熊が出たぞー!
朝陽が眩しいと、シーツの波の中
寝返りを打った途端ゴォーーーーン!!と爆音が響いた。それは金属のような何かがぶつかった様な。いや、爆発?
私は寝惚けた頭を抱えながら慌ててシーツを捲り上げ床に足を下ろした。
部屋の外に飛び出るとジョゼフがうつ伏せで倒れており、ネイサン様がその足を引きずって廊下を歩いていた。
え????
「あぁ、おはようスイ!よく眠れたか?」
ネイサン様は何も無かったかのように私に笑顔を向けているがその両手には台車を引く様にジョゼフの両足を掴んでいる。
「あ、あ、あ、の、…。お、おはようございます……其方は……
その……
ジョゼフ???」
「ん?気にせんでも良いぞ。
食事にしよう。マクモスの乳でミルクスープを作った様だ。」
ジョゼフは低く呻いているがそのまんま引き摺られながら廊下を曲がっていった。
一体何があったのか聞く間も無く数分の出来事だった。
朝食の時もおでこを赤く腫らしたジョゼフが気になったが、ネイサン様たちは和やかに会話して、朝食もハイスピードで召し上がる。
ムキムキもベイカーさんもジョゼフをチラ見しただけで突っ込まない。
ここまで徹底されると逆に聞き辛い。
何があったのか……
ジョゼフは私をチラチラ見ては顔を赤くし、下を向くばかり。目線を送るなれどサラ様はフフフと笑うけど何も教えてくれなかった。
朝の支度が一通り終わるとサラ様から今後の説明を受けた。
婚姻の証の交換を貴族院議員の前で行う事になるので、その前に主要なメンバーを招いてのパーティーが開かれる。
勿論ホストはゼルダクエスト侯爵家で、結婚式の披露宴兼お披露目会といったところ。公爵家も必ず呼ばなければならないので最低限のマナーなど習得が必須。
貴族の招待客の面々を顔合わせで名前が出てくる様に名簿の暗記。
ドレスの誂え。
そして、ジョゼフから送られる婚姻の証のチェック。
サラ様はイッフルの工房にオーダーしたと聞けば嬉しそうに「間違いが無いわね。ジョゼフにしては気が利いたこと。」と扇子を下ろして微笑んだ。
滞在期間が3週間でかなりドタバタらしく招待客の宛名書きはすでにベイカーさんが済ませてくれたとのこと。
私は思わずベイカーさんに手を合わせたので不思議な顔をされたが、感謝の態度だということは伝わった様だ。
サラ様はジョゼフから手紙をもらった時から準備を始めていたことを話してくれて、問題はドレスなのよ・・・と呟いた。
「婚姻式は神前の前で決まった白のワンピースなのであっという間に仕上がるのだけれど、お披露目の会のドレスは主役でしょう?適当に選べなかったから、スイと会ってから取り掛かろうと決めていたのよ。」
実際見て驚いたし・・・
え?聞こえてますよサラ様。
どこに驚いたんだろうか・・・・?
肌や髪の色?ひらたいアジアン顔?薄い体?にメロンの胸?(自慢か?)
少し半眼になりながら話を進めていくが、異世界のパーティーなるものに興味がわかないわけない。
質疑応答はどの話も新鮮で関心は尽きなかった。
「招待客は昨日のうちにジョゼフがチェックしたんだが、問題は我が家の使用人たちが極端に少ない点だ。
恥ずかしい話、我が家は儂らが出来る事を自分でしてしまう性格でな。不必要な人間は雇っていなかったのだ、こんな大掛かりな集まりはこの歳ではもう無いと思っていたし・・・」ネイサンは頭を恥ずかしそうにかきむしりながら照れ笑いをした。
「私たちは年齢的にお茶会と身内の食事会が基本だから、ベイカーといつもの使用人たちで家は十分回っているのよ。実際今回の件があって、募集を掛けたのだけれど殆ど集まっていないのよ、お給金もかなり弾んでいると思うのだけれど・・・」
サラ様も悩ましげに頬に手を当てた。
「招待客を減らしてはどうですか?この人数で行えるパーティーにするんです。」
スタッフが少ないのだ。できるメンバーでお相手できる人数にすれば良いのではないか?私は元々庶民だし少人数でも全く問題ない。
「爺さんは五年前の功績で侯爵位に上げられたからなあ。名簿も見た限りこれ以上削ぐことは出来んだろう。パーティーの時だけ俺の領地から使用人たちを呼び寄せよう。」
何という非効率!?
