表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/49

第037話 誓約と破滅は紙一重


「――っ!?」

「――え?」


 橋の上から飛び降りた瞬間、腕の中の抵抗が急激に弱まる。

 おそらくは、範囲内から出たことによって能力の影響がとけたのだろう。ひとまず、一つ目の賭けには勝った。

 俺は内心安堵しながらも、再び聞こえてきた正体不明の女の声と、両側から聞こえてきた女たちの声に思いをはせる。

 肉体だけは淀みなく動かすが、問題は山積みだ。


(…………ここならいいか)

 

 移動開始からものの数秒で、現場から数十メートル離れた橋の下へと辿り着く。上からは死角となり、正気を取り戻した彼女たちの様子を見る限りここは能力の範囲外。薄暗く、射線が通るのは左右だけ。悪くない場所だろう。

 敵が動き出したら即座に攻勢に出れる距離でもある。何より今は移動の時間も惜しい。


「ム、ムメイ……わ、私――」


「静かに」


 大地に降り立った瞬間、ルルワの言葉を遮って能力に集中する。

 悪いとは思ったが、喋るよりもまず、やらなければならないことがあったためだ。

 

(動かない……何がしたいんだ?)


 反教底位(パラダイス・ロスト)で常時、敵の位置は捕捉し続けているが、動き出す気配が全くない。攻撃対象にまんまと範囲外へ逃げられているというのに、これはどういうことなのか。これでは待ち伏せと奇襲を仕掛けた意味が全くない。それどころか、自分から作戦の意義を殺してしまっている。

 一瞬自分の能力が正常に機能しているかを疑いたくなったが、即座に迷いを断ち切る。己の能力まで疑い出したら終わりだと。


「これは……!?」


 ルルワに少し遅れて我を取り戻したアワンが、吸血鬼に抱きかかえられている自身の現状に驚きの声をあげる。しかし意外にも、暴れ出すようなことはなかった。

 俺は二人の様子を観察して、安堵と不穏を同時に覚える。

 良かったのは、二人が正気を取り戻したこと。

 悪かったのは、二人が正気を取り戻したことだ。

 橋の下で薄暗いこととは関係なく、両者の表情は暗い。これは記憶を保持している何よりの証明だろう。


(アベルの時もそうだったから、嫌な予感はしていたが……)


 彼女たちの現在の精神状況を思えば、声をかけることすら憚られるが、敵が自分から動き出さないと分かっている今、情報をすり合わせることは何よりの優先事項。

 奇襲を仕掛けておいて追撃がないことはやはり疑問だが、準備を万全で仕掛けてきたと思われる相手に対し、無策で挑んでいくのも馬鹿な話。

 それにこちらが向こうを捕捉できている以上、相手からも捕捉されていないとも限らないし、その場合いつ敵が攻勢を仕掛けてくるのかも分からない。やはり、攻防どちらの面から考えても、時間は無駄にはできなかった。


「とりあえず、ルルワの身体から離す。異常があったらすぐに教えてくれ」


「…………ええ」


 心ここにあらずといった空返事。先ほどの一件が尾を引いているのは明らか。

 彼女は俺を殺そうとまでしたのだから落ち込むのも無理はないが、できれば今は勘弁してくれと思う。

 ルルワを拘束から解放すれば、彼女はしっかりと自分の足で大地へと降り立った。所在無さげに立っているが、暴れ出したり空を飛んだりということはない。

 

