第110話 弱点の多すぎる男
「――さっそく課題が出て来たわね」
「ああ」
パーティ戦の修練に入った3日目の昼。
俺たちダソス入行組は、さわりの反省会も兼ねて、昼食を共にしていた。
そこに加わるのが、ダソス出向組であるカロスとアクレミア。つまり若い男女らが寄ってたかって、飯を食えない吸血鬼一匹を真昼間から虐めているというわけだ。吸血鬼を虐めるのなら昼は妥当だった。
「あなたは弱点属性が多すぎて、盾役としての機能が十分ではないわ」
「克服できないからタチが悪いよね」
「ええ」
だが俺に文句などあるはずがない。
なぜなら見方を変えれば、彼女たちこそが俺の飯であるからだ。つまり吸血鬼のために栄養補給をしてくれていると解釈もできる。絶対の捕食者の前で絶賛丸々と太っているわけだ。
つまり広義の意味で言えば、俺も今食事中となるのだ(?)。こんな食事の仕方が世界にあったとは思いもよらなかった。俺の発想力もまだまだ安泰。無限の可能性を秘めているらしい。
「差し当たって、ルルワのルルワが凄い揺れて集中できないって弱点についてだけど……」
「克服しなさい」
俺は冗談半分で決して冗談ではない弱点を指摘する――のと、顔を引き寄せられたのはほぼ同タイミングだった。
その相手は当然、俺の飼い主であるルルワ。彼女は刺繍などが入った綺麗なハンカチで、俺の口元を拭う。
俺は食事はできないが、喫飲はできる。そして飲むときに少しばかり口元から溢してしまうのが俺の癖だった。コップで飲む時は牙、いや鬼歯が邪魔となり、上手く飲むことができないのだ。だから毎回ルルワが口元を拭いてくれる。吸血鬼コンプレックスの一つだ。
「むぅぅ……鎧が直るのを待つしかないか。どれくらいかかるかな?」
顔を固定されて口元を綺麗にされながら、俺は国宝たる鎧が見当たらないルルワの胸元を覗き見る。無論下心などあるはずもない。あくまで弱点の克服のため。こうしている今も訓練。男はいつだって修行中なのだ。
「この国きっての鍛冶師たちが総力で当たってくれてるわ。そう時間はかからないはず」
「そうか」
それなら安心だ。
今思えば、あの鎧は俺が思う以上に大きな役目を果たしていた。いなくなって大切さに気が付くとはまさにこのこと。だから壊したのかもしれない。
それにあれは俺の罪の象徴でもあるので、早めに物的証拠を消し、罪ごと隠蔽してしまいたいところだ。これが本当の下心。
ただ時間はかからないとは言っても、今日明日の仕事とはならないだろう。差し当たって鎧が返って来るまではどのようにこの胸囲に、いや脅威に対処するか。
ルルワとアワンの位置を入れ替えるという案は、当然駄目だろう。そうすればルルワのルルワが視界に入ることは無くなるが、その代わりに敵が増える。それも背後に。
聖なるパワーで滅せられること間違いなしだ。ユウキの元に行くのはまだ早いし、たぶんそんな理由で合流したら怒られる。
「多数の属性弱点……その中でも最大の弱点の一つ、火属性は何とかしたいところね」
ルルワの懸念である、俺の弱点属性。
俺の弱点がアホみたいに多いのは今に始まったことではないが、なぜ盾役の話でそれらに改めて着目しているかと言えば、その属性系攻撃が飛んできたら簡単に陣形が崩壊してしまうからだ。
簡単に言えば、火が飛んで来ただけで盾役の俺が盾になれない。もしこれを受けた場合、戦場で悲鳴をあげて踊り狂う吸血鬼が完成する。これでは戦闘どころの話ではない。
そして基本四大属性たる火は、普通の戦闘でも結構頻繁に飛んでくる。由々しき事態だった。
「俺が言うのもなんだけど、弱点が多すぎるって普通に盾役として失格じゃない? なんで誰も止めてくれないの? 俺のこと嫌いなの?」
