第106話 女は、恋に死ぬ
「――森の中で出会ったの。三日くらい森を彷徨ってたから可能態も尽きかけてて……もう駄目かと思ったわ。皆ともはぐれちゃって、弾丸狼の群れに追いかけられてた。そんな時に――」
「なるほど、そこで颯爽と登場。命を救われ、心を動かされたというわけですね?」
「ううん、『女だぁ!!』っていきなり押し倒されたの。顔の前で息を吐きかけられて、体をこすり付けられたわ。匂いも嗅がれてたような気がする」
「きゃあ!! なんて刺激的な出会いなの!? まさに運命ね!!」
メーロンがきゃっきゃと飛び跳ねる。
その横に並ぶのは、口を半開きに固まるアクレミア。
「その隙に取り囲まれちゃって、絶体絶命のピンチ。威嚇してくる弾丸狼に、彼は吠えたわ」
「なるほど、そこで勇ましいお言葉を。か弱き者を守る男性としての威厳に、心を――」
「ううん、『俺の獲物だろうが!!』って」
「きゃあ!! なんて野性的な御方なの!? 肉食系ね!!」
「…………」
自分が間違っているのだろうか。
アクレミアは嬉しそうに手を繋ぎながら、きゃっきゃと身を跳ねさせる二人を呆然と眺める。
こんなに近くにいるのに、遠かった。だから遠い目にもなるというもの。
「それから彼氏はいるかって口説かれて、お互いに軽く自己紹介して、年を教えた途端に体を舐めるように見られて、男同伴って言ったら急にやる気を無くされて、彼氏いないって言ったら急にやる気になって……常に鼻息荒かったわ」
「出会い頭からルルちゃんにぞっこんなのね?」
「みんなを探しに行くって先導したらお尻の方に視線を感じて、なんかやけに距離も近いから気持ち悪くて、それでみんなと合流したら、アベルとの関係を勘違いしたのか一気に不機嫌になって、アベルを兄って紹介すると急に元気になって、力強い握手を交わしてたわ」
「なんて積極的で、社交的な御方なの!?」
(どの辺に惚れたの?)
今のところ、惚れる要素が一つもない。
少なくとも、アクレミアには見つけられなかった。むしろネガティブキャンペーンにしか聞こえない。
本当に好きなのかと疑うほどだ。運命の相手というなら、もう少し思い出を美化してもよさそうだが。
(まさか、美化してこれじゃないわよね?)
「それから、彼が森脱出の手伝いをしてくれることになって――」
「還らずの森での一件は詳細に話を伺いましたが、ムメイ様との恋愛模様だけが綺麗に抜けておりました。わたくしとしては、そのあたりを是非聞きたいのですが?」
ここから続くであろうルルワの話は、彼女たちがダソスへとやってきた初日――昨日の朝にもう聞いている。
だがその時は、ルルワはムメイとの関係に関してだけを上手く伏せていた。だから今回は、それらを含めた本当の話を聞きたい。
そのように要求したアクレミアに、メーロンは目を伏せる。そしてわざとらしく、何も出ていない目元を袖口で拭った。
「アクリーも女の子なのね……良かったわ、ママ心配してたの。その年で同年代の男なんてみんな子供。私は大学生からしか相手にしない大人の女ってイタイ勘違いをして、経験豊富なだけの頭空っぽの男に酷い目に合わされそうな感じだったから……」
「リアルだわ」
相槌を打つルルワを、アクレミアは無視する。
当然メーロンが言うことも認めない。大人は子供の戯言に一々耳を貸さないのだ。
「なんで若い子って年上を求めるのかしらね? それも、ちょっとだけ年上を。子供の内は絶対同じ目線の子と付き合った方が幸せなのに。無垢な女の子を好んで狙うような男はみんなクズってことすら分からないんだから、やっぱり若さってイコール馬鹿なのかしら……」
「私の彼氏……300歳……」
「あら? 経験豊富なの?」
「ううん、私が初めて」
「童貞!? 最っ高じゃない!! すぐに奪ってやりなさいな!! 恋愛は寝技で制すのよ!! パパもそれでわたくしにメロメロになったわ!!」
「…………あんまり聞きたくなかった」
本当に聞きたくなかった。親のそういった話は匂わされるだけでも地獄だ。
関知せぬ場所で権威が失墜した父など、可哀想で仕方がない。
というか、彼女は自分の立場を分かっているのか。一国の王妃であり、勇者を産んだという立場を。
そして、勇者の血を繋がなければならない、娘の立場を。
だがその辺を突けば藪蛇になりそうなので、アクレミアは話を戻す。
「あの……わたくしの質問に答えていただけますか?」
「あ、うん。ムメイとの関係を含めて……て言っても、あんまり変わらないかも。それから死人が出て、ムメイがまず疑われて――」
アクレミアは還らずの森での事件を、静かに聞く。
次々と死人が出たことで、当然疑いは化け物であるムメイへ。ルルワでさえ、一時は彼を犯人だと決めつけたらしい。
当たり前だ。その状況ならもう犯人はムメイしかいない。むしろよく彼女は信じようと思ったものだ。アクレミアからすれば、馬鹿としか思えない。
なぜ馬鹿か。
ムメイが仮に悪い吸血鬼だった場合、彼女はそこで終わっていたからだ。
