなければならない。
自分の体じゃないのなら、なおさら術者の死がトリガーという可能性だってある。
「意気込みに水を差すようで悪いんだけど、たぶんそれはもう無理だと思う」
「ん? なんで?」
「いや、もう範囲内に人いないし」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情。
演技に見えない、そのある種の無垢さに、俺は大した奴じゃないなと密かに思う。あんまりあいつを褒めたくはないが、やっぱりアベルはモノが違った。強さに関してはまだ分からないが。
「全員もう避難させたから。範囲外にいる人間には効果ないんだろ?」
ルルワに視線をやれば、相槌が返って来る。
範囲外にまで及ぶほど強力な術ではないのか、それとも天術の形骸ルール的にその可能性が低いのか――分からないが、嘘ではないだろうという判断。
目を丸くする蛇男の反応的にも、信じていいと思った。
「全員ですか!? この短時間で!?」
驚くのはアワン。
彼女は確かに、俺の能力までは知らない。イコラオスとの戦いを遠目に見ていただけなのであれば、もしかしたらパワー馬鹿とでも思われているのかもしれない。
「思ったより時間かかったけどね。通行止めもしなくちゃいけなかったから」
空や橋上の人間に触れるのは、そう難しいことではなかった。
<日神月歩>は空を空とも、大地を大地ともしない力。
前進、上昇、降下、垂直上昇、垂直降下、急発進、急停止、スタンピーン、ローリング、バック、旋回、ホバリング、ピッチ操作、フェイント機動、加速、急減速、慣性制御、滞空、耐風飛行、気流適応――人間の技術では再現不可能、生物界でも類を見ないほどの、奇跡の飛行技術を俺は持っている。
自分で言うのは本当になんだが、空中機動、いや空間機動の領域で俺を超えられる者はそうそういないと思う。
さらにこの才能に、300年もの鍛錬によって蓄積された技術が上乗せされる。
密集した森の木々の間を暇つぶしと銘打ち、来る日も来る日も縫うように飛んでいたのだ。この程度の人口密度なら、それこそ掠る気もしなかった。
そうして全員に接触を果したら、後は範囲外まで<一触即動>で動かすだけ。ありがたいことに、敵の術の強制力より俺の能力の方が強力だった。
あとはこれ以上エリア内に人が入って来れないよう、馬車を積み重ねて通行止めもしておいた。簡易的な措置だが、短時間であればなんとかなるだろう。
誠に遺憾ながら、俺の頭ではあれ以上の策は思いつかなかった。時間も無かったし。
「えーなんだよそれ。マジ? テンション下がるなぁ……インチキだよそんなの。パワープレイだし。もっと頭使えよ」
「分かりやすいなこいつ」
「ええ」
演技には見えない。本当にガッカリ来ていることが分かる。
俺たちからしてみれば、じゃあ二手目三手目の策を準備しとけという話だ。いや非常に強力な能力ではあるし、実際俺たちもかなり追い詰められてはいたのだが、呆気ない結果に拍子抜け感は否めない。
(いや……普通は中々切り抜けられないか……)
それこそ俺のように全員を範囲内から出すくらいしないと、なんともならない能力ではある。
本家本元の勇者であるルルワでさえ俺がいなければ術中から抜け出せなかったのだ。確かに俺の存在はインチキだった。
「えーじゃあもうやれることないじゃんか。つまんなー。せっかくアワンのために色々準備してたのに。なんかちょっと立ち直ってるし。なんでお前らみたいなのが急に出てくるんだよ。関係ないだろ?」
ぶつくさ文句を垂れる感じが、本当に子供みたいだ。
実際子供なのかもしれない。この程度で不貞腐れる感じは大人には見えない。
「お開きなら、いくつか聞きたいことあるから聞かせてくれ。俺のことは知ってたのか?」
明らかに戦意というものが消えている。
いやそもそもこの敵は、相対した時から戦う気というものが見えなかった。おそらく今展開されている天術が全てなのだろう。
直接戦闘は苦手なタイプ。強大な儀式型の術を展開する術者は、その傾向があると事前にルルワたちも言っていた。
「うん、知ってるよ。老人虐待が好きな吸血鬼。年寄りをボコボコにしたあげく殺したそうじゃん。趣味悪いよね」
「!」
これだけは聞いておきたかった。
勇者の元に吸血鬼がいるという情報は、どこまで広がっているのか。こいつは口が軽そうだから喋ってくれそうだという予感は、的中する。
(イコラオスとのことも知っている。俺が倒したことも)
