平和論唱える内通者
スパルタとアテネが戦ったペロポネソス戦争から二百年後に、海上貿易で豊かになったカルタゴに脅威を感じたローマは、カルタゴに戦争(ポエニ戦争)をしかけた。
ローマは、カルタゴでスパイ工作を行い[哲五角]を形成して[平和]を望む世論を高めることに成功した。[平和]を望むカルタゴ市民らは、ローマ軍を打ち破ったハンニバル将軍を[平和]の敵とみなして追放した。
ハンニバルが居なくなったカルタゴは、ローマに対抗できる力を失い、ローマに滅ぼされた。ローマはカルタゴを再起不能にするため、カルタゴ市民を皆殺しにした。
1600年の関が原合戦で生き残った大名の共通点は、徳川方と通じていることだった。
大坂の陣で豊臣家に与しているように見せかけていても、徳川方に情報を流したり、豊臣方を不利にするような言動をする者が多かった。
冬の陣で真田軍の抵抗にてこずった徳川軍が和睦を申し入れた際、豊臣方の軍議で主戦論を抑えて和睦論を主張したのは、内通者達だった。
和睦条件の外堀埋め立てだけでなく内堀まで埋め立てたというのは有名な話だが、和睦後、弱者が強者に従わなければどうなるかは火を見るより明らかだった筈。平和論を唱える動機が「内通」にあったというのは、古今東西、食傷するほどありふれた話だ。
1991年末、ソビエト連邦共産党解散に伴い、連邦構成15共和国が独立した。そのとき、ウクライナは、兵士8百万人、戦車7千輌、戦闘車両7千輌、大砲7千門、軍艦5百隻、軍用機千機、核弾頭千発、大陸間弾道ミサイル2百発を有する軍事大国だったが、アメリカから圧力を掛けられ、核兵器のロシア移転を余儀なくされた。核弾頭や弾道ミサイルを格納・発射する為の施設も悉く破壊された。
その見返りとして、「米英露はウクライナの領土的統一と国境の不可侵を保証する」議定書が発表された。
独立後、ウクライナ国民は平和思想の情宣を受けて、軍事アレルギーが蔓延した。
1998年、中国が、未完成の航空巡洋艦をウクライナから購入する際、「水上カジノにして軍事的使用はしない」旨の約束が交わされたが約束は守られず、同艦は中国軍空母[遼寧]として完成され、稼動している。
国民から尊敬されず、蔑視される軍隊の中で、軍人の愛国心は嘲笑され、汚職と賄賂が蔓延した。軍隊は、完全に軍の上層部が銭儲けするためだけの道具に成り下がり、愛国心のある本物の軍人達は退職に追い込まれた。
2013年11月から、ウクライナでEU加盟を巡って反政府デモが頻発し、翌年2月には百名余の死者が出て、ヤヌコーヴィチ大統領はロシアに亡命した。EU加盟推進派は、ヤツェニューク党首を首相として暫定政権を発足させた。
2014年3月、ロシアは、ウクライナ領クリミア半島に出兵し、「クリミア自治共和国」が独立を宣言してロシアへの「編入」を決定した。それ以来、ロシア軍はクリミア半島を占拠し続けることとなった。国連総会は、「ウクライナの領土保全」について、「住民投票」の無効や他国によるウクライナの国境線の変更を認めないことを「賛成100、反対11、棄権58」の賛成多数で採択した。
その後、ロシアとウクライナの間で小競り合いが断続的に発生していたが、2021年4月には、ロシアが国境近くに軍隊を集結させた。
2021年末、ロシア外務省は、2008年NATO首脳会議決定(ウクライナとジョージアの将来的なNATO加盟を認める)の取り消しを求める声明を発表し国境付近での軍事演習の停止をNATO側に要求したが、アメリカ国務省から「ロシア政府は、ウクライナとの国境に10万人以上の軍隊を配備し、現在の危機を引き起こした。ウクライナ側には同様の軍事活動はなかった」旨、否定された。
2022年1月末、全ロシア将校協会のウェブサイトに「ロシアが陥ってる深刻なシステム危機の解決法が見つからないので、そこからロシア国民の目を逸らす為に、隣国紛争の危機を演出しようとしている。このような演出は止めるべきだ」という見解が掲載された。
2022年2月、プーチン大統領が「ロシアは核保有国。戦争が起きれば勝者いない」旨、述べたと朝日新聞が報道。また、駐日ロシア大使は、NHKの取材に応じて、「もしNATOが提案を拒否すれば、ロシアの安全を守るために、『軍事技術的な措置』をとることが可能だ」と述べた。