アクレミアならば、最低でも二度目の現行犯を押さえた時点で、アベルらと協力して吸血鬼と戦う。一か八か、全てを知った今となってはほとんど勝率はないだろうが、それでも戦うしかない。吸血鬼が犯人であろうとそうでなかろうと、それが最善の選択だからだ。
今回は運よくムメイが善良だったため事なきを得たが、やはりそれはたまたまだ。還らずの森でも、ルルワは何一つ自分では決断も行動もしておらず、周りに助けられたに過ぎない。
今後の戦いでもそんな悠長なことをされてはたまったものではない。この件で吸血鬼を信じようとしたルルワを擁護するような人間がいるとすれば、それは本当の馬鹿。
そう言う奴ほど別の場面になれば、「いや絶対そいつが犯人じゃん。さっさと殺せよ。何やってんの?」とか言い出すのだ。一時の感情でしかものを言えない。そういう人間が、アクレミアは大嫌いだった。
だが――
「…………素敵な方」
二度目の現行犯。とうとうルルワまでもが、吸血鬼を犯人と決めつけた現場。
何か言い訳して欲しいと懇願、追求したルルワの訴えと、それに一切取り合わなかったムメイとの一幕。
それを聞いたメーロンは、ぼそりと言葉を溢す。そこには、これまでのような少女のはしゃぎはなかった。どころか、笑みの一切が消える。
そんなメーロンの反応に、首をひねるのがルルワとアクレミア。
ルルワの行動に着目したアクレミアとは違い、彼女がムメイの行動を見ているのは分かった。
ただ、それでなぜ素敵という評価になるのか分からなかったからだ。
一連の間、ムメイが無言だったのは、おそらくルルワに愛想をつかしたからだろう。アクレミアはそう見ている。
間違った人間を犯人と決めつけ、感情を振りかざし、暴言まで宣う女を醜く思ったのだ。そして、呆れて返す言葉もなかった。
この様子では、ルルワもそう思っていることだろう。
(感情的にならなかったから? 確かに、吸血鬼が拳を見せびらかさないだけでも立派ですが……)
それだけの状況に追い込まれれば、暴力に訴えてもおかしくはない。
ムメイはいつでもそれができるのだ。確かに大人としては立派な姿。
もちろんちょっとムカついたくらいで殺すのはいかにいってもガキすぎるが、時にはいるのだ。その程度の感情のコントロールさえ出来ない大きな子供が。
人間でもそういった馬鹿は一定数存在する。ならば吸血鬼の姿が一層美しく見えるのは仕方のないことだろう。
そう考えれば確かに素敵ではあるが、メーロンがここ一番の評価を下す理由はやはり分からない。それくらいなら、今語られているアベルとの心理戦を制したことに着目する方が自然だろう。
だがアクレミアとは違い、メーロンはあまりそこには興味が無さそうだった。むしろ戦闘後、精神支配から目覚めたルルワに対し、再びセクハラまがいのことをしでかしたムメイの話に、どこまでも柔らかい笑みを浮かべる。
そこに、ムメイという男の全てが詰まっているとでも言わんばかりの気配。アクレミアには、分からなかった。
だが分からないのは、知らないのは、アクレミアだけではない。
アベル、アガトス、ムメイの三者で交わされたやり取りに関しては、ルルワも知らない。
その時のムメイの心情、思惑に関して知る者は、もうこの世にはいなかった。
話はようやく最終局面に突入し、ここからアクレミアの知らない物語が始まる。
「それから……彼に告白した。私から……」
「ルルちゃんから!? やっぱりママの娘ね! ちゃんと肉食獣の血が流れてて、ママ安心したわ!」
そんな穢れた血は受け継がれていないと思いたい。
アクレミアの中に流れるのは、尊き勇者の血であるはずだ。そのはずだ。
「うん……でも彼に想いは届かなくって。吸血鬼が外の世界で生きられるわけないって拒絶されて……。森から無理やり追い出されて、私は何もできなかった……」
「…………」
やはりそこからは、アクレミアが全く関知しない話だった。
まるで物語のような、物語でももっとましなような――滑稽話。包み隠されていた吸血鬼とお姫様のロマンスが、ここに初めて明かされる。
「だから、もう一度森に還ったの。出たくないって言う彼を、必死に説得した。この男性だけは逃がしちゃいけないって、とにかく無我夢中で。何度も好きだって伝えて……最後は出てくれるまでここを動かないって、子供の我儘みたいに……」
『は、じゃねえよ。あんたほんとに愛を知らねえんだな。いいか? まずは同じ場所まで自分から落ちなきゃ。あなたがいれば場所はどこだろうと構わないって――そういう姿勢を見せるんだよ』
『檻から男を出したいなら、自分もまず檻の中に入る。そんで出てきてくれるまであんたも檻の中で過ごす。一生の覚悟でな。あとは落ちるまでひたすら愛を伝えまくるんだ。そしたら男はこう考え出す。「こんな檻の中じゃ、彼女は幸せになれない。一緒に出るしかない」ってな。要は覚悟のぶつけあい、根競べさ。なんにせよ……暗闇に飛び込む度胸がなきゃ、光なんか掴めるはずもねえのさ』
『そんな馬鹿な事をする女が、この世にいるとは思えません』
『馬鹿ね……だから恋なのさ』
(…………いるんかい)
