第100話 吸血鬼とお姫様
「――だから盾役だって絶対! それがいなきゃ話になんねえだろうが! パーティ戦は敵の初撃をブロックできなきゃ始まらねんだ! 下手すりゃそこで終わる可能性だってあるんだぞ!?」
「馬鹿を言うな! 回避が基本の戦闘スタイルなんだぞ! 真逆の役割を当ててどうする! もっと考えてからものを言え!」
「んだとコラぁ!!」
「唾を散らすな!!」
即席のパーティ会場は、既に温まっていた。
豪勢な食事、絢爛な内装、華やかな面々――人が酔える環境が整っているのが大きいが、やはり一番の要因は酒だろう。
法に認められたドラッグ。大人は酒が無ければ夜が始まらない。
かくいうルルワも、お酒は嫌いではない。むしろこの年にしては飲める方だし、好きだった。
(お酒飲めたんだ……)
ルルワのいるテーブルの、一つ先に並ぶテーブルでは、男たちが会話に花を咲かせ――というより、唾を飛ばし合っている。
グラスで口元を隠しながら盗み見れば、そこには人間のように酒を飲むムメイの姿もあった。手に持つのは真っ赤な葡萄酒。男たちとの会話を肴に楽しんでいる。
男衆は既にそれなりの酒を入れているようで、ルルワから見てもかなり盛り上がっていた。といっても友好が深まっているというより、議論が白熱しているという感じだ。ただ悪い空気ではない。全員がその場の空気を楽しんでいる感じがある。
とはいえ、ルルワという少女が気になるのはやはりムメイという男に限られる。カロスとの衝突、そして間にある溝を加味しても、正直目が行くのは彼だけだった。
この国は、ルルワの心を迷わせる。
だからこそ、ムメイを見つめてしまう。迷いの無いムメイを。
(お酒は好き……葡萄酒……)
心の中のメモ帳に書きとめ、忘れないようにする。精神系攻撃は無効なのに、酒には酔えるようだとも。
ただやはり気になるのは、どこで酒を飲んでいたのかという点。
森の中には当然ワイングラスも酒もなかっただろう。それなのに、明らかに飲み慣れている。少なくとも絶対に初めてではない。
こういうのは素人が演技しても経験者には一目で分かるものだ。むしろ常習的に好んで飲んでいたとさえ思えるような空気がある。
ただこれまで酒が飲みたいなどとは言い出さなかったことから考えても、あくまで嗜好品の一つ。中毒になるような飲み方はしていなかったと思われる。
(やっぱり……元人間なのかしら? でも300年森にいたって言ってたし、今年で300歳とも言ってたような……)
ルルワがこれまで、ムメイの矛盾や違和感を本人に言わなかったのは、何も気にならなかったからではない。むしろ非常に気にはなっていた。
だがそれらをムメイに匂わせすらしなかったのは、一重に嫌われたくなかったからだ。男の過去を詮索する女は嫌われる。あまりがっつくと煙たがられる。そんな話を聞いたことがあったから。
大人の配慮ができ、過去を気にも留めないような器の広い女――だと思われたい。その辺の小娘と同じとは、絶対に思われたくない。
現にムメイがルルワの過去を聞いてきたことなど一度もないのだ。これが正しいはずだ。
ルルワはアルコールで適度に酔いが回った肉体の状態を感じながら、今度は別の場所を見る。
テーブルから少し離れたスペースでは、アワンが赤き月のメンバー、リサ、エリナの二人に囲まれていた。
彼女はあの二人から気に入られてしまったようで、着せ替え人形のような扱いを受けている。といっても男もいる場だ。それは服を着脱するような大げさなものではなく、髪留めやアクセサリーなどのアイテム群を付けられるに留まる。あれくらいならば、止めることもないだろう。
流石に欲望の毒牙にかかる様なら全力で助けに入るが、アワンも困っていこそすれ、嫌がっているような様子ではなかった。
その奥の方の壁際では、ナアマとアクレミアが二人で話している。
時折笑みが見え、良好なやりとりがされているようだが、はた目には口説かれているようだ。
それは身長差や体格差もあるが、やはり事前情報が大きい。穿った目で見るなという方が難しいだろう。少なくとも、割って入る度胸はルルワにはなかった。
というわけで現在ルルワは一人なわけだが、別にハブられているとは思わない。というのも、つい先ほどまではルルワはどこにも引っ張りだこだったからだ。
複数人が長時間空間を共有すれば、必ずこういう時間も生まれる。寂しいなどとは思わないし、むしろ休息ができてありがたいほどだ。
などと考えながら、ルルワは再び視線を戻す。
目線が辿り着く先は、やはり一人の男だった。目が合わないように慎重に、気づかれないようにこっそりと盗み見る。お酒を飲むときにさりげなくチラリ。食事を口に運ぶ際にチラリ。
意外にも、本人にバレたことはない。それはムメイがルルワを見る頻度が極端に少ないという証明にもなるので非常に複雑だが、とにかくバレてはいなかった。
