第023話 祓魔姫
ロータル大谷とは、大陸最大の渓谷の名である。
この世界はパンガイア大陸という超巨大な大陸で構成されており、知的生命体が現存している箇所は全て地続きである――とは過去の有名な学者の言らしい。
俺はこの世界の学者は軒並み信用していないので、この世界も前世と同じように丸かった、なんなら青かった、なんなら地球だった――みたいなオチも十分にあると思っている。
聞けばアベルも学者というではないか。
ならばこの世界の学者たちを仮に宇宙へ連れて行こうものなら、聞ける第一声は自身の仮説の誤りを認める類の言葉ではなく「ここは私の世界だ!!」とかの現実逃避になること請け合いだろう。《《ここ》》というのが宇宙を指しているのか星を指しているのか言語化できないあたりが、学者のもっと学ぶべきところだ。
アベルも吸血鬼博士みたいな顔をしておきながら、最後に吸血鬼の再生能力で状況をひっくり返されていたし、やっぱあんまり期待は出来ない。
アベル一人でこのイメージの下落は風評被害も甚だしく、なんならちょっと可哀想だが、俺が尊敬できるような超天才学者はこの先現れてくれるのか。今フラグが立ったような気がしたが、どうせいつ回収されるかも分からないので今のうちに折っておこう。
さて、俺は学者ではないが、ここ数日でこの世界の簡単な知識を学んだ。教鞭を振るった教師役は言うまでもない。別の手に鎖を持っている女だ。
教鞭を体に振るわれそうではあるが、彼女の名誉のためにそんなことはなかったと言っておく。俺は一向に構わないし、何なら望むところだが。
まず、大陸は南北、上下に真っ二つに分断される。
北が人の領域――北領域。
南が人ならざる者達の領域――南領域。
これは人間が意図的に分けたのではなく、自然の驚異がそれを強制したのだそうだ。
世界最高峰の山――アルフレート大山。
世界最長級の河川――ウェーゲナー大河。
そして先も言った世界最大の渓谷――ロータル大谷。
これらが仲良く手を繋ぐように横に伸び、大陸を上下に分断する。
俺はこのうちのアルフレート大山を実際に見たが、それは凄まじい規模の雪山だった。たぶんだが、標高はエベレストを軽く超えている。それが大陸横の三分の一を占めているらしい。
まさに天然の壁。あんな自然の驚異が三つも横に並んでいるというのだから、300年もかけて人類がまだ絶滅していないのも納得できるというもの。なぜこの世界の学者はこの事実を前面に押し出さず、たまたまなどという理屈で逃げているのか。
俺が学者なら「アレ、コエル、ムリ」と画像付きで論文発表することだろう。論文になっていないので学会から摘まみ出されるだろうが。
要するに、凄まじい規模の自然環境が障害となり、人がいる領域を守っているというわけだ。俺でもあれを超えようとは思わない。いや単独なら超えられるのだろうが、俺のように空でも飛べなければやる気すら起きないだろう。壁の向こうにミカンがあるからといって、正月にコタツから出られるのかという話だ。
話を戻すが、基本的に大陸上に人間種、もしくはその近親種が生息し、大陸下は人ならざる者たち――魔王勢力が存在する魔境と呼ばれている。
ちなみに俺がいた”還らずの森”は大陸下側の最東――つまりは南領域に位置し、アルフレート大山の麓あたりにあったようだ。
つまりは――もし仮に、俺が森の外へと飛び出していたとしても、出会えたのは人間ではなかったというわけだ。本当に、ルルワが来るのを待っててよかった。ちょっとした手違いでヒロインが狼女とかになってた可能性もあった。打ち切り必死である。
まとめると、俺がいた森から北を見た時、右からアルフレート大山、中央にロータル大谷、左にウェーゲナー大河だ。
そして俺たちはそのアルフレート大山を沿うように下り、大陸中央ロータル大谷へと、ようやく辿り着いた。
キュオンたちの出立を見送り、翌日の早朝に城塞都市トロイアを出発。俺がルルワを担いで全速力で飛んでも、到着する頃には夕方になっていた。
大陸の広さを痛感した一日だったが、ルルワから言わせれば世界を一日で横断しようとするな、だそうだ。俺は確かにと頷いた。
そんな大陸半分横断という偉業を半日で成し遂げた俺たち。
辿り着いたのは、人領域ローラシアへの入り口――その名もグランド要塞。
今、人ならざる世界から、満を持して人の世界へと帰還しようとしていた俺たちは――
「――化け物だぁ!!」
――怖がられていた!!
