第010話 吸血鬼の嘯き
「犯人は――アベル」
「っ!!」
俺はどこぞの探偵のようにもったいぶることもなく、まず結論から告げる。
「犯人はあなたです」――までのベラベラと長ったるい解説の時間が、俺は世界で二番目に嫌いだからだ。一番は特に妙でもないことに「妙だな……」とか言い出す探偵だ。
一般人では中々気づけないポイントを指摘することで優秀さをアピールしたいのだろうが、まずその犯人が一般人だということを忘れないでもらいたい。
――などと誰に対してのものかも分からないような愚痴を内心で吐いている間にも、現実は進む。
せっかく座ったばかりだというのに、弾かれたように立ち上がるアガトスの姿を、「妙だな……」などと思いながら、俺はその光景を黙って眺めた。
予想通り、首元にあてがわれた光り輝く剣先を見て、「犯人増えそう」などとも思いながら。
この場合死体は増えないので、まさに死体のない殺人事件である。
「貴様!! 言うに事欠いて――!!」
「…………」
アガトスの怒りは、当然だ。
忠誠を誓う主君を人殺し呼ばわりされたのだから、怒らない方がむしろおかしい。それも、相手は吸血鬼。彼にとっては大事な部下の命を奪った吸血鬼でもある。
今なお斬りかかっていないことが奇跡。俺もそこまで人間の気持ちが分からないわけではない。
だから、俺はいつものようにふざけたりはしなかった。
「アガトスさん。あなたにとって、一番大切なものはなんですか?」
「…………」
吸血鬼を睨む人、そして人を見つめる吸血鬼。
俺は人ではない魔のものとして、人の心に語り掛ける。
「…………両殿下の御命。そして、部下の命だ」
アガトスは意外にも、吸血鬼の問いに素直に答えてくれた。
そこに自分の命が含まれていないあたりに、彼の性格がよく表れている。
「なら、あなたのやるべきことは? 勝てないと分かっている敵に剣を振るう事ですか? 死んだ部下の仇を討つために、生きている部下の未来を諦めますか?」
「諦めるつもりなど、毛頭ない。だから今、剣を突き付けている」
やはり、彼は俺のことを犯人だと決めつけている。
自然だ。人としては、これ以上にないほどに。
だからこそ――
「あなたがもし、本当に、もう誰も死なせたくないのなら……」
「…………」
「座るべきだ」
俺は、人を見上げる。人を、見つめる。
「私の部下を殺した男。そんな男の言葉に、耳を貸せと?」
「そうだ。大切な部下の血を啜った吸血鬼の言葉を、血涙を流しながら聞くんだ。あなたは、それをしなくてはならない」
「…………」
「最後まで必死に足掻かずに、あなたは誇りを語れますか?」
「…………」
「あなたの誇りが騙りではないことを、私に見せてほしい」
人外の吸血鬼だからこそ、人の誇りを問う。
そして、この人間が逃げないことを、吸血鬼たる俺は知っていた。
「よかろう。話は聞くし、お前の質問にも出来る限り答える。だが、私の考えは変わらない。お前は人間の世界にいてはならない化け物。そして、私の部下の命を奪った、憎むべき吸血鬼だ」
「十分」
アガトスは剣を収めると、腰を下ろす。
話を聞く態勢が整ったと判断できたところで、俺は口調を戻した。
「まあ、もったいぶって語ることでもないんだけどね。推理なんて恥ずかしくて言えないくらいの、ただの消去法だから」
顎で先を促される。
このアガトスは、愛想のないアガトスだった。
「まず、頭の中で犯人は俺ではないと仮定してみて欲しい。難しいだろうけど、その前提なしには話が始められない」
「ああ」
「あの夜、俺は一晩中ルルワの部屋にいた。ルルワから一瞬たりとも目を離していないから、まず彼女は犯人ではない。オーケー?」
「一瞬たりとも?」
「うん、ずっと寝顔眺めてたから」
「…………」
「…………」
アガトスの顔が大きく歪む。
その時だけは、吸血鬼とか抜きにして悪感情を持たれた気がした。俺はただ彼女のことが心配で見守っていただけだというのに、どうやら間違って伝わってしまっているらしい。釈然とはしないが、化け物の身では甘んじて受け入れるしかないだろう。これも全部吸血鬼であるせい。先入観から、どうあっても悪者だと見做されてしまうようだ。
「アガトスさんは、ルルワとはどういう関係なの? 姫様って、結構近い立場じゃないと呼べないよね?」
「幼少期より、御側を守らせていただいている。私如きには恐れ多い大役だ」
「ほーん」
やっぱそうだったのか。ただならぬ仲だとは思っていたが、俺の想定よりもずっと深い間柄のようだ。