「いいか、もう一度最初から説明してやっから。その温室でぬくぬく育てられた坊ちゃん頭を稼働してよく聞けよ?」
「むくむくはするなよ? 坊ちゃん頭はしまっとけよ?」
「ぎゃははは! 兄弟! 決まったな!!」
「だはははっ!!」
(…………下品ね)
酒の席、それも男ばかりが集まった場所と考えれば致し方ないのだろうが、女性がいることにも配慮して欲しいものだ――などと、カロスにアイアンクローをされて宙づりになっているアホ二人を見ながら思う。
しかし、少し意外だったのも確かだ。ムメイが酒に酔うとこんな感じになるとは思っていなかった。それとも、相手が同性だからだろうか。少なくともルルワやアワンといる時はあんなことは言わない。
意外には思ったが、特に失望はない。女が数人集まれば男の悪口、男が数人集まれば下ネタ。こんなことで一々失望する程、ルルワも人間を知らないわけではなかった。
「これ以上私の身体を冷やすなよ? 温湿管理にも限度がある」
「はい」
「ごめんなさい」
謝罪により、宙吊りの刑から解放される二人。
大の男二人をそれぞれ片手で持ち上げる腕力は、やはり常人の域には無い――などと思いながら、ルルワはこのメンバーでは一人浮きそうな男を見る。
カロス・アントローポス。だがこれまた意外にも、彼は全く浮いてはいなかった。
二対一で弄られる構図は行き過ぎれば虐めに見える危険性も孕んでいるが、男同士でしか分からない絶妙なバランス感覚があるのか――あくまでルルワの所感によると、楽しそうだ。
少なくとも、昨夜の別れ際にルルワに見せたような表情は見られない。ごくごく自然体だ。
「まあ真面目な話、やっぱりこいつを盾役にするしかねえって。モンスターだろうが怪物だろうが魔物だろうが、まずは先制攻撃してくる。こっちとしても相手の術系統、属性、戦闘スタイルなんかの情報は欲しいところだろう? ならやっぱりいくらか攻撃を受けてみなきゃ始まらない。パーティにおいてブロック役は絶対に必要なんだ」
骨付きの肉を豪快に齧り取りながら持論を語るのは、トバル。
ひとまず聞き手はカロスだ。彼らは先ほどから、ムメイをパーティにおいてどの役割におくかの議論に熱中しているようだった。
「それについては異存はない。だがそれをムメイにさせるのは私は反対だ。こいつは速度と回避力を活かした戦闘スタイル。病的にまで回避を優先する癖が既に体に根付いている。これから矯正するのは至難、何より強みを一つ潰す結果となる。凡そ現実的ではない」
カロスもグラスを一つ煽ると、前のめりになって反論する。
ムメイの教育論に関しては譲れない部分があるのか、かなりの力が込められていた。当然だろう。それが彼の仕事であり、使命なのだから。
「お前の言うことも分かってるつもりだ。ただ莫大な生命力に高い防御力、何より戦闘持久力とちょっとやそっとじゃ折れない不屈の精神力。壁役として一級品の才能を持っていることも確かだ。一度やらせてみたらそっちの方が合ってたってパターンも、俺は腐るほど見てきてる。こいつの天性がタンクじゃないとなぜ言える? 昼間見た限りじゃ、適性は十分にあった」
「ふぅ……」
空になったカロスのグラスに、ムメイが新しい葡萄酒を注ぎ、それに目礼で応え、カロスはまた一口含む。
そして喉を潤すように飲み干すと、再び口を開いた。
「いいか? こいつは現状でも、一騎討ちで12使徒を打ち破るだけの戦闘技術を持っている。それも魔術は関係なく、その肉体能力だけでだ。ならば基本は一対一の想定を軸にするのが利口だ。現状で十分戦いになるのだからな」
「わっかんねえ奴だな。だからそれだけ強いなら、どんな攻撃でも受け止められる最強の盾にもなるって話だ。一撃を必ずいなせるってだけで、後ろのメンバーの安心感、延いては全体の動きのキレも変わって来る。パーティの生存力に直結するんだ」
「分からないのは貴様の方だ。そのために最高の武器を一つ手放せというのか? 敵の攻撃を受けることに慣れさせれば、これまでの戦闘スタイルはもう帰ってこないんだぞ? 機動力こそがこいつの強みなんだ。受ける必要のない攻撃を受けさせてどうする」
「そりゃしょうがねえだろ。そもそもの話、12使徒なんていう化け物と一騎討ちって前提が既に間違ってるよ。今後は絶対にチームで戦う必要性に駆られるし、こいつもそう思ったからチーム戦の鍛錬を願い出たんじゃねえのか? 違うのかよ?」
「…………」
ルルワが聞いている限り、両者の言い分は互いに筋が通っており、どちらも間違ったことは言っていないように思える。
だからこそ白熱しているのだろう。トンチンカンなことを言う者が一人でもいれば、まともな議論になるはずがない。
「ぶっちゃけさせてもらうとよ、提案できる環境ですらねえんだよ。メンバーはたったの三人。実力差が大きく開いた面子。パーティ構築の基本すら守らねえド素人共が。この条件で案を出してやってるだけもありがたいと思って欲しいぜ。てめえらに文句言う資格はねえ」
