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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
序章 還らずの森の吸血鬼

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第014話 悪魔


『彼らのこと、任せてくれないか?』


『あなたになら任せられる。彼らも、本望だろう』



「ふぅ……こんなもんか」


 呼吸も必要ないのに、一息つく。

 汗も流れないのに、額を拭う。

 一仕事終えた感を演出しながら見下ろすのは、即席の墓だった。


「悪いな……こんな場所で」


 還らずの森。できればこんな場所の土に還らすのではなく、故郷まで送り届けてやりたかった。しかしルルワ、アベル、アガトスの三人だけとなってしまったパーティには、三人分の遺体を連れて帰れるような余裕はもうないだろう。

 かといって森から出れない吸血鬼が、何かできるはずもない。出来ることといえば、精々墓なんかを作ってお茶を濁すことくらいだった。


「ここなら獣は滅多に近づかないし、血の匂いも届かないから、土を掘り返される心配もないと思う」

 

 迷路のように入り組んだ拠点の――その最奥。

 俺は誰もいないはずの場所で、一方的に語り掛ける。

 自己満足だが、それでも良かった。俺は案外お喋り好きの吸血鬼なのだ。


「時々見に来るよ。その時は、話し相手になってくれ」


 それだけ口にすると、俺はようやく背を向けた。

 迷いの森。せめて彼らの魂が迷わないことを祈って。


「いやー……かなり疲れた」


 やはり身体的疲労はないのだが、その代わり体力で賄えない分までが精神にきているような気がする。

 この3日は、300年の人生の中でもかなり濃い時間だった。


 俺は洞窟から出ると、地に腰を降ろし、森を見上げる。

 朝というのに真っ暗な森も、吸血鬼たる俺の目には、昼間のように明るく見えた。

 ただ、空も朝日も、ここからは見えない。

 吸血鬼である俺には、太陽は夢の中の産物だった。

 

(…………夢だな)


 そう、夢だ。

 こんな意味もなく広くて、魔獣がうじゃうじゃいて、外からやってくるのは変わり者の魔王くらいの薄気味悪い森に、光のような女性がやってきた。

 こんなことは普通起こらない。まさしく奇跡だ。300年しつこく生にしがみついてきた吸血鬼への、ちょっとしたご褒美だったのだろう。

 300年も死んだように生きていると、この程度のことでも嬉しい。確かに嫌なことも言われたが、それすら生への刺激だった。

 願わくば、できるだけこの時間が長く続けばとも思っていたが、吸血鬼がこれ以上を望むのは、罰が当たるというものだろう。人に出会い、それもここまで優しくしてもらえた。まさに夢のような時間だった。

 だから俺は、またほんの少しの期待を胸に、これからも生きていける。また数百年後、誰かがここへ来てくれるんじゃないかと――そんな醒めない夢を見ながら。


(…………そろそろか?)


 アベルがルルワの位置を尋ねてきた時、そしてアガトスがルルワとアベルの位置を

尋ねてきた時、<反教底位パラダイス・ロスト>で把握した三者の位置関係から考えて、早ければルルワは森の出口へと辿り着いている頃だろう。


 彼ら三人は死んでしまった三人とはレベル違いのようなので、この短い時間で全員脱出しているという可能性すらあった。

 

(…………いやいや)


 ごく自然に<反教底位パラダイス・ロスト>を使用しようとして、踏みとどまる。なんか今彼らの現状を知るのは、まるで未練でも感じているかのようで気持ち悪い。

 昨日の今日のことを引きずっていないと言うのは完全な嘘になるが、俺にもなけなしのプライドはあるのだ。

 だが、やはり俺のプライドはなけなしだった。


(いやでも、ちゃんと脱出できたかどうかは知っとかないと。俺には最後まで彼らを見届ける義務と責任がある。それに心配するのは全く悪いことじゃないし、これは思いやりだよ。そう愛ってやつだ)


