↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血鬼転生~最強なのに太陽の光で死ぬ俺は、唯一の希望”処女の血”を吸わせてもらうため、お姫様勇者のペットへと成り下がる~  作者: 兄貴
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/111

第107話 魔女か、悪魔か


「――では勇者ルルワ・シェメシュが、吸血鬼ムメイ・ヤレーアハの精神支配下、及び魅了状態にあるかどうかについての、一次報告を聞かせてくれ」


 場所は、王の執務室。

 ここよりダソスは、辿るべき結末へと進み出す。


「お姉さまのオーラに揺らぎは確認できませんでした。天術師の視点から、精神操作の兆候は全く見られません」


「同じく、ムメイの魔力に異変は感じ取れませんでした。あれほど巨大な魔力のうねり。例え高度な隠蔽が施されていようとも、私が見逃すことは万に一つもあり得ません。少なくとも、魔術は発動されていないと思われます」


「ふむ……」


 夜間の見張りをカロスが代わったことで、昼間ムメイにつくのは自然と赤き月の面々の役目となった。

 ムメイら勇者たちがパーティ戦の指導を受け始めた3日目の朝。ようやく、ダソスは動きだす。


「では聞き方を変えよう。勇者の心は操られていると思うかね?」


 集まったのは、ダソスが誇る最精鋭の術師たち。

 聖女――アクレミア・シェメシュ。

 宮廷魔術師――カロス・アントローポス。

 そんな二人に対し、いつものように挨拶も前置きもなく問いかけるのは、ダソスが王――エデム・シェメシュ。


 この国にとっては、もはやいつもの面々。

 だがここに、勇者ルルワ・シェメシュの姿はない。


「わたくしからよろしいでしょうか?」


「…………」


 口を開きかけたカロスを遮り、挙手したのはアクレミア。

 カロスは数秒の逡巡の後、譲ることにする。


 こういった時まず喋り出すのはカロスの役目。その考えに反論や同意などの形で議論を展開させるのがアクレミアの役目だ。

 別に明確なルールがあるわけではないが、それが明瞭な習慣となる程度にはいつもの流れ。それを遮ってまで一番手を名乗り出たアクレミアに、少し興味が湧く。

 彼女はこういった会議に消極的でこそないが、かといって積極的なタイプでもなかった。それこそ、今日の彼女は何かが違うとカロスに思わせるだけの、気配の力強さとも言うべきものがそこにはあった。


(…………何かあったのか?)


 アクレミアらしくない行動。

 ただらしくないというだけで不自然とまでは言えないため、カロスは心の中に留め、素直に引き下がる。

 その代価は、決して安くはなかった。

 

「わたくしは、お姉さまは魅了状態にあると思います」


「っ!?」


 力強い結論。

 どうあっても引き込まれる語り口に、カロスの気配も揺れる。

 しかしアクレミアは、凛とした姿勢で王と向かい合った。


「ほう、つまり……」


「はい。精神操作によって、お心を捻じ曲げられています」


 畳みかける、断言。

 そこには確固たる自信があるのだと、誰にも思わせた。

 決して適当なことを言っているのではないと。しかし、当然そうなればカロスも口を開かざるを得ない。


「先の報告と矛盾するのでは?」


「しません。相手は伝説の吸血鬼。それもあの尋常ならざる強さ。我々の能力が及ばない可能性は、大いに考えられます」


「…………」


 さっき精神支配の兆候は見られないとお前が言ったんだろうが――そんなカロスの反論に対し、アクレミアはあくまで兆候が見られないだけだと持論を補強する。

 カロスの目でも、アクレミアの目でも、見破れない程の高度な術。ムメイのレベルならばあり得ない話ではないとの反論は、カロスも否定の余地はなかった。

 あの強さならば、むしろ妥当。そもそも天術や魔術ではなく、可能態デュナミスを消費しない種族的能力という可能性もあるのだから。


「君がそのような考えに至った根拠を聞こうか」


「はい、まずは誰の目にも留まる違和感。彼女の精神力の低下について」


 カロスを納得させたアクレミアは、すぐに王へと向き直る。

 その姿は普段と変わらないようで、やはり普段とは少し違った。些細な気配の変化だからこそ、彼女をよく知るカロスの目には鮮烈に映る。

 まるであらゆる迷いが吹っ切れたかのように、活き活きしている。とても良いことではあるのだろうが、なぜかカロスは素直に喜べなかった。


「ここ数日のお姉さまは、明らかに様子がおかしいです。以前までのような凛々しさは皆無。失礼を承知で申し上げれば、その辺にいる村娘と変わりません」


「彼女が抱える重責の数々を思えば、不自然とまでは言えないだろう。その立場になって考えてみたか?」


 この国でのルルワは、精神的に苦しい立場にある。

 まずは何をおいても、大遠征の失敗の責任。失敗だけならまだいいが、その作戦自体がそもそも、彼女一人を目的としたものだった。

 数千人の精鋭たちも、アガトスも、アベルも、ダソスの大戦力はことごとく彼女が殺したも同然。その自責に苦しまないルルワではないだろう。この国には遺族もいるのだから。

 