「まあ……それは否定できん」
「キィ……」
揃って肩を丸める二人を見ながら、トバルは肉を酒で流し込む。
かなり酔っているようだが、思考は冴えているようだった。
確かにトバルの言うように、討伐者組合が出しているパーティの推奨人数は、最低でも4人。多くは4人から5人に落ち着くのが相場だ。
そしてパーティの実力は統一するのが常識中の常識。この時一人だけレベルが低いことはもちろん、一人だけ突出してレベルが高い場合も良い結果にはならない。むしろ実力差が離れた強者の存在は、連携力を大きく損なう要因になる。
つまりルルワたち勇者パーティは、基本条件すら守れていない欠陥パーティだ。戦う準備がまずできていない。
「あの最高品質ハード、ポンコツソフトちゃんは豊富な秩序術で完全なサポート役。ツンツンチクチクドスドス勇者は穴をあけるしか脳の無い突貫工事女。ならもう前張れるのはコイツしかいねえじゃねえか。代案用意してから文句言えや」
最高品質ハード、ポンコツソフトとは、おそらくアワンのことだろう。
豊富な秩序術が強みのサポートタイプという条件では、彼女しか考えられない。
ならばツンツンチクチクドスドス勇者とは一体誰のことなのだろうか。どこに触れても必ず血が流れそうなほどに全身棘だらけであることは想像できるのだが、そんなおかしな女はルルワの仲間にはいない。
分からない。
分からないが、とりあえずルルワはトバルを痛い目に合わせることに決める。ツンツンはしない、ドスドスすることを決める。
「盾役を新しく見繕う他ないだろう。こいつには後方からの魔術支援をさせる。今は殿下を基本前衛とし、必要に駆られればスイッチ。これでこいつの得意なヒットアンドアウェイの形式が保てるはずだ。ムメイが前に出ている時は殿下にバフや回復。ムメイにはそれらのリソースも割く必要がない」
カロスの提案は、基本的というより理想的。現状ではそれしかないというような良案だった。
要はルルワが基本軸であり、そこにサポートのアワンを加える。この形式を土台として支えるのがムメイ。
彼がいるという安心感は、それだけでパーティを生かすはずだ。いざという時は最強のバックを召喚できるのだから。
ルルワが敵の状態異常や大ダメージを負ってしまった場合は、後ろのムメイと交代。その間にアワンによる回復やバフを行える。ムメイは自分で回復できるし、バフの類も必要ない――というよりできない。アワンはルルワだけに天力を回すことができる。理にかなった戦法だ。
「このメンバーについて行けるような奴を、これから見つけるって? それこそ現実的とは言えねえだろ。それとも、アテでもあんのか?」
「…………」
カロスは答えない。
当然だ。峠越の情報は安易に広めていいものではない。
黙り込んだカロスに、トバルの矛先はその隣へと向かう。このやり取りに限っては、大人しく聞くに徹していたムメイだ。
「本人としてはどうなんだよ? やっぱ反対か?」
「いや、賛成だな」
その意見は、ルルワをして意外だった。
ルルワはどちらかと言えば、カロスの意見の方に寄っていたから。
もちろんカロスも、素直に驚きを浮かべる。
「なに? どうしてそうなる? 私の考えが分からない貴様ではないだろう?」
むしろ、彼はムメイも全く同じように考えると思っていたようだ。
その驚きは、下手をすればルルワよりも大きかった。
「確かに俺は、敵の攻撃は基本的に回避して一撃を叩き込むヒットアンドアウェイを得意としていた。けど、ちょっと心境の変化があってさ。というより実際は、身体の変化なんだけど……」
「その心は?」
「機動力落ちてるんだよね、俺」
その言葉で、ルルワは遅れて気が付く。
重大な事実を忘れていたことに。そうだ、ムメイは――
「空も自由に飛べなくなったし、摩訶不思議な推進力もなくなったし、頭痛発生型感知能力もなくなったし、スカート捲り専用見えざる手もなくなった……戦闘自由度と、何より範囲が明らかに狭まったんだ。これまでのように、フィールド目いっぱいではもう戦えない」
そうだった。
本人があまり気にしていないようなので実感がなかったが、ムメイは弱体化しているのだ。肉体能力値自体は変わってはいないが、間違いなく肉弾戦の出力は落ちている。
ムメイの説明は非常に的を射ている。空も飛べず、第三の手も伸ばせない今、今後は限定空間に戦場は固定されるだろう。戦闘自由度という表現は言い得て妙だ。
「え、お前あれで弱体化してんの? 嘘だろ?」
昼間の情報の擦り合わせで見せたムメイの身体能力。それを見たトバルが当然の喘ぎを漏らす。
少しの動きを見るだけでも、ムメイの強さが尋常ではないことは分かったはずだ。それこそ、彼らはその道のプロなのだ。これまで討伐してきたモンスターなどとは、桁違いの存在であることは実家できたはず。
