第024話 ロータル大谷防衛戦(1)
――それは突然だった。
この要塞そのものが揺らされたような巨大な鳴動に、ルルワは即座に飛び起きる。
俺はそんな彼女の寝顔から目覚めの表情までをしっかりと記憶に焼き付けた後、ベッドの隅から遅れて立ち上がった。
「――っ!? ムメイ!!」
「ああ。どうやら……悪い予感が当たったみたいだ」
「っ!」
俺の言葉に、ルルワは即座に身支度の準備を開始する。
特に身支度の必要の無い俺は、引き続き<反教底位>で状況の把握に努めた。
要塞は、揺れる。いや、これはもはや――
ロータル大谷そのものが、揺れていた。
(やっぱり……動き出してたか……)
還らずの森でもそうだったが、やはり一筋縄では帰してくれない。
――戦いになる。
俺は嵐の前の騒がしさに、耳を傾け続けた。
***
「――閣下! お連れ致しました!!」
「ご苦労様です」
案内の兵士に連れて行かれた場所は、城壁の、それも外壁の上。
寒空の下、決して弱くはない風が吹きぬけているこの場所。少しでも気を抜けば、風に吹き飛ばされて下へと落ちてしまいそうだ。
俺はルルワよりも外側――もしルルワが落ちそうになっても即座に庇える位置――にさりげなく立つと、星々が煌めく夜空など見向きもせず、ルルワと一緒に大地を見下ろした。
「…………なるほど」
ルルワの横から真似をするように覗き込み、なにやら納得顔をする彼女の横で真剣な顔で頷く。何がなるほどかはさっぱり分からなかったが、とりあえず分かってる感を出しておいた。
そんな知能の低い吸血鬼たる俺にも分かるのは、要塞城門にひしめく――数えるのも億劫な数の魔獣たち。
それも様々な種類の、大型の個体ばかり。何者かに使役されているのか、操作されているのか、はたまた誘導されているのか――定かではないが、少なくとも自然的に発生したものでないことは確かだろう。
何者かの意志が介在していなければ、ここまで大規模な行進とはならないはず。
獣の唸り声、遠吠え、さらに地響きを人外の聴覚が捉え、その後<反教底位>でおおよその状況は把握していたが、実際目の当たりにするとやはり凄かった。
こんな怪獣大戦争みたいな光景は、還らずの森でも見たことがない。
「何か、心当たりはございませんか?」
そんな俺たちに自分から近づいてきたのは、この拠点の最高司令官である女性。
燃える火のような明るい赤髪に、黄色い瞳。背丈は一般的な女と大差ない。むしろちょうど平均くらいだ。比較的長身のルルワと並べば小柄にさえ見えるだろう。
その名をエバ・ラーヘル。家名から分かる通り、アワンの実の母親だった。
(やっぱ若い)
数時間前に一度挨拶の場に立ち会ったが、人類にとっての最重要防衛拠点の一つを任されているとは思えないほどに、若い。
その理由はやはり彼女にも勇者の血が流れているかららしいが、勇者の血とはそれほどまでに凄いのだろうか。
ならば勇者である俺と勇者であるルルワの間に生まれる子供は、一体どれほどの怪物になるのか。俺と一緒にいる限り永遠の処女が約束された女と、精子が生きているのかすら分からないような死体男のカップルでは、夢のまた夢だが。
母親のやや後ろに追従する娘と共に、美人親子を同時に視界に収める。失礼だが、コネ採用を真っ先に思いつくのは当然だろう。彼女も重要機関の重役を任されているとは思えないほどに若い。若すぎる。
異世界はそういうものと言われればそれまでだが、社会人としてはやはり違和感が凄かった。
「…………」
それはそれとして、エバの問いかけに、ルルワが黙り込むのも分かる。
こちら側に心当たりがあり過ぎる現状化では、その言い方はお前たちが原因ではないかと問い詰めているようにも聞こえる。お前たちがここに来たから、こうなっているとも。
