18 お婆さんとの口論
18 お婆さんとの口論
お婆さんは桃太郎の唐突の申し出に困惑させられた。しかし、ともかく、鬼ヶ島へ鬼を退治しに行くなど、そんなおおそれた話を許可できるはずはなかった。断固として反対するつもりだった。
ただ、桃太郎は真剣な表情をしており、どうやら相当な決意を固めてきている様子だった。そんな桃太郎を目の前にしては、お婆さんの方も、頭ごなしの否定はしづらく、口ごもってしまった。できることなら穏便に事を済ませたかった。
お婆さんはどうやって桃太郎を翻心させようかと考えて、少し思い悩んだ。何から言っていいのやら、頭の整理がつかなかったが、いつまでも黙っているわけにもいかず、とりあえずは、
「桃太郎や。鬼ヶ島に行くなど、そんなの危険すぎます」
と言って、相手の出方をうかがった。
桃太郎はうなずいて、ゆっくりと口を開いた。
「もちろん、危険は重々承知の上です。しかし、私はもうこれ以上、罪なき村人たちが苦しむのを座して見るのに耐えられないのです」
「鬼は私たちにずいぶんひどいことをしてきた。それは確かじゃ」
「もうこれ以上は、鬼の横暴を許せません」
「うむ。その気持ちは私にも痛い程分かる。しかし、何も、お前ひとりがそのように責任を感じなくてもいいのではないか?」
「いえ、鬼退治は私でなければできないのです。それは私の使命なのです」
桃太郎は真顔でそう言い切った。
お婆さんは、桃太郎の決意の堅さを改めて知った。それと同時に、
(ああ……、若さだ)
と思った。若い桃太郎とは違って、お婆さんは年の功で、悪の問題については、達観しているところがあった。
この世の中には好むと好まざるに関わらず、悪や不条理が存在する。それは紛れもない事実であり、また、人知ではどうしようもないことなのだ。そして、それらと付き合い、受け入れるのが人生というものであり、いわば、生きるとは妥協することなのだ。その事実を知悉し、その方針を実践できる必要がある。それができるかどうかが、大人と子供の違いだ。今の桃太郎のような考え方は根本的に間違っている。きっと、いつか身を滅ぼすだろうとお婆さんは思った。
「いいか、桃太郎。今からいう私の言葉をようくお聞きなさい。この機会なので、生きるとは一体、どういうことなのかを教えて差しあげます」
とお婆さんは言った。そして、そのような自分の考えを語り始めた。
もとよりお婆さんは能弁家ではない。あまり難しい言葉も知らないし、話題が話題だけに、相手に伝わるかどうかも不安だった。それでも、できるだけかみ砕いて、どもりどもり、長い時間をかけて話した。それを桃太郎は静かに聞いていた。
「……というわけだ。どうだ、桃太郎。私の言わんとすることは、分かってくれたかの?」
「はい、お婆様のご指摘は、ごもっともだと思います。私もそれぐらいのことは分かっているつもりです。私はまだ未熟かも知れませんし、また、私の考えは間違っているのかも知れません。しかし、やらなければならないのです」
桃太郎はそう言って、一歩も引き下がらなかった。
「じゃあ、私の気持ちだけでも聞いておくれ。私はお前の幸福を第一に望んでいるのだ。あえて危険なことをしなくても、自分自身の幸福を追及すれば、それで良いではないか」
お婆さんは、自分の言葉があまり相手に響いていないようで、もどかしくなって、口調が強くなってしまった。桃太郎もつい熱くなって、
「不肖、この桃太郎、命などいつでもなげうつ覚悟は出来ているつもりです」
と言い切った。それが口先だけの大言壮語ではないことは、その澄み切った瞳を見れば明らかだった。




