宗教的寛容性
津地鎮祭訴訟に於ける追加反対意見で、藤林益三最高裁判長は、「宗教」概念の多様さ(神学者、哲学者、宗教の科学的研究者たちは、古来さまざまな宗教の定義を提示しており、その多様さは、学者の数だけ定義の数もあるといわれるほど)に言及した。
で、僕は、「宗教」について調べてみた。すると、次のようなことが分かった。
西欧的宗教は、自分を創造した唯一神(人智を超えた奇跡を起こすことができる宇宙創造主)の意に添うように生きる人生が正しいという価値観に支えられている。そして、神が創り給うた法則を探索し、神の御心に添うよう生きる為に、自然科学を発展させた。
東洋的宗教は、神秘的奇跡を人智で呼び起こすことは不可能という達観の下に、経験則に基づく「人生の知恵」を収集整理して、より良い生き方を周知させようと試みる。儒教、道教を始めとする諸子百家の説法や李洪志講義録(轉法輪)等…。
https://ja.falundafa.org/book/html/ZFL_J_content.html
原始仏教も、経験則に基づく「人生の知恵」を収集整理して、より良い生き方を追求する「宗教」である。
自らが生きる基盤である自然を畏敬し自然との調和を至高の価値とする「万物有霊」感は、世界各地で見られる民族的宗教の元となった。
異色の「宗教」が、Marxism である。経済法則を研究したカール・マルクスの著作物を元に、労働者階級が起こす「革命」で経済的平等が実現するとの幻想を追求する。
脳内に秩序を築く訓練具を発明した僕は、人生を躓ってしまったので、この訓練具を普及させて人々の人生充実に役立てる夢を追い求めることができなくなってしまった。
https://ncode.syosetu.com/n8719gt/51/
李洪志のような人物が現れ、この訓練具を普及させて人々の人生充実に役立てる夢を追い求めてくれることを希う。
https://ta9as1.web.fc2.com/J-PlatPat.html




