第018話 告白
「――んっ」
「おっ」
少女の目覚めの兆候を感じ取ると、早起きだな――などと思いながら、俺は彼女を見下ろす。
恥ずかしげもなく”今初めて見た”みたいな言い方をしてしまったが、嘘だ。
俺はずっと彼女の寝顔を眺めていた。
金糸のように美しい髪に、彫刻のように整った顔。
女神の生まれ変わりと言われても納得するどころか、女神をぶちのめして彼女に神の座を譲らせたいほどだ(私怨)。
それほどの――美。見惚れるほどの造形美が、動き出した。
「…………」
彼女は寝起きとは思えないほどにパチリと目を見開き、すぐにその顔に困惑と不安の色を浮かべ始める。
感じからして、どうやら暗くて見えないようだ。暗闇に恐怖するのは人間の本能というし、ここは俺が安心させてやるべきだろう。
思い立ったが吉日。俺はルルワのために、動き出す。
「きゃああっ!?」
想定していたよりも、ずっと大きな悲鳴と抵抗。
彼女はよほど暗闇が苦手らしい。俺も正直このあとを考えると非常に怖いが、そんなことを言っている場合ではない。男には、やらねばならない時があるのだ。
「なに!? 誰!? ちょっ!? つよっ――!?」
「俺だよ」
「ひぃっ!?」
よく聞こえるように耳元で、それでもできるだけ驚かせないように小さく囁けば、震えあがる様な反応。
可哀想に、やっぱり暗闇に怯えているようだ。
「怖かったろう。もう大丈夫だ。俺が守ってやるから」
「…………え?」
優しい吸血鬼たる俺は、安心させるように言い聞かせてやる。
すると、痛いくらいに俺の胸を押し返していた――むしろ殴っていた――ルルワの両手から、急速に力が抜けていくのが分かった。
何か心境の変化でもあったのか、ガチガチに強張っていた雰囲気も、一気に和らいでいく。目に見えて抵抗というものが無くなったのだ。
彼女は見えていないのだろうが、暗闇の中で、俺とルルワの目が合った気がした。
「あなた……」
「良かった……思い出したのか。そうだ、お前の彼氏だ」
「いえ……別に記憶は無くなったりしてないんだけど……」
駄目だった。彼女はしっかり17歳彼氏なしの事実を覚えていた。
「<暗視>」
ルルワが何やら唱えると、彼女の視線が定まる。
おそらくは、夜目が効くようになるスキルか何かだろう。これまではずっとこの能力で、朝も昼もないこの森に対応していたのだ。
「…………」
「…………」
見つめ合う、男と女。
言うまでも無く、男が俺で、女がルルワだ。それ以外はあり得ない。
「これは何?」
「何って?」
俺は至近で、女――ルルワを見つめ続ける。
「なんで私のこと、抱きしめてるの?」
「…………」
横になった女の頭を、投げ出した両足の上に置き、その女に上から覆いかぶさるようにして抱きしめる。
今の俺の状態は、言ってしまえばそんな感じだった。
目覚めの闇の中こんなことをされれば、怖がるのは当然だった。
「身を挺して、庇ってるんだ」
「何から?」
何からだ?
「ごめん……それは言えない。言えば君を危険に晒すことに……」
「無理だから」
「ああ、そんな目で見たって無理なものは無理だ。君だけは、絶対に巻き込むわけには――」
「違うから」
架空の悪の組織を立ち上げ、さらに架空の罪を擦り付けるという架空請求業者も真っ青の詐欺行為に手を染める俺を、正義の瞳が睨みつける。
居たたまれなくなった俺は、ゆっくりと、彼女から離れた。
「ふぅ……危ないところだったな。奴らに見つかるところだった」
「誰よ」
「奴らに捕まったら終わりだ。幾度とない人体実験と拷問の果てに、最後にはことごとくアガトスにされてしまう」
「ほんとに誰なの?」
こんな状況でふざける吸血鬼に、ルルワは呆れ顔で対応する。そんな彼女の姿を見て、俺はひとまず胸を撫でおろした。
こんな状況だからこそ、彼女の精神面が心配だった。だから敢えて明るく振るまったが、ひとまず問題は無さそうだと感じて。
死んだばかりのアガトスの名を持ち出すのは不謹慎かとも思ったが、彼ならきっと、そんな世間体よりもルルワの笑顔の方を優先しろというはずだ。
「……なんで裸なの?」
「……ああ」
目にも見えない、存在もしないような何かから俺が身を挺して庇うことを辞めたことにより、逆膝枕で寝転がっているルルワの視界に、俺の上裸が映り込んでしまう。
こればっかりは、本当に失念していた。だから別に見せつけたわけではない。本当です、信じてください。