太陽、火、聖、光、銀――弱点が多すぎる俺も考え物だが、こんな弱虫を盾にしようと考える奴らも相当だ。イジメとしか思えない。
本当に自分で言うことではないが、普通に頼りなさ過ぎる。
「デメリットは多いけど、やっぱりメリットも多いもの。物理攻撃面ならほぼ無敵の盾。精神攻撃の類も……物理的精神攻撃じゃなければ完全無効。ちょっとした悪口で簡単に崩れる脆い心だけど」
「物理的精神攻撃だ」
悪口を精神系攻撃(物理)と表現するとは、天晴だ。そしてすかさず実演。
まさに殴られたようなダメージ。本当に俺は精神攻撃無効なのかと、自分を疑うほどの絶大なる効果。
「それに、そこまで戦闘に時間をかけるシュミレートはしてないから」
なるほど。弱点を暴かれる前に戦闘を終了させる、超短期決戦を想定しているらしい。確かに俺の物理防御力の高さとルルワの物理攻撃力の高さなら可能かもしれない。
俺が数撃防げればほぼ勝ち確。そして弱点でも突かれなければ、俺が抜かれることはほぼない。
ただそれはやはり、俺の大弱点が暴かれないことが大前提だ。そして俺の弱点の多さは、そんな想定をも置き去りにする。
「虫を顔面に投げつけられた時のシュミレートはしてくれた?」
「どんな戦闘なのよ」
全く笑い事ではない。
もしかしたら炎を飛ばされるよりも俺は混乱するかもしれない。吸血鬼に全く関係のない弱点が多いのも俺の弱さの絶大なる要因。敵が虫使い系術者、もしくは虫型モンスターとかなら戦う前に使えない盾ができあがる。
「虫も吸血鬼の弱点なのですか?」
「信じがたいことにな。こんなのに国を滅ぼされかけたとは、ダソスの恥だ。なんとしても隠蔽しなくては」
何やらアクレミアは吸血鬼全般の弱点だと誤解しているようだが、もうそういうことにしておこう。唯一の同胞は2000年前に死んでるらしいし、死人に口なしだ。カイン「っ!?」
「…………もしかして、他にもわたくしたちの知らない弱点が?」
「おばけも駄目らしい。あとは高所恐怖症、閉所恐怖症、海洋恐怖症、ひかりもの全般、極めつけは女も苦手……」
「本当に吸血鬼ですか?」
それについてはキィの音も出ないところだが、それはそれとして弱点バラし過ぎだ。隠蔽するとか言った口で、ネガティブキャンペーンが過ぎる。
「高所も? あなた空飛んでたじゃない」
「実はずっと怖かった」
「知りたくなかったです」
失望の色を隠さないアワン。
そりゃそうだ。まさかビュンビュン飛んで空の支配者顔してた男が、内心チビってたなんて知りたくはなかっただろう。俺も言いたくなかった。
ただまあ、事実だ。300年の修練で怖さを誤魔化すことはできていたが、足先からせり上がって来るようなあの独特の恐怖感は拭えない。恐怖は大切な感情だと思うので、実は俺もそこまで情けないとは思っていないが。少なくとも感覚が麻痺しているよりはよっぽどマシだろう。
「女……ということは、もしや色仕掛けなども効果があるのですか?」
「うん」
「うん!?」
俺が普通の問いに対し普通に頷くと、大げさな反応を示したのはルルワ。
すぐ側で大声を出されたので、聴覚の良い系吸血鬼たる俺はかなり驚いた。
「あなた彼女がいるのよ? それもすぐ隣に」
「恋人がいない男だけをターゲットにしてくれる。そんな良心的な暗殺者はいないと思うけど……」
「違う。あなたの良心を質してるの」
「そうでふよね」
頬を引っ張られながら、至近距離で瞳を覗き込まれる。
まるで浮気を咎められているみたいだ。俺はまだ何もしていないというのに。
「うーん、でも真面目に考えた結果かな。ぶっちゃけ男で断言できる奴っているのかな?」
「知らん。私を見るな」
