破顔する
すごく空いちゃいました・・・
馬車が停められたのは正門。
二人掛かりで開けられたその大扉と、館に続く道の中程に2人は立っていた。
従僕たちを背後に控えさせて立つその姿は、貴族の気品が漂っている絵画の様に感じられた。
庭の花々は紫と白で統一され、緑の多さに溜息が零れた。馬車から見えた低い植え込みの丁寧な仕事に感心しながら、扉へと向かう道にジョゼフの手を借りて降り立った。
転校初日にいつも感じる高揚感と不安な気持ちが胸を占める。
中国人の母は私の不安を取り除きたいが為に初めて通る通学路の最中、いつも忙しなく喋りかけてくれた。
日本でも浮いていた母は海外の方が気が楽だったのかもしれない。
今となってはそう思う。
私はその頃には父の仕事の内容も何となくわかっており物分かり良く教師達の言葉に頷いてばかりの首ふり人形のようだった。
父の仕事上、転校は避けられない。もし学校で上手くいかなくても二年もすれば転校。母や父に私の不安を感じさせてはいけない……
子供ながらにいつも初日は掌を握りしめていた。
どうぞ、ステキな友達たちがいます様に。
私がみんなに好かれます様に。
どんな場所でも楽しく過ごせますように。
不安と高揚感の入り混じる胸の高鳴りをそっと掌で抑え前へと足を進めた。
話に聞いていたサラ・ゼルダクエスト夫人は55歳にはとても見えない。
白金の髪をお団子風に纏めて、華美なドレスでは無いのに上品。
キチンとメリハリのある体系に意志の強そうな瞳だった。
緑のその瞳は『何でも存じ上げております』と言わんばかりに輝いており、年齢からは想像も出来ないほど快活な印象を受けた。
メリハリのある顔立ちだけれど肌の色はやはり少し褐色。ポッテリした唇はオレンジのリップがひかれており上品に引き結ばれていた。
ゼルダクエスト侯爵は豊かな白髪をオールバッグに整えた所謂イケオジ。日焼けした肌に白い歯を覗かせている。
高い鼻梁はさぞかし美青年だった20代を伺わせ、少し厚めの唇には親しみを感じる。
ジョゼフが剣技で敵わない時がある・・・・と言っていたのも頷けてしまうほど体躯はがっしりとしていた。勿論腰も背中もピシリと伸びている。
60代にして筋骨隆々とは……。どういう鍛え方だろう。
キッチリと着こなしたクラヴァットも我が実家の祖父とは同世代なのに見目が雲泥の差。
テンプレ過ぎる・・・・
流石、異世界。
この旅に出て、毎日のように感じていたアジアンな平たい顔。薄い体つきを此処でも実感させられた。
2人に近付くと私は教えてもらったばかりの口上を述べようと淑女の礼を取った。
軽く膝を曲げ、一般的な言葉を頭で繰り返す。
ニッコリ営業スマイルを浮かべるとハッキリとした発声を心掛けた。
「侯爵様。今日の良き日を迎えられた慶賀に祈りを捧げます。
お初にお目に掛かります。スイ・タチバナと申しまぁ・・!?」
地面に落としていた視線が子供の高い高いの様にぐわっと持ち上がった。
?!?!?!