私は驚いてサラ様を見るとやはり納得は行かない顔だ。
「3日もかけて人員を呼び寄せるなんて大変ですよ?ここの領地にはコンパニオンの様に一時的に働いてくれる人はいらっしゃらないのですか?」
私は重ねて提案した。
「コンパニオン???給仕専門のこと?居ないわ。
一応私の知り合いの伯爵家には数日前から人手を借りる予定にはしているのだけれど、限界があるもの・・・」
うーん、人手を借りるは皆んな思いつくよね。
とそこまで話して、ふと気がついた。
「あの・・・・もしかしてなのですが、今回の求人は男の人のみでしょうか?」
全員がハッとしたように動きを止めた。
…………やっぱり…………
モリスバッグで働いているのは本当に男の人ばかり。
メイドの様に見かけたのはイッフル工房の女の子くらいでレストランも洋品店も全て男性が立っていた。
日本ではウエイトレスや販売員は女性が多いのに、異世界のこの状況に私は初めはびっくりした。
昨日聞いた内容ならこの国は女性の働き口はかなり広いと見た。
問題は働きたい女性がいるかだけれど。
ネイサン様はうーーーーっむ。と唸りながら考え込んでいる様。
「女達は家のことで手一杯だろうし、そもそも使用人の仕事を覚えたりは負担なんじゃなかろうか?」
別に女性をバカにしてるわけじゃないぞ、と付け加えながら前例が無いことを私に教えてくれる。
勿論昔の日本も女性は基本主婦だった訳だし仕事を持つ女性が増えたのも近年だと知っている。
「私の国では女性も平等に働き、給与を得て働き手として評価されてるんです。この国に極端に女性が少ないわけではない様ですし、職を求めてる婦人たちはいるのではないでしょうか?」
私はダメ押しとばかりにもう一言添えた。
「ネイサン。女性が出来ることは多岐に渡るわ。子供を産み育て、食事を家族のために毎日作り、洗濯をする。使用人たちがしていることは女の日常では無くて?私も歳をとってすっかり常識にとらわれていた様だわ。」サラ様はクスリと笑うとベイカーさんを手招きした。
「ベイカー、貴方の奥方がネイサンの繕い物を貴方の代わりに行っていることをそろそろバラしても良いかしら?」
静かにベイカーさんは首肯した。
「旦那様、この屋敷の使用人の奥方は皆亭主のアレコレに手を出してくれておりますよ。
最近だと洗濯物が俄雨に濡れない様屋根を取り付けていたのは男どもですが、服の肩が崩れぬようハンガーを作っていたのは彼奴らの嫁です。皆進んで手を貸しております。
家で茶を嗜むだけが女では無いと私も結婚してからずっと身に染みております。」
低く穏やかな声に私は説得力を感じた。
やはりどこの世界でも女の人は手を休めることは無いのだ。
家庭の事情で働けない人もいるだろうが、その逆も然り。
自分から仕事を求めている女性も必ずいるだろう。仕事に興味を持つ人は必ず現れるはず。
「今日中に求人を書き換えておきましょう。女性の方求むと。きっと1週間もすれば反応がありましょう。」ベイカーさんはそういうと早速部屋を出て行った。
「あぁぁ、大きな悩みに光が射した様だわ!!!」サラ様は嬉しそうに頬を紅潮させた。これで人が集まればきっとパーティーの人員不足は解消されるだろう。
「集まった女性が・・・・いたとして、勿論教育は施さなければならないでしょうが、領地内の雇用は経済的にも良い循環を生みますよ。」
自信は無いけれど・・・