今ある情報だけを並べて考えれば、無関係とは思えないどころか、ほぼ間違いなく原因は俺たちだ。勇者が到着したその日に奇襲では、タイミングも良すぎる。
還らずの森の一件で、勇者死亡の情報が南領域に広く伝わったからこその動き。つまりは昨日の予想の的中。
人類が勇者という精神的支柱を失ったとされている今、南勢力は本格的に北領域の攻略へと乗り出した。そしてそのタイミングがなんの偶然か、ルルワが帰って来たタイミングとちょうど重なってしまったのだ。
「…………失礼。意地悪な言い方でしたね。はっきり言いますが、これは勇者追放の事実による影響かと思われます。それも余波などではない主波。その第一波といったところでしょうか」
「私もその認識です」
エバは包み隠さず考えを口にした方がいいと判断したようだ。ルルワも自分の非を誤魔化したりはしなかった。
なってしまったものは仕方がないと割り切っているのだろう。それはエバも同じ様子。
「良かった。先ほど軽く報告を聞きましたが、差し迫った脅威に対応するため、今一度互いの情報を擦り合わておきましょう。どうかお力をお貸しください」
「ええ、こちらこそ」
固定砲の砲撃音や魔術による爆撃音の中、ルルワが陣のような場所に案内される。俺は敢えてついていかず、景色が一望できる場所に残った。
勇者という最大戦力を含めた首脳陣が対策会議を開けるくらいなのだから、今は即座の危険はない状況なのだろう。
ここの防衛に関しては言うまでも無く彼女たちの方が専門的な目を持っているだろうし、任せていいはず。
俺がするべきことは、あちらに意図せぬ動きがないかを見張ること。つまりは更なる奇襲への警戒だ。
「…………」
ルルワからちょっと離れた途端、重装備の兵士たち、それから高級そうなローブを来た集団に一斉に取り囲まれる。
この祭司や祓魔師と言われる職業の者たちが、さっき女吸血鬼ルルワのことを邪悪邪悪と散々罵っていた陰口野郎どもだ。今の陰口は聞かなかったことにして欲しい。
話に聞くと、彼らは不死なる存在――アンデッドの脅威を測ることができるそう。そんな彼らから言わせれば、俺はめっちゃ凶悪で邪悪なオーラを全身から、これでもかと言わんばかりに放っているのだとか。
もう一目で「あいつ悪!! めっちゃ悪!!」となるレベルで凄まじいらしい。どんな感じか逆に見てみたい。
俺が全身刺青の人間を見てちょっと怖がるような気持ちに近いのだろうか。だとしたら正直気持ちは分からんでもないが、やはり当事者となると偏見と言いたくもなってしまう。
(…………凄い数だな)
俺はそんな近寄りたいのか近寄りたくないのかはっきりしない撮り鉄のような距離感を保つ者達を、ゾロゾロと引き連れながら移動する。
ルルワ、エバ、アワンを筆頭にした首脳陣集まる簡易的な作戦本部から少し離れた位置で、周囲の索敵を続けた。
城塞最上部から見えるのは、雄大な景観。V字に広がる大きな渓谷は、吹き抜ける風が可視化できそうなほど。
話では、ここから見える部分だけでも深さは最大6000mを越え、長さは500kmを優に超えるという。
それも頷ける景色だ。ここを通ろうという気に全くなれない。
そんな渓谷内を音無き音が反響し、その実態が次々に明らかとなっていく。
魔獣たちの数、大きさ、位置、それら含めた兵力の規模。そして――
(あれは……指揮官か?)
ここから10kmほど離れた位置に、砦のようなものを築いている者達がいる。
作業は遅々として進んでいないようだが、何かトラブルでもあったのだろうか。よくよく動きを追ってみれば、揉めているようにも見える。
(…………バッティング?)
