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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
序章 還らずの森の吸血鬼

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第013話 アガトス


「いくつか疑問があるんだけど、いいか?」


 何か俺のアガトスが虐められているみたいで見ていられないので、助け舟を出すことにする。違った、彼は皆のアガトスだった。


「ああ、君からの問いだ。もちろん快く答えるよ。それにしても、口数が少ないね。あまりお喋りは好きじゃないのかな?」


「あんまり喋り過ぎると、言葉が軽くなるような気がして」


「耳が痛いよ」


 お前の言葉には重みが無い――と割と直球な皮肉をぶつけてみたが、特にダメージを受けている様子はなかった。俺も特に意趣返しのつもりはなかったので、気にせず話を続ける。


「俺の善性にかなり頼った作戦だったけど、出会って3日の俺をちょっと信用しすぎじゃないか? 俺が滅茶苦茶悪い吸血鬼だったらどうしたんだよ。その場合、全員とっくに死んでるぞ?」


「そうだね。そこは妹の見る目を信じたよ。それに私も自慢じゃないが、人を見る目には自信がある。君は吸血鬼だけどね」


「根拠になってないな。さっきお前も言ってたろ、この状況なら誰だってキレると。俺が癇癪持ちの吸血鬼じゃないことに賭けたのか? そんな馬鹿な話ってある?」


 あの状況は、無実の人間が「犯人だ~犯人だ~、こっろっせ! こっろっせ!」とコールされていたようなもの。大人しくしていた俺の方がむしろ珍しい反応だろう。俺が自棄になって暴れ出せば、それこそ火傷では済まないはず。


「まあそうかもね。でもこれもいつか言ったけど、やっぱりそれでも良かったんだ。君が何もかも面倒になって私たちを殺しても、最終的にルルワさえ無事なら」


 昨日、この拠点に辿り着くまでのアガトスとの会話で、確かに彼はそんなことを言っていた。


「残念ながら、この覚悟は嘘じゃないんだ。彼女が生きて森を出てくれるなら、私はここで死んでも構わない」

 

 それは、俺ができないことを分かっていて言っているのだろう。

 ルルワへの想いという一点のみで、俺は完全に縛られてしまっていた。


「確かに良心が欠如していると言われても仕方がないことをした。それでも私は、この選択が間違いではなかったと信じているよ」


「俺が彼女さえ殺してしまうような吸血鬼なら?」

 

 確かに男は美女に甘くなる性質があるが、それを吸血鬼にも当てはめるのは滑稽だろう。むしろ俺なら、吸血鬼が真っ先に狙う獲物は美女だとイメージする。


「本当にただ自分の欲望だけを優先する吸血鬼なら、森に一人迷い込んだ女を、みすみす仲間の元に送り届けたりはしないよ。だってそうだろう? 彼女を森から逃がしたくないのなら、そこで捕まえてしまえば済む話なんだから」


 それは否定の余地のない正論だった。つまりあの時から、俺の性格の一端は掴まれていたということ。彼からしても、森に吸血鬼がいるなんて事実は、寝耳に水だったろうに。


「だからその事実がある時点で、君がルルワを求めて殺しをしたっていう推理は、実は破綻するんだけどね。まあ今の彼女は、そこまで頭が回らないんだろう」


 やはりあの泣き顔がフラッシュバックしてしまい、心が痛む。嫌な事だけ頻繁に思い出してしまう脳は、人間の時と変わらないようだ。


「これで答えになったかな? 腑に落ちないかもしれないが、現に私達はまだ生きている。私の推論が正しかった何よりの証明だろう? 君が自身のつまらないプライドやちっぽけな自尊心を優先するような吸血鬼なら、今我々はこうして生きてはいなかった。それだけは感謝しておくよ」


「別にまだ間に合うけど?」


「どうぞご自由に。彼女を一人にしてもいいのならね」


「…………」


 やはり、俺の心の内は、完全に見透かされているようだ。


(こいつ……本当に賢いな)