 そして、アベルに懐いていたアクレミア。アガトスの息子であるカロス。

 恨まれて当然の、それも仲の良かった者達に囲まれているこの状況は、さらに彼女の心をすり減らす。

 カロスは当事者の一人であるために、ルルワの心もよく分かった。

 そこに畳みかける婚約話。初めての恋人であるムメイとの関係性。僅か一月後の戦い。吸血鬼の知識。軍の編成。今後の世界の展望。考えることが多すぎる。

 

 確かにアクレミアの言うことも分かる。

 だが、勇者も肩書を取り除けばただの17歳の娘。カロスには不自然とまでは言えないどころか、ごく自然なことだと思えた。


 少なくとも、彼女の立場になって考えてみれば、何をウジウジしているのかなどとは口が裂けても言えない。

 正直この点に関しては、平気そうな顔をしているムメイがどこまでも異常だ。繰り返すが、カロスはルルワの気持ちが痛いほど分かった。だが――


「みました。ですが抱える重責の数で言えば、我々も大差ありません。むしろ直近で身内を失くした我々の方が、精神的に苦しい立場と言えるのでは?」


「…………」


 カロスの反論は、またしても綺麗に言い返される。

 なぜなら、正論だからだ。確かにカロスとアクレミアに与えられている役目も、しんどさで言えば大差ない。

 仕事とはいえ、身内を殺した吸血鬼と関わらせられているのだ。それも訃報を聞いたその日の内から。

 仕事量は勿論、精神的重圧についてもルルワに勝るとも劣らない。客観的に比較して苦しい立場なのは、どう考えてもカロスらの方だ。


「二つ目は、意見のブレです。これは精神に基づくものという見方もできますが、だからこそ異変は顕著。わたくしが精神支配を確信した決定打でもあります」


 カロスは、口を閉じざるを得ない。

 反論は差し込めても、邪魔はできない。それだけの気迫が、今のアクレミアにはあった。


「初日の会議で、勇者の血を次代に受け継ぐという話の際、彼女は勇者の役目よりも吸血鬼を取るとの意志を示していました」


 それは勇者一行がダソスへと到着した初日のこと。

 ルルワの口から吸血鬼との交際が暴露された一幕だ。

 確かに彼女は、「他の男の子供とか絶対無理! 私彼氏一筋だから!」とそのようなことを言っていた。

 勇者の役目よりも吸血鬼を優先するのかという王の問いにも、苦し気ながらも肯首していた。


「ですが昨夜話を聞いた限りでは、ムメイ様にはこの逆の意志を示したそうです。この国に残り、役目を優先する意思があると」


「…………」


 それは、カロスがムメイに塩を送ったことで作り出された――そう言って過言ではない時間。勇者と吸血鬼の密会デート。

 アクレミアが言うには、そこでルルワは勇者として生きるとの立場を明確にしたそうだ。

 逃避行へと誘ったムメイを、こっぴどく振った。

 勇者の役目より、吸血鬼を優先することはできないと。


「なんというか……言っていることがあやふやです。その場その場の感情で、誰にも良い顔をしているような気持ち悪さがあります」


「そうおかしな話でもないだろう。彼氏がいるから婚約はしたくない。ただ世界のために戦うのはやぶさかではない。別に納得できる感情だ」


 要所だけを切り取ってみると意見がコロコロ変わっているような印象を受けるが、俯瞰して見ればそこまでおかしな理屈でもない。

 吸血鬼も大切だが、勇者の役目も大切。妥協できる部分とできない部分がある。それを伝える相手が正反対の立場であるために、考えが矛盾して見えているというだけの話だ。

 どちらも選びたいからどちらかだけを選ぶわけにはいかない。そう考えればむしろ主張は一貫している。彼女は自分のやりたいようにやりたいと、素直な思いを伝えたに過ぎない。