「次はアワンだ。浮遊感を感じたらすぐに声を出してくれ」


「はい」


 ルルワに比べれば、アワンはまだ自分を保てているようだった。

 だがその表情には、色濃い焦りが見える。自身の失敗を取り戻そうとする強い焦燥感が伝わってきた。

 しかし彼女らの精神状態を嘲笑うかのように、肉体にはもうなんの異常もないようだ。それを大地に平然と降り立つアワンの姿で、ようやく確信する。


「僅かにでも異変を感じたらすぐに教えて欲しい。俺にはどちらも影響がなかったから、攻撃されていることが全く分からないんだ」


「…………分かったわ」


「はい」


 アワンが俺の指示にも殊勝な態度なのは、やはり先ほどの一件の影響だろう。彼女と、それにルルワは、言葉を選ばず率直に言えば、完全にお荷物だった。

 俺自身は否定したい気持ちがあるが、客観的に見ればそうだろう。むしろ足手まといを通り越して、戦場を率先してかき回していた存在だ。だからこそ、反抗する資格はないと感じているのだと思われる。

 ルルワに比べれば前向きだが、やはり根底の原因が後ろ向きだ。ルルワは状態としては、後ろ向きというより下向きという表現が近いだろうか。自身の行動に深く絶望していることが分かる。自分が最愛の男を殺そうとした事実が信じられないのだろう。

 アワンとは異なり、戦闘で足を引っ張った事実ではなく、もっと直接的な行動に起因した精神的動揺。

 そんな両者は、解放からまだ一瞥も視線を交わさない。ルルワは不自然な程俺たちから視線を逸らし、アワンは不気味なほどに俺だけを見ている。


(…………まずいな)


 状況は、すこぶる良くない。 

 しかし今の二人に気にするなと言っても、無駄なことは分かっている。そしてやはり、時間が無い。


「まず聞きたい。二人の記憶は? どこから覚えてる?」


「…………あります。全て……覚えています」


「…………私も。眠りから目覚めて以降……全て」


 目も当てられないような自身の醜態を思い出したのか、二人して沈み込む。

 確かにあの姿を他者に見られたというのは精神的にかなりキツイ。人によっては、影響下から脱した後の方がダメージの入る攻撃だ。

 しかし記憶があるというのは、悪いことばかりではない。


「記憶はある。なら感覚は? どんな感じだった?」


「怒りが沸々と沸き上がっていって……感情の抑制が効かなかった。今思えば普通じゃないんだけど……その時は、自分の異変に全く気が付かなかった」


「私も同じです。当たり前のものだと思っていました。全く違和感というものが無くて。まさか、敵から攻撃を受けているとは……」


「怒りか……」


 遠からずと言ったところだろう。そう考えれば、辻褄が合う部分もある。

 二人の言い争い然り、俺が起こした時のルルワの態度然り。怒りという感情の抑制を外す精神作用とか。ならば既にあの時から、事は起こっていたということになる。


「吸血鬼……さん、はなぜ平気なんですか? 襲撃を予測し、事前に何らかの対策を?」


「…………吸血鬼は生まれつき精神攻撃への完全耐性を持っているらしい。精神に作用する類の術は、全て無意味みたいだ」


「なるほど」


 さん付けで呼ばれたことに意外感を覚えながらも、アワンの問いにすぐに答える。ここで余計なやりとりなど挟めるはずもない。

 彼女は既に頭を切り替え、建設的な話し合いをしようとしているようだ。少なくとも遊んでいる時間はないと理解している者の態度。

 比べれば、ルルワはまだ引きずっていることが分かる。普段と比べ、口数があまりに少ない。


「もう一つ、聞きたいことがある。女の声が聞こえなかった?」


「っ! 聞こえました!」


「私も聞いたわ。耳元で囁かれたような」


 やはり俺だけではなかった。この事実から、あの声は敵の能力に大きく関係するということが分かる。

 ならばその意味するところは。いや、その前に聞こえた内容が同じかどうかも確かめなければ。


「俺が聞いた声は、一つ目は『過剰の無』。そして二つ目は『誓約と破滅は紙一重』」


「私も、全く同じ」


「ぇ?」


 ルルワが即座に肯首する。一字一句同じだという目と、もう一人の確かな後押しによって、俺は自身の認識を確かなものにした。

 しかし最後に残ったもう一人の反応で、その認識に影が掛かる。


「え? あの……」


「どうした?」


 急速に自信を無くしていく少女の姿に、俺は水を向ける。

 彼女は恐る恐るという気配を隠しもせず、消極的に反対意見を口にした。

 