 こんな状況に追い込まれてはいるが、そこだけは素直に凄いと賞賛せざるを得ない。こんなに頭の良い人間には会ったことがない。


「君は本当に優しいよ。優しすぎる吸血鬼だ」


「だがそれは美点でもあり、弊害でもあるようだね。君がもっと愚かで、我儘な子供だったら、自分の幸せを掴むこともできただろうに」


「言葉を返すようだが、愚かなのはお前じゃないか?」


「…………なに?」


 別に言い返すつもりもなかったが、これだけは言っておかなければならない。

 もう二度と口を開けない三人の代わりに、俺が言わなければ。


「なんか大物ぶって完全犯罪成功――みたいなしたり顔してるけど、お前の計画根本から間違いだから。俺は端からこの森を出るつもりもなければ、ルルワに付いて行くつもりも全くなかった」


「…………」


「つまりお前は、勘違いと早とちりで部下を殺したマヌケだ。お前はこの森で、永遠に無能王子だって陰口叩かれるけど、文句言うなよ? あいつらにだって、それくらいの権利はあるからな」


「…………なるほど。そういうことか」


 その反応は、俺の想像とは少し違った。

 アベルは顎に手を当て、ここにいない誰かのことを考えている様子。


「ああ、もちろん構わないよ。それにしても、吸血鬼は死体とは楽しくお喋りできるのかい?」


「人の悪口言ってる時が一番盛り上がるから」


「全く違いないな」


 反応がどうであろうと、俺の言うべきことは終わった。

 できればこの男とはあまり口を交わしたくない。吸血鬼にも人間の好き嫌いはある。

 