「邪悪な気配を感じるぞぉ!!」
「強大なる悪意!! あまりに邪悪!! 人ではない!!」
「アンデッド警戒!! 祭司部隊!! 浄化の準備を!!」
「勇者ルルワ・シェメシュ様を確認!! 推定、精神支配!! 精神強化用意!!」
「人質にされているのか!? 救出部隊の編成を!!」
「祓魔師!! ただちに悪魔祓いの用意を!!」
「…………」
「…………」
二人並んで見上げる先には、重厚な要塞。
話に聞いていた世界最大の要塞グランドの、その外壁だろう。
遠くから見え出した時点でその大きさは分かっていたが、近づくとより実感できる。
これほど大きな人工建築物を見たのは、前世を含めて生まれて初めてだ。ここが人類にとっての最重要拠点の一つであると、ひしひしと伝わってくる。
こちらへ向いている砲口の数が何門かなど数える気にもならないし、詰めている兵の数はその比ではないだろう。
大部分が石壁、もしくは鋼鉄の壁に見えるが、重要箇所を覆っている金属の輝きはただの鉱石ではないようにも見受けられる。
そんな人類最大規模の大要塞が、今――揺れていた。
「…………だから四つ足で行こうって言ったんだ。俺はちゃんと言ったからな」
「…………人を四つん這いで歩かせる勇者の方が変な目で見られるわよ。荷物持ちで通そうと思ったの」
「通せてないじゃん」
俺たちは途方に暮れるように、要塞壁面を見上げる。
お呼びでない感が凄まじかった。というか滅茶苦茶拒絶されていた。
「何やったら入国審査でここまで騒がれるんだよ。まずは手荷物検査からだろ?」
「邪悪邪悪って言われてるわね。もっとニッコリできない?」
「え、あれ俺のこと言ってたの? てっきり……」
「殺されたいの?」
ニッコリとした笑顔に、顔を背ける。
そしてまだ死にたくはないので、俺は言われるがままにニッコリと微笑んだ。
気のせいだとは思いたいが、兵士たちが慌ただしく動き出し、大砲の砲口も一斉にこちらを向いたような気がする。本当に気のせいだとは思うが。
「逆効果ね、笑顔やめ。それにしても……どうしてバレたのかしら。あなたがまた何か変なことしたんじゃないの?」
「してない。俺はただ死んでるように生きてるだけ」
「やっぱ死んでるのが悪いのね……」
「種族差別だ。裁判官に訴えてやる」
「直訴が過ぎるでしょ。一度弁護士を通して」
俺たちはコソコソと作戦タイムと言う名の責任の擦り付け合いを行う。その様子が不審に映ったのか、それとも俺がルルワとのやり取りでまた笑ったのが悪かったのか、城塞内はさらに騒然と化した。
邪悪な笑みとか、何かを企んでいるとか――そんな声を人外の聴覚が捉える。ルルワのことを言っているのだと思いたい。
「責任の所在は後。今は先にこの状況を何とかしなきゃ。ひとまず鎖巻くから、大人しくしてて」
「四つん這いは? 芸もする?」
「いいからあなたはじっとしてて!」
俺は言われた通りその場にジッと立ち、ルルワの拘束を受け入れる。
ルルワの拘束の手際が既に板につきつつあることに内心戦々恐々としながらも、どこまでも無害な吸血鬼を演じ続けた。クリスマスツリーの飾りつけみたいだとか内心思いながら。
やがて首輪に手枷足枷、その上から鎖でぐるぐる巻きという完全無抵抗吸血鬼にデコレーションされた頃、要塞の奥に動きがある。