「私は……もう一つ、聞いた気がします。確か……『汝、自身を知れ』、だったかと」


 あまり、自信はなさそうだった。鵜呑みにするのを躊躇するほどには。

 全く身に覚えのない三つ目の声に、俺は思わずルルワに視線を向ける。

 ルルワは俺の問いに、答えなかった。むしろ彼女も自信なさげに、下を向く。

 

「…………」


 俺は再び、アワンを見た。

 少女は俺の視線を受け、顔を大きく歪ませる。


 無理もない。

 二人が自分とは全く違う意見。これでは一人となった者は「自分が間違っているのでは?」と弱腰になってもおかしくない。ミスの一つも許されないこの状況であれば、尻込みするのはむしろ当然。自分の言葉一つで命運が左右されると考えれば、軽はずみな発言はできないだろう。 

 さらに二人の意見が一致していたというのに、自分の反対意見によって一人の考えを揺さぶってしまった。ルルワはルルワで、先の醜態の件を引きずり、自分の考えに自信が持てなくなっている。

 ルルワとアワンがまだ十分な信頼関係を築けていないというのも大きな要因だろうが、やはり先の一件が致命的なダメージを残してしまっているのが現状だ。


 気持ちはよく分かった。

 彼女たちの精神状態も、やるせなさも、心の傷も――全て、痛いほどよく分かる。

 だからこそ、俺は珍しく――心から苛立った。


「何やってんの?」


「「っ!?」」


 明確な苛立ちを隠しもしない声に、二人の顔が揃って上がる。

 見えた顔には、怯えの表情。女性をいたずらに怖がらせる男は、本来俺が最も嫌悪するような存在だ。

 しかし今だけは、俺はそんな存在に自ら成り下がった。


「いつまでもウジウジウダウダ……あれだけ日頃から勇者勇者と息巻いておいて、いつまで役立たずでいるつもりなんだよ」


 誰からも頼りにされるような――そんな、勇者の姿ではなかった。

 そこにいるのは、普通の少女たちだ。頑張って勇者を演じようとする、ごくごく普通の少女。

 必死に背伸びする子供、日常に足掻く大人。

 だがやはり、それは彼女たちを頼りにしない理由にはならない。

 俺は彼女たちを、頼りにしたい。


「俺は口先だけの人間が、世界で二番目に嫌いだ。一番嫌いなのは、肝心な時に勇気を出せない奴だ」


 俺は、少女らの揺れる瞳を覗き込む。

 奇襲に気付かず、精神を操られていたことにも気づかず、片や敵の能力で空へ飛ばされそうになり、自分では為す術もないところを嫌いな男に助けられ、片や最愛の男をその手で殺そうとした。

 互いに目も当てられないような言い合いを繰り広げ、取り返しのつかないような醜態と生き恥を晒した。

 この直後では、自分に自信がなくなるのも頷ける。

 あれは完全な敵の奇襲であり、仲間に迷惑をかけるのは当然のことだが、あれだけ勇者の在り方を説いていた自分たちが、何もできていないという現状が、二人は許せないのだろう。


