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吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
序章 還らずの森の吸血鬼

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第011話 吸血鬼の心


「…………おい。大丈夫か?」


 そんな顔もできるのかと、俺が意外に思うほどに不安げな面差し。化け物を相手に、確かに心配そうな顔をして覗き込んでくるのは、もはやお馴染み皆のアガトスだ。

 俺はなんとか表情を取り繕い、やはり人に対し、嘯く。


「ふっ……お前の前で強がっても仕方ないか。相棒」


「相棒?」


「おいなんだよその顔は。頼むからそんな顔をするな。そんな髭面で強面で、むさ苦しい顔をするんじゃない」


「それは標準仕様だ」


「心配しなくとも、こんなの大した痛みじゃないさ。あの時受けた痛みに比べればな。そう……幼少期結婚の約束もしていたような初恋の幼馴染を、近所のチャラ男に横から掻っ攫われた時の痛みに比べれば……」


「よせ、作り話でも胸が苦しい」


「実話だ」


「今すぐ横になれ! 死ぬぞ!」


 数時間夜を共にする中で、かなり打ち解けたといえる俺たち。

 夜を共にするとか言うと非常に気持ち悪いが、とにかく仲良くはなった。仲良くとかいうとやはり非常に気持ち悪いが、まあつまりは、距離が縮まり、親密になり、二人にとって特別な時間となった――というわけだ。

 駄目だ。どうあっても気持ち悪さが消えない。これがアガトスの呪いか。アガ「っ!?」


 まあどれくらい仲良くなったかというと、必死に虚勢を張る吸血鬼の顔色を、心配そうな顔をして人間が伺うくらいだ。そんな場面は、きっと世界に今ここだけだろう。

 

(それくらいってことか……)


 そう、俺の今の状態は、まさしく虚勢。

 吸血鬼の体に新陳代謝などというものがあるはずもなく、変わらず汗もかかなければ血も流れないような偽りの生者。人間のように顔色が変わることもなく、俺の顔は常に死人のように真っ青なはず。

 しかしそれでもなお、色濃い疲労が読み取れてしまうほどに、今の俺は疲弊しているということなのだろう。


(まさか<反教底位パラダイス・ロスト>の持続使用が、ここまでキツイとは……)


 なんとかなるだろうと甘い想定で踏み出した徹夜だったが、思ったよりも見積もりは甘かった。

 もう13時間以上ぶっ通しで能力を使用しているが、ぶっちゃけ10時間前から限界はきている。

 今は森全域から範囲を絞り、拠点周囲1kmにまで警戒範囲を狭めたくらいだ。それでもなお、ジワジワと削られていく精神、積み重なる精神的疲労。減ってるのか増えているのかはっきりしろという感じだが、プラマイゼロになっていないことだけは俺にもはっきりと分かった。


(13時間ぶっ通しで歌わされているみたいだ……)


 適当に思いついた例えだったが、言い得て妙かもしれない。

 人間には可聴化も気配の一端すらも掴むこともできない超音波を、絶えず体から放出し続けているのだ。次点で頭をよぎった”休むことなく連続射精し続ける”――なんて例えよりはよっぽどマシだし、イメージもしやすいだろう。

 さらに、それと並行して入って来る万単位、億単位の情報を聞き取り、脳で処理しなければならないという作業も強いられる。これにはかの聖徳太子も手に持つしゃくを放り投げて全力で耳を塞ぐと思われる。

 

「…………幼馴染とチャラ男とやらは、一体どこから湧いて出たんだ? お前はこの森に、ずっと一人なのだろう?」


 一人聖徳太子をやっている俺に(それはただの聖徳太子)、アガトスはこうして声をかけ続けてくれている。少しでも俺の気がまぎれればと、話し相手になろうとしてくれているのだ。

 そんな心遣いが、俺は嬉しかった。

 だが――


「ああ……そうだったな……」


「…………」


 疲労はとうとう、取り繕えない段階にまで差し迫っていた。

 そんな弱った心が、柄にもない言葉を俺に吐かせたのかもしれない。


「安心してくれ……」


「ん?」


 俺は億劫な体に鞭打ち、顔をあげる。

 これだけは、目を見て言うべきだと思った。


「あんたの部下は絶対、俺が死なせないから」


「…………」


 所詮は化け物吸血鬼の戯言。人の心に、まともに届くはずもないだろう。

 だが、それでも良かった。俺の行動も、言葉も――結局は全て、ただの自己満足に過ぎないのだから。

 その時――

 