 どちらにもいい顔をしているどころか、カロスからしてみれば嘘を言っていないだけ誠実な対応だ。


「わたくしもそう思います。ただ、お姉さまらしくはありません」


「…………」


 アクレミアは、カロスの意見に同意する。

 そういう人間もいるし、そういった考え方もある。そこは否定しない。

 ただアクレミアは、そのうえでおかしいと思ったのだ。そしてカロスも、それには同意するところだった。


「森に行く前のお姉さまは、こんな方ではありませんでした。これを否定できますか?」


 全く否定できない。

 カロスの記憶の中のルルワであれば、当然それら――子供を作ることも含めて勇者の務めと見做すだろう。仮に彼氏や婚約者がいたとしても、国に定められた相手との結婚を選びそうだ。それがより世界のためになるのなら、当たり前のことと言わんばかりに。

 そうでなくとも、二者択一の状況に置かれれば、どちらか一つをはっきりと示すタイプだった。

 確かに過去のルルワと比較すると、今の彼女は我儘であるし、潔くはない。その辺にいる娘というアクレミアの表現は、確かに言い得て妙。


「極めつけは、これらお姉さまの感情の全てが、吸血鬼にこの上なく都合よく動いている点にあります」


「…………それはどうだろうか? 我々に都合が良くないことは否定しないが、かといってムメイの利になっているようにも思えない」


 勇者の血を次世代に繋げない。

 これに関してはダソスにとっても人類にとってもかなりの痛手であり、現状でも頭を悩まされている。

 だがこれによってムメイにそこまでの恩恵があるかと言われれば、微妙なところだ。むしろルルワが交際関係を勝手に暴露したことは、ムメイにとって不利とまで思える。


「この国から遠ざかりたくはないが、あまり近づき過ぎたくもない。今のお姉さまのお姿は、ムメイ様の心情がそのまま反映されているようにわたくしには見えます」


「…………」


 ダソスから完全に離れれば、吸血鬼に関する知識が手に入らない。

 かといって近づき過ぎれば、知られる必要のないことまで知られる可能性が高まる。

 確かにムメイは、適切な距離感を保ってこの国と接している。そう言われると、ルルワの行動や発言はそれらムメイの姿に感化されているように見えなくもない。

 事実、確かにダソスはルルワの言動に振り回されている。そして、ムメイにやり込められている。


「故に、吸血鬼の代名詞――精神支配。その影響下にあることは、否定できないと考えます」


 魔の者達は、人の弱さに付けこむとされる。

 吸血鬼の最強にして最大の能力――精神支配。2000年前の勇者ミアも、この術中に嵌り、吸血鬼に心を魅了された。

 だからダソスは最初から、これを最大限に警戒していたのだ。

 ずっと、ムメイとルルワ――再来した吸血鬼と勇者の様子を見ていた。


「それだけでか? 物証もないというのに?」


 その大役たる一人を任せられていたのが、カロス。

 この三日、吸血鬼と最も関わってきた男は――現時点で早くも確信という気配を放つ同僚へと食って掛かる。


「では聞きますが、還らずの森での大恋愛。たった数日で互いが互いを運命の相手と確信し、恋に落ちたという滑稽話を、あなたは信じるのですか?」


「…………」


 だが、食って掛かったのは、カロスだけではなかった。

 こちらだって遊びでも冗談でもないとばかりに、アクレミアは睨み返す。

 逆だ。それはいつもの二人とは、全くの逆だった。


「それらラブストーリーを除いた概要だけでも、とても信じられる話ではない。そう見做したのはどこの誰だったでしょうか?」


「…………」


『アベル王子の裏切り。彼が魔王と手を組み、王女殿下を還らずの森へと誘導した。百歩譲ってここまではいいでしょう。魔王にも王子にも話は聞けない。そして我が国には遺憾ながら、この前提無くしては話が進まない』


『しかし、逃げ込んだ還らずの森にたまたま吸血鬼がおり、広大な森の中でたまたま殿下がその吸血鬼と出会い、話をしてみればその吸血鬼はたまたま善良かつ強大な力を持つ吸血鬼で、王子の謀略から殿下を救い出すだけでは飽き足らず、還らずの森からの脱出まで手助けし、これからは人類のために共に戦うことを約束してくれたという――』


