第104話 友達になれない
「――好きな子とかいる?」
「…………」
これまでは技術や知識に関する話ばかりだったというのに、急に毛色の変わった話題にカロスは息を飲む。
しかしその動揺を、ムメイに見せるようなヘマはしなかった。
「吸血鬼がこんなにお喋りとは思っていなかったよ。こんなに命知らずともな」
「大丈夫、もう慣れたから」
「…………」
そういって、ムメイはこれ見よがしにカロスへと視線を向ける。
つまりは、玉から目を離した。
(凄まじい成長スピードだ……特に、コツを掴んでからのそれは目を見張る)
慣れたというより、見つけた――の方が表現は正しいかもしれない。
普通は長い時間をかけて感覚を体に慣らすものだが、ムメイはここさえ押さえておけば大丈夫というポイントを肌で探り当てるのが巧い。
そういった感覚的センスを持つ者はそれなりにいるが、こうも容易く体現して見せる者は当然稀。一度でもミスれば死と己に課した極限状態で成功を手にすることが出来る者は、やはりそうはいないだろう。
(いや……だからか)
だからこそ、ここまでの集中。ここまで光るセンス。
ムメイは分かっていたのだ。自分は追い込まれた状況でこそ真価を発揮できる男だと。
命懸けの覚悟も、修行効率を高めるためのバフでしかなかった。こんなに教わる準備を自分で整えられる者には、中々お目にかかれない。
「目を瞑ってみろ」
「うん」
(視覚を封じても影響なし……本当に口だけじゃないな)
自信に、確かな実力が伴っている。
視覚を封じた制御は難易度がまた一段階変わって来る。常人であれば数か月かける手順を、僅か数時間でもうクリアしてしまった。
「私としては願ったりだが、貴様としては微妙かな? 天才キャラは万人に好かれない」
むしろ嫌われる。
人間は努力の方を美とする。結果は大して変わらないというのに。まるで天才は努力していないかのように。
カロスの軽口に、ムメイは目を開く。
その顔は、不快気に歪んでいた。
「は? いやいや、これを天才評価は意味分からんでしょ。ここから毎日コツコツ続けるのが努力なんだから。そうだろ?」
「全く違いないな」
カロスは、がっちりとくぼみにハマるような共感に、満足げに頷く。
本当に話が合う。カロスも同じ考えだ。
努力に天才も凡才もないし、一歩目の差など気休めにもならない。その程度の他人との差に文句を言うような者は、結局努力できない。努力とは、どこまで言っても己との戦いなのだから。
だから、天才などと、軽はずみに口にするものではない。その人間が重ねてきた見えない努力すら、想像できないのなら。
「言っとくけど、俺超努力キャラだから。天才キャラはお前に譲るよ」
「黙れ貴様。好かれたくて必死か」
「必死」
楽しい。そして、心地いい。
こんなに誰かとの会話が楽しいと思ったのは、カロスは生まれて初めてだった――
「好きな子いる?」
そうでもなかった。
「距離を詰めて来ようとするな。そこまで慣れあうつもりはない」
「俺はね、いる」
「聞け」
カロスは全力で抵抗するが、悲しいかな、主導権を奪い取れる気がしない。
ムメイと話せば勝手に向こうのペースに乗せられてしまう。そこまで悪い気がしないというのも、厄介なところだ。自然と会話に引き込まれる。
ただこの話題だけは、できれば避けたかった。カロスの感情が揺れ動いてしまうから。
「初めての彼女で、俺も全然よく分かってなくてさ。なんか凄い不安にさせてるみたいなんだ。俺としては、口の中に入れても美味しく食べられるくらい可愛いんだけど」
「目に入れろ。味わうな」
初めに聞いた時は、衝撃のあまり声も出せなかった驚愕の事実。
吸血鬼ムメイと勇者ルルワは、交際関係にある。主従ではなく、恋人として。
その時のカロスの心中は、一言では言い表せないものだった。そして今も、感情の大小あれど、その心情は凡そ表現しきれない。
カロス本人ですら、正確には分かっていないくらいだ。たった一日で咀嚼するには、その情報はあまりにも大きすぎた。
「正直夢みたいな話で、ずっと空を飛んでるような感覚なんだ」
ムメイは、誰かを見つめるように、炎の中を見ていた。
それはまるで、その女のためなら火の中にだって飛び込めると、そう示すように。
(こいつ……殿下から話を聞いていないのか?)