こちらを疑いの目で見てくる多数の何者かに俺が必死に言い訳している間にも、彼女は自力でその答えへと辿り着く。
「これ……」
「ああ……」
俺はこの時ばかりは、本気で、全力で目を逸らす。
自身の体の上にかけられた俺のローブを捲り上げ、その下の様子を冷静に確認するルルワの姿を、見ていられなかった。
「私も裸ね。服が無くなってるわ」
「…………」
「寝ている女の、服が脱がされている」
「…………」
「どうしてかしら?」
「…………」
(どうしよう)
どうしてか――という質問に答えるのならば、俺が破いたからだ。
アベルの胸を穿ったことにより、間接的にルルワの胸も《《射抜いてしまった》》俺こと最強の吸血鬼。それが精神的なものであればこれ以上にない戦果と言えたのだが、残念ながら物理だった。
早くしないと彼女が失血死してしまうので、「彼女は森を出る。太陽の下まで、俺が送り届ける」キリッ!――とかやりながらも、内心ではメチャクチャに焦っていたのだ。
彼女の高価そうな鎧を紙みたいに破き、その下の高価そうな服も引き裂き、どこまでも高価そうなブラジャーまで引きちぎって胸元の傷口を晒した。そして自身の汚い液体を乙女の柔肌に大量にぶっかけたのだ。
言語化するとまるで悪いことをしたかのようだが、俺は今でもあれは医療行為だったと信じている。
だから今の俺は、街中で急に倒れた若い女性を救うため、AEDやら人工呼吸やらで衆目の中やれることを精一杯やっただけのおっさんと同じ立場というわけだ。これ以上に無い正義のはずなのだ。
ちくしょう! どうせ訴えられるなら人工呼吸もやっとけばよかった!!※正義
そんなことを高速で考えている俺を、下からジトっとした視線が見あげる。
不審な者を見る目が、留まるところを知らない。俺の後ろに誰かいるのだろうか。いたとしてもたぶんそいつじゃないが。
現に俺はちょっと不審過ぎる。なぜなら女の上半身の服を下着に至るまで強引に剥ぎ取り、《《何を隠そう》》そんな俺自身も上半身裸なのだから(隠してない)。
しかも一連の間、女には全く意識がなかった。
こんなの現行犯逮捕待ったなしだ。正直殺人の罪を擦り付けられたあの時よりも、俺は焦っていた。
(ん? 殺人の罪……? っ!?)
そこで俺は、遅れてとんでもない事実に気が付く。
(そうだ!! ルルワは俺の事、犯人だと思ってるんだった!!)
ルルワと最後に分かれた時、彼女は俺を殺人吸血鬼と断定して逃げ出したのだ。
その後彼女はアベルに精神支配され、今、ようやく目を覚ました。つまり彼女の中では、俺は依然殺人吸血鬼のままだ。
なぜそんな重要なことを失念していたのか。言い訳が聞いてもらえるのなら、今日の俺は疲れ過ぎているからと言わせてもらう。
一晩中の能力使用に加え、血もかなり消費してしまった。自分で言うのもなんだが、よくまだ膝を抱えて丸まっていないものだと思う。
だが、そんな弱音は言っていられない。
(彼女のためには……)
今からでも間に合うだろうか。
いややるしかない。俺は悪の吸血鬼。殺人吸血鬼で、寝ている女にイケナイこともする吸血鬼だ。やっぱりそれはただの吸血鬼だった。
「くくくっ……どうして? おかしなことを聞くなぁ。男が女の服を脱がせる理由なんて、一つしかないだろう?」
俺はネットリ声を意識する。他意はないが、アベルを参考にした。他意はない。
「私に……何かしたの?」
「ああしたね。もうムチャクチャした。乱暴に服を引き裂き、ブラジャーを剝ぎ取って胸を晒し、綺麗な肌に俺の汚い体液をぶっかけてやった。大量にな」
「大量に……」
「胸を重点的に責めてやった。奥の奥まで、グリグリと」
「胸を……奥まで……」
嘘は言ってない。というか何一つ嘘が無いことが一番怖い。
それと本人は意識していないのだろうが、ルルワの復唱がちょっとエロい。女の子にエッチな言葉を言わせたがる男の気持ちが分かった気がする。
というか今更だが、なんでこの子は未だに体を起こさないのだろうか。ずっと俺の膝の上に頭を乗っけている。距離もやけに近いし、未だ逆膝枕を続行している俺の方が恥ずかしくなってきたくらいだ。
首をかしげて彼女を見つめる。彼女は逃げるように、俺から目を逸らした。それは勘違いでなければ、目が合ったことに照れているようにも見えた。
「そう……じゃあその腕は?」
(……げぇ!?)