『殿下、こんな滑稽話が通ると本気でお考えですか? 王子が吸血鬼を紹介するために殿下を森へ連れて行ったと言われた方が、私はまだ納得できます』


 それは、初日の会議。

 ルルワが吸血鬼の精神支配下にあるかどうか、魅了状態に置かれているかどうか、この国きっての術師たちが目を皿のようにして見極めようとした――魔女裁判。


 確かにその時、カロスはそのように反論した。

 自分で言うのもなんだが、どう考えても正論だ。およそ否定の余地はない。

 現にその時は、ルルワもアワンもまともに口を開けなかった。


 だからこそその正論は、発言者であるカロスの元へと帰り、今ここに、最大の効力を発揮する。まさに正義の棍棒。滅多打ちにされるほかなかった。


「昔々あるところに、一匹の吸血鬼がいました。森の中にずっと閉じ込められていた彼は、300年の孤独でした。しかしある日、ネギを背負ってやってきた極上のカモと運よく出会います。吸血鬼は彼女を利用し、まんまと森から抜け出すことに成功したのでした……」


 ネギとは、血。

 カモとは、ルルワ。

 確かに自由を奪われた吸血鬼であれば、この絶好の機会を逃す手はない。


「そちらの方が、わたくしにはよっぽど自然な物語に思えます」


 確かに、自然だ。

 吸血鬼と勇者が互いに一目ぼれした、などという物語よりは。

 だがそうなると――


「記憶も……改ざんされていると?」


「究極の精神支配であれば、それも可能でしょう。むしろ同じ吸血鬼であれば、歴史に倣うのが自然です」


「…………」


 精神支配は、最も低レベルなもので、もの言わぬ操り人形。

 肉体だけの操作は、実は大したレベルではない。精神支配が解除されれば、その間の記憶も当人に保持される。操られたことを覚えているのだ。

 しかしその上位になると、操られていた間の記憶も無くす。自分が何をされていたのか、何をしていたのかすら分からない。

 さらにその上となると、意志や感情さえ自在に操れる。カインの伝説にもある究極の精神支配は、それら全てに違和感さえ持たさないとされた。

 記憶も都合の良いものへと捻じ曲げられ、自動的に、自然的に対象者を納得させる仕組み。自身が操られていることなど、操作中は絶対に気が付かない。それら違和感に気付けるとしたら、解除された後だけだ。


 始祖カインと勇者ミアの伝説では、何らかのきっかけでこの精神支配が解除され、魅了の反動で自暴自棄になったミアを、カインがやむなく殺害したとされている。

 確かに、歴史をそのままなぞっていると考えるのが自然だ。勇者と吸血鬼が恋愛関係にあると、他ならぬルルワの口から明かされた今となっては。


 だが――


『好きな子いる?』


 脳裏に浮かび上がったのは、柔らかい笑み。

 好きな女のことを嬉しそうに語る、一匹の吸血鬼。


「お姉さまの記憶、心、精神――それら全てを己の都合の良いものへと改変する術。吸血鬼の種族的能力――精神支配。わたくしは間違いないと思っています」


 アクレミアの主張は、隙の無いものだった。カロスでさえ納得してしまうほどの正論。

 およそ反論できる点は見当たらず、これに難癖をつければこちらが恥をかく――そんなレベルの。

 適当な思い付きではないことは勿論、アクレミアはあらゆる観点から、その可能性が最も高いとの結論を導き出した。

 だが――


「私は……そうは思わない」


 カロスは、信じなかった。

 いや、信じたかった。


「聞かせてくれ」


 硬質な銀の瞳が、計四つ。カロスを鋭く射抜く。


 適当なことは言えない。

 ここは、子供の遊び場ではない。一言一句が国を作り、国を壊す――そういう場所だ。

 しっかりとした根拠を用意し、これでもかと準備し、発言にはどこまでも責任を持たなければならない。

 適当なことを口にすれば、自身の立場さえ危うくする。己の誇りさえも。


 カロスには分かっていた。

 だから――


『俺たちが幸せにならなきゃ、アガトスは何のために死んだんだ?』


「…………良い奴です」


 カロスが絞り出せた言葉は、ただそれだけだった。


「「…………」」


 どこまでも真剣に向かい合ったアクレミアとは異なり、たったの一言。

 それも何の材料にもならないような感情論。およそ意見とは言えないような子供の戯言。


 だからこそ、その自責と自戒が、握りしめる拳の震えに現れていた。

 カロスにとっても、不本意。この場にあって、この程度のことしか言えない己が呪わしい。


 だが、口の中で噛み締めるような小さな言葉は、それこそがまごう事なき彼の本心なのだと、聞く者に理解させた。

 なぜなら震えるようなその声に、同じ瞳を持つ者達は、揃って目を見開いたのだから。


「根拠は?」


「ない。ただ……殿下のお心を弄んで、平気な顔ができる男とは思えない」


 カロスは開き直りとばかりに顔をあげると、アクレミアの視線を迎え撃つ。


 根拠はなく、証拠もない。取るに足らない感情論。ただ、偽りではなかった。

 むしろカロスは、これだけは確信していた。

 