 心配だからと、好きな子の後をこっそり追いかけるストーカーのような真理になりながら、俺は軽い気持ちで能力を展開する。

 能天気でいられるのは、そこまでだとも知らずに。


「――っ!? なんだ!? なにが――!?」


 森は、外からの侵入者をきっかけに、その姿を大きく変える。

 物語はまだ、終わってなどいなかったのだ。




***




「――はあっ、はあっ……」


 時は少しだけ巻き戻り――

 迷いの森を、迷いなく疾走する一人の少女へと視点は変わる。


「はあっ……! はあっ……!」


 全力ではないものの、足を取られるようなポイントが多々ある森の中、これだけの動きをしているのだから、息切れは当然のことのように思う。

 しかし当のルルワには分かっていた。ここまで呼吸が乱れることが正常ではないことも、息が乱れる、その理由さえも。


「――ㇽワッ」


 耳を掠めた小さな音を、ルルワは気のせいだと思い走り続ける。

 できるだけ、足を止めたくなかった。嫌なものを振り切るように、彼女は走る。


「ルルワ!!」


 だが確かに意識に届いた二度目の呼びかけに、ルルワはようやく足を止めた。

 その声は、幼少期から何度も聞いてきた馴染み深い声。


「…………お兄様」


 振り向けば、そこには最愛の兄の姿。

 ルルワがこの世で最も尊敬する、男の姿でもあった。


「良かった! ようやく追いついた!」


 疲労感を滲ませながら、アベルは近づいてくる。

 その後ろにアガトスと、もう一人の姿まで自然と探してしまう自分が、ルルワは心底嫌だった。彼も追いかけてくれたんじゃないかと勝手に期待し、そしてそこにいない事実に、勝手に失望してしまう自分が。


(未練がましい……何を考えているの)


 男に追いかけて欲しいなど、捕まえてほしいなど、ルルワの最も忌避するタイプの女だ。

 今ルルワが全力で駆けている理由は、一刻も早くこの森を出ていきたいから。それ以外に意味などないはず。

 あそこまで手酷く突き放しておいて、まだ何かの間違いだったんじゃないか――なんて希望を抱くことなど、女々しいにもほどがある。


 まだ恋の味など知らぬ女には、その感情の揺れ動きは酷く奇怪で、そしてこれ以上に無く気持ちの悪いものだった。

 そんなある種平和的なことを考えていられるのも、そこまでだと知らず。


「大変なんだ!! アガトスが――!!」


「っ!?」


 ぞわっと、全身に鳥肌が立つような感覚。

 嫌な予感を脳が理解する――よりも前に、最悪の答えは告げられた。


「アガトスが、吸血鬼に殺された!!」


「そん……な……」


 それはまさに、地面が大きく揺れたようだった。

 未だ膝から崩れ落ちていないことが、奇跡だと思うほどに。


「報復だ! 犯人だとバレて、自棄になった! 奴はこの森にいる人間、全員を殺すつもりなんだ!! 私も、ルルワも!!」


「…………」


 遅れてようやく、ルルワの身体は力を失う。

 膝を付き、両手までついて、地に顔を伏せる。こぼれ落ちる涙の理由は、分からない。

 大切な忠臣を失ったことへの悲しみか、それとも手を下したのが吸血鬼であることへのやるせなさか、それとも――

 彼が自分をも殺そうとしている事実に、心が悲鳴をあげたのか。


「生き残るためには、もうるしかない!! 我々の手で!!」


「…………」


「アガトスの仇を討つんだ!!」


(…………アガトス)


 子供の頃から、一番側で支え、見守ってくれた。

 ルルワに最初に剣を教えてくれたのも、彼だった。人が生きていくうえで大切なことを、たくさん教えてくれた。

 そんな大事な人間が、殺された。ルルワが、見逃した吸血鬼に。彼とは戦いたくない――そんな身勝手な理由から、ルルワが逃げ出したせいで。

 彼女の心は、もう限界だった。


「泣いている暇はない!! 君には使命があるんだろう!?」


「っ!!」


(…………そうだ)


 ルルワには、使命があった。

 どれだけ苦しくても、どれだけ泣きたくても、世界がそれを許さない。死にたくても、戦わなければならない。戦えるのは、もうルルワしかいないのだ。

 これまで散っていった騎士たちのためにも、アガトスのためにも、こんなところで投げ出すわけにはいかない。そんなことは許されない。

 ルルワは限界まで追い詰められた心をなんとか震わせ、立ち上がる。そして一歩を踏み出した、が――。


(…………)