ただもう一人は、別のことに驚きを示す。
「そういうことは先に言え。一大事ではないか」
「ごめん、カロスから教わることには関係ないと思ってて」
カロスのぼやきも分かるというもの。
確かにそういうことなら話も変わって来る。盾役にするという案も一考に値する価値が出てきた。
ただ追い風のはずのトバルは、表情を歪める。まるでふて寝するように、背もたれに背を付けながら。
「えーまじ? なんかショックだぜ兄弟。なんだろうなこの感情」
「確かに勿体なくはあるな。全盛期を惜しいとは思わないのか?」
どうやらこの時ばかりは、二人の感情は一致したようだ。
なんでお前弱くなってんだと。その気持ちはまあ、ルルワにも少しは分かった。例えるなら、その値段での買い物に満足していたとしても、後からもっと安く買える方法があったと教えられた感覚に近い。それは誰でも勿体ないと感じるだろう。別に普通の感覚だった。
「まあ思うけど……でもそんなこと言い出したら、そもそも森を出た時点で俺結構弱くなってるし。別に弱体化は今に始まったことじゃないよ」
そんな二人に対し、特に気負わず答えるムメイ。
だが当然、その情報には誰もが注目する。ルルワの酔いも、一瞬で吹き飛んだような気がした。
「なんだと? それはどういう意味だ?」
「太陽っていう危機のことだろう? 確かに森の外じゃ常に命懸けだしな」
ルルワもそう解釈した。
ムメイはこの世界では、ルルワとアワンという血液パックを常に携帯していなければならない。これを失くした時点で詰みだ。成すすべなく敵に殺されてしまうことだろう。そういう意味では、確かにかなりのハンデだ。
「それもあるけど……」
ただ、ムメイの考えとは違った。
彼の実感は、もっと重かった。
「あの森では、俺は最強だったんだ。たぶん森にいた時は、この世界で一番強かったと思う」
「「…………」」
それは、決して根拠のない自信でも、ましてや冗談でもない。本心からそう思っていることが分かる言葉だった。
彼は還らずの森という条件下ならば、誰にも負ける気がしないのだろう。無論、その相手は森の中の存在だけに留まらない。それは、まだ見たことのない魔王たちですら。
確かに数万にも及ぶ超巨大樹、それを障害物としながらも空を自在に掻い潜れるムメイは、あの環境では最強かもしれない。
さらに300年かけても狩りつくせない魔獣たちは、彼にとっては無尽蔵の回復薬。太陽の脅威も全く気にしなくていいのなら、本当の不死身だ。
現に彼は、その場所で最強の魔王を屠っている。だから言う資格はあるし、全く大言壮語ではない。ただ――
(…………珍しい)
ムメイの自慢話を初めて聞いたルルワは、何とも言えない新鮮さを抱く。
これが酒の力なのか、珍しいこともあるものだと。
「お前凄いな……俺なら四六時中『あの頃の俺はこんなもんじゃなかった……』とか思いそうだ。討伐に手こずった時なんかはとくに……」
「そうだな……そしてやはり勿体なくもある。どうにかして全盛期に戻し……いや超えさせたいところだ。この世界の人々のためにも」
カロスの言うように、弱体化ばかりではない。
ムメイはこれから強くなる可能性だって十分に秘めている。というより、彼がその状態を自分で作り出した。
魔術による強化の見込みはそれこそ底がない。全盛期を超えることも、決して不可能とは言えないだろう。
「まあ、どんな条件だろうと結局俺が勝つんだけどね」
「なんかムカついてきたな」
「ああ、鼻についてきた」
調子に乗っていい場だと思ったのか、ムメイの軽口も弾む。
ムメイの思い通り、二人は軽くそれを受け流した。
しかしムメイはそれを裏切る様に、途端に真面目な顔を作る。ここ一番の真剣さがそこにはあった。ハリボテの真剣だが。
「与えられた条件で勝つから楽しいんだろ? 勝ちが分かり切ってる戦いなんて面白くも何ともないね。お前らそれでも男なのか?」
「くそ! 最もだ!! 俺は成功ばかりを手にして、いつの間にか大事なことを忘れちまってた!!」
「ああ……男でも女でもない。人以下の畜生に成り下がるところだったよ」
「種族差別だ。王にチクってこよ」
「な!? ま、待て! おい!!」
立ち上がり、どこかへ行こうとするムメイを、慌てて止めるカロス。それを見て腹を抱えて爆笑するトバル。
ムメイの冗談は冗談と分かりにくいので、カロスの気持ちはルルワにも痛いほどよく分かった。
(楽しそうね……)
「――男ってのは、どうしてこう馬鹿ばかりなのかね」
「っ!!」
音もなく突然隣に現れた気配に、ルルワは心臓を掴まれたような気分になる。
慌てて振り向けば、そこにはいつのまにか座席に座り、グラスを傾ける女の姿。
(……全く気付かなかった。何か特別な術? それとも私が油断し過ぎてただけ?)