「これは純粋なアドバイスだけど、やっぱり口数は多い方が良いと思うよ? 君が幸せを掴むチャンスも、ちゃんと転がっていたのにね」


「…………」


「言ったろ? 私は吸血鬼に一家言あると」


 それは、決して虚勢の類には見えなかった。

 しかし、実体があるかどうかは、この時の俺にはまだ分からなかった。


「さて、話は終わりだ。ここが君の幸せを掴む最後のチャンスになるけど、どうする?」


「…………」


 俺は、沈黙を貫く。

 ここで考えを変える程度の弱い覚悟なら、最初からやっていると。


「そうか……マヌケな吸血鬼に敬意を。ここまで侮辱されて、手も足も出せないチキンっぷりにもね」


「…………」


「行こうかアガトス。ルルワが何処に行ったのかは分からないけど、後を追わなければ」


「…………いえ、私はここに残ります」


「なに?」


 またしても二人して、アガトスの言葉に目を見開く。

 アガトスはこういうことをしてくるから油断できないのだ。


「あなたの言うように、彼は人ならざる怪物。追い詰められて気が変わらないとも限りません。彼を押さえる殿しんがりとして、私はここに残ります」


「…………そうか。なら頼んだよ。吸血鬼殿、ルルワがどこにいるか教えて貰っても?」


「真っ直ぐ西に向かってる。一人で森を出るみたいだな」


「もうすぐ朝になるが、勇者とはいえ、日の差さないこの森ではやはり心配だな。見送りには?」


「冗談だろ?」


「…………ああ、冗談だ」


 その言葉を最後に、アベルは俺へと背を向けた。




***




 アベルが消え、二人だけとなった空間は、やはり大きく様変わりした。

 俺は適当な荷台の上に腰を降ろすと、傍らにやってくるアガトスから目を逸らす。


「…………」


「…………」


 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはアガトスだった。


「――本当にいいのか?」


「うん」


 何が? などと定番の誤魔化しはしなかった。

 俺ははっきりと断言する。


「俺の考えは、昨日言った通りだから」


「だからこそだ。殿下のことはこの際横に置くとしても、お前は姫様からずっと誤解され続けるのだぞ? それでもいいのか?」


「うん。だって誤解じゃないし」


「なに?」


 それはまごう事なき、俺の本心だった。

 俺は本音を語ることは滅多にないが、なぜかこのおっさんには、話したいと思わされた。


「気持ち悪いってのは本当のことだよ。俺は心のどこかで、彼女がこの森に残ってくれたら――なんて考えていたんだから」


 アベルからの誹りも、完全な間違いではない。そういう心が全くなかったかと言われれば、嘘になる。


「だから気に入られようと必死に頑張ってたんだ。人間の女が吸血鬼に惚れるわけなんてないのにね。気持ち悪いだろ?」


「…………」


 彼女の仲間が全員死んだら――そんなことを、欠片も思わなかっただろうか。彼女も一人になれば、この森に残ってくれるんじゃないか――などと、心の隅で思っていなかっただろうか。

 そんなことは思っていなかったと思いたい。しかしそう断言するには、300年という月日はあまりに長すぎた。


「だからそんなふうに、悲劇のヒーローみたいに扱われても困るし、あんたがやろうとしていることも、ハッキリ言ってありがた迷惑なんだ」


「…………」


 俺はここで初めて、アガトスと目を合わせる。

 考えていることはお見通しだぞと、伝えるために。


「我々の事情に、無関係な君を巻き込み、あまつさえ無実の罪を着せたんだ。誰かが、この責任を取らなければならない」


 やはり彼は、この森で一生を終える覚悟だったようだ。

 大した騎士道精神だと思う。アベルの方を正しいとは言いたくないが、アガトスみたいなやつが珍しいことは確かだろう。化け物と人とを対等に扱うなど。


「だから迷惑だって言ったんだ。勘違いしないで欲しいんだが、別にあんたに同情してるわけじゃない。同情なんかしたくもないし、されたくもない。全てはルルワのためだ」


「姫様の……」


「あんたがここで死んだら、この先誰がルルワを守るんだよ。あんたは彼女から3人の部下だけでなく、長年仕えてくれた大切な忠臣まで奪うつもりなのか? あんたがルルワのことを大事に思っているように、ルルワもあんたのことを必要としているんだ」


「それは……君にも言えることだろう?」


 そうなりたかった。そうであったら、どれだけ嬉しかったか。


「見ろよ、この俺を。吸血鬼だ。化け物だ。誰が彼女の隣にいていいと思う? 誰が認めてくれるって言うんだ?」


「…………」


 俺は敢えて卑怯な言い方をする。

 ルルワの傍から、俺を常に引き離そうとしていたアガトスへと。


「だからここから、空も月も見えないようなこの森から、本当に影ながら応援しとくよ。一人より二人の方が応援しがいがあるから、どうかあんたも一緒に頑張って欲しい。それにほら、ルルワだけだと忘れそうだからさ。髭面強面おっさんのインパクトが、どうしても横にいるんだ」


「どうして……」


「ん?」


 まだまだアガトスの存在意義を語りたかったが、急激な空気の変化に口を閉ざす。そして嫌な予感通り、誤魔化すことのできない類の質問は来た。


「どうしてそこまで言えるんだ? どうしてお前はそこまでやれる? つい三日前に出会ったばかりの姫様のために、どうしてそこまで……」


「――運命の女性ひとなんだ」


「え?」


 昨日は誤魔化した質問に、俺は気持ち悪いと内心思いながらも、今回ばかりは嘯かなかった。

 アガトスとの最後の時間に、ほんの少しだけ、素直に本音を溢すことにした。


「この森じゃあ……人に会えること自体、珍しいからさ」


「…………」


「それこそ女の子に会えたのは、この300年で初めてのことだった。300年に一人なら、運命って言っても大げさじゃないだろ? 勝手に化け物の運命の女性にされた彼女は、迷惑極まりないだろうけどね」