 それは本当に、たまたまだった。

 第六感、胸騒ぎ、虫の知らせ――なんだっていいが、それらに限りなく近いような現象。

 あるいは、それはアガトスからの、最後の忠心だったのかもしれない。


「…………アガトスが殺されて、お兄様だけが見逃されたのですか?」


「…………」


 ふと思いついた疑問が、そのまま口をついて出る。


「私を追いかける二人を彼も追ってきたのなら、なぜお兄様だけがここに?」


「…………」


 アガトスが殺されそうになれば、アベルは応戦するだろう。

 その時、相手は魔王すら倒した吸血鬼だ。一戦交えて無傷ということも、ここまで無事逃げられているという事実も、おかしな話だった。


「アガトスが殺されたのは……いつですか?」

 

 ルルワは振り向き、アベルと顔を合わせる。

 その時兄が見せた表情は、彼女がこれまでの長い人生で、一度として見たことがないような――そんな顔だった。


「本当に、思い通りになってくれない妹だ」

 



***




「――アガトス!!」


 姿が見えた瞬間、最加速し、瞬く間に傍らに滑り込む。

 移動の衝撃で大地が捲れ、大きな土煙があがるが、それでも俺を待っていた男は、微動だにしなかった。


「おい! アガトス!! 俺だ!! おい!!」


 地に伏す友人を前に、俺も冷静ではなかった。

 何がどうなっているのかが分からない。ただ分かるのは、アガトスが血を流し、倒れているということ。意識があるのか、生きているのかすら分からないような男を前に、俺は肩を揺らし、頬を叩き、名前を呼び続ける。


(太刀傷!? 人間!!)


 傷跡を確認し、遅れてその事実に気が付く。

 犯人の顔が思い浮かび、怒りと、そして何より動揺が抑えられなかった。その時――


「っ!!」


 血の気の引いた顔が僅かに動き、そしてゆっくりと、目は開いた。


「良かった!! 待ってろ、今――!!」


「た、たのむ……」


「っ!?」


 服とも言えないようなボロ布を捲り、俺は腕を出す。

 それを、アガトスの手が掴み、静止した。


「ひめ……さまを……」


「ああ! ああ、分かってる! でも今は――っ!?」

 

 その気配の変化は、俺が口を噤まざるを得ないほど。

 歯を食いしばり、鼻息荒く、充血した瞳からは涙が溢れる。まさに、怒りに震える姿。

 これが火事場の馬鹿力というのか、俺の腕に鈍い痛みが走るほどに、アガトスの気迫は力強かった。


「あいつは……悪魔だ!!」




***




 時はさらに巻き戻り、ルルワたちが森へとやってくる、遥か三年前にまで話は遡る。

 それがこの森で起こった小さな物語の、本当の始まりだった。


「――命乞いか。人間は好きだな、地に頭をこすりつけるのが」


 見下ろす勝者と、見下ろされる敗者。

 人生初の敗北を前に――アベル・シェメシュは、震えて蹲る。


 やはり30年の生涯でも初めて披露する姿だったが、もはや恥も外聞もそこにはなかった。なぜならここには、もうアベルしか生きている人間はいない。


(こ、こんな……。話が……話が違う)


 体の震えが止まらない。生物としての格の違いに、魂が震えあがっているのが分かる。


 30年、鍛え続けてきた。鍛えない日などなかった。

 驕らず、自惚れず、ただひたすらに努力し続けてきた。それが――


(話が違うじゃないか!! 魔王は、勇者と同程度の力のはずだろう!?)


 だからこそ、アベルに白羽の矢が立ったのだ。

 人間にして勇者に匹敵すると言われるほどの戦士。だからこそ、アベルは今ここにいる。だが――


「正直見飽きているよ。人間の命乞いはワンパターンだからな。私を楽しませれば生かしてやらんこともないが、これまで私を満足させた者は一人としていなかった」


 ガタガタと体を震わせながら、アベルは必死になって頭をこすりつける。

 そして、考え続けた。ここから生き残る方法を。

 もはや戦意などあるはずもない。戦って勝機を見出すよりも、敵の気まぐれに期待する方が、生き残れる可能性は高いと判断した。そしてそれは、まごう事なき事実。

 