それも、思ったよりも近くにいた。
血も繋がっている。つまり彼女の半分は、アクレミアということ。
到底信じられなかった。そんな女がこの世にいるわけがないと、アクレミアは思っていたから。
『愛に喧嘩も売れねえような小娘に、恋する女を馬鹿にする資格はねえよ』
馬鹿のはずだ。
正しいのはアクレミアで、間違っているのがルルワのはず。
なぜ正しいアクレミアが、そんなことを言われなくてはならないのか。正しく生きている者が、損をするのか。
暗く、どす黒い感情を募らせていくアクレミアの横で、メーロンは変わらず、心から嬉しそうな微笑を見せる。その気配は、娘に対する誇らしさで溢れていた。
なぜなのか。
なぜこの気色の悪い物語を聞いて、そんな顔ができるのか。アクレミアには分からない。
アベルの死は? アガトスの死は? 犠牲になった騎士たちは?
恋なんてくだらない理由で、吸血鬼を森から出した物語が美?
愛のためなら、それ以外の人間など、世界など――どうでもいいというのか。
「そうやって頑張ったら、彼もようやく私のこと好きって言ってくれて。押し倒して、吸血させて……でも処女の血じゃなきゃだめってことを思い出して、急いで彼を突き飛ばして。事情を説明して処女だってことも伝えたら、彼は『助かる』って言って……。外での私たちの関係を決めたら、ペットになって、彼は喜んで早く鎖で縛ってくれって……」
ルルワは話しているうちに記憶を思い出したのか、笑みを浮かべる。本当に、幸せそうな笑みを。
そんな姿がやはり、アクレミアの心をどうしようもなく苛立たせた。そして――
「名前を決めて……契約を交わして……一緒に森を出た」
ルルワの言葉はとうとう――
「私たちは――森を出たの」
アクレミアの、逆鱗に触れる。
「お姉さまも中々いい性格をしていますよね……お兄様と、そしてアガトスを殺したその日に告白するなんて」
「っ!」
触れてほしくない部分に触れられた。
そんなルルワの反応に、アクレミアの目は細まる。この期に及んで何を良い奴ぶっているのかと。それくらいなら、まだ開き直られた方がマシだ。
「わたくしは、ムメイ様に罪は一切ないと思っています。ですが、お姉さまに関しては話が別です」
アクレミアの攻勢の気配に、ルルワはその表情を真剣なものとする。
メーロンは、見届ける姿勢を作った。
「彼は吸血鬼が世に出るリスクについても承知だった。そのために頭をひねり、できる限りの努力を見せている。ならお姉さまは?」
ムメイには、そもそも世界を救ったりする義務がない。
人間のために戦う必要も無ければ、人間の事情におもねる必要もない。そして森を出る出ないは、彼の自由だ。世界に生きる一個として、彼にはその自由と権利が与えられている。だからアクレミアに、彼を責める気は全くなった。
だが、いやだからこそ、ルルワの醜さが許せない。ルルワは彼とは違うから。
「好きになった方と一緒にいたいから――そんな利己的な理由だけで吸血鬼を世に解き放ち、世界の人々を不安にさせている。協力して戦っていると言えば聞こえはいいものの、実際は彼一人の力に頼り切り」
12使徒を立て続けに落としたという快挙に現状麻痺しているが、勇者が吸血鬼をお供にしているという事実を、恐れない人間がいるわけがない。
当然2000年前の悲劇を連想する。勇者が魔の者に魅了された。そうなれば、向かうべき結末は人類の滅亡だ。不安にならないはずがない。
そしてそれら糾弾は、ダソスに集まる。彼女はこうしている今も、国に迷惑をかけているのだ。だが――
「そこまでは別に許せます。彼の力は、確かに人のためになっていますから。だから繰り返しますが、わたくしが言っているのはお姉さまの怠慢、そして姿勢です」
アクレミアは、姉を睨みつける。
これまでの負の感情の全てが、そこには込められていた。
「人間の世界での立ち回りに関してはムメイ様に、発生するリスクの後始末やフォローに関しては国に、まさにおんぶにだっこ。極めつけは、彼氏がいるから子供は産みたくない? でも勇者として世界を救うためには戦いたい? 一体何を言っているんですか?」
自分の幸せも手放したくない。
人々の幸せも手放したくない。
それでいて、男の愛も独占したい。
かといって、自分が決めた男以外と結ばれることも許さない。
欲しい物は全て欲しい。全部自分の思い通りにならなければ気が済まない。
いかに言っても、わがまますぎる。
まるで子供だ。
「これまでの勇者たちの戦いを、これまで必死に命を繋いできた人々を、そしてこの世界を、丸ごと馬鹿にしています。そこに何らかの信念があるのかと思えば、大した考えはなく、むしろフワフワとどこまでも軽い。周りの力に頼ってばかり、口を開けば理想ばかり。見ていて非常に不愉快です」
「…………」
アクレミアには、覚悟がある。
国のため、世界のため、必要とあらばルルワの代わりとなり、ムメイにその血とその身の全てを捧げる覚悟が。
それが人類のため、世界のためというのなら、一生吸血鬼のペットでも構わない。化け物の子だろうが喜んで孕む。想い人への気持ちさえ手放す。恋を諦める。