ルルワが指し示したのは、俺の無くなった右腕。未だ傷跡も生々しい重大な欠損。アベルに餞別としてくれてやった右腕だった。
(どうしよう……)
決して流れないはずの冷や汗を幻視する吸血鬼に、唐突に救いの手は差し伸べられる。脳裏をよぎったのは、髭面で強面な、俺の友達。俺を助けてくれるのは、いつも奴だった。
「くっ……アガトスの奴め……。死に際にこの俺の腕を持って行くとはな……」
「アガトスが?」
魔王を倒した吸血鬼。その吸血鬼の腕を持って行ったアガトス。
うん、何もおかしくはないな。アガ「っ!?」
「ああ、太陽でも十字架でも聖水でもニンニクでも魔王でもない。アガトスだ」
「アガトスが……」
「そう、奴だ。アガトスだ」
アガトスならきっとやれるはずだ。俺たちのアガトスなら。
俺は暗示をかけるように、アガトスを連呼する。たぶんそれは、自分への暗示でもあったのだろう。
「やっぱり……優しいのね」
「ぇ?」
「起きるわ。手を貸してくれる?」
「あ、ああ……」
ルルワがボソリと呟いた言葉を、人外の聴覚はハッキリと拾う。
それにこの上ない嫌な予感を感じながらも、俺は言われるがままにルルワの手を取り、彼女が立ち上がるのに手を貸した。
ルルワは俺のローブともマントとも言えるようなボロ服を、上手く着付けて自分に合わせる。
汚いボロ布だというのに、彼女が着ると、まるで超有名ファッションブランドの――それも一般人では到底追いつかないレベルのハイセンスなオシャレに見えてしまう。
俺が着るとどう贔屓目に見ても物乞いにしか見えないというのに、これはどういうことなのか。還らずの森の不思議に加えるか検討するレベルだ。
「そ、それで? 何が優しいっていうのかな? それともまだ寝ぼけてるのかな?」
「寝ぼけてないわ。とぼけてる人なら知ってるけど」
やはり流れ出ないはずの冷や汗が、ダラダラと吹き出すようだった。
ルルワはあっさりと、俺の最悪を現実へと残す。
「アベルから、全部聞いたから」
「いいっ!?」
この時ばかりは、俺は心の底から悲鳴をあげる。
アベルと戦った時よりも、今が一番追い詰められているかもしれない。
(あの野郎!! やりやがったな!?)
タイミングとしては、俺がアガトスの口封じをしていた頃だろう。本当に口を封じなければならないのはアガトスではなく、奴の方だったのだ。
「あと精神支配されてた時も、意識あったから」
「はあっ!?」
なんだそれは。なんだこれは。
なんて陰険で、卑劣な能力なのか。なぜ勝負に勝って、ここまで追いつめられなければならないのか。
『俺はヒロインを突き放すような行動をした男が、後から実はヒロインのことを想って敢えて嫌われるようなことをしていたんだ――みたいな安っぽい展開が、世界で二番目に嫌いなんだ』
『……二番? では……一番は?』
『その裏事情をヒロインに全部喋る奴』
(恥ずかしい……恥ずかしすぎる!!)