不自然な動き。
まさか、二つの勢力がかち合ってしまったのでは――そんな最悪の予感を捉えかけた頃、ちょうどルルワから呼ばれた。
「ムメイ!! おいで!!」
「…………」
呼ばれたからには向かわなければならないのがペットの宿命。俺の肉体は既に彼女から名前を呼ばれれば、一人でに動き出す次元にまで到達していた。
調教という不穏な単語を脳裏に掠めながら、苦心して二足歩行を維持する。ここで四足形態へと移行しようものなら、本気で悪魔に体を乗っ取られたとか思われそうだ。こいつら全然冗談通じそうにないし。だから今日の俺は珍しく、だいぶ真面目だった。
俺は厳重な警戒の中、陣を潜り抜ける。分かってはいたことだが、敵意の視線に迎えられた。本当に歓迎されていないことが分かる。
これがアンデッドだから警戒されているのか、人でないから警戒されているのか、はたまた吸血鬼だから警戒されているのか――そのあたりをハッキリして欲しいところではあるが、「なんでビビってんの?」なんて聞けるはずもない。次の瞬間には「出ていけぇ!!」と言われることだろう。それが悪魔のことなのか吸血鬼のことなのかは定かではないが。
俺も自分の中に悪魔がいないとは言い切れないため、表面上は無害な吸血鬼を演じ続ける。隙あらば分からせちゃえよと正体不明の何者かが囁いてくるが、きっと天使か何かだろう。翼あるし。
俺はそんな堕天使の誘惑を振り払うと、ルルワの後ろに隠れることで、悪を見通す視線をやり過ごす。立っているだけで目立つ彼女の影は、隠れるのにちょうどいいのだ。
「あなたも一緒に聞いて。何か意見があったら、何でも言ってね」
「キィ」
「…………言葉が分かるのですか?」
アワンの懸念は、当然と言えば当然だろう。俺はこれまでずっと、彼女たちの前では頑なに無言を貫いてきた。なんなら人間の言葉は難しくてわからん――みたいな低知能顔でやり過ごしてきた。馬鹿な奴の方が警戒もされなければ期待もされないと思って。
どうせこの要塞はただの通過点だと思っていたが故の処世術だった。しかしこんなことになってしまった以上、そうも言っていられない。
「違うの。この子は人の言葉を喋れるのよ。知能も人間と変わらないわ」
「…………」
14歳くらいの少女から、もの凄い胡散臭いものを見る様な目を向けられてしまう
そんなに俺は知能が低そうに見えるのだろうか。14歳の子供から見ても。だとすれば我ながら凄まじい演技力だ。そんなに演技をしているつもりがないのが、本当に悲しい現実ではあるが。
「では彼の発言も許可しますので、話を続けましょう。差し当たって最大事項である人類圏の防衛線についてですが、西はほぼ壊滅。ウェーゲナーは超えられ、西部の国々は食い荒らされています」
「…………」
俺はこの大陸の地形を最初に聞いた時、「なんだ人類そんなに追い詰められてないじゃん」と思っていたのだが、これは正しくもあり間違いでもあった。
確かに種として見ればまだまだ数は多く、生息域も広い。ただしそれは見せかけの数字に過ぎない。人類を容易く絶滅させられるだけの脅威が、壁一枚挟んだ向こう側に常駐しているのだから。
そんな脅威を阻む天然の壁三つの内、世界最大の河川ウェーゲナー大河は完全に攻略され、こちら側の領域に複数の拠点を作ることを許してしまっている状態らしい。しかもここ数年でその動きは激化し、西はほとんど壊滅状態にあるのだという。
「起死回生の一手として実行された今回の大遠征ですが、そちらはルルワ様からご説明もあった通り、失敗に終わりました」
そんな状況の中、人類の英雄アベル・シェメシュがアルフレート大山攻略という偉業を成し遂げ、東から防衛線を押し上げようと動いたのが、今回のルルワ率いる勇者軍の行軍だった。
西の攻めに対処して退けるのではなく、東を食い破ることで守りに転じさせようとした。河川を渡って来る敵を海の上で迎撃するよりはよっぽど現実的な策だ。
しかし繰り返すが、この作戦は魔王の横やりに失敗に終わる。俺とルルワで敵を追い払ったことにより、結果的に見ればプラマイゼロのようだが、やはりこの影響は大きい。
なぜならこの策は、西の動きを鈍らせるための作戦だったのだから。勇者死亡のニュースで南領域全体を調子づかせてしまっている現状は、作戦大失敗と言わざるを得ない。むしろ火に油を注いだだけという見方もできる。
「城塞都市トロイアから敵の軍を追い返すことに成功したものの、都市は手つかずのまま放棄。アベル様を筆頭に軍は壊滅。そういった認識で間違いございませんか?」
「ええ、間違いない」
「…………」
このお通夜みたいな空気からして、今がどれだけまずい状況なのかがよく分かる。お通夜と言えば、アベルの戦死をルルワが伝えた時もとんでもない空気になっていた。彼はそれだけ人々から期待されていた、まさに英雄だったのだろう。