それが当たり前だ。人一人の人生より、世界の人々の命の方が大事に決まっているのだから。そもそも国民のために尽くすのが、王族としての務めだ。それが王家に生まれた者としての誇りだ。
アクレミアにはその意志と覚悟が、嘘偽りなくあるから、ここまで言う権利がある。
いや、アクレミアにしか言えない。
「正当たる勇者の血をこの世に残さない。それで本当にいいと? 正直あなたなんかに頼りたくはありませんが、わたくしでは本当の代わりにはなれない。それもご存じでしょう?」
ルルワの子とアクレミアの子。
どう見積もっても力の差が発生する。それほど、全く血の薄まっていない勇者の子は強い。ルルワは世界のために、必ず次世代に血を繋ぐ必要がある。
無論ルルワが存命のうちに世界を変えられるのならそれが一番だが、未来に備えない者はそれこそ馬鹿だ。
「できないと言うのなら、代案を出してください。何でもいいから、あなたの考えをお聞かせください。それすらできないというのであれば、もうわたくしから言うことはありません」
「…………」
アクレミアがルルワの立場であれば、ムメイとの子作りを試みるなどの代案は当然出すところだ。
彼氏を裏切りたくないというのなら、それしかない。少しでも国のため、世界のためとなるよう、まず吸血鬼に生殖能力があるのかという問題を速やかに解決する。
勇者という立場上即座に行動に移れないというのなら、他の女でいくらでも試せばいい。それこそ同じ王女であり勇者の血を引くアクレミアは、うってつけの存在だ。この国にはアワンもいるのだから。
ルルワという本番を見据え、先にアクレミアで試したい。問題なく子供が作れることを確認すれば、自分も動ける。これくらい言えなくて、何が勇者。何が世界を救うだ。
この程度のことも考えられない時点で、彼女は器ではない。勇者に相応しくない。
そんなアクレミアの叱責に、ルルワは――
「ごめんなさい」
それはまるで、親に叱られた子のようだった。
それがさらに、アクレミアを苛立たせる。被害者面をするなと。
彼女はどこまでも、アクレミアを苛立たせる。
これほど血が沸くのはやはり、流れる血が同じだからだろうか。
「私はそれでも、自分が一番幸せになりたい」
「…………」
申し訳ない気持ちがないわけではない。心苦しさがないわけではない。
苦しんで悩んで、迷った末の答え。それが分かった。
だからこそ、アクレミアは気持ち悪いと思った。
本当に気持ち悪い。どの口が。
アクレミアから、想い人すら奪っておいて。
それら犠牲の上に、自分が幸せになっていることも知らないまま。
「答えになってません。あなたは――」
「わたくしは、アクリーの言うことが正しいと思うわ」
ルルワが譲れない答えを示した時、ようやく介入したのは第三者だった。
彼女は娘たちの喧嘩を、静かに見届けた。これ以上進展がないと思ったから、こうして出てきたのだ。そして――
「でも、女は正しくなくていいと思う」
彼女は、ルルワに味方した。
「……余計な口出しは辞めて頂けますか? 分を弁えてください」
「わたくしはこの世に勇者を産み出した女。分を弁えていないのは、果たしてどちらかしら?」
「…………」
それは、痛烈なカウンターだった。
正しさを是とするアクレミアには、反論の余地がない。
確かにアクレミアは、まだ子を産んでいない。覚悟の違いはあれど、そう言う意味ではルルワと変わらなかった。
数秒視線を交わし合った後、メーロンはルルワへと目を向ける。
その横顔は、これまでとは全く違うものだった。
「恋する女が考えるのは、その男性のことだけでいい。世界とか、人類とか、使命とか、全部どうでもいい。あなたの好きなようにやりなさい」
敵は、二人に。
アクレミアはもう、母とは思わなかった。
馬鹿がもう一人増えた。そう――
「その結果人類が滅びても、世界が終わってもいいと言うのですか?」
「いいわ。そんなくだらないことより、恋の方が大切だから」
厄介な馬鹿が。
「…………」
くだらない――その非情を通り越し無機質な答えに、アクレミアは鼻白む。
予想もしてなかったからこそ、言葉が出なかった。少なくともアクレミアの中に、そんな常識はない。そんな答えはない。
「それに、正しくなくても、間違ってはいないわ」
アクレミアを黙らせたメーロンは、再びルルワへと向かい合う。
正しくないと評した、娘へと。
「その人が強くあれるのはね、きっとルルちゃんがいるからなのよ?」
「私が?」
「そうよ。あなたがいるから、その方は頑張れるの。格好つけたいと思えるような女性が、側にいるから」
「…………」
それはルルワを元気づける言葉のようで、アクレミアへの反論だった。
何の役にも立っていない。何もしていないと見做したアクレミアへの。
だから、彼女は事実だけを告げる。
「女はね、男に恰好つけさせるのが一番の仕事よ。そして男は、女のために世界と戦うのが仕事。彼はそれを守ってるわ。だって……あなたのためなら、魔王とだって戦うんだから」