 その心の葛藤は、よくわかる。

 彼女たちはまだ10代の少女。精神的に成熟しきっていない、ようやく二本足で歩きだしたばかりの勇者たちだ。

 まだ頼りなく、迷い揺れ、足取りもおぼつかない。それが当然。それが普通。

 しかし、そんなことでは困るのだ。

 彼女たちは、そうであってはならない。

 そんなことを今この状況で考え、さらに意気消沈しているようでは――。


 彼女たちの信念が、本物であるのなら――

 彼女たちが本当に――


「しっかりしてくれよ。勇者なんだろ?」


 勇者であるのなら。


「「っ!」」


 金と銀が視線を交錯させる、この一時。

 限りなく魂の色が近かった二つが――今、初めて交わった。


 空気が変わった。それが分かった。

 無機質な人形に意志が宿るように、輝きを強くする瞳。

 母なる大地から種が芽吹き、緑を増やし、瞬く間に自然の驚異を運んできたような――生命の気配とも言えるような、力強さ。

 世界そのものに影響を与えるような、劇的な変化。圧倒的存在感。

 勇者の存在を、俺はここに、肌で感じた。


 先に口を開いたのは、金髪の少女だった。

 彼女はいつの間にか、普段と変わらぬ凛々しい表情を取り戻している。


「私は『過剰の無』、『誓約と破滅は紙一重』、『汝、自身を知れ』――これらの言葉が敵の能力を示唆していると考えるわ。一つは精神に影響を及ぼす能力、一つは空へと浮かせる能力。敵の確認できた能力は二つ、私たちが聞いた声は三つ。あと一つ、まだ発動していない能力がある」


「え?」


 気を取り直したように語られたルルワの言は、アワンの意見を当然のものとしていた。

 それを受け、信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに、アワンの両の目が見開く。

 ルルワはその驚愕の表情を、これまた当然のように受けとめた。

 

「私は信じるわ。あなたは?」


「ああ、勿論俺も信じる」


「…………」


 昨夜垣間見えた彼女の一端を思えば、アワンはこんな状況で適当を言う人間でもなければ、かといって俺たちにムカついて足を引っ張ってやろうとか考えるようなタイプでもない。むしろ真逆。彼女は己の実力と行動によって意思を表明するタイプだ。

 たった一日で他人の何が分かるのかと言われればそれまでだが、俺はそこそこ人を見る目は持っていると自負している。それに俺が世界で一番信頼しているルルワも同じ考えなのだ。彼女は信頼していい人間だ。


「アワン。その言葉を聞いたのはいつのこと?」


 純度の高い、真っ直ぐな信頼。それを受け取った赤髪の少女は、胸を張る。

 彼女の表情にも、もはや後ろ暗さは見られなかった。

 

「私がその言葉を聞いたのは、二つの言葉の前です。ちょうど『汝、自身を知れ』が聞こえた直後に、ルルワ様に尋ねました。『何か言いましたか?』と」


 淀みない言葉、はっきりとした口調に心強く感じたのも束の間、もたらされた情報に意識は塗り替えられる。


「なるほど!」


 突然アワンが振り返り、声をかけてきた馬車内のこと。

 あれは俺の声に反応したのではなく、敵の女の声に反応したということか。

 つまりアワンはあの時、俺ではなくルルワを見ていた。敵の声を、同じ女であるルルワの声だと誤認して。


「なら、その声が聞こえたからアワンは空に飛ばされそうになった、ってこと?」


「吸血鬼さんには精神攻撃への耐性がある。精神攻撃にかかったのは私とルルワ様の二人。そして空に飛ばされたのは私だけ。矛盾はないと思います」


 ルルワの考えを即座に後押しするアワン。先ほどまで正視に堪えない言い争いをしていた二人の姿が嘘のように、頼りになる。

 彼女たちの意見は、一見粗の無い考えのように思う。しかし、俺はある理由から違うと思った。


「その考えだと、『汝、自身を知れ』が空へ浮かせる能力、そして『過剰の無』が精神攻撃になるな。でもそう仮定すると、起こった順序が逆だし、タイミングも合わない」


 俺の覚えている限りなら、『過剰の無』の声が聞こえる前に、精神作用は既に起こっていた。

 馬車内でのルルワの俺に対する反抗的な態度、さらに二人の不毛な言い争い。あれは能力下に置かれていたからこそのものだと思う。

 アワンに関しては昨日の今日だ。彼女の人となりを詳しく知らない現状では、そこまで行動にも発言にも矛盾はなかったが、だからこそルルワに関しては普段とのギャップをより強く感じられた。今日あんな風に言い返すなら、昨日感情的に言い返さなかった理由もない。