 ムメイは、人の心を、意志を捻じ曲げるようなことだけは、絶対にしない。

 それはあの吸血鬼にとって、最も蔑み、忌避する行為だと。


「…………」


「…………」


「…………」


 二人が視線を交錯させ、それをもう一人が見守る。

 カロスは正直に言えば、アクレミアがこんなことを言い出すとは全く予想していなかった。

 ムメイの精神支配の有無に関しては、まだグレー判定だと。アクレミアも確たる証拠は掴んでおらず、引き続き経過を見守る構えだと。


 だが、一次報告で大きく動きだした事態。

 こうなってしまっては、カロスも打って出るしかない。

 だから――

 

 互いに一歩も譲れない意見のぶつかり合い。

 そう思っていた。しかし、いややはり――今日のアクレミアは、カロスの予想を超える。


「わたくしもそう思います」


「っ!?」


 なんと、アクレミアは自身の主張を取り下げ、カロスに同意したのだ。

 それはまるで、カロスがそう口にすることを待っていたかのように。


「ですから、無自覚で行っているのではないかというのが、わたくしの結論です」


 そしてようやく、真の結論をここに告げたのだ。


「無自覚? ムメイが意図せず、術を発動しているということか?」


「はい。お姉さまのお話を聞いても、本人の様子を見ても……ムメイ様から人間への悪意というものは終ぞ感じ取れませんでした。巧妙に隠している可能性は否定できませんが、わたくしもそこまで目は曇っていないつもりです」


「…………」


 つまり精神支配はされているが、そのことにムメイ自身も気づいていない。そういうことか。


「ただ、本人すらその能力を関知していない。この可能性は大いにあり得ると思います。実際、ムメイ様は吸血鬼という種族についてはあまり詳しくないご様子。魅了能力や精神支配の存在すら知らない可能性もあります」


「それはないだろう。彼はアベルと相対している」


「あっ……」


 アクレミアの推論に即座に異を唱えたのは、静かに話を聞いていたエデム。

 還らずの森での戦いで、それこそアベルが吸血鬼の精神支配の力を使っている事実を持ち出す。


「失念しておりました。では吸血鬼にそういった能力があることは、もう知っているかもしれませんね」


「アベルがどこまで喋ったかによれば、語られた記憶が正しいかにもよるがな。ただムメイ・ヤレーアハが同族の生態にあまり詳しくないというのは、私も同意するところだ」


 確かに、ルルワの記憶改ざんまで疑い出せば、キリがない。

 ただルルワの記憶が都合よく修正されているのだとしても、その内容をムメイが感知していないとは考えにくい。カロスの感覚では、人の精神を操る力を吸血鬼が持っているという事実に関しては、ムメイは知っていてもおかしくはないと思った。


「念を押しますが、森に入ってたった数日で出会ったばかりの吸血鬼を勇者が好きになるよりは、吸血鬼が勇者を魅了したという方が、まだ現実的かと思います」


 それについては、繰り返すが異論はない。

 カロスもどちらか一つならば、確実に後者の方を信じる。二人の人となりを知っているからこそ、考えは揺らぐのだ。逆に言えば、ムメイという男を知っていたとしても、中々信じられない話。それほどに奇跡的で、運命的な物語だ。


「ただそこには、悪意がなかった。吸血鬼は種族的能力の自動発動によって、無意識下で勇者の精神を操作してしまった」


 ないとは言い切れない。

 カロスはムメイが悪意を持ってルルワの心を操ったとは絶対に思わないが、そちらならばあり得ないとまでは思わなかった。

 ムメイは術に関しても無知だった。修行の間に色々と会話したことにより、その知識レベルについてもおおよそ把握している。

 本人もそのあたりが自身の大きな弱点だと自覚していた。この時点であり得ないと決めつけるのは、それは逆にムメイへの侮辱だ。


「これだけは誤解なき用お願い致しますが、わたくしはムメイ様に罪はないかと思います。むしろお姉さまへの愛が確かなのであれば、彼も被害者です。ただそこに悪意が全くなかったからこそ、両者が自然恋愛だと思い込んでいる。互いのいい様に記憶を結び付けている。こう考えると全ての辻褄が合い、違和感もありません」


 月夜見ツクヨミの情報開示からも、ムメイの敵が南勢力ゴンドワナであることはもはや確定的。

 つまりムメイの愛は本物であり、ルルワのために森を出たことも、今ルルワのために戦っていることも間違いない。

 だがその愛が歪んだ形で発動され、本人も知らぬ間にルルワを魅了。精神を操られていることに両者が気づかぬまま、互いを運命の相手だと今も思い続けている。


 もし、そうなのであれば――


(悲劇だ。これ以上にないほどに……)