「…………」
確かに、ムメイが戦う動機は、ルルワが一にして全。
それはアクレミアも認めるところ。だがそんなものは詭弁だ。そんなくだらないことのために戦えるムメイが凄いというだけの話。
ルルワの力ではない。ムメイの力だ。勘違いしてはならないし、勘違いさせてもいけない。
「だからルルちゃんは、もっと自信を持っていいの。こいつが幸せなのは私のおかげなんだって、常に思ってていいわ。それくらいの権利はあります」
アクレミアには、分からない。
だが、言葉は挟めなかった。メーロンがルルワに何を言うのか、聞きたかった。
昔はアクレミアたちと全く同じ立場であった女の――先達の考えを。
「子供について、彼とはもう話した?」
「…………してない。でも――」
そこだけは、アクレミアも淑女として明言は避けていた。
しかし大きく踏み込んだメーロンの問いで、ルルワはようやく語り出す。
それはアクレミアも知らなかった、つい先ほどの話。懇親会を抜け出して密会した、男女の話だ。
(カロスから話を聞いたという事実は、伝えた。だけど、子供の話は一切触れていない)
ムメイはカロスから昨日の会議の話を聞いたことを、ルルワに伝えている。
それでいて、彼から触れたのはカロスとの摩擦に関してだけ。子供に関する話には一切触れていない。あれほど気が回り、人間の考えにも精通しているムメイを思えば、それはあまりに不自然だ。
(なるほど……だから不安に思っている。その件について、彼から何もなかったから……)
ルルワとしては、そちらの件でも何らかの助けが欲しかったのだろう。具体的な解決策を提示して欲しかったのだ。
だから、アクレミアはさらに苛立つ。カロスとの問題を、軽視されているようで。
彼女は、自分の幸せしか考えていないから。
更なる情報を聞かされても、募るのは更なる怒りだけ。
しかしメーロンは、違ったようだ。彼女はいつも通りの様子でキスの件に浮足立つ――かと思ったが、意外にもそこには一切触れなかった。
むしろルルワの話を全て聞くと、感心したように目を見開き、そして頷く。
「お話を聞いた限り……まず一番に分かったことは、絶対にルルちゃんの片思いじゃないってこと。むしろ大好き大好き大好きーって、わたくしは伝わってきたわ。これでもかってくらいね。アクリーはどう? 」
話を振られたので、アクレミアは真面目に答える。
逃げること、そして誤魔化すことは、アクレミアは一番嫌いだった。姉とは違う。
「まあ……非常に分かりにくいですが、わたくしもそう思います 」
アクレミアから見ても、ムメイの気持ちは確かだと思う。
ただ、非常に分かりにくくはある。ルルワを擁護するわけではないが、男ならもっと態度で示せとも思う。あの飄々とした感じは、ルルワが不安になるのも無理はない。
彼も、そう言う意味では人を振り回すタイプだ。もしかしたら似た者カップルなのかもしれない。そして――
「ただはっきり言って、お姉さまに合ってる方ではないです」
これだけは言える。
タイプとして全然合っていない。ムメイの人格は立派でこそあるし、人として尊敬に値するが、男としては駄目だ。
デフォルトで女を疲れさせる。かなりの体力と気骨がある女でなければ、到底ついていけない。
そしてルルワには、まだそれほどの経験と器量がない。今はあちらに合わせて貰っている形だ。到底対等な関係とは言えない。
「むしろ相性としては、最悪に近いかと思います。お姉さまに合っている方は、きっともっと他にいます」
歪んだ関係。
生来の相性の悪さに世間的な条件面を合わせて考えても、まさに世界最悪のカップルだ。彼女は高望みをせず今からでも無難な相手を見繕った方が、きっと幸せになるだろう。
アクレミアは負の感情を加味しなくとも、そう判断する。これは皮肉ではなく、本心だ。客観的に見て、親族が素直に祝福できるようなカップルではない。
「うーん、うん! わたくしもそう思います!」
そしてそればかりは、メーロンもアクレミアに同意した。
「…………そうなんだ」
身内二人から、全然相性良くないぜ!――と評され、ルルワは露骨に肩を落とす。
陥れた者の一人は、娘のそんな姿に対し、どこまでも楽しそうに言葉を続けた。
「でも、それが恋なのよね〜」
「「っ!」」
ルルワの顔があがり、流れが変わる気配が匂い立つ。
だからアクレミアは、ここぞとばかりに畳みかけた。
「お姉さまも、本当は分かっているのでしょう?」
「そうね、分かってた。わたくしも、最初はこんな奴絶対好きにならないって思ってたわ。なっちゃならないとまで思ってた」
「正直言って、なぜお姉様が惚れたのか全く理解できません」
「わたくしもみんなにそう言われたわ。なんであんな堅物好きになったんだって。理解できないって」
「どのあたりが好きなのか、いつ好きになったのか、お姉さまも分かっていますか? 具体的に説明できますか?」
「分からないわ、でも好きなの。外野の意見なんて全部戯言、わたくしが好きならそれでいいの」
(うるせえ!!)