カロスが全力で視線を逸らす。
女性陣に囲まれたこの場では唯一の味方だと言うのに、友達甲斐の無い奴だ。それとも俺が味方としては頼りないのだろうか。そんな気がする。
「少なくとも俺は、自分を過大評価してる奴はあんまり信用できないかな。それこそ俺は絶対浮気しないとか自信満々に言っちゃう奴。そういう奴よりは、まだ自分を疑ってる奴の方を信用したい」
「体のいい逃げ口上にしか聞こえんな。私は絶対に浮気などしない。それが女性への当然の敬意であり、男としてあるべき姿だ」
「そうそう、こういうの」
とは言っても、カロスは本当に浮気しそうにない気がするが。
だが物事に絶対はない。俺も浮気をしない男でありたいとは本心から思っているし、たぶんすることもないのだろうが――やはり俺の気質的に、あんまり簡単に絶対とか言いたくはなかった。だから――
「何の根拠があるんだろうね? たかだか数十年の人生経験で、絶対とか……」
「「「「…………」」」」
それは、意図せず漏れた言葉。
俺をして、思いがけない本音。
その正体は――途方もない、自己嫌悪だった。
『もう、あんた以上の運命には出会えない……絶対に。頼む……俺も一緒に逝かせてくれ……』
思い出される、過去の記憶。
本当に情けなかった男の過去。そして、やはり――
「……なに?」
運命が――映る。
絶対など、この世にはなかった。
「だから俺が馬鹿なことしないように、ルルワが見張っててよ。俺って結構情けないとこ沢山あるからさ、二人とも頼むね」
彼の言う通りだった。
一番だから、運命じゃない。運命的だから、運命でもない。
その人が特別であるかどうか、決めるのは俺だ。それが運命かどうか、決めるのは――
俺の微笑に、運命の女性――ルルワも微笑む。
そして――
「何いい感じに誤魔化そうとしてるのよ。浮気はしないと言いなさい」
「しましぇん。じぇったいにしまひぇん」
「よろしい」
そんな信念さえ放棄して絶対とか言ってしまうのが、俺だった。本当に情けないことこの上ないが、好きな人の前では男はこんなものだろう。
人には良いところも悪いところもあるというのが俺の持論ではあるのだが、ちゃんと差し引きプラスになっているのかが不安なところだ。どこかでイーブンくらいには調整しておきたい。
「で、話は戻るけどさ。攻撃系の術があるってことは、当然防御系の術とかもあるんだろ? 炎を無効化する術とかさ。そういうので弱点をカバーするんじゃないの?」
都合の悪い話題は知らんぷりし、黙々と食事を口に運ぶ男へと視線をやる。
彼は昼前に合流した時から、何やらずっと考えに耽り心ここにあらずといった気配だったが、これだけ分かりやすいフリを見逃すほど遠くに行っているわけでもなかった。
「無論だ。だが貴様が修得するのは不可能……そうだろう?」
「うん。だからルルワかアワンに頼むしかないね」
俺の才能の余白はもう余っていない。
月夜見ガチャに望みを託すというのも滑稽な話だろう。
「それも考え物だ。仮に彼女たちに頼むのであれば、聖属性への対抗術になるだろうな」
「ん? なんで?」
カロスは俺の率直な問いに、ナイフとフォークを置く。
そして水で軽く喉を潤し、口元を拭った。少し待たされることになった俺だが、特に思うところはない。むしろそれら所作の美しさに、同性ながら見惚れてしまう。悔しいが、非常に絵になる男だ。
(…………貴族令嬢とかから凄いモテそう)
肩書的にも実力的にも、今この国で一番の男なのではなかろうか。この年で宮廷魔術師は、もはや有望とかそういうレベルではない。求婚者とか殺到してそうだ。
若く、容姿端麗。真面目で、家柄も確か。これからのダソスを象徴する若き力。