ならばこいつは人の領域にいるのでは。
できればそのあたりも探りたかったが、流石にそこまで巧い話はなかった。
どころか、不味い話をいっぱい食わされた。
「女を虐めるやつよりマシだ」
「え? 君って女は男より下とか平気な顔で言っちゃうタイプ? 今どきいるんだね? 男女差別だよ? まあ気持ちはわかるけどね。ちょっと強いだけで勘違いしちゃって、女の子二人侍らしてハーレム気分。モテない奴が急にモテだすのが一番見ててキツイって分からない? あとそれってお金に寄って来る女と変わらないからね? 君がモテてるのは人よりもちょっとだけ強いから。それが無ければ全く相手にされてないから。顔ブサイクだし、身長も低いし、なんか陰キャくさいし、弱者男性って君みたいなやつのこと言うんだろうね。あとご自慢の強さもこっちの領域に限った話だよね? 今の君って子供と腕相撲して勝ち誇ってる痛いおっさんみたいだよ? 君の場合はカードゲームとかなのかな? 美少女フィギュアとか集めてそうだもんね。君がこっちでなんて言われてるか知ってる? チビでブサイクなくせにイキってる勘違い吸血鬼。金目当ての商売女に本気になってる哀れなブタ――」
「――精神攻撃よ!! 耳を塞いで!!」
「もっと早く警告できなかった?」
ルルワの警告は、あまりに遅い。
なぜなら、俺は既に地面に蹲っている。
正直二行目くらいからもう膝を抱えていた。そんなに言わなくたっていいじゃんと思ってた。
「ね、ねえ……なんか俺が会う敵みんな俺のことブサイクって言うんだけど……これって敵だからだよね? そんなことないよね?」
助けを求めるように、チラっとルルワを見上げる。
確かに目が合った気がしたが、なぜか彼女は目を逸らした。
「え? あっ、ええ……」
「アワン」
「え? あっ、まあ……」
「精神攻撃って知ってる?」
ここにきて、俺の精神に最大のダメージが入る。
味方だと思っていた彼女たちは、実は敵だった。ここには敵しかいなかったのだ。
もしや彼女たちはまだ敵の能力下にあるのでは。今も尚精神支配を受けているのでは。
必死に――ずっと見てたら可愛く見えるとか、決して悪いわけではないですとか、フォローをしてくれる少女たちの姿に、俺は思った。
「はーあ、ほんと最悪だよ。計画が狂った。これくらいじゃ全然気が収まらないな~。なんか君の思考だけやたら読みにくいし、思いっきり貶してやりたいのに」
「もう勘弁してください」
「ほんと大した弱みは掴めないよ。一緒に寝てる女の髪の毛の匂いを毎晩こっそり嗅いでるとか……抱き枕に徹してる間、何やらゴソゴソと――」
「耳を塞げ!! 精神攻撃だ!!」
俺の警告は早かった。
だがなぜだろう。耳を塞いでいるのは俺だけだった。
(なんてレベルの精神攻撃だ。こんなの、心を折られるに決まってる)
目を腫らし、泣きじゃくっていたアワンの姿を思い出す。
きっとアワンも、こんなふうに――。
「アワン……お前も……」
「いえ、一緒にされたくはないです」
「そうね」
アワンは、すでに立ち直っていた。
それどころか、ルルワと同じように冷ややかな視線で吸血鬼を見下ろしていた。
俺はそんな彼女を見て、本当の意味で胸を撫でおろす。
元気になって良かった。
「まあでも、収穫がなかったわけでもないかな。邪魔者がはっきりと分かったし」
最後まで面白くなさそうな顔をしているのは、敵だけだった。
彼女――いや彼は、真っ直ぐに俺のことを睨みつける。
どうやら相当俺の存在が気に入らないらしい。正直俺も、気に入らなかった。
「いいよ? 今からやる?」
「流石にこの体じゃ無理かなぁ……まあこの子も、君たちが試練って呼ぶくらいには強いんだけどね」
40試練の肉体。
能力はどちらのものなのだろうか。この男のことを知っているアワンが気づかなかったのだから、おそらくは女のものなのだろう。
中身の術なら、こんなにあっさりと種明かしするはずもない。なぜなら対処法も割れてしまった。
「流石に本物の勇者の相手はキツかったね。なんちゃって勇者は、ちょっと戦えただけでも凄く喜んでたみたいだけど。今思い返してもほんと馬鹿みたいだった。その程度の力で魔王を倒すとかほざいてるんだから、僕じゃなくても笑うよね」
俺は、立ち上がる。
膝を抱えている場合ではないから。
「君たちも、その子に関わるのは辞めといた方がいいよ? きっと後悔するから。今までだって、彼女一人のせいで雰囲気悪かったんじゃない? そんな迷ってばかりの情けない女を抱えてたら、これからもシンドイだけだよ?」