ルルワへの質問を当然のように横取りする女の声に、耳を塞ぎたくなる。
聞いていないし、親の惚気話など聞きたくもない。
だが、メーロンは続ける。アクレミアが聞きたくない話を。
正しくなく、かといって間違ってもいない。
だからこそ彼女は、アクレミアの天敵だった。
「そのお方、パパにちょっと似てなあい?」
「確かに……少し似てるかも」
「まあ……少し」
言われてみれば、少し似ている。
考えや思いが分かりにくいところなど特に。
「あの人は不器用で、おまけに無口だから、ムメイ様より断然酷いわ。女心にも鈍いし……仕事人間だし……仕事のことには口出しするなとか言うし……生意気な。このわたくしを誰だと思っているの?」
不満がツラツラと出てくる。
およそ愛する者に向けた言葉とは思えない。こんなにあるのかと、アクレミアが少し同情したほどだ。しかし――
「なら、なぜ結婚したのですか?」
「好きになっちゃったから。理由なんてそれしかないわ」
その一点だけは、ブレなかった。
確かな愛がそこにあるのだと、アクレミアにも分かった。
「子供についても、世界とか関係なかったわ。わたくしが欲しいと思った時に押し倒して、わたくしが産みたいと思ったから産んだ。あなたたち二人ともね」
それは、勇者をこの世に生み出した者の言葉。
繰り返すが、彼女の言葉だけは、アクレミアも無視できない。どれだけ分かった気になっても、アクレミアはまだ子供を産んでいないのだから。そう言う意味では、ルルワと立場は同じ。
口だけの小娘。彼女からそう見做されることに、異論はなかった。
「エデムがそろそろ体裁がとか、人の未来が――とかごちゃごちゃ言ってきたら、うるせえ口出しすんなって言ってやったわ。出すもん出して気持ちよくなるだけの奴が誰に意見してんだって。その瞬間だけは、わたくしが世界で一番偉いに決まってるもの」
「「…………」」
アクレミアからすれば、やはりそんなに自分勝手でいいのかと思う。
それも、エデム――父の言うことは全く暴論ではない。むしろ正論だ。
ルルワの様子を見ても、アクレミアと気持ちは同じだろう。彼女はそもそもアクレミアと考えが同じだったからこそ、ここまでの罪悪感を見せているのだ。間違っているのは、自分の方だと。
だがここに、そうではないと言い切る者がいた。
そしてそれは、この世に勇者を生み出した者。名実ともに世界一の女。
誰も反論できない立場にある、ルルワにとって世界で一番の理解者だ。そして――
「国や世界のことで悩んでいるのなら、それはお門違いだわ。ルルちゃんが考えなくてはならないのは、もっと別の事よ」
世界で一番の――
「彼に相談したの?」
敵。
メーロンの鋼のような視線に、ルルワが背筋を正す。
誤魔化せないし、逃げられない。そう思ったのか、ようやくルルワの考えが、ここに示された。
「…………まだしてない。でもムメイは、『規律の中なら、命令系統こそが最も尊重されるべき』って。上の命令なら、時には死ねって言われても従う場面はあるって……」
それは、アクレミアも予想していた答えだった。
なぜなら他ならぬアクレミアも、ムメイの言葉をそのように受け取ったからだ。
立場ある者であり、その役目を果たそうという覚悟があるのなら、つべこべ言わず従え。
意志が固まらず、考えがブレているルルワへの叱責。カロスへの話にかこつけて、婚約話に対する自分の考えを提示したのだと。
メーロンは、それを否定しなかった。だが肯定もしなかった。
「だから、私はそうは思わないって言ったの?」
「…………」
彼女の言う相談とは、男の考えを聞くことではなかったから。
「彼のそんな言葉を聞いて、あなたはただ黙って頷いてたの? ふざけたこと抜かすんじゃねえ!! この私を誰だと思ってんだ!!――って言ったの? お前の考えなんか知るか!! 黙って私に従え!!――って言ったの?」
「…………」
言葉は、これ以上なく静かだった。
だがここ一番の怒気が込められていることを、その場にいる者の誰もが疑わなかった。
そこには同じ女としての、確かな怒りがあった。
「その程度の我儘も言えねえ女が、恋だとか愛だとか抜かすんじゃねえよ」
「「…………」」
ルルワへの言葉だ。
だがアクレミアには、他人事とは思えなかった。