 それにタイミング的には、『過剰の無』が聞こえた直後にアワンは空へと浮かび合った気がする。

 言葉の内容を加味しても、『汝、自身を知れ』が精神作用、『過剰の無』が空へ浮かせる能力と考える方が、どちらかと言えばしっくりくる気がした。この辺りは勘になるが。


「だったら、私達が空に浮かび上がらなかったことには、他の理由があるってことになるわね」


「なぜ最初の声が私にだけ聞こえ、そしてなぜ私だけが飛ばされたのか……」


 両脇から、強い視線で見上げられる。

 気付けば、アワンともごく普通に会話ができていた。

 彼女が今の切迫した状況を正しく認識していることもあるだろうが、本来の彼女はこんな感じなのだとなんとなくわかる。

 自分が分からないことは認め、嫌っている相手にも意見を窺うことができる。ごく普通の、いや、むしろ一般的な14歳よりは達観しているといってもいい人格。

 いつまでも下を向いたままではいないことも評価できる。勇者という言葉がよっぽど効いたのか、彼女は既に前を見ていた。


「あの時……ルルワは寝ていた。おそらく声が聞こえなかったんじゃなく、声を認識できなかったんだ。意識がなかったから、聞き逃した」


「なるほど」


「ならあなたは?」


 確かに俺はあの時寝ていなかった。

 というより、吸血鬼は睡眠自体出来ない。


「最初にアワンが聞いたという『汝、自身を知れ』が精神攻撃の発動合図なのだとしたら、そもそもその土台に乗ることもできない存在には、声自体が届かないのかもしれない。吸血鬼は精神作用そのものが完全に無効なんだろう?」


「そうかしら? 声を聞かせた存在に起こる事象が共通しているならその考えも分かるけど、実際はバラバラ。発動しないという結果も起こり得る能力なら、全員に声は届く方が自然だと思うけれど」


「俺もそう思う。でも、実際<蒸気馬(セントサイモン)>にも異変はなかった」


「……モンちゃん?」


 赤髪の少女から、何やら変な言葉が聞こえた気がしたが、もしかしてそれは<蒸気馬(セントサイモン)>のことを言っているのだろうか。

 勝手に名前をつけていたことにも驚いたが、その名前自体にも驚かされた。詳しく聞きたいという誘惑を振り払って、俺はルルワとの会話を進める。


「ほぼ全ての者が能力下に置かれていた中で、<蒸気馬(セントサイモン)>他、橋上にいた馬たちには何の異常も見られなかった。ルルワでさえ精神支配の影響を受けていたんだ、自力で抵抗したとは考えにくい」


「あの、モンちゃんは無事なんでしょうか?」


 アワンの差し出口は、俺にとっては余計なものだったが、彼女にとっては重要なことのようだ。

 しかし話を遮っているという自覚はあるようで、その表情には若干の申し訳なさも見える。


(まあ……移動手段だしな)


 <蒸気馬(セントサイモン)>がいるのといないのとでは、旅路の速度が大きく変わる。そういう意味では俺たちにとっても重要な存在だ。


「普通の人間では傷もつけられないから、あいつはあそこにいた方が安全だと思う。俺が最後に見た時は、暴れもせずに大人しくしていた」


 ほっと胸を撫でおろすアワン。

 彼女が納得の気配を見せた途端に、ルルワが口を開く。


「なるほどね。つまり言語が端から理解できない存在にも、声は届かないって言いたいわけね」


「うん、確かめる手段はないけど。でも突然耳元で声を聞かされたら、馬とはいえ、何らかの反応があっていいんじゃない?」

 