脇の下の強烈な圧迫感で「ほわっ」と変な声を出してしまった。
「待っておったぞ、我が娘よ!」
「きゃあぁぁぁ!!!」
思わず叫んでしまったのは許して欲しい。
ジョゼフが慌てた様に侯爵の腕をとった。
私はこの歳にしてイケオジに高い高いをされていたのだ。
背の高い侯爵に持ち上げられたのだから一気に視界は脚立の上なみだ。
下から覗く淡い琥珀色の瞳の優しげな眼差し。
固く大きな掌は私の体を軽々と持ち上げ、頬から健康そうなツヤのある肌に笑い皺が刻まれた。
破顔一笑ってこういう笑顔なんだ。
不思議と怖いという気持ちは浮かばなかった。
びっくりした様な変顔だった私も侯爵様の笑顔につられてヘラリと笑い返した。
「良い加減にしろ!!ネイサン!!」ジョゼフが体を割って入る様に滑り込ませ、私を更に上に持ち上げ取り上げた。
ゼルダクエスト侯爵は余りの勢いに一歩下がったが
「つれないのう・・・」とニヤニヤした笑みを浮かべた。
イタズラが成功した様な少年の様な表情に思わず吹き出した。
「プッ・・・・あははははははっ」
ジョセフに抱き込まれたまま私はこの演出に笑い出す。
ホホホホッと横を見れば侯爵夫人も笑みを浮かべ扇子で口元を覆いながら上品に笑っていた。
ジョゼフだけが口をへの字に曲げたまま私を離さずムッとしている。
「奥方は大事にされている様じゃのう」
侯爵様はジョゼフの様子を完全に面白がっていた。
「堅苦しい挨拶は無用ですわ。
初めまして、我が娘よ。サラ・ゼルダクエストよ。」
レースの手袋を徐に外すと、夫人が私の頬を撫でてくれた。
柔らかな感触に一瞬ドキッとしたが私も笑顔でその掌に顔を預けた。
「風薫る季節に歓びを」
サラ様の挨拶に、自分の手を添えた。
この世界には握手というものは存在しないらしい。
手を取り合ったり抱き合ったりはあるのだけれどそれは挨拶ではないのだと教えられた。
ケインとハンスに初めて会った時、私が握手したことにジョゼフ達はとても驚いた様で熱心に説明された。
ジョゼフから見たら私は痴女の様に男の人の手を触りまくっている様に見えたらしい。
うーーーむ。確かに握手って知らなかったら、触ってる・・・・以外思えないかも。
握手を説明すると理解は貰えたけど、この国の挨拶を覚えた方が良いだろうと慣いを教わった。
基本的に男女間の挨拶は膝を曲げての所謂ダンスの前のお辞儀みたいなものをする。これが貴族の一般常識。
直接触れ合ったりはかなり親密な関係者じゃ無いとしないそうだ。
女性同士は目上の者が目下の者の頬に手を当てて挨拶の言葉を述べるのが普通。
相手の女性は、その手に顔を預けて信頼の情を持ってます、と言った雰囲気で応えることが正解だそうだ。
今までに無いことだからヤヤコシイ・・・
海外の方だと頬と頬とを合わせる様な挨拶もあるよ、バードキスとか・・・と話すとケインが『羨ましいぃぃ!!!』と悶絶したのは、出立の日の話だ。
兎に角この世界では無闇に男の人には触れないように気をつけておかなくちゃ。
サラ様との挨拶を終えると、改めて私は侯爵様に向き直る。
イケオジは皺を深くし微笑んで私の頭を撫でる。
「ネイサンだ。我が娘よ。
今日という日を楽しみにしておったぞ。それにしてもなんと美しい黒髪と瞳なのじゃ。儂も長いこと生きとるがこのように深い色合いを持つ人間を見たことがない。」
侯爵様達は顔を見合わせると私の瞳をじっと見つめた。
「遠い島国の出身故、珍しいと思うのですが、私の国では普通なんです。
・・・・・恥ずかしいので見つめないで下さいね。」
苦笑いしながら頬を覆いつつ喋る。
穴が空くほど見られると流石の私も顔が火照ってしまった。
だって、綺麗な美魔女とイケオジに見つめられたら誰だって照れちゃうよね。
私の照れる姿も微笑ましいとばかりにネイサン様もサラ様もお互いにニッコリ微笑み合う。
サラ様はパタリと扇子を閉じるとジョゼフにも笑顔を向けた。
