第025話 ロータル大谷防衛戦(2)
「――ムメイ。勝てそう?」
「分からない。戦ってみないことには」
月並みなセリフだが、こう答えるしかないから月並みと言われるのだろう。実際下手なことは言えなかった。というのも、俺はまだこの世界の力バランスを完全に把握できていない。
現存している7人の魔王が、俺と比べてどの程度の力を持っているのか。最も知りたいその情報すら、月明かりの下には出てきていないのだから。
「――私に行かせてください!!」
「なりません。あなたが首を突っ込めるような戦いでは――」
「私だって勇者です!! 私も戦えます!!」
「…………」
必死の訴えを行う赤髪の少女と、それを断固拒否する司令官。
アワンとエバの壮絶な親子喧嘩に巻き込まれないよう、俺たちは離れる。
彼女たちと話すべきことはもうない。現在二勢力がここに集っていると分かった今、時間を無駄にするのも馬鹿馬鹿しい。
「ルルワ、ここではっきり言っておきたいことと、はっきり聞いておきたいことがある」
「奇遇ね、私もよ」
決まった作戦は、俺とルルワによる空からの急襲。
作戦目的は当然、このロータル大谷から悪しき者達を追い払うこと。そして目標は、首魁の二人。
つまりはほぼ正面撃破だ。シンプルな作戦だったが、この状況ではこちらの取れる手は非常に限られるため致し方ない。
まず第一に、勇者の永久追放、実質死亡の事実があちら側に伝わったことにより、いまこのような状況となっていると仮定すれば、勇者ルルワの存命を知らしめるには、逆にここがチャンス。いや、このタイミングを置いて他にない。
南領域の7勢力のうち2つが、北領域の本格攻略に動いていると分かる現在――この場所、タイミングこそが、勇者復活を世界へと知らしめる最大のチャンスなのだ。
ロータル大谷から中央突破を狙った敵を、正面から迎え撃ち、そして見事追い返した。これを成功させれば、両領域に絶大な影響を与えることだろう。その場合どちらにいい影響がもたらされるかは、言葉にするまでもない。
そして彼らを追い払うのは、俺であってはならない。最も望ましいのは、ルルワの――勇者の力を世界に誇示すること。
繰り返しになるが、勇者完全復活と、勇者の威光を世界に知らしめるため。
大陸でも最大の重要拠点たるここロータル大谷での戦いは、それだけの影響力を持つのだ。
負けたら人類はほぼ終わり。勝てば大局的に見て、かなりの有利が取れ、状況もいくらか巻き返せる。
これは――そういう戦いだ。
だから――
「”40試練”というのは、この世界ではどの程度の強さに値するんだ? そうだな……アベルとはどれくらいの差がある?」
「ほぼ同格よ。私とアベルの二人がかりで、過去一人倒すことには成功してる。そこまで苦戦もしなかった」
「…………」
いきなり答えを知ってしまったような気分だが、そこまでの落ち込みはなかった。薄々そうではないかと思っていたから。
つまりは――
「”12使徒”には、ルルワであっても勝てない。魔王はそれ以上ってことだな?」
「その通りよ」
「…………」
勇者と魔王は同格。
この情報から俺は当初、世界にいる7人の魔王はルルワと同程度の強さなのだと思っていた。それならば、俺が負けることは万が一にもありえないと。
しかし、違った。下ではなく、上を基準に考えなければならなかったのだ。
「私もあなたに聞いておきたいことがあった。ルコスの件なのだけど……」
「ああ……それこそまさに、俺が言っておきたかったことだ」
ルルワは鎧を着用しながら、俺の話に耳を傾ける。
彼女の鎧は俺が先日破壊してしまったので、これはこの要塞から急遽貸し出されたものだ。
後から話を聞いてみれば、あの鎧は一国の国宝らしい。全く関知しないところで国賊となってしまっていた――いや王女の衣服を剝いたのだからその時点で国賊ではある――が、今言いたいのはそういうことではない。つまり、ルルワは装備が万全ではないということだ。
「実は、ルコスのおっさんと戦った時、俺のレベルはまだ50だったんだ」
「っ!」
俺は別に隠していたわけでもない真実を、ここに語る。
語る相手がいなかっただけの、200年前の真相を。
「そうだ、君と同じだ。そしてなぜかそこから……レベルが全く上がらなくなった」
「…………」