これが本当の羞恥攻めという奴なのだろう。
俺は確信する。やっぱり奴は、俺の世界で一番嫌いな男だったと。
そしてまごう事なき、俺の天敵だと。
「…………」
「…………」
ここに全ての悪事(?)が捲れてしまい、居たたまれなくなる俺。
俺は本心から、こんな結果は望んでいなかった。俺の中のかっこいい男は、こんな男ではない。
あれだけ啖呵を切っておいてこの結果では、やはり恥ずかし過ぎる。
そんな俺をジッと見つめ続ける、ルルワ。俺はそんな視線から、目を逸らし続けた。
「みんな……死んだのね……」
「…………ああ」
俺は逸らしていた目を、すぐに向かい合う彼女へと戻す。
己の羞恥心という身勝手な理由で、無視していい言葉ではなかった。
これだけは、俺はちゃんと向かい合わなければならない。もう真実が知られてしまっているのなら、誤魔化す意味もない。
いや、こうなってしまったからこそ、誤魔化してはならないのだ。
「アベルは、俺が殺した」
「……そう」
「アガトスも、俺が殺した」
「…………そう」
彼女は泣かなかった。真っすぐに、俺を見ていた。
賢い彼女であれば、凡そのことは察するだろう。
自分を助けるためにアガトスが犠牲になったということも。俺がアベルを殺すしかなかったということも。
辛いだろう。当然だ。
しかし、言わなければならない。そして俺は、これを謝ってはならない。
「…………」
「…………」
俺たちは、互いに目を逸らさず、互いを見つめ続ける。
今彼女が、どれだけの罪悪感に打ちのめされているか、どれだけの悲しみに暮れているか――そんなことは吸血鬼にだって分かること。
彼女は大事な家族を、同時に二人も失った。そして手を下したのは、吸血鬼だ。俺はその罪に対し、罰を受け入れる覚悟もできている。
ルルワがそれで前に進めるというのなら、ここで彼女に斬り捨てられたとしても、文句はなかった。
だが――
「…………ごめんなさい」
「っ!」
彼女が選んだのは、怨言ではなく、謝罪だった。
俺は驚きつつも、黙ってそれを聞く。口を挟めるような空気ではないし、そんな野暮はしたくなかった。
「あなたに……謝りたいの」
「…………聞くよ」
俺は女が心からの謝罪をしているというのに、その言葉を「そんなことあったけ?」とか言ってちゃんと聞きもせず、その事実ごと軽く流してしまうような男が、世界で二番目に嫌いだ。
ヒロインに何をされても怒らず、簡単に許すような男がカッコイイとでも思っているのか。それはただ単に自分がかっこつけて満足したいだけの、自分に酔っているだけの男だ。
ちなみにやはり一番嫌いなのは、そんな勘違い男にキュンとか馬鹿な反応を示す女だ。俺はリア充に何か恨みでもあるのだろうか(あった)。
ともあれ、俺は彼女のためにも、しっかりとその謝罪を聞き、許すかどうかの判断をしなければならない。
彼女のことが大切だからこそ、一切容赦するつもりはなかった。
「あなたのこと……信じ切れなかった」
「…………」
俺は黙って聞き流す。
彼女の言葉がそれだけでは終わらないことを、分かっていたから。
「気持ち悪いなんて言葉で切り捨てて、一番楽な道に逃げた。信じて、また裏切られるのが耐えられなかったから……」
「…………」
「ちゃんと向かい合うべきだった。逃げずに、立ち向かうべきだった。あなたを信じるんじゃなくて……目を逸らさず、疑うべきだった!」
「…………」
涙が――零れる。
それは泣くつもりがなかった。いや泣くまいと心に決めた上で流れてしまった――そんな涙だった。
「だから……ごめんなさい」
彼女はこぼれ落ちる涙を無視して、俺だけを見る。
俺も、そんな彼女を見ていた。
「私はあなたのことを勝手に諦めて、あなたに向かい合わずに逃げ出した」
「…………」
「本当に、ごめんなさい」
彼女は、頭を下げなかった。
最後まで、歪む顔を隠さず、涙を拭わず、己の一切を騙さずに――謝罪をする。
俺は――
「許すよ」
「っ!!」
俺はそんな彼女を――許した。
「君のことを、許す」
「…………」
ポロポロと、綺麗な涙をこぼし続けるルルワ。真珠のような大粒が、零れ続ける。
そんな彼女の悲痛な姿に、胸を打たれた――わけではない。
前言を撤回した――わけでもない。
俺はちゃんと彼女の謝罪を真剣に聞いた上で、許したいと思った。
たぶん酷いことを言ってごめん――とか言われていたら、絶対に俺は許さなかっただろう。
その程度の基準ではあるが、俺にも譲れないものはあった。
「俺の方も、ごめん」
「え……?」
だから、俺も謝る。
やったことに後悔はないが、一つだけ心残りがあったから。
「君のことを、見くびってた。心の弱い子なんじゃないかって。だから、必要以上に優しくしてたんだと思う」
「…………」
本心だ。
俺は彼女の心を必要以上に気にかけ過ぎていた。それは逆に言えば、相手を舐めているということでもある。彼女の心を蔑ろにしていたアベルと変わらない。