「――なに!?」


 幾田の情報の波に乗って届いた信じがたい現実に、俺は弾かれたように立ち上がる。

 本当に確かな情報なのか、何度も何度も確かめる。そのくらい、にわかには受け入れがたい現実だった。


「どうした!! なにが――!?」


 遅れて立ち上がるアガトスの問いに答える余裕もなく、俺は焦りに突き動かされるように、駆けだす。

 吸血鬼が消えたその場には、地を踏みしめた足跡だけが風と共に残り、その数秒後には、俺は現地に到着した。


「――馬鹿な!? ありえない!!」


 眼下の光景を見下ろしながら、決してあってはならない現実に叫びをあげる――吸血鬼がいた。

 その吸血鬼の正体が誰であるかなど、俺が一番よく分かっていること。しかし、分かりたくなかった。

 いや、俺は分かっていたようで、何も分かっていなかったのかもしれない。

 己という存在がぶれるほどに、その光景は、俺にとって衝撃だった。


「…………」


 衝動的な叫びに、言葉は続かない。まさに、言葉も無かった。

 俺の下には、転がっている二人の騎士。生ある者とは思えないような、無残な姿。

 

 それはまるで、太陽に焼かれたかのように。

 まるで、吸血鬼に全身の血を抜かれてしまったかのように。

 二人は、干からびていた。


(い、一体何が……なにがどうなっている……? こんな、こんなことが……)


 体に鞭打ってまで常時展開していた<反教底位パラダイス・ロスト>には、何者の反応もなかった。変わらず二人組の行動が徹底され、入り口前の俺とアガトス、就寝中のアベルとルルワ、そしてそれを護衛する騎士二人――誰一人として不審な動きは見られなかった。

 そして二人の騎士は、突然倒れたのだ。まるで電池のきれた人形のように、唐突に。

 その時、犯人の影も形も、俺の能力は捉えることは適わなかった。誰もいない場所で、殺人は起こったのだ。


(なんだ……一体、何が起きている……)


 他に吸血鬼がいるとしか思えないような、そんな事件。

 しかもその吸血鬼は、森最強の吸血鬼を出し抜けるほどに、狡猾で、残忍。まるで実体がないように、その姿さえ見せない。


(だめだ……くそっ!)


 膝を付き、二人の脈を確認するが、完全に事切れていた。

 アガトスとの約束を守れなかったことに、俺は内心で強く舌を打つ。もちろん自らの努力と、それからなる疲労に釣り合わない結果に、苛立ちを覚えなかったかと言われれば嘘になった。

 だがこの時の俺は、単純に三人もの人間をみすみす死なせてしまったことに、深いやるせなさを抱く。他人のことを気にかける余裕など、今の俺には全くないというのに――。

 

「…………そんな」


 ドクンと、ないはずの心臓が跳ねた気がした。

 その小さな声をきっかけに、時が圧縮されたような空間がここに展開され、決して乱れないはずの俺の呼吸を、少しずつ乱していく。

 ゆっくりと、ゆっくりと後ろを振り返れば、そこには魔を斬り払い、人を救う――勇者の姿が。

 彼女は床に倒れている人間の亡骸と、その傍らに佇む、吸血鬼の姿を同時に捉える。

 闇に浮かぶ赤き瞳だけが、彼女を見つめていた。




***




「…………」


「…………」


 しばらく無言で見つめ合うと、俺は音もなく立ち上がる。

 彼女がこのタイミングでここへやってきたことに違和感はない。先ほどの俺の叫びを聞いて、全力で向かってきたのだろう。つまり俺のことを心配して、一目散に駆けてきてくれたのだ。その優しさが招いた、最悪のタイミング。


「姫様!! っ!?」


 言葉もなく、呆然と立ちすくむ男女の空間に、遅れて到着したのはアガトス。入り口からやってきた彼は、当然俺の背後から現れ、そして現場を見て絶句する。

 彼の驚愕とほぼ同時に、ルルワの背後に立ったのが、この森最後の人間となる――アベルだった。


「…………決まりだね」


 四者揃い踏みの空間に、確信を告げる鶴の一声。

 その視線はやはり、俺へと向かっている。

 というより、この場に存在する全ての人間が、ただ一人の吸血鬼を見ていた。


「私とルルは、ずっと共に過ごしていた。君の声が聞こえてくるまで、ずっと。そして二人の死体の前には君がいて、後からアガトスがやってきた」


「…………」


「どちらも第一発見者は君だが、それを根拠として持ち出すつもりはないよ。ただ、この犯行に関しては、君にしか不可能だ」


「…………」


 現行犯逮捕――そんな言葉が頭をよぎる。

 仮に俺が彼らの立場でも、犯人は俺しかいないと思うだろう。つい先ほどまで一緒にいたアガトスに擁護を求めても意味はない。彼の視点から見ても、俺が今殺したようにしか思えない。