今から約300年前に異世界への転生を果し、俺は毎日のように魔獣を殺すことでレベルアップしていった。しかし鍛え続けて数年後に気が付いたのだ。レベルが50から、全く上がらなくなったことに。
「じゃああなたは……今の私と同じ程度の強さの時に、ルコスに勝ったっていうこと?」
「ああ、《《結果的には》》」
俺は、あえて含みを持たせる。
前回問われた時も同じ言い方をしたが、今回はちゃんと伝わったようだ
「…………色々あったって言ってたわよね。話が長くなるとも言ってた」
そう、話せば長くなるから、あの時は誤魔化したのだ。
なぜなら――
「長かったのは時間だ。俺は魔王を殺すのに、30年かかっている」
「っ!?」
あの時の俺はレベル50だった。そしてルコスの強さは、200年前の俺を遥かに凌駕していた。
つまり勇者である俺と魔王が相対した時、両者には圧倒的戦力差があったのだ。
「不死の特性を上手く利用して戦ったんだ。俺は疲労しないし、息が切れることもないし、睡眠も不要だろ? 魔獣がうじゃうじゃいるあの森では、血での回復にも事欠かない。だから、結果的に勝てた。粘り勝ちってやつだ」
なんともかっこ悪い勝ち方ではあったが、ルコスのおっさんは非常に満足げだった。そして30年以上の死闘を経てようやく彼が敗北を認め、俺に介錯を頼んだあの瞬間――世界は変わったのだ。
「レベル50から、今のレベルまで一気にあがった。ルコスのおっさん一人殺しただけで」
「…………」
そして、レベル99からはまた同じ現象だ。
レベル50で止まったように、全くレベルがあがらなくなった。もしかしたら99が天井なのかもしれないが、なんとなく違う気がする。
「俺はこの事実から、最悪の想定を3つしている」
「…………当たってると思うわ」
ルルワは俺が言葉にするよりも前に、その事実を認めた。
一つは、200年前の魔王ルコスのレベルは99、もしくはそれ以上。
二つは、勇者と魔王は同格という言葉の真意。
そしてそれら二つから導かれる、最後の三つが――
「魔王は全員、今の俺くらい強いんだな?」
「……たぶん」
確証はないという、控えめな同意の言葉。しかしその面持ちが、彼女の本音を如実に表している。
『君は外の世界を知らない。外には、本物の化け物たちがいる』
『あんな奴らに!! 勝てるわけがないんだよ!!』
森の中に響いた男の悲痛な叫びが、遅れて届く。
(…………地獄か)
アベルが地獄だと言っていた理由が、ようやく身に染みて分かって来る。確かにこれは、勝てる気がしない。
俺はもしかしたら、世界で一番強いのかもしれない。しかし、だから何だというのか。7人のルコスの前では、俺でさえアガトス7だ。ちなみにアガトス5がルルワで、アガトス6はアワンだ。全く要らない解説だった。
(いや……今は……)
今はこの判明した事実から、もっと建設的なことに頭を回す必要がある。アガトスだとかふざけたことは言っていられない。アガ「っ!?」
まとめると、俺とルコスが出会った時、勇者と魔王の力は対等ではなかった。
ルコスを殺してようやく、対等。今だからこそ言える、同格だ。たぶん今の俺はあの時のルコスと同じくらいの強さ。
つまり勇者と魔王の力が同等という表現は、辿り着ける未来を念頭に考えられているのだ。可能性の大きさの話。
となると――
「レベル50を超える条件は、自分よりもレベルの高い敵を――殺すこと」
「ええ。それもおそらく……単独で」
これが、この世界の真実。
つまりレベル50という壁に差し掛かった時、南領域の方が壁を突破しやすい環境にあるのだろう。追い詰める者たちと追い詰められる者たちでは当然の理屈だが、おそらく向こう側の方が平均レベルも高い。故にレベル50超え――勇者に匹敵するほどのレベルの存在が40人もいる。
ルルワはこちら側で、その機会に恵まれなかった。だからレベル50の壁の前で足踏みさせられていた。そして、それはこれからも――
(今後のルルワのため……いや世界のためには、ここで壁を越えさせた方がいい。しかし……)
もう一人存在する敵が、そうさせてはくれない。
イコラオスとかいう奴の強さ次第で、この挑戦は危険なものへと変わる。そして彼女の様子を見る限り、かなり厳しい戦いなのだろう。
「相手はルコスさえいなければ、魔王と言われていたほどの男……」