 こんなに悲しい物語はない。

 まだ確定してない今でさえ、カロスは二人のことを想うと、胸が苦しかった。


「王は、どのようにお考えですか?」


 机上に並べられた二つのカード。

 これ以上の何かが出て来ないのならば、自ずと視線は彼へと向かう。

 カロスとアクレミア――二人が差し出したカードを、手にする男へと。


「君たち二人を前にすると恥ずかしい限りだが……まだ考えあぐねている」


 エデムも、結論から告げた。

 しかし曲がりにも答えを提示したカロスとは異なり、彼は濁す。

 そして当然、その答えはアクレミアの理解できぬものだった。


「考えることがありますか?」


「アクレミアの言うように、ムメイ・ヤレーアハが自身の能力を関知せず、無意識下で勇者を魅了状態に置いている可能性は、大いにある」


 大いにある。

 その言葉で、王の考えはアクレミア寄りであるとカロスは受け取る。

 しかし、違った。


「ただ、そうではない可能性も、全く否定できない」


「つまりは……お姉さまの供述通りの、あの物語通りの筋書きですか?」


「うむ」


 王は、どちらであってもおかしくはないと、そう結論付けた。


「私の中では半々というより、どちらに振れてもおかしくはない――そういった感じだ」


「あくまで拮抗する可能性だと? 理解できません。アントローポス卿の言に、信じるに値する根拠がありましたか?」


「ないな。参考にも値しない感情論だ」


 一刀両断されるが、カロスは冷たいとは思わなかった。

 むしろ当然だ。カロスも逆の立場ならそう思う。この場でよくそんな浅い言葉が吐けたなと、呆れてものも言えないだろう。だが――


「ただ我々も責任ある立場とはいえ、どこまで行っても人だ」


「!」


 固い声色が、少しだけ軟化する。それは些細な変化ではあったが、だからこそカロスには分かった。

 羞恥に伏せるしかなかったカロスの顔が、自然とあがる。そこには、この国一番の男の姿。


「信頼に足る人間の勘は、十分判断材料にしていいと……私は思うよ」


「…………」


 険しい顔立ちの中にあって、柔らく形を変える瞳。

 まるでカロスの後ろに、誰かを見ているような。

 しかし、それも一瞬。すぐにいつもの気配へと戻る。


「無論、これについてはアクレミアも例外ではない。だからこそ、まだ決めかねている」


 王は、カロスの言もアクレミアの言も、信じるに値するものだと口にする。

 だからこその両極。対極であるからこそ、どちらにも裏返る可能性はあると。


「論理的に、そして常識的に考えるのならアクレミアの説しかないと私も思うが、時に現実は人の理解を超える。我々の常識に収まらない答えを、世界が導き出すこともある」


「では、我々は今後どうすべきでしょうか?」


 結論が出ないのならば、引き続き任務は継続だろうか。

 カロスとしては受け入れがたい話だ。このままダラダラと続けていても、事態が好転するとは思えない。


「ふむ……当初の予定では、魅了状態にあると仮定されていたルルワの代わりとして、アクレミアを差し出すつもりだった。吸血鬼が日の下で生きるための精神支配であれば、代替えは可能だからな」


 勇者ルルワが吸血鬼を連れて帰る。

 この情報が入ってきた時から、ダソスは勇者が精神支配下にあると仮定して、いやほぼ断定してことを進めていた。

 その対応策の一つが、アクレミア。処女の血であり、勇者の血。吸血鬼にとっては全く同じ存在である彼女を、ルルワと差し替えるという案だ。


 そうすれば、次世代に血を繋ぐという勇者の役目も果たせる。ルルワの血が機能しなくなれば、吸血鬼の興味も勇者から無くなり、アクレミアに頼るしかない。リスク、リターン、あらゆる観点から良質な先手。

 発案者はアクレミア本人。王が同意する形で話は進んだ。吸血鬼の思惑がどうであろうと、世界の希望――勇者を支配下におかれるよりはマシだと。


「だが、仮に無意識の魅了だというのであれば、ムメイ・ヤレーアハの恋愛感情も確かだと見做さざるを得ない。この場合どちらにせよ、アクレミアではルルワの代わりはきかない。当初の想定は見直す必要があるだろうな」


 だが、ここにきて事情が変わる。

 悪意を持って勇者の心を操っていると見做していた存在に、無実の可能性が出てきたのだ。

 こうなると、精神支配の有無は関係なく、ムメイの目的はルルワということになる。アクレミアを代わりに差し出したところで、どうなる話ではない。逆に怒らせる結果さえあり得る。

