帝国の繁栄は、すべて莫大な『借金』で築かれていた
「な……!?」
カトリーヌの顔から、急速に血の気が引いていく。
喉から絞り出された声は、威厳など微塵もない、ただの悲鳴に近いものだった。
ノアの言葉が、脳内で何度も反響する。
『運用主である私が解任されれば、彼らは一斉に資金を引き揚げ、帝国との取引を停止する』
そんなはずがない。
帝国は、「圧倒的な武力」と「広大な領土」を持つ強国だ。
だが、胸の奥で、言いようのない悪寒が渦巻く。
……ノアは、「無能なソロバン王子」ではなかったの?
カトリーヌの脳裏に、ノアが執務室で過ごしていた光景がフラッシュバックする。
夜遅くまでソロバンを弾き、分厚い帳簿の山をめくり、何やら奇妙な数式を書き連ねていた。
当時は、「趣味の悪い暇つぶし」だと笑っていた。
だが、今になって思えば、「奉仕」などではなかった。
ノアは、帝国の帳簿を「整理」していたのではない。
帝国という巨大な企業を、自分という「コンサルタント」がいなければ一瞬で倒産するように、徹底的に作り替えていたのだ。
取引先の商工会への根回し。
物流網のボトルネックの解消。
複雑に絡み合っていた融資先の整理統合。
ノアが完璧に構築した「システム」の上に、帝国の繁栄は成り立っていた。
それはもはや、王国の一部ではなく、ノアという個人の「信用」が支える巨大な経済圏だった。
「……滑稽ですね、皇女殿下」
ノアは、突きつけられた扇子の先を指先で軽く弾いた。
壊れかけた玩具をあしらうような手つきだ。
「なぜ貴女が要求する贅沢なドレスも、軍の増強費も、一切の不足なく支払われていたのか。
『国力』だと思っていたようだが……違う。
すべて、私が世界中の商人たちを説得し、帝国に先行投資させていた『借金』の積み重ねです」
カトリーヌは足元が崩れ落ちそうになるのを、必死に踏ん張って耐えた。
ノアがソロバンを弾くたび、帝国の「数字」は美しく整えられていた。
しかし、その数字こそが、いつでも帝国を崩壊させる権利書だったのだ。
「さあ、計算のお時間です。
私を解任したので、帝国に対するすべての信用供与は停止されました」
同時に、会場の壁に設置されていた魔導通信機が、一斉にけたたましい警告音を鳴らし始めた。
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
カトリーヌが信じていた「国力」の正体が、実は「借金」だったと発覚する回でした。
ノアの完璧な「帝国破綻計画」。
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