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その日はサラ様に付き合って庭の説明を受け、散策から始まった。
この庭には多くの植物が植えられており、正面玄関側は貴族らしい庭園。
裏に回ると沢山の植物と共に大木の生える300坪の土地だった。
異国から取り寄せたという花々を育てる温室に、土地を分けて作られたハーブのテント。
睡蓮の花をたくさん浮かべた池は大変美しく、ネイサン様達の散歩道が通っていた。
今回のパーティーを行うホール側の庭には南米に生えている様な巨大な葉をつけた蓮が立派な茎を覗かせていた。
私は迷子にならない様に細かな通路まで案内された。その後は異世界あるあるの社交ダンスに挑む。体育の授業は常にBランクの私に一体どこまでやれるのやら・・・・トホホ。
楽曲はワルツで、難しさはあまり感じられない。でも、見るのと踊るのは別だし。
男女のペアで勿論踊るのだが、練習のお相手はまさかのシェフ、ムキムキ君だった。ムキムキ君の名前はキースさん。元々傭兵で軍の料理番だったそうだ。
昨日は話すことは出来なかったが喋ると人好きのする30代で今はこの屋敷で住み込みで働いている。
「キースって呼んでください。」
歳下の私にも下手に出てくれる人格者だと改めて感心した。ムキムキってあだ名つけてごめんね・・・と心の中で合掌した後ムキムキ君のことはキースさんと呼ぶ様にした。
彼は男爵家の三男だったのだが、効率よく稼げる傭兵になったらしい。ネイサン様に後で聞いた話だが。
ジョゼフが一緒に練習するのではないのですか?と訊ねるとサラ様は半眼で静かにこう言った。
「残念ながら、ジョゼフには別の教育を施さなければならないとネイサンと結論付けましたの。ですから、彼は別メニューを用意してます。
そうそう、朝の騒動があったでしょ。アレは昨日寝所に忍び込む熊を退治しましたの。」
「え!ここは森からも遠いのに熊が出るんですか?!」
大木がある庭だから?ネズミが出るや、猫が入り込むとは全く次元の違う恐ろしい話だ!私は驚いてキースさんを見る。
同じく半眼でキースさんが続ける。
「この辺の熊は短絡的でいい匂いにすぐ釣られるんです。スイ様気をつけてくださいね。」
えーーーーっ!?
熊からどうやって身を守るの?
出会わない様に鈴をつけて歩く?会ったら死んだフリ?!
私が焦って質問を繰り出していると、2人は可笑しそうに肩を震わせながら
『『死ぬことは絶対に無いから!!!』』
と慰めてくれた。
ジョゼフは熊に襲われたから倒れてたのかな・・・・
そう質問しても誰も応えてくれなかった。
サラ様は基本のステップを私に教えると其処からは驚くほどの鬼教官に早変わりし私は扱かれた。
夕刻の鐘が鳴るまでノンストップで踊っていた。
明るい照明で気がつかなかったが外は既に暗くなりつつあった。
雨がいつの間にか降り出し、開けていた窓から振り込んでくる。
私はキースさんに一言断り窓を閉めようと手をかけた。
「ひぃぃっ!!!!」
思わず上ずった声が出た。
雨雲で薄暗い庭には先程庭で見た大きな1メートル以上ある葉っぱを傘がわりにしたジョゼフが立っていた。
どうやら私の練習風景を見たかったらしい。
昔から森に住んでる、となりの〇〇○に驚かなかった姉妹はとんでも無く肝が座っている。
愛しい旦那様でも私は悲鳴が上がったのだから。




