第14話:通りすがりの獣:正義の形は人それぞれに
同じ頃——。
別の倉庫街の一角で、複数のライトが一斉に点いた。
「動くぞ!」
久我山警部の声が飛ぶ。
黒い防弾ベストを纏った警官たちが、一斉に走り出した。盾を持った者、破壊用のツールを持った者、銃を構えた者。
「対象倉庫、突入!」
破壊用のハンマーが、固いシャッターを叩き、鍵の周辺を歪める。
同時に、別ルートから特殊部隊が忍び込む。
倉庫の中では、複数の人影が動揺していた。
白い粉の入った袋。怪しいラベルの瓶。パレットに積まれた段ボール。
その中央で、電話を耳に押し当てている男が一人。
賀茂玄悟。
ふくよかな体つき。金の縁の眼鏡。笑うと歯茎が見える——はずの口は今、ひどく強張っていた。
「どういうことだ、堂前。何が——」
その言葉が終わる前に、倉庫の扉が破られた。
「警察だ! 動くな!」
怒号と共に、ライトの光が一斉に差し込む。
「くそっ——!」
堂前が叫び、スタンガンを掴んで一人に飛びかかろうとする。
だが、その前に背後から押さえつけられた。
「堂前恒一、覚醒剤取締法違反の容疑で——」
矢代もまた、隅で震えていたところを、すぐに見つかった。
「や、やめてくれ、俺は、俺は——!」
「売人矢代恒一、覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕する!」
叫び声と金属の音が混ざる。
久我山警部は、その混沌の中で、ただ一人冷静に周囲を見回していた。
「薬物の押収! 帳簿と電子機器の確保急げ! 証拠はここに全部あるはずだ!」
その目には、かつて部下を薬で失った男の、執念にも似た光が宿っていた。
——ほどなくして。
サイレンの光が、別の倉庫街にも差し込んだ。
「……終わったのか」
三門巡査部長が、静かな足取りで歩いてくる。
そこにはもう、黒い影の狼たちの姿はなかった。
夜の闇に溶け、最初から存在しなかったかのように霧散している。
残っているのは、夥しい返り血と、深手を負って地面に転がっている時雨。
そして、死線を越えてなお立ち尽くす一人の男。
「あなた……」
三門の声が、震えそうになるのを必死で抑えていた。
「何者なんですか」
カミヤは、一瞬だけ彼女の目を見た。
その瞳には、恐怖だけでなく、好奇心と、職業的な興味と、そして——被害者を守ろうとする意思が、しっかりと宿っていた。
「通りすがりだよ」
そう言って、背を向ける。
三門は、何も言わなかった。
ただ、一つだけ問いを投げかける。
「——リオさんを、守ってくれてありがとう」
一瞬。
カミヤの足が、止まった。
「礼はいらねえよ」
振り返らずに答える。
「俺がムカついただけだ」
「そういうムカつきを持ってる人が、もっと増えればいいのに」
三門の言葉に、久我山が少しだけ笑った。
「全員そうだったら、俺たちの仕事が減りますね」
「それでいいでしょう」
「まあな」
久我山は、大きく息を吐いた。
「……ご苦労でした」
その言葉が、誰に向けられたものなのか、はっきりしない。
人間たちの光と影の中で、カミヤは静かに倉庫街を後にした。