それはまるで、恋を諦めているアクレミアへの、怒りのようでもあったから。
「彼はちゃんと応えてくれてるわ。ルルのこと、ちゃんと考えてる」
一瞬で沸点を通り越した怒りは、夢であったかのように元通りに。
その優しい声色は、アクレミアが無意識に胸を撫でおろす程。メーロンは柔らかく微笑み、ルルワの頬に片手を添える。そんな光景に、アクレミアはまるでDV男のようだと思った。
「紳士的なお方ね。あなたにそれを言う資格と時間をくれた。それはルルちゃんの心が決まったら相談して欲しいって、ちゃんと言ってるわ」
「っ!」
資格――つまり、敢えて反対意見を提示したというのか。
ルルワがそんなことはしたくないと、ムメイに相談する時に言いやすい様に。
(どう生きたらそんな考えになるの? どこまで女を信じていたら……)
気付くメーロンもだが、ムメイもムメイだ。
ルルワなら必ず踏み出し、自分に相談してくる。そしてその時は、自分の思いのままを言葉にする。その大前提を信じていなければ、まずそんなことは言えない。
なぜなら、ムメイの言葉を真に受けたルルワが、勝手に別の方向へ進む可能性もあるからだ。これほど心が弱っているのだ。ムメイの言葉こそ正しいと思う可能性は高い。
現に今の彼女は、自分の考えよりもムメイの考えの方を明らかに優先している。
直に彼女と対面したムメイには、それも分かっていたはずだ。
今のルルワには余裕がないと。今のルルワはムメイに助けを求めていると。
それでも、信じた。
決して甘やかすことはなく、自分の信念を通し、そのうえで出来る限りルルワを助けようとしている。
馴れ合いはしたくない。あくまで助け合いのカップルに育てようとしている。
メーロンから聞いたムメイの真意を思えば、全ての言葉がルルワのもう一つの不安――子供に関してのことだと思えてくるほどだ。
それら全てを含めた上で、メーロンの結論は――
「だから、彼と話しなさい」
ここではない。ただそれだけだった。
「これはあなたと彼の問題。恥ずかしくても、言いずらくても、相談しなさい。悩んでもいい、迷ってもいい。だけど、場所を間違えるのだけは許さない」
こんなところで悩むな。こんなところで話すな。
迷うなら男と一緒に迷え。そういうことだ。
メーロンは今回の件を一国の政治ではなく、あくまで一カップル間の小さな問題だと見做している。
無責任この上ないが、やはりアクレミアはまだ、反論できる立場に無かった。
「ママが怒ることがあるとすれば、彼の言葉をちゃんと聞けていないこと。この件に関しては、彼から話を振ることができない。だってあなたが悩むべきことだから。彼はあなたが勇気を出せる女性だと、そう信じているから」
「…………」
それでなくとも、口は挟めなかった。
この真剣を通り越し、痛いほどの空気の中では。
自分と違うからと言って、ただそれだけの理由で、邪魔はできなかった。
「でも、相談さえしてくれれば、一緒に考えるって言ってるわ。手を繋いで、互いに寄り掛かって、一緒に頭を悩ませようって。だから自分の心にもっと寄り添って、自分の考えをもっと大切にしろって」
「…………」
やはり後述のムメイの言葉は全て、子供についての話だったようだ。
確かに冷静に考えれば、カロスとの問題はルルワが解決しなくてはならないこと――ムメイがそう見做しているのだとすれば、続いた言葉の全てが矛盾する。
ならば消去法的に、ムメイがルルワへと贈った言葉の数々は、子供に関する話としか思えない。
確かにルルワのことを心から大事に思って、できる限りの言葉をかけているのが分かる。だが、分かりずらい。
アクレミアでも、ここまで言われてようやく全てを理解できたほどだ。だから、この件に関してはルルワを馬鹿とは言えない。
「あなたが女として失格なのは、そこだけ。正直話聞いてた?ってレベルだわ。ロマンチックなデートに浮かれて、彼のカッコよさにメロメロになってたのは分かるけど……こんなに頭を悩ませて、こんなに言葉を尽くしてくれた彼がちょっとだけ可哀想だわ。わたくしの胸の中で癒して差し上げたい」
「それは……辞めてほしいです」
「何本気になってるのよ。冗談じゃないわよ?」
「…………」
本当に冗談じゃなさそうなのが怖いところだ。
今から行って来るとか言い出しそうな怖さがある。ルルワも同じことを思ったのか、母を見る目は冷たい。