 自分は違うと思っていた。特別だと。

 だが、アベルも魔王の前では――

 ただの、人だった。


「かといって私もそこまで無慈悲ではない。気まぐれで生かしてやることもあれば、やはり気まぐれで殺すこともある。貴様にとっては運が悪いことに、今日は後者だがな」


 アベルは考える。考え続ける。

 震える体も、震える心もそのままに、脳だけを動かし続ける。生存本能の全てを、思考の一点へとかき集める。


「貴様の健闘を称え、配下たちの餌としてやる。血の一滴すら無駄にはしないと約束しよう。私は慈悲深い王だからな」


 そして、答えを導いた。

 瞬間、アベルは叫んだのだ。


「――当代の勇者は!!」


「っ!」


 魔王の気配が揺れる。

 それに勝利を確信するよりも前に、アベルは畳みかけた。


「私の、妹だ!!」


 狂ったような音程。涙が混じったようなしゃくり声。

 だが――届いた。

 

「…………ほう」


 文字通り命懸けの賭けに、アベルは勝ったのだ。

 だが本当の勝負は、ここから。


「初めて貴様に興味を持ったな。そうか……勇者が肉親か……」


 考える様な声色に、アベルは口をつぐむ。

 今は余計なことを言うべきではないと。この辺りの人間理解に関しては、アベルは天賦の才ともいうべきものを有していた。


「勇者……あれだけは実に厄介。弱小種族たる人間の中でも、例外的に強い力を持つ。あれこそ世界の異端だな」


「均衡とは程遠い……あれに比べれば、我々はまだ可愛げがある。少なくとも我々は、殺戮を正義などとは言い出さないからな。お前もそう思うだろう?」


 冗談のつもりだろうが、笑えない。笑えるはずも無かった。


「貴様知っているか? ルコスの時代が来る前までは、力関係は今とは全くの逆だったということを」


 先ほどの問いもそうだが、相槌や答えを求めての言葉ではないと、声色から直感する。アベルは黙って頭を下げ続けた。


「本来魔王の地位に立つ者は、勇者に滅される運命。しかしそれが塗り替えられた時期が二回。2000年前のカイン、そして300年前のルコスだ」


「一人は吸血鬼に魅了され、騙された馬鹿な女。一人は最強の存在と立ち合うこともなく尻尾を巻いて逃げ出した、ある意味で賢い男」

 

 有名な話だ。しかも片方は、アベルにも深く関係する話。


「私も過去に一人だけ会ったことがあるが……手ごわかった。できれば二度と会いたくないものだ」


「…………」


 それは、誘いでもあり、匂わせでもあった。

 こちらの望みが分かっているのかという探り。だから――


「それで? 妹自慢がしたい、というわけではないのだろう?」


「はい。勇者を――この世界から消します」


 アベルは、答えを間違えなかった。


「消す? 首でも持ってくるのか? 貴様が?」


 それは出来るわけがないという嘲笑を帯びていた。

 実際その通りであり、そんな方法は考えていないため、早々と結論を告げる。


「もっと確実です。彼女を導きます。例え世界最強と言われる存在であっても、絶対に還っては来れない場所へ」


「…………ルコスの墓場か」


「時間をください。5年……いや3年。必ず、やり遂げてみせます」


 元々、研究の完成まであと少しというところまで来ていた。

 ここにきて、良い意味でも悪い意味でも、アベルの覚悟は固まった。


「ふむ……貴様分かっているのか? この世界から、勇者を取り上げる――その意味を」


 言われるまでもなく、分かっている。

 300年という時間をかけ、少しずつ追い込まれた人類は、まさに今、瀬戸際にまで立たされている。秒読みの人類をなんとか救っているのが、最後の勇者の存在だ。

 彼女が消えれば、その先を予想できないものなどいない。だが、いやだからこそ――


「世界より、私は己の幸せの方が大事です」


 アベルは心からの本心を、生涯で初めて、他者へと打ち明けた。

 その相手が人ではなく魔の者であったことは、彼にとって皮肉であったのか。それとも――


「はははっ! 正直者は嫌いじゃない。ならば今一度ここに宣言せよ。そして契約を刻め」


 アベルは最後の力を振り絞り、心を奮い立たせる。

 今ここが、この瞬間こそが――本当の始まりだと。


「あそこへ連れて行く! 彼女がもう、外の世界に二度と出て来れないように、私が一生閉じ込める!」


「私が導く!! 勇者を――」


 人は――悪魔に。


「還らずの森へ!!」

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