第17話:胸ポケットの「大好き」
数日後。
次の町へ向かう国道を、
ボロい原付が一台、走っていた。
陽射しは強く、
アスファルトからの照り返しがきつい。
カミヤは、
いつものようにハンドルを片手で握り、
もう片手で胸ポケットを押さえた。
何かが、
そこに触れる。
小さな、
布袋。
汐風町を出てすぐの、
コンビニの駐車場で気づいた。
荷物の中を整理していたとき、
財布とタオルの隙間から、
ぽとりと転がり出たそれ。
「汐風神社」と書かれた、
小さなお守りだった。
白地に、
薄い水色の刺繍。
どう見ても、
女子高生が選びそうな可愛らしいデザインだ。
「……面倒くせぇ」
思わず、
口から出た言葉。
だが、
捨てることはできなかった。
布袋の口を、
そっと開ける。
中から、
小さく折りたたまれた紙が出てきた。
何度も折り目をつけられたそこには、
ぎこちない、
でも一生懸命な文字が並んでいた。
『カミヤさんへ。』
最初の一行を読んだだけで、
どんな顔でこれを書いていたのか、
簡単に想像できた。
眉間に皺を寄せて、
舌を少し出して、
一文字一文字、慎重に。
『私、もう「助けて」って叫びません。』
その一文に、
カミヤは、
小さく鼻で笑った。
「バカだな。
たまには叫べよ」
心の中でだけ、
ぼやく。
でも、
同時に少し誇らしくも思う。
あの夜、
トンネルの中で必死に叫んだ少女が。
今はもう、
自分の足で立とうとしている。
『今度は私が、誰かの助けになれるように生きます。』
無茶を言う。
でも、
そういう無茶を言える奴は、
案外強くなるものだ。
自分自身が、
そうだったように。
『だから、またいつか、私の成長を見に来てください。』
三百年も生きていれば、
「いつか」なんて言葉は
ほとんど無限みたいに感じる。
だが、
人間の「いつか」は、
そう長くない。
十年。
二十年。
それくらいだ。
その短さを、
愛おしいと思えるようになったのは、
いつからだろう。
『——あなたのことが大好きな、詩乃より』
最後の一行。
カミヤは、
しばし無言でそれを見つめた。
「好き」という言葉は、
軽くも、重くもなる。
十六歳の少女が書いた「大好き」は、
たぶん、
まだ輪郭の曖昧な感情だ。
憧れかもしれないし、
感謝かもしれない。
それでも――。
その全部をひっくるめて、
「大好き」と書く勇気があることが、
何よりも眩しかった。
「……面倒くせぇ」
二度目の呟き。
だが、
今回は、
口の端が少しだけ上がる。
手紙を丁寧に畳み、
元通り布袋の中に戻す。
それを、
そっと胸ポケットにしまった。
心臓の、
一番近く。
エンジン音が、
一定のリズムで鳴る。
国道の両脇には、
まだ見たことのない町並みが続いている。
この先にも、
きっと誰かの「助けて」があって。
誰かの「孤独」があって。
カミヤは、
それら全部に応えられるほど立派な奴じゃない。
でも――。
ポケットの中の小さな重みが、
胸の奥で静かに主張している。
お前は、一人じゃねぇ。
お前の影には、
もう光が差し込んでいる。
銀色の再生粒子が、
風に乗って、
きらきらと舞い落ちる。
それは、
夏の陽射しの中、
ほんの一瞬だけ虹色に光って消えた。
琥珀色の瞳が、
次の旅路を見据える。
彼の旅は、
まだ終わらない。
だが、
その長い旅路のどこかで――。
きっと、
汐風町の海辺で、
朝日を見上げながら笑っている一人の少女と、
もう一度、
どこかで道が交わる。
そう信じても、
罰は当たらないだろう。
紅くも青くもない、
穏やかな陽の下で。
いつかきっと、
彼女の「成長」を目にする日が来る。
そのとき、
胸ポケットの布袋を指でつまんで、
こう言うのだ。
――「面倒くせぇくらい、ちゃんと生きやがったな」
その日まで。
彼は、
今日もまた、
人の世界の「影」として走り続ける。
心臓に一番近い場所に、
小さな「大好き」をしまい込んだまま。
第3章 完
最後までお読みいただきありがとうございました!
今回は、居場所を失い「死」を選ぼうとしていた少女・詩乃が、カミヤの不器用で真っ直ぐな言葉に救われ、再び光の下で生きる決意をするエピソードでした。
「殺さない」という枷を背負いながら、影の狼たちを駆使して百人の暴走族(+怨霊)を圧倒するカミヤの戦いぶり、いかがだったでしょうか?
最後に詩乃から渡されたお守りを胸ポケットにしまい、カミヤとボロ原付の旅はまだまだ続いていきます。
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それでは、次章の旅路でまたお会いしましょう!