 

「お姉さまの死霊使い(ネクロマンサー)の力については?」


「それについては質問を返したい。君はその可能性が高いと思っていたのだろう?」


「はい、ムメイ様の檻での従順な姿から、当初は勇者の力が打ち勝ったものと思っておりました。ですがあの知性を見て、すぐに考えを改めました。力と合わせ、あれは人間が支配できる存在ではありません。仮にそれが、勇者であろうとも」


 アクレミアはムメイの外見がまだ子供なこともあって、檻の中で大人しくしている吸血鬼は、勇者の命令に忠実に従っていると思ったようだ。

 その時点で勇者は精神支配下にはなく、逆に吸血鬼を支配することに成功したのだと。

 しかしすぐに、そんな考えは消え去る。

 一国の思惑を容易く看破してみせたムメイの知性、その後の言動の数々から、いかに甘い想定だったかを認識。魅了能力の有無にだけ焦点を絞ったそうだ。


「ふむ……あちらの能力が勝ったと見做す方が自然か。ただやはりそうなると、そこに悪意があるかどうかが肝となるな」


 カロスの考えでは、絶対に悪意はない。

 ただやはり、証拠がない。客観的に見れば、カロスがムメイの演技にまんまと騙されているという可能性も、否定できないのだから。

 なんとかムメイの無害性をアピールしたいところだが、浮かび上がるのは取るに足らない会話ばかり。つまりゴミだ。もっとましな情報を残せと記憶の中の吸血鬼へと八つ当たりするほど。

 そんな気配を知ってか知らずか、カロスにとってあまり耳にしたくない話題はやってきた。


「君とルルワの婚約話に関しても、持ち出すわけにはいかないだろうな。どう受け取られるか不明な現状では……」


 それは、ほぼ条件反射だった。

 もしかしたらカロスの中にある後ろ暗い感情が、そうさせたのかもしれない。


「何度も申し上げてきましたが、これだけは改めて念を押させてください。私がそのお話に首を縦に振れる日が来るとすれば、それは殿下の了承が得られた時のみです。それも、積極的賛同に限ります。彼女が少しでも望まぬというのなら、私は断固としてお断りします」

 

 ルルワが吸血鬼に魅了されており、その代わりとしてアクレミアが機能した場合、その間に勇者との子を作るのが、本来カロスに与えられた役目だった。

 アクレミアで時間を稼いでいる隙に、既成事実を作る。吸血鬼を生かすための血として機能しなくなれば、ルルワが解放され、アクレミアで妥協するしかないという寸法だった。


 だが、その未来はもうやってこない。

 だから、これだけはしっかりと言っておかなければならない。

 数年以上前からもう何度となく繰り返してきた言葉ではあるが、これがカロスの譲れない絶対条件。

 そして、ルルワにムメイという恋人がいる今――こう言っておけば、万が一にもそんな未来はやってこない。


「無論だ。そこはアガトスとも約束している。両者が望まない限り、私も勝手に進めたりするつもりはない。安心してくれ」


 そんなカロスの言葉に、いつも律儀に答えてくれる王には有難くも申し訳ないとは思うが、行き違いになるよりはいい。

 エデムがこういうのなら、少なくともカロスの関知しない場所で勝手に話が進むことはないだろう。その程度の信頼はあった。


「アクレミアの感触はどうだ? 興味を持たれている節は?」


「皆無です。全く相手にされておりません」


 アクレミア本人が、即座に答える。

 あまりに希望の欠片もないものだったが、これについてはカロスも同意見だ。


「私から見ても、芳しくありません。非常に言いにくいですが……むしろ距離を置かれているように見えます」


 喋りたいと思った人間としか喋らない。ルルワの言を、ここにきてカロスは痛感していた。

 なぜなら明らかに、ムメイはアクレミアとだけ喋っていない。いや、だけという言い方は語弊がある。赤き月でも、彼が喋るのは主にトバルとナアマ。他二人とは特に会話をしている様子は見られない。

 しかし冒険者パーティの主要ではないメンバーと、王女であるアクレミアが同程度の扱いという時点で、ムメイの意志は透けて見えている。

 それこそアクレミアとほぼ同じ立場であるカロスとでは、その対応は雲泥の差だ。おそらくムメイが最も積極的に言葉を交わしているのが、贔屓目抜きにカロスだろう。そこに教師という立場は、あまり関係ない気がした。


