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さよなら、優しい狼さん。~傷だらけの不死者が捧ぐ、一夜限りの逃避行~  作者: silver fox
第3章:幽霊トンネルの少女~消えたい夜に、あなたが来た~

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第15話:影狼たちが食いちぎる黒霧と、龍二の孤独に下された「寝てろ」の一撃

 漆黒の狼が、

 一匹ではなかった。


 クロ。

 ギン。

 アオ。

 アカ。

 キ。


 五つの影が、

 それぞれ違う色の「目」を灯して現れる。


 クロの目は、

 いつも通り、燃えるような赤。


 ギンの目は、

 淡い青白さを帯びている。

 影のくせに、

 光を持っているような、不思議な色。


 アオの目は深い群青。

 冷たい水の底のような、

 静かな光。


 アカは濃い紅。

 ほとんど血の色に近い。

 牙を見せて笑っている。


 キは琥珀色。

 どこか、カミヤの瞳に似ている。


 五匹の狼が、

 トンネルの中を駆けた。


 音もなく。

 影だけを引き連れて。


「な、なんだ、まだ増えたぞ!?」「ど、どこから――」


 怨念に取り憑かれた暴走族たちの口から、

 ようやく「恐怖」の音が漏れる。


 黒い霧は、

 彼らの心を麻痺させていたはずだ。


 だが、

 その「上」を行く恐怖が現れたのだ。


 クロは、

 壁を駆ける。


 ギンは、

 霧の中に溶ける。


 アオは、

 足元の影から影へと跳び回る。


 アカは、

 真正面から突撃する。


 キは――

 詩乃のそばに、

 音もなく寄り添った。


 それは、

 カミヤがそう命じたからだ。


 五匹五様の動き。


 クロは、

 暴走族たちの武器を狙った。


 鉄パイプに、

 鎖に、

 ナイフ。


 黒い身体がすり抜けるたび、

 それらは手から弾き飛ばされ、

 コンクリートの床を転がっていく。


 ギンは、

 黒い霧だけを噛んだ。


 霧の中に飛び込み、

 霧だけを牙で掴んで引き剥がす。


 その度に、

 暴走族たちの瞳から、

 黒い色が少しずつ抜けていく。


「ガアアアアア!!」


 霧が、

 悲鳴を上げた。


 怨念そのものの断末魔。


 アオは、

 足元を狙う。


 暴走族たちの影から影へ、

 瞬間移動するように滑りつつ、

 脚を掬い、

 体勢を崩していく。


 地面に叩きつけられた男たちは、

 立ち上がれないまま、

 ギンやクロに霧を剥がされていく。


 アカは、

 暴走族たちの群れのど真ん中で暴れた。


 牙も、

 爪も、

 人間の肉には深く入れない。


 代わりに、

 黒い霧だけを、

 食い千切った。


 噛み砕かれた霧は、

 悲鳴を上げながら霧散する。


 キは、

 詩乃の周囲を、

 静かに回っていた。


 彼女の足元。

 彼女の影。


 そこから伸びる黒い霧を、

 蹴飛ばし、

 踏み潰し、

 彼女に近づこうとする何かを、

 無言のまま追い払っていた。


 カミヤは、

 その中心に立っていた。


 五匹の影と、

 彼自身。


 六つの気配が、

 連動して動く。


 言葉は、いらない。

 命令は、必要ない。


 影たちは、

 彼の意志の延長だ。


「殺さない」という枷もまた、

 影たちと共有されている。


 牙と爪は、

 人間の急所を避ける。


 代わりに、

「黒い怨念の霧」だけを

 的確に噛みちぎっていった。


 暴走族たちの叫び声が、

 次第に人間のそれに戻っていく。


「痛ぇ!」「やめろ!」

「なんだこれ、うわ、気持ちわりぃ!」


 怨念が食い破られるたび、

 霧に操られていた意識が、

 急激に現実に引き戻される。


 その落差に、

 耐えられない者から順に、

 糸の切れた人形みたいに崩れ落ちていった。


 やがて、

 トンネルの中に立っている人間は、

 ごくわずかになった。


 龍二だけが、

 まだ立っている。


 その霧は、

 他の誰よりも濃い。


 まるで、

 怨念の親玉そのものだ。


 カミヤは、

 血と銀の粒子にまみれた身体で、

 龍二の方へ歩き出した。


 一歩。

 一歩。


 足を踏み出すたび、

 筋肉が悲鳴を上げる。


 だが、

 彼は止まらなかった。


 詩乃の目が、

 その背中を見つめているのを、

 感じていたから。


 * * *


(……夢、じゃない)