ただこんな言い方をすると気持ち悪いことこの上ないので、ルルワを仮にアガトス5としておこう。アガトス1とアガトス5の関係と考えれば……それはそれで気持ち悪いか。
「話戻すけど、アガトス2……いや遺体の第一発見者は俺。その俺を発見したのがあんたの部下の一人。あのタイミングでやってきたのは、ルルワの呼び出しに駆り出されたからかな?」
「トレイスのことだな。確かにあいつを使いに出した」
「なら鉢あっても不自然じゃないね。彼がルルワを呼びに部屋まで行ったタイミングで、俺が遺体を発見した。それで聞かせて欲しいんだけど、彼らはどの程度の強さにあたるの?」
アガトスは、俺の言う”彼ら”を間違えなかった。
それどころか、俺の聞きたいことを先回りして答える。
「死んだデュオと他二人の騎士に、力の差はほとんどない」
「やっぱそうか。一応二人の腕力はそれぞれ見てみたけど、いまいちわかんなくて。こういうのだけはやっぱ苦手だ」
首を締め上げられた時と、剣で攻撃された時。敢えてどちらも受けてみたが、結果は”よく分からない”――だった。俺はそのあたりの強さを読み取るセンスが壊滅的だと改めて思う。だからこそ、全員アガトスに見えてしまうのだろう。なんたって勇者でさえアガトスにしてしまうくらいだ。なんてことをしてしまったんだ俺は。
「つまり、トレイスとテッサレスの二人も、容疑者から外れると?」
「うん。力が拮抗してるなら、もっと抵抗されるはずでしょ? 二人がかりでもそれは変わらない。あの殺しは、かなりの力の差がないと無理だ」
「随分穴のある理論だな。いくらでも抜け道がある。例えば特殊なアイテムなどを使用すれば、レベル差を無視してあの結果を引き起こせるんじゃないか?」
「うん。そっちのレベル差の話ならね。でも――」
アガトスの言う事は正しい。同程度の力を持つ騎士が、相手に圧勝する。これだけの条件ならば、工夫すれば可能だろう。
しかし今回の事件では不可能だ。なぜなら――
「あの夜、近くには俺がいた。だから絶対無理だ。あそこの通路に入るには、どうしてもルルワの部屋の前を横切らないといけないだろ? みんなの足音とか気配運びとか今日一日ずっと観察してたけど、やっぱり彼らが一番お粗末だった。流石にあれを見落とすことはないと思いたい」
俺の聴覚を誤魔化して、同程度の力を持っている騎士を完殺するのは、あの二人には不可能だ。流石にそれくらいは俺にも分かる。
つまりルルワと二人の騎士は容疑者から除外。残るは――
「勇者のお供を任されてるくらいだから、あんたらって強いんだろ? アベルとアガトスはどんなもんかな? できればルルワと比べてくれると、分かりやすくてありがたいんだけど」
「殿下と姫様に、ほとんど力の差はない。勇者の加護を加味すれば姫様に軍配は上がるだろうが、単純な剣術では殿下も引けを取らない。ダソス最強の戦士と呼ばれるお二人だ」
「ほーん」
「お二人と比べれば、私などなんとか足元に届く程度だ」
「ふむふむ」
謙遜には思えない。
ルルワは数日の森サバイバルの果てに、弾丸狼の群れに追いかけられていた。だがそれは逆に、数日であればこの森でも生きられるくらいの強さを有しているということ。それもたった一人で。
そのルルワと、アベルがトントン。その足元にアガトス。
ならば、やはり騎士たちとは桁違いの強さということになる。
「じゃあやっぱ、アベルとアガトスのどっちかになるね」
「その前に、なぜ我々の中にいると決めつける? 外敵の可能性もあるだろう?」
「それは絶対ない。何度かこの森全域を調べてみたけど、あんたら以外に人間は見つからなかった。俺たちの後をついてくるような不届き者の影もない。犯人はこの中にいるよ、確実に」
「馬鹿な……この森全てを?」
おかげで今日はかなり疲れたが、これだけは最低限やっておかなければならないことだろう。物的証拠にならないのが痛いところではあるが。
「ちなみに300年この森で生きてきたけど、あんな生物の死骸を見たのは今朝が初めてだった。たぶんこの森に吸血するタイプの魔物は俺しかいないから、ますます俺が怪しいね」
正直、あの死体を見た時、俺はまず自分を疑った。
もしかして我慢できずにやっちまったんじゃないかと。300年かけて溜まりにたまった吸血鬼の欲望が人間の理性を上回り、記憶も保持できないレベルで衝動的に殺戮を引き起こしたのではないかと。
己の自制心をそこまで信頼していなかった俺は、それはもう内心冷や汗ダラダラだった。
しかし、すぐに考えを改めた。むしろある事実に、100%俺ではないと確信した。
なぜなら――
(俺なら絶対、まずルルワを襲う!!)
