17 幼年の思い
17 幼年の思い
ただし、十年前に一度、村は鬼の襲撃を受けた。
その年は日照りのために不作で、そのため例年よりも鬼に差し出す貢物が少なく、それに怒った鬼が村へ押しかけて来たのだった。
それは桃太郎にとって、幼児期におけるもっとも重大な出来事と言えた。そのおぞましい光景は、桃太郎の脳裏にしっかりと刻み込まれていて、今でも目をつぶれば、ありありと思い描くことができた。
鬼共は、背丈七尺もあろうかという山のような巨体で、頭の黄色い縮れ毛の中からは、二本の尖った角がニョキッと生えていた。体にまとっていた衣服といえば、みすぼらしい腰布一つの半裸体で、鉄錆のような朱色の肌を晒していた。でっぷりとした太鼓腹を抱えていたにもかかわらず、その動作は野獣のように俊敏で、刺々のついた金棒を軽々と振り回しながら、村中を我が物顔に駆けまわっていた。
まず最初に奴らが狙ったのは、村はずれにある穀倉だった。その門扉を金棒の一撃で軽々と打ち破ると、内部の食料を全部奪ってしまった。
その後は腹癒せのためか、村人への脅しのためか、そこら中の家屋を手あたり次第、滅茶苦茶に壊し始めた。鬼が彼ら自慢の金棒を一振りすれば、家の柱などはポキリと折れ、土蔵もボロボロに崩れた。それを見て、鬼は意味の分からない下品な嬌声をあげた。その開いた大口からは、不気味な程に大きな牙がのぞいていた。
そのように十匹ほどの鬼が群れをなして、辺り構わず暴れる姿を、当時の幼い桃太郎は家の中で息を潜めて見つめていた。その時、ほとんどの村人はすでに山へ避難していたが、桃太郎は逃げ遅れたために、一人家の中に残されていて、わずかに開けた戸の隙間から、その光景を間近に目撃することができた。
当時五歳の桃太郎は、どうしようもなく胴が震えた。もちろん、それは恐怖のためだったが、それだけが理由ではなかった。恐怖だけではなく、怒りの感情もあった。むしろ怒りの方が大きかっただろう。桃太郎はすでにその年齢で、厳しい倫理感と激しい正義感を持っていた。
桃太郎の視線は、親玉らしき一匹の鬼に向けられていた。そいつは手下らしい他の肥満した鬼とは違って、筋骨隆々の見事な肉体で、その肌も血のように鮮やかな赤色だった。
桃太郎は歯噛みしつつ、憎しみの視線を送った。できることなら、その鬼の脳天に太刀を叩きこんで、その頭蓋を粉砕してやりたかった。しかし、無念なことに、その時の桃太郎は幼童に過ぎなかった。それが自分でも痛いほどに分かって、何もできない自分の無力さに悔し涙を流した。
桃太郎の怒りの対象は鬼だけでなかった。実のところ、その感情は村人にも向けられていた。なぜ鬼の言いなりになるのか。なぜ抵抗しないのか。そのような村人の不甲斐無さも、幼少期の無垢な桃太郎にとっては耐え難かった。
もっとも、今の成長した桃太郎は、村人たちの立場に同情的だった。抵抗しても殺されるのは明白であり、じっと身をすくめて嵐が過ぎ去るのを待つ方が良い、というのは理にかなっている。長いものには巻かれろという処世が世間にはざらにあるということぐらい、桃太郎は理解していた。
桃太郎は長ずるに従って、文武の両面において、自分には天賦の才が付与されていること、そして、それが万人を凌駕していることを知った。それと同時に、鬼を退治することは自分に課せられた使命なのだと確信した。
十五歳になった桃太郎が今この時、お爺さんとお婆さんの前で両手を床について、鬼退治を願い出ている理由として、そのような事情があったのだった。