「長旅お疲れ様でした。私の娘をここまで無事に連れてきてくれてありがとう。
食事の支度が出来ているの。スイ様のお口にも合うと良いのだけど。」
とサラ様は私の腕を取るとそっと手を握る。
日本より少しスキンシップが女同士でも濃いめなのかな?と思いながら私は腕は解かなかった。
最近には無かったスキンシップだけどサラ様から嫌な感じは全然しない。
ネイサン様とジョゼフは話をしながら私たちの後ろをついてきた。
「私ね、ずっと娘が欲しかったのよ。ネイサンとはいつも娘が出来たらって、想像しては話あったわ。」
絡ませた私の腕をうっとりするように撫でながらニコニコと話してくれる。
「素性の分からない私の身元を引き受けて頂き本当に嬉しいです。この御恩をどうやって返していけば良いのやら」
サラ様の歓迎の言葉に私の到着までの不安は吹き飛んだ。
勿論ネイサン様の高い高い!もかなり私の気持ちを解してくれたことに一役買っている。
なので素直な感謝の気持ちが口から溢れる。
「ジョゼフが見込んだ娘だもの。私たちは全面的に応援するわよ。
ジョゼフはまあ、男女の色々は少し・・・いえ、かなり奥手で機微にも疎いのだけど、今日貴女を見て私たちも更に意思が固まったわ。」
サラ様は目を細めるとチラリとジョゼフ達を振り返る。
急に身を少し屈め
「実はね、ジョゼフが女狐に誑かされたんじゃって、話も出たのよ。」小声で耳に吹きかける様に喋る。
思わぬ話にギョッとして、囁かれた耳元に鳥肌が立った。
大きく見開いた私の瞳をサラ様は覗き込む。
「でもね、貴女がジョゼフの身分を知らずに寄り添ってくれたことや、育ちの良いお嬢さんなのに食事を作ってくれてるお話を聞いてそれは無いだろうって結論が出たの。」
ちょっと口端をあげてさも面白そうにサラ様は笑う。
私は少しホッとして固く握った掌を少し緩めた。
「ジョゼフ様に助けていただいて私は飢えもなく路頭に迷うことなく今日を迎えています。
こんな私に良くしてくださって感謝しているんです。」
そう………強引なことも多々あるんだけど、こんなどこの馬の骨とも分からない女をよく世話してくれたものだ。
思い返すと、ジョゼフの行動はどれを取っても懐の深さを感じてしまう。
サラ様はそんな私に満足した様に頷きながら微笑んだ。
「貴女は自分を分かっている方ね。奢った人間は口端に傲慢さが滲むものだわ。
私、人を見る目は自信があるの。
ねぇ、スイと呼んでも良いかしら。」
私は嬉しくなって首肯する。
「勿論です。急にこんな大きな娘を抱えさせてしまってすみませんが、サラ様達にご迷惑をおかけしないよう頑張ります!」
「迷惑なんて全く思わないわ。我が娘。
スイには色々と頼って欲しいの。
ジョセフにもいつも頼ってと、伝えるのだけど、朴念仁で甘え下手でしょ。
だからスイには沢山甘えて欲しいわ。」
サラ様は揶揄うようにジョゼフの方を指差す。
「私たち親のような年齢なのにジョセフに沢山お世話になってばかりで何も返せていないのよ。だから本当に気にしないで。」
ふわりと微笑む姿が一瞬少女の様に私の目に映った。
初対面なのに、なんて優しくて気持ちの良い、心地よい人。
玄関へ続く道程で、はじめの緊張は既に消え失せていた。
邸の中は清潔感のある青で統一され、花瓶に生けられる花々は紫を基調にしてあった。
扉を開けてくれたのは70代の老執事。
花の生け方が素敵だと褒めるとサラ様が自分で毎日選ぶのだと言う。
サラ様のセンスの良さを十分感じながら食堂に向かう。
広い廊下には、細工の細かな剣や大剣。鐵が綺麗に磨かれて置かれている。優しそうな侯爵だけれど、やはり武勲を挙げた人なのだとひしひし伝わった。この世界の私の父はきっとご苦労も多かっただろう……
息子さんも亡くされたと言っていたし……
鎧を眺めているとネイサン様の手が私の頭を優しく撫でていった。
食堂のテーブルに着くと、やがてシェフらしき男の人が背の丈よりも大きいワゴンを押して来た。