 こんな状況にも関わらず、意外に俺は冷静だった。

 あるのは、さらに犠牲者を出してしまった無力感と、ここまでに積み重ねた精神的疲労だけ。

 正直この場にこうして立っているだけでもしんどい状態にはあったが、泣き言は許されず――また、吸血鬼として生まれた罪は、この程度では許されなかった。


「どうして……何も言わないの?」


 少女の瞳から、涙がこぼれる。

 燭台の乏しい明かりに頼る様な空間にあって、吸血鬼の瞳だけが、その光景をしっかりと捉えた。残酷なほどに、目に焼き付けられる。


「なんで? どうしてなの? 私は……私はあなたのこと、信じていたのに……」


「…………」


 その言葉は、彼女が俺を犯人と見なしたという何よりの証拠。しかし、俺の中に悲哀はあっても失望はなかった。

 ルルワとアベルの兄妹仲。そしてルルワとアガトスの関係については、一晩中にもなるアガトスとの会話で、すでに聞き及んでいる。

 少なくとも、たった数日の関係である吸血鬼なんかとは比べ者にならない程の、深い絆があることは。

 だからこそ、ルルワ、アベル、アガトス、そして俺が残ったこの空間で、彼女が疑える対象は、もう俺しか残されていないのだ。


「ルルワ、吸血鬼に殺人の理由を問いただすなんて滑稽だ。今は――」


「うるさい!! 黙ってて!!」


「…………」


 アベルの差し出口を、容易く押しつぶす程の叫び。それはもはや、怒号だった。

 その爆発的な激情の奔流には、三者が揃って息を飲むほど。

 俺はもちろん、彼女のことをよく知る二人から見ても、今の彼女の姿は酷く意外なものだったのだろう。

 

「なぜ三人を殺したの!? 私ではなく!! なぜ彼らを!?」


「…………」


「答えて!!」


 剣が抜き放たれ、切っ先を突き付けられる。

 勇ましい姿ではあったが、同時に酷く弱弱しい姿でもあった。

 激しい怒りから戦慄く気配と見ればそう見えるが、見る者によっては、あまりにも頼りない姿。

 抜き身の剣を持つ手は震え、瞳から零れ落ちる涙は留まることなく、呼吸は大きく乱れ、全身が震え、唾を飛ばしてまで放つ怒声すら、消え入りそうだと感じてしまうほどに。


 見ているこちらが悲しくなるような姿。

 俺はそれでも、彼女の問いに答えなかった。


 ここで、俺はやっていない――などと幼い言葉を吐くことに、何の意味も意義もないことは、誰にでも分かること。

 ならば一番良いのは真犯人の名を告げることだが、まだ確証も根拠も、証拠すらない。確たる証拠もなしに人を殺人犯扱いすれば、それは真犯人とやっていることが同じだ。それでは今置かれているこの状況に、憤る資格すらないだろう。


 そして、《《全ての事情》》を知ってしまっている俺には――

 この場で口にできる答えは、やはり残されてはいなかった。


「ルルワを、手に入れるためだろう?」


 だからその問いに答えるのは、俺ではない。

 この状況で俺を追い込むことで、真犯人であることがほぼ確定となった男が、前へと躍り出る。


「君はどうしても、この森に彼女を引き留めたかった。だから邪魔者を始末して、最後に彼女と二人きりになるよう仕組んだ」


「…………」


「彼女が寿命で死ぬまで、この森に閉じ込めるつもりだったのかい? 300年間一人で寂しかったんだろうけど、あまりに身勝手だよ。彼女の気持ちも確かめず、自分の気持ちだけを押し付ける。独りよがりで、これ以上ないほどに我儘だ」


「…………」


 アベルの言葉に関しては、特に心に響くことはなかった。

 その言葉がどこまでも空虚であることは、俺には分かっていたから。

 だからこそ、やはり――


「そんな……そんなことのために!! そんな身勝手な望みのために、人を殺したの!?」


 ルルワの心ある言葉は、心無い言葉なんかよりも、何倍も俺の心に痛みを与えた。


「なんで何も言わないのよ!? 黙ってちゃ分からない!! 言い訳でもなんでもいいから、何か言ってよ!!」


「ルルワ。残念だけど、こうなってしまっては彼は生かしておけないよ。三人でるしかない」


「…………」


 疲労困憊の吸血鬼と、涙を流すほどの激情に狂う勇者。

 どちらの方が有利かは分からないが、俺が彼女を傷つけないことだけは分かっていた。それがアベルにも分かっているのだろう。だからこそだ。

 既に、自分の幸せよりも、彼女の幸せを一番に望んでしまっている俺には、何もできることはなかった。

 救えないことに、ここで彼女に殺されてもいいとすら思ってしまっている自分がいる。

 この状況に陥ってしまった時点で、俺は詰んでいたのだ。


「なんで……何も言ってくれないの……?」


「…………」


 ポロポロと、最後まで涙はこぼれ続けていた。

 自分のために泣いてくれたことが嬉しくもあり、自分のために泣いてくれたことが苦しくもあった。

 動かないはずの心臓。今も痛み続けるこの心は、一体どこにあるというのか――


「…………気持ち悪い」


 ――分からない。

 心の在処も、本当にあるのかさえも――


 その言葉を最後に、勇者は吸血鬼の前から姿を消した。

 遠ざかっていくその背を、俺は見送ることもせず――

 吸血鬼は、静かに目を伏せた。

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