どちらもあり得るような気がする。
それほど今のルルワはムメイを見るのに夢中だった。気配断ちが見事な戦士の接近ならば、気づけなくともおかしくはない。
「凡人が三人集まると知恵が生れるらしいが、男が三人集まるとみんな馬鹿になる。酒なんか与えればもうおしまい。動物園の完成だ」
「…………」
隣に腰掛け、挨拶もなくルルワに語り掛けたのは――ナアマだ。
トバルとは双子の兄妹。高身長で体格もいいため、男性的な雰囲気がある。ただ女性の魅力がないというわけではなく、むしろ抜群のプロポーションが目を引いた。
語り掛けておいて言葉を続けず、頬杖をついて男たちを眺めるナアマに、ルルワも習う。
苦心して、ムメイだけに目をやらないよう心掛けた。
「そういうわけで、スタイルの変更はむしろいい機会なんだ。トバルの言うように、やってみたらそっちの方が合ってたってこともあるかもしれないだろ? なんにせよ、可能性は広げておきたい」
「だが言うほど簡単ではないぞ? 舐めているわけではないのだろうが、貴様には別の修行もあるということを忘れるな」
「うん、分かった。それでさ! 盾役を俺が引き受けた場合の、ちょっとした作戦を考えてみたんだよ。意見を聞かせてくれ!」
「ほーん聞かせてみろよ。だが……心してかかれよ? 俺たち先生ズを簡単に攻略できると、思うなよ!?」
「何で立ったんだ?」
「カロスも立ってるよ?」
腕組みして立ち並ぶ先生ズを、見上げるムメイ。
上目遣いが小動物みたいでカワイイと、ルルワは思った。
「見ろよ、あのピカピカお坊ちゃま。カチカチの堅物かと思ったら、案外楽しそうじゃんか。あんな奴でもなんだかんだ男なんだな」
「…………」
それはルルワが今、ムメイの次に気になっている男――カロス。
彼はまだ、父アガトスの死を聞かされて一日しか経っていないというのに、その顔にはもう笑みを浮かべていた。
人間だ。四六時中悲しむことなどできるはずがないし、それでは心が壊れてしまう。この時間は、もしかしたら彼にとっては有難い休息の時なのかもしれない。
そんなカロスの姿に、どこかほっとしている自分がいる。少しでも心が癒えてくれればと、他人事のように思う狡い自分が。
当然、家族が無くなったばかりなのに――などとそんなことは思わない。不謹慎とか言い出せば、ルルワの方がよっぽどだ。なぜなら――
ルルワはアベルとアガトスが亡くなったその日に、彼らを殺した吸血鬼と結ばれたのだから。
「敵の攻撃を防ぐ瞬間さ、雷の力を起動させるんだ! すると接触した相手は痺れて動けなくなるだろ? その間に後ろでアワンがルルワにバフをかけまくって、動きが鈍った敵に<銀の弾丸>!! 必殺の連携じゃないか!?」
「なるほど! それならおっぱいちゃんの刺突攻撃が活きるな! 溜めの長さもカバーできる。考えたじゃねえか!」
「ああ……刺突攻撃は一撃の威力こそ高いが、回避の隙をどうしても与えてしまう。敵の動きを鈍らせる感電は殿下の必殺技と相性が良い。良い策だ」
「だろ? 距離を取ろうとした時には、もうこっちの準備は完了してる。あとは動かない的に銀の弾丸を炸裂させるだけさ。ルルワなら万が一にも外すことはあり得ない。悪しき魔物の背中に風穴をあけられる」
「的外れてんじゃん」
「動き止めた意味ないな」
(相変わらず、冗談が面白い……)
悪しき魔物とは、ムメイのことだろう。
背中に穴をあけるのなら、その敵はルルワに背中を見せていることになる。となれば、それは前で盾役をしているムメイしかあり得ない。
(ふふっ……)
その光景を想像してしまって、ルルワは思わず笑みをこぼす。
隣の視線など、全く気にしていなかった。だから――
「良い男だな」
「っ!?」
無警戒。
無防備な懐に、気づいた時には潜り込まれていた。
「ああいった話をもっと聞いてやったほうがいいぜ? 女からしたら、男の趣味の話は確かにつまんねえだろうが……だからこそ他の女と差別化できる。気に入られたいならな」
「なんのこと?」
遅れて取り繕うが、もう遅い。
それをルルワも、分かっていた。
「見過ぎだ」
「!」
顔を向ければ、そこにはつまらなそうにムメイを眺めるナアマ。
大きな胸をテーブルの上に乗せ、上半身を預けて寛いでいる。平時ならマナーがなっていないと眉をひそめるところだが、今だけは全く気にならない。
「チラチラチラチラ……本当に隠す気があるのか? あっちの男は巧くやってるってのに、お前が足引っ張ってどうすんだよ」
「…………」
そんなに見ていただろうか。
ただ今日が初対面のナアマが言うのだから、間違っていないのかもしれない。少なくとも、ムメイとルルワの関係に関しては完全にバレているようだった。
「吸血鬼に堕とされた勇者様か……物語みたいじゃねえか」
「…………」
彼女はやはり、特に興味も無さそうに言葉を続ける。
それは話題にも、ルルワにも。
「だがその様子じゃ、物語ほど上手くは行ってないようだが?」
「……分かるの?」
「分かるね。女心は得意分野だ」
ムメイとルルワの関係は、上手く行ってないかと言われれば、答えはノーだろう。
むしろ、上手く行きすぎている。ルルワの認識としてはそうだった。
本来あれほどの男は、ルルワが努力して努力して、やっと手に出来るような存在だろう。それをルルワは、彼女という立場も、彼の心も同時に手に入れた。
上手く行きすぎている。現状に全く不満などない。ただ――
「私のこと……本当に好きなのかな?」
不満はない。
ただ、不安があった。
「あん?」
ナアマがこちらを振り向けば、ルルワは正面に顔を戻す。
その時には、なんでそんなことを言ってしまったのかという後悔だけが残った。
ムメイの心を疑うなんて間違っている。
普段のルルワならば、当然そう思うだろう。
ただこの国でのルルワは、余裕がなかった。