そんな若い娘の可愛い嫉妬に、余裕の笑みを浮かべるメーロン。アクレミアはこの隙を狙い、言葉を差し込む。
「ですが、仮にお姉さまが助けを求めればどうなりますか? 彼がダソスに、お父様に八つ当たりする可能性もあるのでは?」
ルルワの伝え方一つで、その未来もあり得る。
「パパが子供を作れってうるさいの。ムメイお願い、黙らせて♡」くらいのおねだりならまだいいが、強行に勧められているとか泣きつけば、曲解して受け取られる可能性もないわけではない。
そのリスクにはどう対処するのか。
「その程度も出来ない男に、娘をやるわけにはいかないわ! 国なんかより女の方が大事に決まってるじゃない!」
「ダソスが危険に晒されても構わないと?」
「その時は戦争よ。わたくしが先陣きって迎え撃ちます」
「…………」
本気なのか冗談なのか分からない。
本気で言っているのなら頭がおかしいと思うが、この母ならあり得るとも思ってしまう。吸血鬼との戦争など、勝敗は分かり切っているというのに。
「でももし、言葉による説得を彼が選んだのなら、わたくしも加勢してパパを懲らしめてあげる! 世界と娘の幸せ、あなたはどっちの方が大切なのかって! 世界とわたくし、どっちの方が大切なのかってね! 答えを間違えたら離婚よ! 究極の二択に、何も言えなくなるエデムが目に浮かぶわ!」
高笑いをするメーロンの姿に、遅れてアクレミアは気づく。
この本気なのか冗談なのかよく分からない空気感は、ムメイによく似ていると。
エデムではなくメーロンの方が、実はムメイ似なのではないだろうかと。
「お母さまはどちらなんですか?」
「当然世界よ!! わたくしの夢は世界平和だもの!!」
「…………」
これが女の正解なのだろうか。
アクレミアにはどうしても、これが正しいとは思えなかった。
だが――
「だからね、相性も、理屈も、世間も、身分も、立場も、使命も、世界も未来も命も――全部……全部どうでもいい」
メーロンは、それでも母としての言葉を残す。
道の先を歩いた者として、残せるだけの言葉を、ここに落とした。娘たちが拾えるように。
「好きなら好きでいいの。その人さえいればいいの。そのためなら、不幸の中にだって一緒に飛び込みなさい。世界中を不幸にしなさい。それが女の恋」
そしてそれは――
「彼だけ見てればいい。それでいいのよ」
ルルワの手に、届く。
「…………」
そして――アクレミアにも。
「アクリー、あなたは本当に偉いわ。賢くて、優しい子」
「っ!?」
まさかこの話の流れで、自分に白羽の矢が立つとは思ってもいなかった。
だからアクレミアは、油断していた。
己を抱きしめる母の温もりを、許してしまったのだ。
「やっぱりあなたもママの子だわ。だって、こんなに強いんだもの」
心の弱っている、ルルワへの時間だったはずだ。
アクレミアはそう思っていた。しかし、そう思っていたのはアクレミアだけだ。
メーロンはもちろん、ルルワでさえ、アクレミアの心が弱っていることを見抜いていた。
だから、強く言い返せなかった。アクレミアが泣いていると、気づいてしまったから。
この時間は、アクレミアのためにあった。
その事実に、アクレミアは遅れて気が付く。
「でもね。いいのよ、もっと我儘を言って」
振り解きたい。
自分は、彼女たちとは違うのだから。
正しくなければならないのだから。だが――
労わる様な優しい手つきと、人の温もりが、凍り付いた心を溶かす。
「世界とか、人類とか、未来とか、そんなことはどうだっていいの。やりたいようにやっていいのよ。あなたも――」
それは、魔の言葉。
だから――
「恋をしていいの」
アクレミアがずっと求めていた――言葉だった。
両の目から流れ出るものが、どこから来たのかは分からない。
だが、不思議と嫌ではなかった。
いつの間にか加わったもう一人の存在も、その温かさも、もう嫌ではない。
もしかしたらアクレミアは、この瞬間を――
「あなたたち二人とも、ママの誇りよ。こんなに弱くて、こんなに強い――」
ずっと、待っていたのかもしれない。
「流石は、パパとママの子だわ」
この日、この時――全ての未来が決定する。
二人の少女たちの恋を、世界が認めた。だから――
女は、恋に生き――
女は、恋に死ぬ。