 私は、

 鎖の音を聞きながら、

 その光景を見ていた。


 最初は、

 何が起きているのか分からなかった。


 黒い狼が、一匹。

 あの夜の「クロ」だ。


 それだけでも、

 現実味が薄れるのに。


 その影から、

 次々と別の狼たちが生まれていった。


 銀色の目の狼。

 青い目の狼。

 赤い目の狼。

 琥珀色の目の狼。


 彼らが、

 暴走族たちの間を駆け回る。


 金属の音。

 骨の軋む音。

 霧の悲鳴。


 それら全部が、

 一つの巨大なうねりになって、

 トンネルの中を満たしている。


 怖い。

 正直に言えば、怖い。


 人間ではないものが、

 こんなにも近くにいる。


 でも――。


 私は、不思議と震えていなかった。


 鎖が食い込む手首よりも、

 足首の冷たさよりも。


 彼の背中の方が、

 ずっと強く目に焼きついていたから。


 ボロボロになりながら、

 それでも前に進む。


 殴られて、

 刺されて、

 血を流して。


 それでも、

 誰も「殺さない」。


 わざと急所を外しているのが、

 素人目にも分かるくらいだった。


(どうして――)


 そこまでして、

 自分を縛るんだろう。


 ここで全部殺してしまえば、

 きっと楽になるのに。


 あの夜、

 彼は言った。


『俺が本気出したら、

 本当に化け物になる』


 今、

 目の前で暴れている狼たちを見れば、

 その意味が少しだけ理解できた。


 彼は、

 本当はもっと、

 簡単に人を殺せる存在なんだ。


 でも、それをしない。


 私が、

「温かい人」だと思ってしまったから。


 あの夜、

 彼の背中にしがみついたときに感じた温度を、

 私はきっと、

 今でも信じてしまっている。


 その信頼が、

 彼の枷になっている。


(そんなの――ずるい)


 胸の奥で、

 ぎゅっと何かが締めつけられた。


 私の「助けて」という一言が、

 この人の戦いを、

 こんなにも苦しくしているなんて。


「……カミヤさん」


 小さく呟く。


 届かないかもしれない。

 でも、

 声に出さずにはいられなかった。


 キが、

 私の足元でこちらを見上げる。


 琥珀色の目。

 カミヤさんに似た目。


 その目が、

 何かを慰めるみたいに、

 すっと細められた気がした。


 龍二の前に、

 カミヤさんが立つ。


 息は荒く、

 肩は上下している。


 それでも、

 その姿は、

 私の知る誰よりも「まっすぐ」だった。


「……終わりにしようぜ」


 カミヤさんの声が、

 静かに、でもはっきりと響いた。


 龍二の黒い瞳が、

 ぎょろりとこちらを向く。


「オワラナイ……オワラセナイ……。

 コイツラノ、クソミテェナ人生モ、全部、ブッ壊ス……!」


 それは、怨霊たちの叫びでもあり、

 龍二自身の本音でもあった。


 自分一人では、

 どうにもならなかった孤独。


 認められたいのに、

 認められない焦燥。


 それら全部を、

「破壊」という形でしか表現できない男。


 カミヤさんは、

 龍二の胸ぐらを掴んだ。


 黒い霧が、

 その手にまとわりつく。


 皮膚の表面がじりじりと焼けるような熱。

 それでも、

 彼は手を離さなかった。


「……お前の孤独は」


 紅蓮の瞳が、

 龍二を射抜く。


「こんなことじゃ、埋まらねぇよ」


 一瞬、

 龍二の目の奥に、

 人間の色が戻った気がした。


 寂しさ。

 悔しさ。

 惨めさ。


 誰にも分かってもらえなかった感情たち。


『誰か、見てくれよ』


 心の底で、

 彼もまた叫んでいたのかもしれない。


 でも、

 その叫びは、

 あまりにも歪んだ形で世界にぶつけられすぎた。


 だから――。


「寝てろ」


 カミヤさんの拳が、

 龍二の顔面に沈んだ。


 渾身の一撃。


 骨が砕ける音と一緒に、

 黒い霧が爆ぜる。


 同時に、

 影の狼たちが動いた。


 クロとアカが、

 龍二の影に牙を立てる。


 アオが、

 その影を地面に縫い付ける。


 ギンが、

 黒い霧の根元を食いちぎる。


 キが、

 最後の一欠片を飲み込んだ。


 怨念の王は、

 悲鳴を上げることすらできずに、

 闇の中へと引きずり込まれていった。


 トンネルを覆っていた黒い霧が、

 嘘みたいに薄れていく。


 空気が、

 軽くなった。


 私は、

 ようやく息を大きく吸い込んだ。


 胸が痛いほど、

 深く。



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