「…………ラーヘル殿は?」


「彼女は仲間の一人として信頼されているようです。ですが、色恋の雰囲気はそこには見られません」


 アクレミアに興味がないのなら、同じ立場であるアワンはどうなのか。

 打てば響くように答えるアクレミアの言葉はカロスも納得するところだが、それだけでは不足のような気もした。


「私の率直な印象としては、殿下に対しての対応と特に変わらない気はします。ただ、アクレミア王女と扱いが違うというのは、私にもわかります」


 ルルワと喋る時と、アワンと喋る時、ムメイの対応に差があるかと言われれば、そうでもない。正直一見しただけでは、ムメイに恋愛感情があるようには見えない。裏事情が捲れた今となっては、ルルワは非常に分かりやすいが。


「秘匿事項と見做しているのならば、それも当然では? 総じてもっと馬鹿であれば話は早かったのですが……彼の知性が、逆に話をややこしくしています」


「…………違いない」


 もっと「人間なんて餌! 女の血はうめえ!」くらいに分かりやすければ、悪い奴だと即座に判断できたものを。

 人間に順応する知性が、逆に結論を先延ばしにする。人間を手玉に取る巨悪の可能性を、残してしまうからだ。中々こちらから踏み込めない。

 それら王とアクレミアの懸念も、カロスには痛いほど分かった。確かにムメイとまともに会話していなければ、何か大きな悪だくみをしている可能性を拭いきれないだろう。

 だから――


「陛下、もう腹を割ってよいのでは? こちらから誠意を見せれば、それを裏切るような男とは思えません」


 だから唯一知っているカロスが、進言するしかない。

 そして言葉には、やはり偽りはなかった。カロスは本心から、それが最善だと考える。


「魅了していますか?――と馬鹿正直に問うのですか? 何の意味が? どうであろうと、していないと答えるに決まっています」


 確かに、仮にムメイが悪意を持って魅了していたとしても、それに気づいていないだけだとしても、そもそも魅了なんてしていなかったとしても――いずれのパターンにおいても答えは同じだ。ムメイはしていないと答えるしかない。


「私が言いたいのは、こそこそと裏で進めても事態は進展しないということだ。それくらいなら、情報の全てを共有した方がいい。ムメイの知恵も借りることができれば、我々に考えつかないような解決策も出てくるかもしれない」


 好きな相手の心を捻じ曲げているかもしれない。ムメイにとっては聞きたくもないような話だろうが、いまさらその程度のことで心が折れるような男とも思えない。

 むしろそうではないことを必死に証明しようとするだろう。もしムメイの完全無実が明らかとなれば、それはダソスにとっても利となる。


 カロスは、それこそが正解だと疑わなかった。

 それはムメイと最も多くの言葉を交わしてきた――男の直感。

 自分ならばきっと巧く話をつけられるという――若き自信。

 しかし――


「仮にそうだとしても、まだ三日だ。全てを分かった気になるのも、全てを分かってもらえた気になるのも、少々早すぎるな」


「…………」


 それは、再三の忠告。

 初日と同じく、カロスは焦るなと窘められた。


(何を悠長なことを……)


 人間には、時間が無い。

 同じ結論に辿り着くのであれば、一刻も早い方がいい。

 そして今回の場合その答えは、ムメイに全てを打ち明け、知恵を借りること。完全な協力体制を素早く確立すること。

 カロスの考えは、初日から一貫してブレなかった。それこそが絶対に正しいと疑わなかった。


「では、具体的な策はございますか?」


 そんな憤りが、代案の要求に繋がる。

 瞬間、王がチラリとアクレミアを一瞥した。それはまるで、カロスの知らない何かを交わし合ったような。

 だが、それもやはり一瞬。そして導き出された答えは――


「情けない話だが、もうしばらく時間が欲しい」


 先延ばし。

 それは、カロスの最も望んでいない答えだった。


(本当にこれでいいのか? 私たちは、本当にこれで……)


 ムメイにも、ルルワにも真意を隠し、上辺だけの付き合い。

 波風立てないように、当たり障りのない様に。その間に一方的に頭を悩ませ、一方的に物事を決め、こちらの都合の良い様に進める。


 そんな時間に、意味はあるのか。

 人間は、これでいいのか。


(俺は……)


「気持ちは分かるが、逸るな。好転こそしていないが、着実に進展はしている。それに、吉報がないわけでもない」


 カロスの考えを知ってか知らずか、最後に王の口から飛び出た情報は、確かに吉報だった。

 だがそれは、カロスの背中に触れた、最後の一押しとなる。


峠越とおげごえと連絡が取れた。近日合流するそうだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。