カロスとルルワの確執について、ムメイは聞かされていないのだろうか。
もし知っていれば、こんなふうにルルワのことを話せるはずがない。それがカロスの中の常識。
しかしムメイは常識人のようで掟破りな面もあるため、現時点ではなんとも言えなかった。
「さっき初めてキスした時なんか、そのまま月まで飛んで行きそうだったよ。ちゃんと歯磨きしててよかった」
「…………」
カロスは思わず、顔を顰める。
心を決めたとは言え、聞いていて愉快な話ではない。そもそも他人の惚気話自体、人を選ぶ話題だ。別にこれはカロスだから特別というわけではなかった。
「…………ずっと思っていたが貴様、よく私にそんな話ができるな?」
そんな苛立ちが、言葉よりも先に口を開かせる。
カロスの冷ややかな視線に、ムメイは――
「あっ……ごめん。ちょっと刺激強かったよな。配慮が足らなかった……」
「違う! キスくらいで先輩ぶるな!」
「ほんと、ごめん」
「謝るな!」
いつもの独特な空気感に白けたカロスは、ふて寝するように足を投げ出す。
真面目に相手をするのがアホらしくなった。こちらの巨大な感情を仮にぶつけたとしても、いとも容易く受け流されそうで。
だからだったのかもしれない。カロスが初めて、その本音の一端を溢すことができたのは。
大人として生きなければならないカロスが、一瞬だけ、子供に戻れたのは。
「私の父を殺しておいて……よく幸せになれるものだ」
「…………」
口にしてから、正気に戻った。
そしてすぐに後悔した。何を言っているのかと。
アガトスの死の経緯については、既に聞き及んでいる。
その責、憎しみをこの吸血鬼にぶつけることは、人として間違っている。ルルワへの怒りとはわけが違う。
カロスはそう己を納得させていた。愛する家族の死。その悲しみを、そう納得させていたのだ。
だが――
「だからじゃない?」
カロスが何を言ったとしても、真面目に取り合うことはない。そんなわけがない。
それは、大きな勘違いだった。
むしろムメイは、カロスが大人の仮面を脱ぎ去るこの瞬間を――
ずっと、待っていた。
「俺たちが幸せにならなきゃ、アガトスは何のために死んだんだ?」
「――っっ!!」
瞬間、カロスは立ち上がる。
それは身が弾かれたように、身を弾くように。
どちらにせよ、到底このままではいられなかった。動くしかなかった。
なぜなら――
俺ではなく、俺たち。
その言葉が、カロスの逆鱗に触れた。
「貴様、調子に乗るなよ」
「…………」
カロスは手を翳し、見下ろす。
その相手は、ムメイ・ヤレーアハ。
魔力が体内を荒れ狂い、右手のターゲッティングが暴力の奔出を匂わせる。
しかしムメイは、その場からピクリとも動かなかった。それどころか、カロスの方を見もしない。
「私が情けをかけているから、勘違いしたのか? 貴様は父の仇だ」
「…………」
この状況の中にあって、玉の中の炎は揺らぎもしない。
それがさらに、カロスの炎に薪をくべた。
この程度、何ら心を動かすようなことではない。取るに足らない人間の癇癪。そう見做されているようで。
だが――
「やれよ」
「っ!?」
炎を静かに眺めながら、ムメイは口にする。
「やりたいならやれよ。今、ここで」
「…………」
その言葉は、脅しでも、ましてや挑発の類でもなかった。
ただ、受け入れる。それがカロスの本心ならば、間違っていないと、むしろ後押しするような気配さえある。
だがムメイも、何も感じていないわけではない。それがカロスには分かった。
そこにはカロスに匹敵する、巨大な感情のうねりがあると。
「調子に乗るも何も……俺はまだ、お前から喧嘩の一つも売られてねえよ」
「っ!」
赤き瞳が、初めてカロスを見上げる。
いや、初めてカロスを見た。
「貴様……何様のつもりだ」
「お前こそ、何様のつもりなんだよ」
その気迫は、絶大なる感情に突き動かされたカロスが、気圧されるほど。
カロスが初めて見せた、複雑な本音。
大人の顔の裏に隠していた、人間。
吸血鬼であるムメイは、真っ向から喧嘩を売った。
「俺とアガトスの話に、お前は関係ない」
「…………」
拳で顔面を殴られたような衝撃だった。
しかし、どこか腑に落ちた。