カロスとのこと、アクレミアとのこと、この先のムメイとの関係。そして、結婚話。
重責の数々が精神に積み重なり、目に見えない圧力となって心を押しつぶす。
17歳の少女が弱音を吐くには、十分な状況だった。
そして吐いた唾は、弱音は、もう飲み込めない。
「昼に、パーティのフォーメーションについて少し教わったでしょ? その時、私が近くに来られるのを嫌がったのは覚えてる?」
「ああ、トバルとのあれか。可愛かったな」
ナアマは思い出し、ケラケラと軽く笑う。
その内容は、ルルワと同じ軽戦士のポジションを担当するトバルが、ルルワの身体に触れようとした一幕だ。
その時ルルワが露骨に拒否反応を示したことで、少し様子が変わった。幸いにもトバルは融通が利くタイプであったので、事なきを得たが。
「悪いけど、私は受け付けてないわよ?」
「そういう意味じゃねえんだが……それで?」
可愛いという言葉に、ルルワは念の為お断りを入れておく。
ルルワは当然ムメイ一筋だ。
「彼は……嫌じゃなかったのかなって。私が怒っても、来てくれなかったし……」
「はーんなるほどね。男を追い払ってくれなかったから、拗ねてるわけか」
言い方は気になったが、ぶっちゃけその通りだ。
自分の女に他の男がベタベタ触ろうとすれば、男なら怒るのではないか。トバルはそこまで露骨というわけではなかったが、彼女が不快感を示したのなら彼氏は出てきてもいいのではないか――ルルワはそう思った。
しかし繰り返すが、不満ではない。ムメイの対応に文句があったわけではない。というか、ルルワとムメイの関係は秘匿するという方針で約束しているのだ。ムメイはそれを忠実に守っているに他ならない。だからそもそも責める道理もない。
だからルルワの不安は、たった一つだ。
本当に愛されているのかどうか。ただそれだけだった。
(気にしてる感じでもなかった……あんまり目も合わないし……)
ルルワの視線がテーブルに向かい出した頃、ナアマは考えがまとまったのか、口を開く。
「うんじゃあさ、あたしがあいつを口説いたらどう思う?」
それは、例えと分かっていても不快だった。
思わず表情が歪んでしまうほど。それに、妙に現実味がある。ナアマがムメイとの距離がやたら近いことも理由の一つだろう。
正直肩を組んだり背中を叩いたりと、目に余る。
「嫌に決まってるでしょ。というか、男の人も恋愛対象なわけ?」
「ああ、だから選びたい放題だな」
そういう人もいると聞いたことはあったが、実際に目にするのは初めてだ。
ただそれ自体に不快感はない。不快なのは徹頭徹尾、ムメイがその対象にされること。
男も恋愛対象と知って、ルルワの警戒度は最大級にまで達した。これまで看過できたのは、彼女は女性にしか興味がないと思っていたからだ。ただそうではないとなると、やはり話は変わって来る。
「あたしがあいつを口説いたら、お前は出てくるのか?」
「当然でしょ。悪い虫は全部追い払ってあげるわ。あなたが本当にそういうつもりなら、それは私への宣戦布告と見做す」
「おーこわ」
ルルワは冗談ではない、本気の敵意を瞳に浮かべる。
それは牽制であり、最後通告。
自分の男にちょっかいをかけることは許さないという、女のプライドだった。
「でもお前が出て来なくても、あいつはちゃんとあたしを振ると思うぜ?」
***
「――おう、何の話だったんだ?」
トバルは飯を突きながら、戻ってきたムメイを出迎える。
そこには、一緒に出て行ったはずのカロスの姿はなかった。
「ああ、夜からの訓練に備えて再調整だってさ。俺はもう少し飲んでていいって」
「そりゃあご苦労なこった」
それだけなら、こんな長話になることはないだろう。
十中八九他人に聞かせられない類の話をしていたはずだが、誤魔化される。当たり前だ。聞かせられない話をすぐ聞かせれば、何のために二人きりになったか分からない。
「ここ座れよ」
トバルは隣の椅子を引き、手振りで示す。
ムメイは特に考えることもなく、大人しく席に座った。
そして新しい酒を注げば、話をする準備は整う。
「あいつの親父、お前が殺したんだってな」
「うん」
話題の切り出し方としては0点のトバルの会話にも、ムメイは特に驚くことなく対応する。
これはずっと思っていたことだが、肝が据わっているというか、豪胆だ。ちょっとやそっとじゃ打ち崩せる気がしない。
そんなことを思いながら、トバルは続ける。この二人きりの状況を逃す手はない。
「あの子の兄ちゃんも、お前が殺したんだって?」
「うん」
アワンに加わって着せ替え人形をさせられているアクレミアという王女に視線をやれば、またムメイは即答する。声には特に感情というものは乗っていなかった。
「あいつもよく仲良くできるとは思うが……お前もお前だな。気まずくないわけ?」
「気まずいよ?」
どうやら、人らしい感情がないわけではないらしい。
それにしては、分かりにくいが。少なくともトバルの目には、それら事実によってムメイが気後れしているようには全く見えなかった。
「申し訳ないとは?」
「思わないかな」
「そうか……」
気まずいことと、罪悪感を覚えるかどうかは全く別ということだろう。
良い度胸をしている。吸血鬼の被害者に囲まれた空間。まともな神経ではここにはいられない。
(いまいち掴めないやつだな……こっちの方向からはやっぱ難しいか……)
人を殺す認識、人をどう見ているのかについて確かめたかったが、そちらの事情は詳しくないためにこれ以上探りようがない。
反応も芳しくないため、トバルは早々に方針を変えた。
「で、どっちと付き合ってんだよ?」
「ハーレムの可能性は考えなかったのか?」
不意打ちのような攻撃にも、ムメイは特に動じなかった。
むしろ当然聞かれると想定していたような答え。いや、もう隠す必要は無いとばかりの余裕だった。
(あいつと何の話したんだ?)