俺が殺したなんて冗談でも言えないし、ましてや彼の正体が究極の引きこもりだったなんて間違っても口にはできない。究極のシスコンだったなんて口が裂けても言えない。アベル「っ!?」
「でも東に関しては、しばらくは大丈夫のはず」
「どうしてでしょう?」
「”40試練”の一人、キュオンを撃退したから」
「っ!?」
ざわっと、陣内が揺れる。
この様子を見るに、どうやらキュオンは結構すごい奴だったようだ。
その後、室内は次々に勇者を称える声で溢れた。
「流石は人類の希望たる勇者です。人という種が乗り超えるべき試練を、こうも容易く超えてみせるとは」
(なるほど……だから40試練か)
アワンの説明のような賞賛に、内心で一人納得する俺。
たぶん魔王との戦いに勝つうえで、これを打ち倒さなくてはお話にならない――そんな超えるべき壁が、”40試練”と言われているのだろう。人類が一致団結して超えられるかどうかギリギリのところにいるような奴ら。つまりルルワが警戒するほどの強さ有するキュオンと、同格の存在があと39人もいる。
「私じゃないわ。ムメイが追い払ったのよ」
「…………」
ペットの成果を自慢げに誇るご主人様。そんな彼女を、憮然と見つめる俺。
何で彼女はそんなことを言ってしまうのか。人の手柄を横取りするような子でないことは分かっているが、こういうところは少し自重してほしい。
せっかく葬式みたいな空気から、勇者万歳みたいな良い空気になりつつあったというのに、お呼びじゃない吸血鬼がエントリーしたせいでまたお通夜だ。棺桶に入っているのは俺だ。お線香をあげに来る奴が一人もいない。
まるで誰も呼んでない友達がパーティーにやってきた時みたいになっている。俺は呼ばれたから来ただけだというのに。
「なぜみすみす逃がしたんですか? 情報を持ち帰らせた意図は?」
それどころか、「呼ばれたからって普通来る?」と直接言って来る子がここにはいた。その名は――アワン。
14歳の少女は、やはり吸血鬼を敵意の目で睨みつけていた。
さっきまでキュオンを追い払ったことをべた褒めだったというのに、ルルワではないと分かった途端にこれだ。
言葉にはされていないが、敵と繋がってんだろ、いやそもそもお前敵だろ――と言外に言われているような気がする。というか絶対心の中で言われている。
一際俺への当たりが強い感じは、最初の頃のアガトスを思い出した。彼女もアガトス化してくれることを祈るばかりだ。
「私の指示よ。勇者の生存と、吸血鬼の存在を向こうに知らしめるため。ちょっと遅かったけどね」
「なるほど……流石です」
と思ったらこれだ。
まあ勇者と吸血鬼で対応が違ってくるのは当たり前だが、もうちょっと優しくしてほしい。一応俺は勇者が使役する一の家来だというのに。
「キュオンを追い払ったのは喜ばしいことですが、すぐに戻って来るのでは? 勇者の存在を恐れこそすれ、もぬけの城を恐れることはないでしょう?」
「戻って来てもすぐには立て直せないよう、城塞の一部を破壊したわ。東の城壁のほぼ全てを」
「なるほど……良い判断ですね」
エバはそれで納得するが、ルルワは尚も続ける。他の者に説明するためだろう。
「全て壊してしまおうとも思ったけど、再び東からの攻略を考えた時のための保険として残しておいたわ。けど一部の城壁を完全に取り除くことで、都市の機能を奪ったから、修復には相当の時間がかかるはず」
「素晴らしいお考えです。砦としての機能を取り戻すための大工事で、時間稼ぎもできますね」
「これもムメイの発案よ」
「…………」
なぜ最後に余計な事を言うのか。もはやわざとやっているのではとすら思う。
みんなが褒めムードに入った途端にこれだ。勇者への敬意が吸血鬼に対しては軽蔑に変わることがなぜ分からないのか。
忘れていたが、そう言えば俺も勇者だった。といっても、その事実はプラスには働かないが。アワンに対しては特に。
「何にせよ、東はまだ猶予があるということですね。しかし、いえやはり、こうなると鍵はロータル大谷。ここだけは何としても、超えられるわけにはいきません」
ここを守ることがどれだけ大事かが、改めてよく分かった。ここを突破されたら、人類は終わりと思っていい。
エバが上手く話しをまとめたタイミングで、兵士が陣内に入り込む。おそらく伝令だろう。
「閣下」
「動きはありましたか?」
「いえ、依然魔獣の進軍のみです。変わった動きは見られません」
「妙ですね……消耗戦を想定しているのでしょうか? どう考えてもあちらに不利としか思えませんが」
ここロータル大谷周辺には、前哨基地や砦が全くないらしい。
その理由は、直ぐに奪われるから。過去にはあったそうだが、どの歴史でも簡単に制圧され、逆に基地として利用されたのだそうだ。