欠けていた穴にがっちりハマったというのか。
まるでカロスの心の穴も、無理やり塞がれたかのように。
「関係ない……か」
視線が、交錯する。
意志が、ぶつかり合う。
結果は――
「道理だ」
この喧嘩は、カロスの敗北に終わった。
カロスは一歩、二歩と下がると、椅子の一つに腰掛ける。
それは腰掛けるというより、崩れ落ちるに近かった。
全力の死闘を終えた後のように、脱力する。実際、これは戦いだった。
「悪びれられたところで……ただ殺意が増すだけだ。突き放された方が楽なこともある……ありがたいよ」
声を大にしたわけではない。
泣いたわけでも、叫んだわけでも。
だが、人一人を殺せるだけの殺意を、カロスはムメイへと解き放った。
そしてムメイも、それに真っ向から迎え撃ってくれた。
このやり取りに意味がなかったと思うほど、カロスは人生を知らないわけではない。そして――
ムメイの温かさが分からない程、カロスは冷たくなかった。
「突き放してるつもりはないんだけどな。むしろ仲良くなりたいと思ってる」
「それが本当なら、人付き合いが下手とかいうレベルではないな」
「吸血鬼にしては喋れる方だと思ってるけど」
「ああ、こんなに饒舌とは思ってなかったよ」
現にカロスの心は、軽くなっていた。
悲しみ、怒り、憤り――渦巻く感情は様々だった。人一人では抱えきれないほどの、制御が効かないほどの。
しかし、発散できる場所がなかった。ぶつけられる場所が。
それをムメイは、買って出てくれたのだ。カロスが本音を吐ける場所はここしかないと、分かっていたのだ。だから――
「私が復讐を決意すれば、貴様は潔く死んでくれるか?」
「無理。その時は間違いなく、カロスが先に死ぬと思う」
「ふっ……正直な奴め。だが一発くらいは入れさせてくれるんだろうな?」
「ううん、瞬殺」
「…………もう少し優しくてもいいんだぞ?」
全く手加減というものがない。
それでいて、冗談ではないと確信できるのが凄いところだ。
おそらくカロスが本気の意志でそれを実行すれば、ムメイも迷うことなく殺しに来るだろう。それが礼儀とか本気で思っていそうだ。
だが、嫌いじゃない。嫌いじゃなかった。
「聞かせてくれ、ムメイ。お前にとってアガトスは……」
「友達」
体を起こし、正面から問う。
その答えは、どこまでも簡潔で、素直だった。
誤魔化さない。
自ら殺した相手を友達だという。
その関係にカロスは関係ないという。
「けどやっぱり、今は関係ない」
それでいて、ここにアガトスが入り込むことも、ムメイは許さなかった。
「俺はカロスと、友達になりたいと思ってるから」
「…………」
その真っ直ぐな目に、やはりカロスは気後れした。
照れくさいわけでも、軽んじているわけでもない。ただ、目を逸らさざるを得ない。
嫌われるのも覚悟で、真っ直ぐに己の考えを伝えてくれるムメイと違い、カロスはそうではないから。
嫌われる方が、まだ楽だった。だから――
「無理だ……」
答えは、決まっている。
友達にはなれない。なれるわけがない。
カロスはムメイとだけは、友達になってはならない。
「私は……俺は、お前とは友達になれない」
「無理。もう友達だから」
提案のように見せかけておいて、確定事項らしい。
カロスは呆気にとられ、思わず笑ってしまう。
「おい、身勝手にもほどがあるぞ。人の心にもっと寄り添え」
「心無いから」
「そのようだな」
カロスは思い出したように、立ち上がる。
カロスの立場は教師であり、ムメイは生徒なのだ。何を仕事に私情を持ち込んでいるのかと、今になって我に返った。
玉の中の炎を見れば、変わらず安定している。むしろ全くブレはなく、それはムメイの意志の気高さを示しているようだった。
その姿を、カロスは羨ましく思う。眩しくて、直視できないほどに。
だから、こちらを不思議そうな表情で見上げるムメイからも、目を逸らした。
「私はそもそも、友など必要としていない」
「え? もしかして友達いないの?」
「…………」
カロスは答えない。
その代わり、不貞腐れるように顔ごと逸らした。
だが――
「貴様! 何だその顔は!!」
チラリと伺ったムメイの表情で、すぐに声を張り上げる。