 思い返してみても、<蒸気馬(セントサイモン)>にこれといった異変は見られなかった。他の馬たちもそうだ。たぶん声自体が聞こえていないのだと思われる。

 つまり端から効果が見られないと分かっている対象には、あの声は届けられないのだ。

 ということは、空に飛ばされる能力は、条件さえ合えば俺にも通じたということ。一層、まだ不発の三つ目の能力が危険視される。


 総じてまず、声を届けることが一つ目の条件。

 そしてその声の内容に対象者が抵触すれば、能力が発動する仕組み。

 そう考えれば矛盾はない。


「耳を塞げばいい……ということですか?」


「危険な考え方じゃないか? 聴覚に訴えかけているのか分からないし、そもそも一度範囲から出た者にもう一度声を届けるとも限らない。再び範囲内に足を踏み込んだ瞬間、さっきの状態に逆戻りという可能性だって十分にある」


「なるほど。ならこれは……目的因テレオロジストでは?」


「ええ、天術師ね」


 どういう理屈でその結論になったのか。

 目を合わせ、理解を示し合う二人を、俺は眺めることしかできない。

 しかし一人話について行けない吸血鬼を、少女たちが置いていくことはなかった。


「目的が存在を規定する力よ。私たちが空に飛ばされなかったのは、敵の能力の規定から外れていたから。たぶんなんらかの条件が合致しなかったんだと思う」


「範囲も規定されていますね。おそらくは待ち伏せを得意とする術者」


「ええ。私達はまんまと、その網にからめとられてしまった」


 このやりとりで、アワンが戦闘に関して全くの素人ではないと分かる。対人に関する知識も豊富なのだと。

 そしてどうやらアワンも、独自に敵の能力の考察を進めていたようだ。

 彼女には感知、探知の類の能力はおそらくない。正確な状況は読み取れていないはずだが、既に範囲が重要だと当たりをつけている様子。

 おそらくは俺がすぐに場所を変え、さらに橋から出た途端に正気に戻ったことからそう考えたのだろう。

 うっかりしていたが、まだ彼女たちに戦場の様子を共有していなかった。


「遅くなったけど、分かっている情報を伝える。まず具体的な能力圏内は、この橋の上の約80mの支柱間一区画、上空は高度約20mあたりまで。人数は空と橋上合わせて448人。この橋上の支柱間区画以外の場所では異変は起きていない」


「能力範囲は固定されてるのね。敵の位置は?」


「ここから60mほど離れた位置にいる。補足してからもう5分は経つけど、動き出す気配は全くない」


「囮か、儀式中か……それとも時間経過が鍵の能力なのでしょうか?」


「あり得るわね。空を飛ぶ者達の高度と、人々の狂乱は時間が進むごとに取り返しがつかなくなる。場を混乱させながら、残りもう一つの能力が発動するのを待っているのかも。だとすれば、最後の一つが敵の切り札」


「言い忘れてたけど、空を飛ぶ人々は20m付近で滞空している。それ以上上がっていく様子は今のところない。それと橋上では既に暴動が発生し、多数の怪我人が出ている。このまま放置していれば、遠からず死者が出るだろうな。これは言うまでもないけど、空にいる人々が一斉に落下すれば、下の人間も巻き添えで死ぬ。これから範囲内に入って来る人間も見過ごせない」