気になるところだが、まずは目先の問題だ。
「ばーか。ハーレムなんて実際成立するわけないだろ? 長くは続かねえ未来が確定してるんだ。よっぽど現実知らねえ馬鹿しかやらねえよ」
「違いない」
実際、ハーレムは現実ではほぼ不可能だ。
やれるとすれば、それこそ超特権階級。大貴族でもあれば、立場や身分の違う女たちを侍らせることは可能だろう。しかし一般人ではよっぽどの美男でも強者でもまず不可能だ。
その最大の理由が、人間だから。
複数の女の顔色を窺い、不満の一つも抱えさせない事など、まず不可能だ。一対一の関係でも多くの不満が出るのが人間関係。それを複数同時とか無理ゲーである。
女は全員男の言うことを素直に聞いてくれる可愛い生物だとでも思っているのか。まともな恋愛を知っている者ならまず試みようとすら思わない。だって無理だから。
かくいうトバルも、若い頃はハーレムを志したことがあった。
結果は見るも無惨。普通に全員に愛想をつかされて終わった。複数人の女と関係を持つのであれば、囲うのではなくその場その場の付き合いに限る。
長時間共に暮らせば、必ずボロと不満が出るからだ。それが人間関係なのだから当然だ。
「まさか世界一高貴な女を堕とすとはなぁ……羨ましいぜ、兄弟」
「…………」
トバルは頬杖を突きながら、一つ挟んで向かい側のテーブルを眺める。
そこにはナアマとお喋りしているルルワの姿。
ムメイはトバルの独り言に、答えなかった。
「あやかりたいもんだ」
ただその軽口には、すぐに食いつく。
珍しく、そこには感情が垣間見えた。
「勇者に挑めば、自分も勇者になれるとでも? 勘違いは身を亡ぼすぞ?」
(なんだ……意外とぞっこんなのか)
あっちが一方的に惚れてるものと思っていたが、この様子ではそうではないらしい。
ただそうなると、気になることも出てくる。
それは当然、昼間の一件だ。
「ばーか、俺は道化にされたんだよ。勘違いしてねえんだろ?」
「…………」
トバルがルルワの怒りを買ってひと悶着あった一幕。
あれは実際のところは、トバルだけに非があったわけではない。
そもそもの発端は、前衛で盾役の動きをナアマから教わっていたムメイにある。
この二人の距離の近さに、おそらくルルワが嫉妬した。そしてムメイの注目を集めるために、二人を引き離すために敢えて声をあげたのだ。トバルはそのように見ている。
つまりトバルとルルワの距離の近さに声をあげたようで、実際はナアマとムメイの距離の近さをルルワは気にしていたのだ。トバルはだしに使われた。もちろんトバルの接近を嫌がったのも嘘ではないだろうが。
そして、別にその程度のことで怒るほど、トバルはもう若くない。実際下心が全くなかったとも言えないので、文句が言える立場でもない。普通に可愛いな、くらいに思った。
実際可愛らしい嫉妬だ。大人になると仕事だからとある程度割り切れるが、恋に恋する十代では致し方ないだろう。それによってルルワとムメイの隠していた関係は完全に捲れてしまったが。
そうなるとトバルが気になるのは、ムメイの心情。
なぜルルワのアピールを無視したのか。懇親会で観察していた限り、察しが悪いタイプとは思えない。こっちに来てほしいというルルワの意図は分かっていたはずだ。
「なんで来なかったんだよ?」
「ん?」
葡萄酒をグビグビと体内へ送るムメイの瞳が、初めてこちらへと向けられる。
食事はできないが、酒は飲める。顔色が全く変わらないので非常に分かりにくいが、酔いもするようだった。
「てめぇの女に群がる羽虫を、なんで払ってやらねえのかって言ったんだ。お前にとっちゃ文字通りハエみたいなもんだろ ?」
「なんで俺が? 」
「は?」
その時ばかりは、トバルは本気で言葉に詰まる。
一体何を言っているのか、本気で理解できなかった。
ムメイはグラスを慣れた手つきでくゆらせると、こちらに顔を向ける。それは演技ではなく、本当に不思議そうな顔だった。
「俺にとってハエなら、ルルワにとってもハエだけど……」
「いやそりゃそうだが、そうじゃなくってな……」
そりゃあ強さの話となるとそうだが、男と女の話にまさか物理で反論されるとは思わなかった。
しかしムメイが言いたかったのはそういうことではない。
それがすぐに、それも決定的に、トバルには分かった。
「ルルワは嫌なら嫌って自分で言える。そんなことで俺に助けを求めるほど、弱い子じゃないよ」
「…………」