普段はすまし顔のその無表情は、ここ一番の温かみを帯びていた。
「いや……少し横になる? 水持ってこようか?」
「急に優しくするな!」
生暖かい視線をうっとおしいと振り払う。
カロスはそんな同情は受け付けてはいない。
「俺の友達で良ければ紹介するよ?」
「いらん!」
「いつも上から目線で見下ろして来るし、アリを踏み潰すような感じで殺しにくるけど、まあ良い奴だ」
「まさか……魔人イコラオスのことを言ってるんじゃないよな?」
凡そ友達になれるとは思えない。
物理的にも生物的にも。
「重度のシスコン。おまけにメチャクチャ口悪いクチャラー。極めつけは当然のように大量殺人鬼の罪を擦り付けてくるけど、まあ良い奴」
「まさか……アベル王子のことを言ってるんじゃないよな?」
友達になれるはずがない。
たぶんカロスが世界で一番友達になれない男だ。それだけは間違いない。
「私をそこに並ばせる気なのか? それに……良い奴の基準低すぎないか?」
「そうかな?」
しかもそれをカロスに言うところが狂っている。
アガトスが死んだのは、元をただせばアベルのせいだ。
そしてそのせいで今、カロスとルルワには確執が発生している。無論ムメイにも。
それが素直な気持ちなのだから、隠す方が嫌だということか。ただ、相手によってはかなり危うい発言だ。いや、人間の世界で受け入れられる者の方が稀だろう。
少なくとも、そこからなる感情的衝突を、全く恐れていない。
むしろ先ほどの喧嘩からみても、カロスがそれに怒ることも全く悪いことではないと思っている節がある。
異なる思想からなる意見のぶつかり合いも、避けるべきことではなくむしろあってしかるべきこと。人間関係を構築する上で必要な手順だと。
そのうえで友達になれると思っている。普通に頭がおかしい。
(だが、なぜか嫌いになれない。嘘がないからか……)
普通の人間であれば、相手の顔色を窺って上手く立ち回るところだ。
現に吸血鬼という異物を受け入れられない感情的な部分を上手く隠し、ダソスはムメイを表面上受け入れている。現状でさえ、ムメイに全てを打ち明けることはせず、裏で進んでいる事案もある。
これはやはり人の社会では当然のことではあるのだが、悪く言えば、それはいい様に利用するということ。潔癖な人間なら忌避感を持つ者もいるはずだ。
たがムメイは、配慮はあっても遠慮はない。
好きなら好き、嫌いなら嫌いがはっきりしている。それは一場面のみを切り取ってみれば不快感を抱く者もいるかもしれないが、俯瞰して見れば潔さすらある。
現にカロスは、自分を含めたダソスの動きに比べて、ムメイの付き合い方にこそ好感を覚えていた。相対的に、己が醜く思えるほどに。
「ん? というか貴様の友達……みんな死んでないか?」
「うん。大体俺が殺すから」
「…………」
なんだその必殺の罠は。
危なかった。踏みとどまれてよかった。
「それを聞けてよかったよ。私は友のために死んでやるほど、お人よしではないからな」
友達を作る。
その対価は死。
こんな馬鹿げた取引にサインするわけがない。いたらどんな馬鹿か教えて欲しいものだ。
「…………」
「…………」
無言の時間が発生し、カロスは、己の心へと向き合わざるを得なくなる。
朝は、刻一刻と迫っていた。
「…………ありがとう」
「ん?」
炎を眺めていたムメイの視線が、再びカロスへ。
その赤い瞳に、火の揺らめきが反射する。
「殿下はもちろん……アクリー、いやアクレミア様も、元気がなかった。 我々のために提案してくれたのだろ?」
「…………」
懇親会の意図を察せないほど、カロスも鈍くはない。
ムメイはルルワ、カロス、アクレミアの変化に気づいたのだ。そして、自分のいない場所で何かがあったと察した。
もしかしたらそれを見極める意図もあったのかもしれないが、少しでも気がまぎれればという配慮がそこにないはずもない。
人にはどうしても、笑う時間が必要。そしてそれには、そういった機会をそもそも作ることが不可欠だ。そしてそれをあの場で提案できるのは、ムメイしかいない。
「まあ否定はしないけど……それも含めて自分のためだよ。カロスは自分の面倒は自分で見れるタイプみたいだし、取り越し苦労だったかな?」
