今様平家物語-傾城五傑の巻-
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。
時は令和の末の世。
都の政の庭に、五人の傾城、姿を現せり。
彼女らはそれぞれ、美しき言葉と鋭き策をもって、人の心を動かし、党の運命を翻せし者なり。
これを世に「傾城五傑」と呼ぶ。
一 国民民主の伊藤
まず一人、国民民主党の伊藤孝恵。
コミュニケーションの総べを司り、ネットの海を駆け巡る情報の旗手なり。
ある年、党は元衆議院議員・山尾志桜里を比例の候補に迎えんとす。
玉木代表と榛葉幹事長、自ら面会して出馬を請ふ。
山尾、悩み抜きたる末にこれを受く。
されど愛知の地より、旧き噂の風が吹き荒れ、「後援会を脱さん...サポーターを辞さん」との声、枝葉に満ち満ちたり。
伊藤、かつて山尾が自身を推挙せし縁ありしにも関わらず、党の公式動画の再生数が激減するを見て、分析を玉木に呈す。「私を取るか、彼女を取るか」と二者択一を迫るが如し。
党は確認書の裏面に細き条件を記し、愛知での活動を厳に禁ず。
山尾、これをのみて公認を得たれど、二ヶ月を経て公認は取り消されけり。
その後も伊藤の手には、三つの影がまとひつく。
党のホームページに批判者の投稿をそのまま晒し、ネットの世論を炎上せしめたること。
性的広告を規制せんと法案を提出し、表現の自由を巡る嵐を招きたること。
代表選にて党員の選挙権管理に乱れが生じ、投票用紙届かぬ者多く出でたること。
これらを「スリーアウト」と嘲る声、巷に流る。
されど伊藤はなお重用され、党の要にありけり。
二 保守党の有本
次に、日本保守党の有本香。
結党の際、百田尚樹を支え、河村たかしを抱き込みて旗揚げせし事務総長なり。
衆院選にて三議席を得、勢ひありしが、金庫の鍵を握るが如く名古屋勢を扱い、腹心を秘書に送り込んで議員を従へんとす。
百田代表の恫喝めく出来事ありし後、参院選にて二議席を獲るも、有本自身は落選。
やがて名古屋勢と決裂し、竹上裕子議員が離党の道を選ぶ。支持者らは「議席泥棒」と罵り、島田洋一は「私は党名で当選せし故に秘書選定を委ねたり。されど竹上は逆らいし」と発信す。
党は離れゆく者を追ひ、内輪の争ひは止まぬ。
三 共産党の田村
三番手は、日本共産党の田村智子。
党大会の場にて、大山奈々子県議の発言を厳しく糾弾せし者なり。
大山、除名処分を巡る党のありやうを問ひしに、田村は「姿勢に根本的な問題あり」と般若の形相もて批判す。
後に党委員長の座に就く。
大山はこれをパワハラとなし、第三者委員会の検証を求むる意見書を送るも、党は応じず。
やがて大山を候補とせぬ決定を下し、大山は離党して無所属にて戦ひ、議席を得たり。
党の規律と個人の声の間に、深い亀裂の走るを見る。
四 社民の福島
四番手は、社会民主党の福島瑞穂。
長き年月、党首の座にありて、議席の減るを見つめし者なり。
かつて十二人を数へし議員も、選挙の度に減り、遂に衆ゼロ、参わずか二つの姿となる。
花の色の褪せゆくが如し。
されど福島はなお党を率い、リベラルの旗を掲げて戦ひ続ける。
盛者必衰の理を、自ら体現するかの如き姿なり。
五 いのちの奥田
殿は、いのちの党(旧れいわ)の奥田芙美代。
大島九州男議員の離党を巡る話に、影の如く現る。
大島、YouTubeにて「政治信条に従ひ活動す」と離党を告ぐ。党の会派は五人より四人となり、質問枠の危うきを招く。
ここに、或る者の語るエピソードあり。
別府の街宣にて、スタッフがもち吉の水を買ひしに、産地が直方と知り、山本太郎と奥田、これを拒みて「あんな水は飲まぬ」と言ひしとか。
大島の故郷を嘲るが如き言葉に、世の者は耳を疑ふ。
真偽は定かならねど、党の内なる軋みを象徴する話として、人々の口の端に上る。
かくして五人の傾城、それぞれの道を歩み、党の盛衰を翻せり。
彼女らの策と美貌(言の葉の)は、一時の輝きを放ちしも、畢竟、無常の風に吹かれて塵と化すものか。
諸行無常。
傾城の物語もまた、人の世の儚さを映す鏡なり。
後の世の人々よ、これを聞きて、驕りを戒めよ。