「…………」
「勝てる?」
やるのかと、目で問われる。
彼女も分かっているのだ。ここでレベル50の壁を超えることが、この先を見据えた上で最善だと。北領域へ帰ってからでは、そんな機会に巡り合えるかも分からない。やるならできるだけ早い方がいい。
この場所、このタイミング――不足はないどころか、殻を破るにはうってつけ。
そしてそのためには、俺の助けは必要不可欠。俺がもう一人の敵をなんとかできるかどうかにかかっている。
だから――
「俺はそのルコスに勝ったんだから、そりゃ勝てるだろ。子供にだって分かるぞ」
「そうね。ちょっと簡単すぎたわね」
ルコスさえいなければ魔王だったというのなら、相手は確定でルコス以下。そして俺はそのルコスに勝っているのだから、一番強い。簡単に図式は成り立つ。
ルルワは困った男を見る様に、笑う。俺も困った女を見て、笑った。
「勝ちましょうムメイ。私たちは、勝つしかない」
「ああ」
南領域最強の存在――”12使徒”。そして人類が超えるべき壁――”40試練”。
この二つを同時に打ち破り、そして、勇者が更なる力を得るための礎とする。
難しい目標だが、やらねばならない。
人類の希望たる勇者の復活と、反撃の狼煙を同時にあげる。ここは、そういう場所であり、そういう戦いだ。
死闘の覚悟を俺たちが固めている頃、水を差す闖入者はやってきた。
俺はいち早く気配を察知し、振り返る。
「――ルルワ様!!」
声に、ルルワも遅れて振り向けば、そこにはこの場にあって勇者の血を引くもう一人の少女――アワンの姿があった。
「どうか私も連れて行ってください!! 必ずお役に立ってみせます!!」
「……アワン」
どうやら最高司令官である母への嘆願は聞き入れられなかったらしく、標的を変えたようだ。実行部隊であるルルワに直接頼みに来た。
「…………」
俺は内心で、眉を顰める。
作戦を決めたのは急造の司令部であり、そのトップはエバだ。ならば話はエバに通すのが筋。いかに実際に戦うのがルルワだからといって、彼女に頼むのは明確なルール違反だ。命令系統は完全に無視、さらに軍規違反にもなるのではないか。
(そこまでここの防衛に思い入れがあるのか? それとも……敵の方か?)
「ごめんなさい……あなたは連れていけないわ。私でさえ、足手まといになるかもしれない」
アワンは最後の頼みの綱が切り落とされた事実に、力なく喘ぐ。
ルルワの準備も整ったようなので、俺は彼女の腰に手を回して壁面に飛び上がった。
可哀想ではあるが、今は子供の駄々に付き合っている暇はない。二勢力が協力体制を確立する前に、さっさと頭を叩いてしまうべきだ。それに俺の個人的な事情により、朝までには決着をつけなければならない。
「――吸血鬼!!」
「っ!」
だからアワンが俺にまで声をかけてきた時は、かなり驚いた。
そこまで切羽詰まっているのかと。このタイミングでエールが飛んでくると思うほど、俺は人の感情に疎いわけではない。
「私も一緒に連れて行きなさい!! 私も、勇者です!!」
「…………」
エバやルルワが同行を拒むということは、彼女は現状、戦力外なのだろう。ならば、俺の判断も同じだ。
誰も彼もに否定され、最後には吸血鬼にまで泣きついた少女の声を――
俺は、無視した。
「<浪漫非行>」
「っ!? 待って!!」
ルルワを抱きかかえ、俺は空へと飛びあがる。
少女の声を振りきり、人類の命運をかけた戦いへと――今、臨んだ。
***
「――おいおいなんだよこいつら。いま空飛んでこなかったか?」
「空から来ない敵がどこにいるんだ」
「うっせえよジジイ!! もっとハキハキ喋れや!!」
「貴様の方がうるさい」
グランド要塞から約10km以上も離れたこの場所は、敵の戦力が揃った本拠地といっても過言ではない。
建設途中の砦前には、大量の兵士たち。そして彼らに囲まれるように陣の中心に居座るのが、巨躯を誇る二人だ。
時速160kmを超える遊覧飛行の果てに――
俺たちは敵の首魁が座す場所へと、辿り着いた。
「で、何なんだよこいつら。降伏でもしにきたのか? それともこれが、開戦の使者って奴なんか?」
快活な口調で粗雑な言葉遣いをするのは、半人半獣の女。