赤き瞳が、こちらを見つめる。
いや、見透かす。
それはトバルが目を逸らしてしまうほどの、強い想いが込められていた。
「お前……モテたことないだろ」
「うん」
ムメイはすぐに空気を霧散させ、正面に顔を戻す。
トバルはそんな男の横顔を、グラスを傾けながら眺めた。
(こいつ……沼だな)
トバルはここに、ムメイとルルワの関係性を確信する。
その中でもこのムメイという男は、確実に沼であると。
(勇者が惚れたっていうからどんな男かと思えば……なるほど納得だ)
一見平凡、どこにでもいるような普通の男。
だが、どこか人を惹きつける魅力がある。
ギャップ、ミステリアス――なんでもいいが、これは理屈では説明できない。強いて言うなら、人間力。
女が追いかけたくなる要素が数多く内在している。
独特な唯一無二感が、女にもっとこの男を知りたいと思わせる。
自分が支えてあげなきゃ、この人を逃したら自分は終わり。考えれば考えるほど、想いに向き合えば向き合うほどに深みにハマる
そして結果的に「なんで好きなのかわからないのに抜けられない」そんな状態になるのだ。
それが沼。
こいつとなんでこの子が? そんなふうに見られる美女と野獣カップルには、このパターンも含まれる。
ここまで顕著な例は、トバルも初めて見たが。
(自己申告の通り、万人からキャーキャー言われてきたようなタイプじゃないだろう。だが、好意を抱いていた女もきっといたはずだ)
女もそう馬鹿ではない。面がいいだけの何の面白みもない男に付き合えるのは、それこそ馬鹿な若い間だけ
ある程度の恋愛と相応の人生経験を重ねれば、こういった男の良さに気がつく。そして知れば知るほど深みにハマる。なぜなら、唯一無二の体験と感覚を味わわせてくれる男だから。
(こいつが初カレか……運が良かったのか悪かったのか……)
初恋の女が迎えるには、難易度が高すぎる男だ。普通良さに気付けるのは精神的にもっと大人になってからだろう。これを十全に受け止められるのも。
こんなのが最初にきたら一瞬で脳が焼かれてしまう。きっともう別の男では一生満足できない体になってるはずだ。
(最初は世に名立たる勇者様も蓋を開けてみればただのガキ……なんて思ってたが、これは仕方ないかもな。俺でも好きになりそうだ)
椅子にされたことなど、覚えていないとばかりだ。
その程度の屈辱は数に含まれない、いや屈辱とすら思っていないのだろう。だから逆に、カロスの父を手にかけたことについても気にしない。行動が常に一貫している。
そういった大物ぶらない点が、逆に大物感を強めている。逆に言えば、その風格は例え椅子にされようが便器にされようが、決して拭えないということ。
実際に話をしてみれば、どんな馬鹿でもすぐに分かる。小物じゃないと。だが――
女心は、分かっていない。
「志は立派だがな、もうちょっと女を見下してやってもいいんじゃないか?」
「…………」
敢えて不興を買う言い方をすれば、やはりムメイは食いついた。
だが、何の考えもないとは思っていないようだ。その程度はトバルも信頼されている自覚はある。
だから――
真意を見抜こうとするその瞳を、トバルは迎え撃った。
「角度を変えれば、見えなかったことも見えてくるかもよ?」
「……………………」
病的なまでに、女を対等に扱う姿勢。
自分に厳しく、パートナーにも厳しい。
男としても、人としても天晴だが――
正しいだけが、恋愛ではない。
「え?」
その声は、トバルではなかった。
それは突然立ち上がったムメイに対して、反射的にあがった声だった。
「…………」
ムメイは声の主の注目を一身に浴びながらも、揺らぐことなく歩を進める。
堂々たるその態度には、逆に女の方が気圧されたほど。
そして、辿り着く。
「ど、どうしたの?」
ムメイが行きついた場所は、当然彼女だった。
真珠のような銀の瞳が、男を見上げ――
不安と、期待に揺れる。
「一緒に、星を見ないか?」
「え?」
それは、前代未聞。
吸血鬼に因縁深きこの国で、吸血鬼が、勇者をデートに誘う。
室内の注目が一挙に集まり、二人の男女を射抜くが――
その時には既に、そこは二人だけの空間だった。
「…………」
「…………」
静かに、見つめ合う二人。
少女の瞳は煌めき、彩る。
愛しき男を見つめるその表情は――
まさに、恋する乙女だった。
「今夜の空を、君と見たい」
男が、手を差し出す。
「…………うん」
女は、その手を取った。