後から無理やり造り足したような歪な城門の、その右下。小さな扉が開き、出口で口論が起こっているのを吸血鬼の聴力が捉える。
どうやら徒歩で接近するかどうかで揉めているようだ。
人の領域の守護が目的の砦だ。近づいてくる存在にはひと際敏感に対応しているのだろう。
だがやがて何らかの決着が着いたのか、隊長と思わしき人間を先頭に数十人の兵士たちがこちらへと歩み出てくる。誰も彼も完全武装。これから戦争にでも行くような重装備だ。
一方俺たちは鎧なし勇者と完全拘束吸血鬼。かなり心もとない。
「待機」
「はっ!」
一定の距離まで近づくと、数十人の兵士たちは綺麗に整列してその場に留まる。規律と練度を感じさせる、最重要戦線を任せられる兵士は伊達ではないと見せつけるような姿。
そして隊長と思われる――兜で顔は隠れているが、鎧のフォルムと身の丈からして女――人物と他二人が俺たちの目の前、相対距離2メートルの辺りで立ち止まった。
「ルルワ様、お久しぶりです」
「…………アワン?」
進み出てきた人間は、やはり女だった。
声と顔立ちを見て、記憶から無理やり引っ張り出したと言わんばかりのルルワの声。それに、女兵士は喜色立つように兜を外す。
「はい! アワン・ラーヘルです! まさか覚えて頂けているとは」
まず目についたのは、兜に引っ張られるように外へと飛び出した赤毛の長髪。重く、しっかりとした赤は、吸血鬼である俺をして血のような赤と言わざるを得ない。
そして、満月のように力強い輝きを放つ金の瞳。目が合えば吸い込まれそうだ。見るからに、ただ人ではない。
「へえ……大きくなったわね」
「ご無事のようで本当に安心しました」
旧交を温めている二人を見ながら、俺はアワンとかいう少女の年齢を当てるゲームで暇を潰す。
(15……いや14か……? 14、14で行こう……)
やがて俺の中で答えが出た頃、ようやく二人はこちらへと振り返った。
「それでルルワ様。失礼ですがあちらのモノは――」
「ええ、紹介するわね。ムメイおいで」
「…………」
くいくいと引っ張られた鎖を合図に、俺はテクテクと前へ進む。
一歩進むごとにアワンの背後に立つ兵士二人が警戒を強めたが、気づかないフリをした。
「この子は私が最近支配した吸血鬼よ。あっ! でも完全に支配下に置いてあるから安心して。私の、<死霊使い>の力で!」
「…………吸血鬼」
吸血鬼という単語でどよめきが上がるが、その後の説明ですぐに感嘆の吐息へと変わる。キュオンよりは、勇者の威厳が通じているようだ。少なくとも嘘つけという空気ではない。
「ムメイ、紹介するわね。彼女は――」
目論見が上手くいき、ホクホク顔を隠せないルルワが、こちらへと振り返る。
しかしすぐに、何かに気が付いたように動きを止めた。その表情の変化は、見ているこちらが心配になるほどに。
「彼女は…………私と同じ、勇者の末裔よ」
そしてその理由は、すぐに分かる。
なぜ彼女が、その事実を俺に言い難そうにしていたのかも。
「今から約250年前に誕生した……勇者の」
それは300年前、俺が世に出なかった負債を、最初に肩代わりした勇者。
つまり俺のせいで魔王に殺されてしまった、第一の被害者。その血だった。
赤髪の少女と、目が合う。
彼女は底知れない敵意の視線で、俺のことを見ていた。