「でも、君は強かった。だから、ごめん」
「…………」
俺はお愛想ではない、心からの謝罪をする。
彼女だけに謝らせるのは――とかそんな間違った配慮からの謝罪ではない。
嬉しいことに、それはちゃんと伝わったようだ。
「許すわ。だからこれからは、見くびらないでね?」
「約束する」
俺たちは、ようやく心からの笑みを浮かべた。
だがこのまま感動で終わらせないのが、俺という男だ。
女を泣かせたままでは、男の立つ瀬がない。
「あと、ごめん。服を駄目にして。あの時は余裕が無くて」
「いいわよ。助けてくれたんでしょ? むしろお礼を言わなきゃ」
「そうか……そう言ってくれると助かる。駄目にしちゃったブラジャーはこっちで処分しておくね。もう使えないだろうからさ」
「返しなさい」
ちなみに、ルルワのおっぱいは凄かった。普段は鎧に隠されているため分からなかったが、それはもうメチャクチャのハチャメチャだ。
名誉のために言っておくが、見たくて見たわけではない。傷口がちゃんと塞がっているかの確認をしただけだ。その場所がたまたま胸だった。本当にそれだけだ。
誰宛かも分からぬような言い訳だが、これだけはどうか分かって欲しい。
冗談に、二人して笑い合う。残念ながら返せというのは冗談ではなかったらしく、俺は家宝にしようと密かに心に決めていた大きなブラを、大人しく返却した。
だが、空気が急速に和らいでいくのは分かった。確かに、心を通じ合わせたと。俺の選択は間違いではなかったのだ。
だからだろうか。俺が柄にもなく、愚痴を吐きだせたのは。
「はぁ……でもほんと最悪だよ。自分の口から言うならまだしも、他人の口から伝えられたのがなぁ……。しかもアベル」
これだけは、本当にマジのガチでへこんでいた。
くどいようだが、それは俺の本心だからこそだ。
「そう? 私は努力や成果は、正当に評価されるべきだと思うわ。だからあなたのことを教えてくれたことだけは、兄に感謝してる」
「まあ前者については俺も同感だけどさ。俺の場合はアガトスにあれだけ大見え切ってたからなぁ……。はぁ……かっこ悪い……」
「それは違うわ」
「…………」
強い否定の言葉に、俺は我に返る。
もしかして、「そんなことないよ」という否定の言葉を誘っていたと思われただろうか。ならば本当にそんな意図はなかったので、止めねばならない。
本当に疲れているのか、望んでいないフォローを誘発するような言葉を吐いてしまうとは――
しかし、彼女は慰めの言葉を選ばなかった。
俺の言葉に、誘われたというわけでもなかった。
彼女はむしろ、ここぞとばかりに食いついたのだ。今こそが――チャンスだと。
「17年間生きてきて、たくさんの人と出会ってきたけど――」
「…………」
「私は、あなたほどカッコイイ男性には、今まで会ったことがない」
「…………」
突然の女性からの誉め言葉に、呆ける俺。
そんな中、彼女は頬を赤らめ、瞳を潤ませ――続ける。
こんな彼女の表情は、当然見たことが無かった。
「これからも……出会える気がしない……」
「…………」
「本当に素敵で…………カッコイイと…………思う」
「…………」
俺は夢を見ているのだろうか。そうとしか思えない。
こんなに可愛い子が、俺を素敵だとかカッコイイとか言っている。
もしかして、これが世にいう吊り橋効果という奴なのではなかろうか。暗い森の中、恐ろしい目に遭ってばかりだったから、一人残った俺の好感度が上がったとか。
だが、俺はそんな吊り橋の上から、強制的に降りさせられる。他ならぬ彼女に、腕を引っ張られて。
「…………ごめんなさい。私こういうのに慣れてないから、どう言ったらいいのか分からなくて……」
「…………」
言うまでもないことだが、俺も慣れていない。
その証拠に俺は、碌に返事も返せず、なんなら言葉さえ出せず、仕舞には口を大きく開いたままだ。かっこ悪いと言えば、今の俺が一番かっこ悪い。願わくば、もっと余裕な態度で受け止めたかった。
「でも……これだけは言わせて……」
そこから、彼女は自身の胸を押さえ、目をキュッと閉じ、何度も何度も息を吸っては吐いて、吐いては吸い――呼吸を整える。
震えて、震えて、勇気を振り絞るような――そんな姿。
長い時間だったが、それがどうしようもなく短く感じた。
俺はそんな彼女の全てに――見惚れていたから。
そして――
「私……あなたのことが…………好き」
ルルワの温かい視線が、俺を見つめる。
「助けてくれて、どうもありがとう」
ルルワの美しい声が、俺をくすぐる。
「あなたのおかげで、私は救われたわ」
ルルワの真っ直ぐな言葉が、俺の心に届けられた。
「……………………」
俺は、情けないことに――何も言えなかった。
ただ心の中で、彼女に感謝していた。
救われたのは――俺の方だ。
彼女の言葉一つで、どれだけ心が救われたか――
何の救いも無かった、300年――
諦めずに生きてきて――本当に良かった。