だからこその、ロータル大谷。この世界最大の渓谷こそが天然の要塞。そしてここ人類最高の大要塞こそが、最初で最後の砦なのだ。
つまり南勢力が北へ攻め込む場合、どこかに仮設砦を一から作らなければならないということ。そこで腰を据えて要塞の攻略に移るのが自然だろう。
ただその場合、物資面ではどうしてもこちらの方が有利。攻略に踏み切ったのなら、時間をかける理由はない。
「発言よろしいでしょうか?」
唯一その理由を知っている俺は、ここにきてようやく声をあげる。
好きに発言していいとは言われているが、一応許可は取っておいた。
「え、ええ……構いませんよ。何かありましたか?」
これまでウンともスンとも言わなかった吸血鬼が急に喋り出したからか、かなり驚かれる。それとも吸血鬼は礼儀を知らないとでも思っていたのだろうか。
どちらでも構わないが、ひとまずルルワの通訳なしでも話を聞いてもらえるようで安心した。
「敵が未だ動き出さない理由についてですが、心当たりがあります。というのも、ここから約10km先に砦を築く動きが見られますが、作業は遅々として進んでいないようです」
「10km先? 見えるのですか?」
「見えます」
断言する。人類の命運を左右するこの状況で説明しているような余裕はなければ、真偽を証明しているような時間もない。
ルルワに顔を向けると、彼女はすぐに首を縦に振った。
「保証します」
ルルワの後押しでざわめきが静まったところで、俺は続ける。
「私の見立てでは、二つの勢力が揉めているように見えます。先ほどから言い争っている二人が、敵の首魁だといいのですが」
「っ!?」
しかし流石にこの情報には、驚愕は顕著だった。
ルルワでさえ、その顔に焦りを浮かべながら振り返って来る。
「二つの勢力がたまたま鉢合わせたってこと? それともロータル大谷攻略のために、一時的に手を組んだの?」
「分からない。どちらにしろ、作戦方針で揉めているのは間違いないと思う。勇者がいることに気が付いたって線も、無くはない」
俺のように遠距離探知ができる者が向こうにいるのかもしれない。
死んだはずの勇者がいると分かれば、話しが違うと慌てることも考えられる。撤退するかの判断で揉めているのならありがたいが、それは少し虫が良すぎるか。
「敵首魁と思わし者たちの、容姿の特徴は分かりますか? それでどの勢力の者か分かるかもしれません」
エバの問いに、俺は目を閉じて集中する。
そして最後方に陣取っている二人の特徴を口にした。
「一人は……上半身が人間、下半身が獣。これは鹿……かな? 大きく突き出た角が特徴的な……女だ」
「ミサ・アイヤール!! ”40試練”!!」
心当たりのあった兵士の一人が、即座に声をあげる。
否定する者は現れず、陣内は騒然と化した。
(40試練ってことは……キュオンと一緒か。杞憂だったか……)
このタイミングで事が起こったことに、正直言って俺は一抹の不安を覚えていた。
ルルワが人の世界へと帰るという重要な局面。重大な拠点。こんな時、こんな場所だからこそ、一筋縄ではいかない何かが起こるのではないかと。
こういう時の勘は決まって当たるものだ。悪い予感をほぼ既知のものとしていた。
だが、キュオン程度の存在が二人なら、俺一人で何とでもできる。
だから俺は内心安堵に胸を撫でおろしながら、続けてもう一人の特徴を口にした。
「もう一人は……巨人だ。6m以上はあるのか? かなりデカい。身の丈を超えるほどの棍棒を持った、一つ目の巨人。顔の髭が特徴的だ」
「…………」
途端、シーンと静まり返る陣内。
俺は何が起きたのかと、目を開く。眼前では誰もが目を見開き、大口を開き、一様に固まっていた。見ているだけで、不安になるような光景だった。
「まさか……そんな……」
「ありえない。動くわけが……」
「魔人イコラオス? 嘘に決まっている……絶対に嘘だ」
動揺は、凄まじい。
事実を受け入れきれない兵士たちはまだましだ。エバ、アワン、そしてルルワまでもが、分かりやすいほどに顔を蒼褪めさせている。それほど――ということなのだろう。
「有名なのか?」
「…………」
少し心配になるほど表情を硬くしているルルワの肩に、ポンと手を置く。
彼女は俺の顔を見て、少しだけ緊張を弛めた。
だが、その程度だ。魔王に勝利を収めるほど強い吸血鬼が味方にいる。その事実を彼女だけは、知っているはずだというのに。
「魔王の地位に立つ者を除き、南領域最強の12人と呼ばれる――”12使徒”」
「その中でも彼は、300年以上前から存在したとされる――生ける伝説。直接動いた話なんて、ほとんど聞いたことが無い」
俺の予感は、どうやらことごとく当たってしまったようだ。
森から出てたった数日で、早くも人類存亡をかけた戦いとは。
「その時代にルコスがいなければ、確実に魔王と呼ばれていた――怪物よ」