これに尽きる。
なぜ目の前の美女を無視してまで、野郎の汚ねえ血を啜らなければならないというのか。俺の本能もそこまでアホではないはず。その欲望への信頼は、下手すれば理性に対するものよりも大きかった。
「貴様の中で、犯人の候補が私と殿下に絞られることは分かった。ならばなぜ、殿下という結論になる?」
「あなたが、ここにいるから」
「なに? それはどういう意味だ?」
意図せず格言っぽくなってしまったが、やはりこれに尽きた。
「もしアガトスさんが犯人で、俺に罪を擦り付けようと思っているなら、見張りを自分から買って出たりはしないよ」
「だってそうだろ? 俺がいるルルワの部屋の近くで、吸血鬼に血を吸われたような死体。俺に罪を着せるために彼を殺したようなものじゃないか」
「犯人は別にデュオを殺したかったわけじゃない。俺の近くにいたのがたまたまデュオだったから、殺した。俺を気の良い吸血鬼から、殺人吸血鬼へと仕立てるために」
殺人吸血鬼って、普通の吸血鬼だ。
もしかして未だ人を殺していない俺の方が、普通の吸血鬼とは言い難いのではなかろうか。
「だけど、その目的は半分成功し、半分失敗している。なぜならただ一人、俺をまだ信じている人間がいるから」
「……姫様」
「そう。だから犯人は今夜、また誰かを殺す。今度こそ、完璧に濡れ衣を着せるために」
「つまり今夜ここにいるアガトスさんは、犯人じゃない。だってあなたは、俺に見張られているから」
犯人なら、永遠の不眠が約束された俺の前にいられるわけがない。
「…………なるほど。だから消去法か」
「うん。でもアベルの言動がちょっと怪しかったっていうのもあるかな。だってまた人が死ぬと決めつけているような言い方じゃなかった? もし吸血鬼が犯人なら、一人分の血を吸ったらそれで満足するかもしれないのに」
「だが動機は? 殿下が犯人だとして、何のために?」
「人類のため……だろ?」
「なに?」
ここからは俺の勘になる。
それも、消去法で犯人だと決めつけた上での、予測。それはもはや憶測の類だ。
「ちょっと目を離した隙に、妹が吸血鬼に懐いてしまっていた。吸血鬼の方も、どうやらまんざらではない様子。さて、このまま森を出て困るのは、一体誰でしょう」
「…………」
腑に落ちていないようなので、俺は説明を続ける。
「吸血鬼を連れ歩く勇者が、人間の世界ではどんな風に見られるのかは分からないけど……少なくとも俺なら、魔王を倒してくれそうだとは思わないかな。むしろ魔王とも仲良くなってそうだ」
そこで、アガトスはようやく表情を変えた。
「それじゃまずいだろ? だから彼は、俺を殺人吸血鬼にしたいんだ。間違っても、ルルワが俺を外の世界に連れて行ったりしないように。部下たちと、果ては自分の命を捧げてでもね。それが、今後の人類のためってことなんじゃない?」
「…………」
アガトスは、否定しなかった。
つまり彼の中でアベルは、そういうことを考えそうな男ということだろう。ますます信憑性は高まる。
「確かにアガトスやアベルまで死んじゃったら、犯人は俺しかいない。そこまでいけば、流石にルルワも目を覚ますだろう。凄い覚悟だよね。人間ってみんなこんな感じ?」
軽口に、答えは返ってこない。
答えを期待していたわけでもないので、俺はさっさと結論に入ることにする。
「まあ、全部取り越し苦労だし、杞憂なんだけどね」
「……なに?」
「まず、今夜死者は出ない。なぜなら、俺が一晩中見張っているから。仮にアベルが動いたとしても、俺なら彼が行動するよりも早く止められる。確実に」
今夜は二人ずつの行動を義務付けられている。だが犯人が行動を起こすには必ず一人になる必要があるだろう。その兆候を感じ取った瞬間、そいつの目の前に行けばいい。それが犯人だ。
「何より、俺はこの森から出ることができない。一生、永遠に、ここに閉じ込められる運命。これまでも、そしてこれからも……」
そうだ。結果は変わらない。
ただの退屈しのぎ。単なる暇つぶし。俺の未来が変わることは、決してないのだから。
「だから無事明日を迎えられたら、無用の心配だとアベルには伝えて欲しい。俺はあんたたちを見送ったら、大人しく森に帰ると」
「ならば、お前はなぜ……なんのためにここに? なぜ、我々に手を貸してくれるんだ?」
それは当然の疑問。
なんのメリットもなく人に手を貸す吸血鬼。それは人の目には、酷く奇怪に映るのだろう。
だから俺は、その答えを嘯いた。
「さあ? 月が綺麗だから?」
日の光が一切差し込まないような、暗く深い森。
月の光が差し込むはずもなく、その影も、形も捉えることは叶わない。
だけど、いやだからこそ俺は――
月の光を、見ていたかったのだ。
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