「貴様ほどではない」
本当に、ムメイほどではなかった。
同じく様々な重責を抱えるカロスだからこそ、それが分かった。
「辛くないのか?」
「…………」
だからこそ、共有したい。
先の感情の衝突がなければ、カロスはこんなことは言い出さなかった。
国のために生きる者として、それは裏切り行為だと分かっていたから。
だが――
「この国に、貴様の居場所がないことはもう分かっているはず。人間らしい感情がないのかと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ 」
「…………」
この国に、ムメイの居場所はない。
ムメイはこの国にいるようで、いないのだ。それはダソスの思惑を知っているカロスだからこそ、分かることだった。
曲がりなりにもムメイの居場所ができているのは、利用価値があるから。カロスも味方というわけではない。むしろ敵だ。
それも時と場合によっては、一番の敵になる。それも、お互いに分かっていることだろう。
「私が貴様の立場なら、付き合えない。こんな場所にいたいとも思わない」
ダソスでのムメイは、一人で国の思惑と戦っている。
現状ムメイ一人で一国を相手している状態だ。そして、十分にやりあえている。
ただその心理的プレッシャーは、計り知れないだろう。対抗できる能力があるからといって、負担にならないわけではない。逆に常なる思考と、息をするような慎重な判断が要求される。
そのうえで、付き合う必要のある人間はことごとく吸血鬼の被害者たち。今後の戦いに備え、一刻も早く自身を強化する必要もある。さらにここへ、恋人への配慮も加えられる。
いかにいってもオーバーワークだ。人一人が背負うにはあまりにも重すぎる。
そして大前提、ムメイはこの国に全く歓迎されていない。身動きを封じられ、当然のように理不尽を課される。こんなの嫌になる方が当然だ。カロスが逆の立場なら、付き合ってられるかと思う。
「辛くないのか?」
それは、罪悪感もあった。
国にも、人間にも、そしてカロスに対しても、どこまでも真っ直ぐに向き合おうとして来るムメイに対しての。
カロスにはまだ、ムメイに隠していることがいくつもあるから。
だが――
「お前ほどじゃないよ」
それは、カロスの全てを見透かした目だった。
ムメイのことを心配しているようで、ただ愚痴をこぼしたかった――そんな、カロスの心を。
「それに、頑張ってるのはみんな同じだから」
凄い。
「一人が何で自分だけとか言い出したら、それこそ人間関係は終わりだろ? そうなる前に、誰かが見つけてやらなきゃな」
本当に凄い。
「だから……ありがとう」
カロスは同じだからこそ――
ムメイの凄さが、心から分かった。
「私に何か……言いたいことがあるんじゃないのか?」
だからそれは、カロスなりの譲歩だった。
ムメイが頼むのなら、ルルワの中にある心の棘を一つ取り除いても構わない。
ここでそれを言われれば、本気で譲歩しようと、カロスは思った。だが――
「カロスに?」
「ああ」
三度、視線は交わる。
考えは伝わっていると、カロスは確信した。
だがムメイは――
「ないかな」
「何も?」
「うん、何もない」
ムメイはやはり、ムメイだった。
(殿下が自分の力で解決することを望んでいる……いや、信じているのか)
それは、カロスとルルワの問題だから。
ムメイは、関係なかった。
(完敗だ……)
全てにおいて、負けている。
カロスは自身の敗北を受け入れた。
だが、悪い気分ではなかった。
むしろ心地いい。少しでも、本音を溢すことができたからかもしれない。
中々こんなふうに、弱い部分を見せられる機会はない。弱みを見せられるような対象もいない。
そしてそれは、ムメイも同じだった。
「なかなか弱音を吐けないから大変だよな……男って」
「男女差別だ」
「はははは!」
ムメイが、心から笑う。
一本取られたと、その顔には書いてあった。
晴れやかな、心も
「喧嘩相手ならいつでもなってやるよ。友達だろ?」
「話の通じない奴だ。吸血鬼とはそういう種族なのか?」
「種族差別」
アガトスの訃報から、三日目の朝。
カロスも初めて、心から笑った。