聞いた話では、ケンタウロスの亜種――エラフォケンタウロスという種族らしい。鹿のような四足獣に、人間の女の胴体が繋がっている。彼女を人間ではないと一目で知らしめるのが、その大きな体と、頭頂部に生えた巨大な角だった。
キュオンと同格の、”40試練”の一人。
つまり、彼女の隣にいる男こそが――
「人との間に、いまさら使者もなにもない。遣わされるのは死者のみよ」
「うわきっつ!! 親父ギャグじゃん!! さっむ!! きっつ!!」
「…………」
俺でもそれはどうなんだと思うような寒いギャグを言い放ったのは、鹿女よりもさらにデカい男。
全長6mを超える程の、大きな体躯。筋骨隆々の肉体に、大きな一つ目。彼はキュクロプスという種族の、原種にあたるそうだ。
この男こそが――
(ルコス2か……分からん)
第一印象は、滅茶苦茶強そうだ。なんたってデカいし、強面だし、髭面。ほぼアガトス、いや大きくしただけのアガトスだ。
しかし、分かるのはその程度だった。やはり自分より弱いのか強いのかは、さっぱり分からない。もう何度目になるか分からないが、俺は強さを読み取る能力が壊滅的だった。
「む? この女……」
そんなルコス2ことイコラオスは、ルルワの頭上で視点を止める。
アベル2ことミサも、釣られるようにルルワを見た。
「なんだよ? 援交相手か?」
「この女……勇者ではないか?」
「はあっ!?」
その反応とやりとりで、あちらの状況の大方を察する。つまりは、予想通りだ。
「なんで分かるんだよ。ボケてんじゃねえだろうな?」
「逆になぜ分からない? 伝え聞く情報と特徴が一致しておるだろう」
「人間の見分けなんかつくかよ。あいつら全員同じ顔じゃねえか」
「それはまあ、否定はできん」
会話を聞き流しながら、俺は二人の印象を己の中でまとめる。
一言で言えば、お調子ジジイと野生児ギャルだろうか。なんか意外と話が通じそうな奴らである。
会話が普通の人間と大差ないし、そこまで悪そうな感じもしない。
いやまあ、吸血鬼でありながら全然人間を襲わない俺が言えたことではないのだが、やはり意外感は禁じ得なかった。
俺はもっとこう、悪そうで怖そうな奴らをイメージしていたから。
「どういうことだよ。俺は勇者が死んだっていうから、遥々こんなとこまで駆り出されたんだぜ?」
「あの若僧……しくじったか。まさか踊らされたのではあるまいな……」
若僧とは、事実関係からしてアベルが手を組んだという魔王のことだろう。
踊らされたというのは、どちらのことを指しているのか。
「はぁ~~!? まじかよクソが。どうすんだよこれ。ジジイと鉢合わせたり勇者が生きてたり、話がややこし過ぎるっつうの!」
どうやら、この二人は組んでいたのではなく、たまたまタイミングが被ったで正解だったようだ。
つまり勇者の訃報は、南領域全域に伝わっていると見ていい。事実、7つの内2つの勢力が動いた。しかもその内一つは、12使徒を派遣するほどに事態を重く見ている。
(それにしても……)
こいつら、ペラペラと情報を垂れ流し過ぎではなかろうか。いやこちらとしてはありがたいのだが、勇者を前にしてもこの感じだとは思っていなかった。
「待て。まだ勇者と決まったわけではない」
「勇者でもない女が空飛んで来たってのかよ。人間の女がそんなに勇ましいなら、今頃俺たち根絶やしにされてるっつうの」
「娘、名乗ってみよ」
ミサの軽口をガン無視して、イコラオスがルルワに問いかける。
そんな人外の化け物たちを前にしても、彼女は胸を張り、堂々たる態度で名乗りをあげた。
「ルルワ・シェメシュ。当代の――勇者よ」
彼女こそが――勇者。
そう確信させるに相応しいだけの、威風堂々たる立ち姿。そこにいるだけで風が吹き、スポットライトが当てられているよう。たぶん俺に当てるはずの分も使われている。
彼女ほど勇者らしい人間には、今まで会ったことがなかった。
「やっぱ勇者じゃねえかよ。どうすんだよこれ、もう帰っていいか?」
ミサが部下と思わしき者達へと振り返る。
イコラオスはルルワの姿をじっくりと見定めたあと、ようやく俺へと視線を移した。
俺は内心、静かな喜びに打ち震える。
やっと見て貰えたと。誰にも触れて貰えないから、もしかして俺はもう死んでいるんじゃないかと思った。死んでた。
「ならば貴様が……アベル・シェメシュか?」
「…………」
そいつは本当に死んだ。