「いや……」


 ポンと、肩に手を置かれる。

 それは力強く、そして、どこまでも優しかった。


「姫様は幸せ者だ。こんなに心の優しい吸血鬼に想ってもらえて、彼女は本当に幸せだよ」


「…………そうか」


 その温かい視線が、嬉しくもあり、やはりむず痒くもあった。

 俺は誤魔化すように、顔を背ける。


「というわけだから、あんたは俺のためにも、今後もルルワを側で支えてやって欲しい。言うまでもないだろうけど、野暮な真似だけはしてくれるなよ? 悪戯に彼女の心を傷つけるようなことは、あんただって望んでいないはずだ」


「生き恥を晒し続けながら、誇り高き吸血鬼の姿を、語ることも許さないと?」


「そうだ。むしろ思いっきり貶しといてほしいね。他人の悪口が一番盛り上がるからさ」


 悪口でも陰口でも、森にそんな奴がいたと時々思い出してくれれば、俺は十分だった。

 それでもなお苦い顔を続けるアガトスに、俺はここぞとばかりにふざける。彼が笑って前へと進めるように。


「俺はヒロインを突き放すような行動をした男が、後から実はヒロインのことを想って敢えて嫌われるようなことをしていたんだ――みたいな安っぽい展開が、世界で二番目に嫌いなんだ」


「……二番? では……一番は?」


「その裏事情をヒロインに全部喋る奴」


「はははは! 私のことか!」


 優しい嘘とかいう奴だ。傷つけたことには変わりないのに、何が優しいというのか。

 俺はああいった感動テンプレを、良いストーリーだと思ったことは一度もない。

 優しさは、当人に伝わらないからこそ優しさなのだ。

 

「君に……いやあなたにだけは、絶対に嫌われたくはないな。姫様の名に懸けて約束しよう。あなたの覚悟を無駄にはしない」


 敬礼までして誓いを立てる騎士の姿に、俺はようやく安堵する。

 

「あなたと出会えて、本当に良かった」


「俺もだよ」


 俺は荷台から立ちあがると、アガトスと向かい合う。

 相変わらず髭面で強面で、どこからどう見てもアガトスなおっさんだった。


「悪かったよ。あんたの部下を守れなくて。約束も守れなかった」


「謝るのはこちらの方だ。これまでの度重なる非礼、我が主人の無礼と合わせて謝罪させてほしい」


「あいつメチャクチャ口悪いよな。絶対クチャラーだよ……ついでにこれも内緒で頼むね」


「約束したからには仕方がないな。まとめて私の胸に仕舞っておこう」


 すっと手が差し出される。

 俺は意味を確認するようにしっかりと見下ろしてから、その手を取った。


「良かったな。俺があいつの言うように、チキンな吸血鬼で」


「違うさ」


 握手する手に、力が込められる。

 確かな人の想いが、そこには込められていた。


「あなたは高潔だったんだ。この森にいた人間の、誰よりも」


「醜かったのは一貫して、人である我々だった。私はあなたほど素晴らしい吸血鬼に、今まで会ったことがない」


 その真っ直ぐな言葉は、300年かけて疲れ切った俺の心に、染みわたった。

 涙が出ないことを、心から恨むほどに。


「まあ……吸血鬼だしね」


「そうか……そうだな!」


 そもそも吸血鬼に会うのが初めてだろうと、小さくツッコミを入れる。

 俺の照れ隠しに、アガトスは嬉しそうに笑った。


「名もない吸血鬼殿。私はあなたのことを、一生忘れない。誇り高き吸血鬼が、この森にいたということを」


「俺も……頑張って100年くらいは覚えとくよ。デュオ、トレイス、テッサレス――そして……アガトス・アントローポス」


「…………光栄だ」


 最後にアガトスは、泣けない吸血鬼の代わりに、涙まで流してくれた。

 

 これがアガトスとの別れ――

 そうであったなら、どれだけ良かっただろうか。


 森で起こった殺人事件――その神髄は、吸血鬼の想像を容易く上回る。

 そして、人間という生き物の狂気。その本当の恐ろしさを――

 この時の俺は、まだ知らなかった。

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