「…………」


「…………」


 静まり返る二人。

 現状のこの上ない旗色の悪さを、痛感したようだ。

 俺はこの事実が分かっていたからこそ、とにかく時間に対し焦っていた。そして敵の能力体系の本質を理解できる二人の方が、この事実をことさら重く受け止めたようだ。


「どうする? 俺が行って殺して来るのが、一番手っ取り早いとは思うけど」


 それで問題ないかを二人に聞きたかった。

 もちろん二人の心情面への配慮ではなく、敵の能力傾向的に殺すことが問題ないかだ。


「そうね……私たちも行くと、また同じことを繰り返すかもしれない」


「精神の方は恐らく大丈夫です。私のスキルで抵抗できますから。ですが……」


「なら、問題は空に浮かぶあれね」


 おそらくにはなるが、アワンは橋上に戻った段階でまた空へと浮かび上がってしまうのではなかろうか。

 何が原因で発動するのかが分からない現状では、本当になんとも言えないが。


「このまま時間を浪費するのは愚の骨頂であり、敵の殲滅が第一義ということも分かりますが、その場合人命救助に関してはどのように考えておられますか?」


「正直に言うけど、間接的な人命救助しか考えていない。それが一番犠牲が少ないと俺は思ってる」


「…………」


「…………」


 間接的な――という意味が分からない二人ではないだろう。俺は直接的な人命救助はしないと言っているのだ。つまりは、今敵の支配下にある448人は、見捨てるということ。

 いや、この言い方は正しくないか。もし敵を殺した時、能力が解除された場合は、落下死で起きる犠牲については目を瞑るということだ。

 今困っている人たちに手を差し伸べないと言えば聞こえが悪いが、二次災害への対策も怠ることはできない。

 喧騒を聞きつけて、やがて人々は集まって来る。それ以前に、東西二方向から人が往来する大橋だ。対処に手間取っていれば、犠牲者の数は加速度的に増えていく。

 もし敵がイコラオスに匹敵するほどの存在であった場合などは、この数にさらに多くの死者が加算されることだろう。少数を救おうとしてさらに犠牲者を増やすようでは話にならない。

 俺たちはこの状況に追い込まれた時点で、かなり苦しい状況に置かれているのだ。


「私とルルワ様で……敵を押さえます。その間に人々を救うことはできますか?」


「できるかできないかで言えば、たぶんできる。だけど――」


 その場合、もし仮に敵が12使徒に匹敵する者であれば、ルルワとアワンの命はそこで終わる。

 それは本当の最悪だ。500人弱の人間を救うために、世界の人々を見捨てるということなのだから。その可能性が排除できないのなら、俺が敵の前に出た方がやはりいい。それが最もリスクが低く、勝率も高いのだから。

 それに、そもそもアワンは戦場に立つことすらできないはず。


「吸血鬼さんは、空を飛んでいましたよね? あれはどういった能力ですか?」


「…………そのまま、空を飛ぶ能力だ。悪いけど、<一触即動タッチ・アンド・ムーブ>と違って、他の人間を飛ばすことはできない」


 唐突な質問だったが、俺はそれほど間をおかず答える。

 ついでに他人を飛ばすことはできないと言い含めておいた。そもそも戦闘中にそんな余裕はないだろうし、出来るかも分からない。だから<一触即動タッチ・アンド・ムーブ>でアワンを操作するという戦法も現実的ではない。

 大前提、そんな希望的な戦術に頼るようでは、敵を任せることはできない。だが――


「空中に維持はできますか?」


「できるよ」


 だが、アワンの考えていたことはそんなことではなかったようだ。

 彼女は少しの思案の後、顔を上げる。


「では、少しその能力をお借りします。私とルルワ様で必ず敵を押さえますから、その間に人々をお願いできませんか?」


「…………」


 真っ直ぐな勇者の瞳が、俺を見上げる。

 アワンが初めて見せた、吸血鬼への信頼。

 勇者の務めである、人を助けるということを、嫌っていた化け物に任せる。この言葉と彼女の姿に、俺は反対意見を咄嗟に出すことができなかった。

 その代わりに、もう一人の少女へと俺は目を向ける。本当に、それで行くのかと。

 俺の念押しに、勇者は力強く頷いた。


「お願い。私たちは、勇者なんでしょ?」


 その言葉には、俺もこれ以上何かを言う事は出来なかった。

 ただ頷き、二人の勇者を信じることにした。

8時10分の投稿を、昼の12時20分に変更してみます。また戻すかもしれません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