「…………そうかもな」
「「っ!!」」
上がる視線と、下がる視線。
俺は二つを感じながら、正面を見続ける。特に会話したい相手ではなかったが、これだけははっきりと言っておきたかった。
「でも人生ってそういうものだから。俺たちは逃げないよ」
下がっていた視線が、再び上がる。
俺は今度は、アワンと視線を合わせた。
彼女とは、もっと話したいと思ったから。
「アワン、嘘をつくつもりはない。俺たちは正直、君に気を遣っていた」
「…………」
ロータル大谷からここまでの旅路。
俺も、おそらくはルルワも、彼女の存在に気を遣っていた。これはまごう事なき事実だ。
これまでのようにあまりふざけられなかったのは、空気が重かったから。それは否定できないし、否定してもいけないと思う。
ルルワとアワンとの喧嘩に始まり、あの夜の衝突、そして今回の橋上の一件。連鎖する不幸に、俺たちは成すすべが無かった。
たしかに俺たちは、ギクシャクしていた。
「だから、気を遣うのはもうやめるよ」
「…………」
俺にとっては思春期の少女というだけで近寄りがたく、何かと触れずらい存在だった。何より彼女は俺のことを嫌っていたから。
気を遣うのは当然だ。他人だったのだから。しかし――
これからは、もうやめにする。俺は、彼女と仲良くなりたいと思った。
「人にはいろいろ事情があるし、そう簡単には救われない。時間がかかるし、自分が思っているよりもちょっとずつしか前に進めない」
「…………」
俺は、アワンを見つめる。
アワンも、俺を見ていた。
「少しずつでいい。辛い時は、誰かに頼ればいい。300年間前に進めなかった男もいるんだ。そいつに比べたら――」
俺は、ルルワと視線を交じえる。
俺を救ってくれた彼女は、柔らかく微笑んでいた。
「今も立ち向かっている君は、全然情けなくなんかないよ」
「説得力が違うわね」
「どうも」
彼女の何を知っているというのか。分かった様な気になっている男の、分かった様な言葉だ。
俺も正直彼女のことについてはほとんど何も分からない。だってまだ話をしていないから。だから、俺は彼女のことを知りたいと思った。
アワンの心に響いているかも分からない。ここから彼女が何か変わるのかも分からない。
だけど、これまでの全部、無駄だったとは思わない。
確かに苦しい道のりではあったが、人生とはそういうものだ。逆に良い機会だったと開き直って、俺たちはまた、ここから始めればいい。
「あっ!」
注目を集めようとする意図を隠しもしないような高らかな声に、俺たちは振り向く。
天性のかまってちゃんだ。アワンが友達をやめようと思ったのも無理はない。
「そうだよ。今からでもできることがあった! アワンはまだ術の影響下にあるんだ!」
「…………」
本当に分かりやすい。
わざわざ宣言などせず、静かに進めれば良いものを。狙いが分かりやす過ぎる。
「今能力を解除すれば、彼女一人だけが神の器になる! それもまた救いだよね!」
本気でやる気ならすぐにやるだろう。
アワンへの執着加減から見ても、こちらの動揺を誘うためのブラフであることは丸わかりだった。
それを出汁にすれば、こちらがアワンを差し出すとでも思っているのか。なんらかの譲歩があると思っているのか。
ただ楽しみたいだけかもしれないが、いずれにしろ発想がやはり子供だ。
「俺、あいつのこと世界で二番目に嫌いだな」
「私は世界で一番嫌い」
俺はルルワに、一番を譲った。
「いいよ」
「ん?」
俺は最後にもう一度だけ、敵と向かい合う。
そして彼女の中にいる、いずれ滅ぼすべき敵を見た。
「やってみろよ」
「えー? どうしよっかなぁ……。本人にも聞いてみないと――」
瞬間、言葉は途切れる。
物理的に発声できなくなったが故の、結果だった。
「望み通り、お前は俺が殺してやるよ。すぐに会えるといいな」
最後に餞別の言葉を届けると、俺は刈り取った頭を足で踏みつぶした。
こうしてガリライヤー大橋で起こった一大事件は、ここに幕を閉じる。
12使徒の襲来という脅威を前に、勇者の一団はこの難局を見事乗り切り、世界に更なる威光を轟かせた。さらに多数の負傷者はあれど、死者は0名。歴史的快挙に、勇者の名を称える声は一層の熱気を産む。
始まりに過ぎない戦い。決戦の時は近く、使徒は彼らを待ち受ける。
これは、一人の少女が己の過去へと立ち向かい、そして、未来を掴み取るお話。
戦いの舞台は、彼女の母国コイラスへと移り変わる。