俺が夜中、密かに何度も練習してきた自己紹介を、いざ披露しようとしたその時、出鼻をくじかれる。
散々他人をアガトスにしてきた俺だったが、まさか俺自身がアベルにされるとは思ってもみなかった。
「ほんとにボケてんのかよジジイ。んなわけねえだろ」
その四足形態でどうやって差し伸べたのかという救いの手は、やはり手ではなかった。むしろ後ろ足で蹴られた気分だった。
「アベルっつったら、めっちゃスタイル良くてめっちゃイケメンの王子様って話だぜ。こいつじゃ似ても似つかねえだろ。見るからにブサイクじゃん」
「貴様……先ほど人間の顔なぞ見分けはつかんと……」
「男は別だ」
「…………」
俺はゆっくりと、ゆっくりと体を沈ませていき、地に腰掛ける。
そして流れる様な動作で膝を抱えると、丸くなった。
なぜだか分からないが、もう顔をあげたくなかった。
「ちょっと!! なんてこと言うのよ!!」
「あん?」
「あんたのせいで、ムメイが元気なくしちゃったじゃない!! 謝りなさいよ!!」
すぐにルルワが俺へと駆け寄り、頭ごと抱き寄せてくれる。優しさが、辛い。俺に優しくしないで欲しい。
「何だ? お前の男かよ。趣味悪いな。ガキだしチビだし根暗だし……友達いなそう」
「…………ぃるもん」
「いるわよ!! いっぱいいるわ!!」
「いっぱいはいない」
「多ければいいってものじゃないわよ!!」
ぼそっと囁けば、ルルワがそれを即座に拾って拡声してくれる。
言い返せない俺の代わりに、言い返してくれているのだ。こんなにも勇ましい女性は他にいない。流石は勇者だ。信じたくはないが、俺も勇者だった。
「大丈夫よムメイ。私がついてるからね。大丈夫大丈夫……」
俺は彼女の豊満な胸の中に抱きかかえられながら、よしよしと頭を撫でられる。
何故だか分からないが、段々元気が戻ってきたような気がした。
「おい何見せられてんだよこれ。彼氏に応援に来てもらったのか? それとも愛妾を戦場に連れ回してんのか? こいつが本当にあの勇者か?」
「知らん、私に聞くな」
俺は数十秒のよしよしの果てに、再び立ち上がる。
耳元でカッコイイとかカワイイとか褒めそやしてくれたのも、吸血鬼復活の大きな要因だった。今なら俺も勇者になれそうだ。
(危なかった……なんてレベルの精神攻撃だ)
まさかこの俺がここまで追い込まれるとは。流石は人類領域の攻略を魔王に任された者達。ルルワがいなかったら、本当に危なかった。
「じゃあムメイ。そっちの巨人はあなたがやりなさい。私はこの女を片付けるから」
「畏まりました、ご主人様」
ルルワのこれ見よがしな命令に、俺は素直に従う。
あくまで上位者は勇者であるとアピールしなければならない。俺は彼女に飼われている吸血鬼だと。
「は? なんて? おい今なんて言ったんだよ。ジジイ聞いたか?」
「耳が遠くなったのだと思いたいな。まさか、ここまで舐められているとは……」
勇者単独で乗り込んできただけでも舐めているというのに、その勇者が戦いすらしないという。イコラオスの立場からしてみれば、舐められていると感じて当然だろう。
こちらとしては、そんなつもりは毛頭ないからこその対戦カードなのだが。
まあ、教えてやる義理はない。
「舐める? 舐めてるのはそっちでしょ」
ご主人様の声を合図に、俺は戦闘態勢へと移行する。
地に両手どころか、顔が付くほどに深く沈み込み、跳躍の準備へと。そして限界まで肉体を引き絞ると、標的を睨み上げた。
「<夜王の>――」
人ならざる者の脚力を前に、大地が悲鳴をあげる。
踏み込むだけで足形を残し、地にひびを入れるような剛脚が――弾けた。
「この子は勇者である私の――最強のペット」
地面を蹴り飛ばし、俺は敵へと肉薄する。
跳躍の衝撃で大地は大きく捲りあがり、土煙が舞い上がる。
それらを音速を超えることで発生したソニックブームごと置き去りに、雷の矢の如く空を翔けると――
大気に、穴をあけた。
「<先翔蹴>!!」
「うぐぅっっ!?」
空間に風穴をあけるが如き轟音と共に、巨人が吹き飛ぶ。
開幕の祝砲は、吸血鬼による全身全霊の蹴撃。それは世界を震撼させるほどの――衝撃だった。
「吸血鬼のムメイよ。精々恐れるといいわ」
戦いが――始まる。
まさかこんなに早くレビューを書いてくださる方が現れるとは……
素敵なレビューを本当にありがとうございます。