それこそ、この国一番の女と結ばれても――
(……………………)
その時――
俺はようやく、対面に座る男を見る。
初めて、その男を見た気がした。
「火に対抗する術を持っているのは、どんな術師だと思う?」
「…………火が弱点の術師だろ? 俺みたいな」
「? 違う」
俺が答えに詰まったのが珍しかったのか、それとも分かりやすく答えを外したのが珍しかったのか、カロスの瞳が揺らぐ。
視線が、交錯する。
何が分かるわけでもない。ただ、その男の瞳を見たかった。
そしてやはり、分からなかった。だが俺は、確信にも近い閃きを悟る。
そう考えると、もうそうとしか思えない。
「私だ」
「……なるほど」
術構成は自系統、自属性で揃えた方が強力になる。対抗術であっても例外ではないということか。
「現に私は、火属性攻撃を完全に無効化する術を持っている。他者に術をかけることも可能だ」
「カロスがいれば、俺にも炎攻撃は効かなくなるってことか。ちょっと試してみようぜ」
俺は思い立ったが吉日立ちを敢行し、離席する。
今俺たちが食事をしている場所は、王城庭園の一つ。天気もいいので外で食事をしようとなったらしい。こんなにすぐに疑似キャンプのようなことができるとは、流石の王族クオリティだ。準備や片付けの手間を思うと頭が痛い。
「食事中だぞ?」
「なら俺には関係ないね」
「ふんっ」
文句を言いながらも、カロスはそう間を置くことなく俺に続く。
特に食事中でもない吸血鬼に、彼は付き合ってくれるようだ。
「火属性に特化した対抗魔術は大きく分けて三つ。炎ダメージ軽減の<シャデラク>、炎消失の<メシャク>、炎ダメージ無効の<アベデネゴ>」
「最後の一つだけでいいってこと?」
俺たちはテーブルから離れ、向かい合う。
女性陣との距離はカロスの塩梅に任せた。
「そうでもない。シャデラクは本体へのダメージは数十%しか軽減できないが、衣服や武器への炎ダメージは完全無効化する。アベデネゴでは術者の生命力は守れても、武装に入るダメージや状態異常にまでは術が及ばない」
「メシャクは?」
「火属性による元素作用、つまり環境の変化を打ち消すことができる。炎で囲まれて移動できない――などという状況を打開できるわけだ。戦闘熟練者の基本は3つでセットだな」
「なるほどね。あれ? でも魔術はデバフじゃなかったっけ? これバフっぽくない?」
そうだ。
天術はバフ、魔術がデバフ。アワンにはそう教わった。
「お手本のようだな。初心者が勘違いしやすいポイントだ」
カロスが詠唱を唱えながら、俺に次々と術をかけていく。
みるみる力が湧き上がっていく――ようなことはなく、特段肉体に変化はなかった。
「基本バフは天術、デバフは魔術。これがセオリーであり、間違いではない。ただそれは傾向の話であって絶対のルールでもない。私のようにその属性に特化した術師であれば、自系統のみに限ってバフに該当する術を取得できたりもする」
「…………」
俺は無言でアワンへと視線を向ける。
別に責める意図はなかったが、彼女は目を逸らした。
「この点に関してはアワン・ラーヘルに非はないだろう。何事にも例外はあるというだけの話。初心者に応用術や専門知識を与えるのも愚かだしな」
「火だけに?」
「黙れ」
カロスが右手を翳す。
昨夜以来の、魔力の鳴動。魔術の威圧。
それも、吸血鬼の最大の弱点。
「怖いならやめようか?」
カロスが不敵な笑みをこぼす。
生意気な挑発に、俺も余裕の笑みをこぼした。
「やれよ……ただ3、2、1で頼む。0の時じゃなくて、1の時で――」
「<灼熱の炉>」
1どころか3すらもなく、炎は飛ぶ。
全身を容易く包み込むほどの灼熱が、吸血鬼を襲った。