料理は全て大皿に盛られておりサーブされるのを待つ形になる。
シェフは手際よく前菜からお皿にのせてくれるがこのシェフ、なぜか筋肉ムキムキ。
ずっとムキムキの上腕二頭筋を見せつけながらサーブする。
料理はどれも美味しい。、
でもムキムキ。
前菜も美味しい。
でもムキムキ。
シェフ
「如何ですか?お口に合いますでしょうか?」
私
「はい、大変美味しく頂いてます。ソースが大変凝ってますね。」
でもムキムキ。(心の中ではこの人の名前は既にムキムキ)
ジョゼフとネイサン様は私たちより倍くらい多めにお皿に食事を盛られているのに、食べるスピードが早くて驚いた。そしてサラ様も食べるのが早い。誰かと少し話しているだけで、私1人給食が終わってない子供みたいになってしまう。つまりみんなはご馳走さま状態なのに、私の皿にはまだてんこ盛りの料理。
デザートが出るのは皆んなが食べ終わってからだから、慌ててお皿の上の料理と格闘することになってしまった。
ムキムキいや、シェフはそんな私に笑顔を向けながら
「おかわりを致しますよ」とトングを構えている。
いや、もう十分だし!と丁寧に笑顔で断る。
貴族の食事作法もっと聞いておけばよかった!と後悔しながら何とか全ての料理を完食した。
「とても美味しかったです!」
私がシェフにお礼を言うと、ニカッと笑みを向けて一礼して部屋を出て行った。
食後のお茶を飲みながら、ホッと一息つくとサラ様が執事のベイカーを紹介してくれた。
壁際で静かに佇んでいたので気になっていたのだ。
ベイカーは人の良さそうな細身の紳士で気の良さそうなお爺様と言った感じ。
紅茶を乗せたワゴンを用意して私たちの対応をしてくれた。
食事中に話を聞いていても、ゼルダクエスト侯爵夫妻は仲睦まじく、正に理想の夫婦と言えた。
亡くなった息子さんの想い出話もいくつか教えてくれて、寂しいけれど愛情の伝わるエピソードに心が温まった。
勿論私の素性も色々聞かれ、特に大学卒業の話はとても驚かれ話の中心となった。
この大陸には女性の高学歴は殆ど必要されていないし、向学心のある女性はあまり好かれないとのこと。
なんとも女性蔑視な、と眉間に皺がよる話だが、その分お家の中で甘やかされる。
しかしながら、裕福な家庭は良いけれど庶民はどうするのか・・・・と疑問に思う。
日本で言うところの世界大戦前の状態だと言えそうだ。
畑や森での収穫は女性中心に行われているが、話を掘り下げてみれば、給与は発生しないらしい。
顎に手を当てながらネイサン様が唸った。
「スイの国では女性は仕事を行い、子供を育てるのだな。しかも男と変わらぬ仕事をこなしたりするのか・・・」
「そうですね、基本的に学業を一通り終えると社会に貢献すると考えて、就職します。これを自立と考えてますし、職業は多岐に渡ります。」
ジョゼフが大きく頷きながら納得の表情を見せる。
「スイの国の話はいつも先進的に感じるし、正直本人に甘えてもらえないのは寂しいが此の国もいずれ女性の手を借りていかなければならんと最近は思っている。」
働き手が男のみだなんて効率が悪いでしょうねえ・・・・
私はどこのお店でも待たされる時間が長かったり、ちょっと行き渡らない接客にこの旅行中イライラしていたことを話した。
宿泊先での女中のマウンティングはプライドが許さなかったので伏せたけれど。
「働きたい一般女性も多いはずですから雇用のことも視野に入れても良いのかもしれませんわね。この領地は人手不足が手に取るように感じられますし、経営者たちが人件費で思い悩むことが多いのです。
当たり前ですが、戦争で男手は減っているのに、仕事先は人手を求めている。少ない男たちを高い給与で雇うしか無いのですから。」
サラ様はこの話をずっと聴きながら深く頷いていた。
何か思うことがあるのかもしれない。
話は尽きなかったが、紅茶のお代わりが5杯に及ぶ勢いになったところで、私たちはこの日は部屋に下がらせて貰った。
お部屋の割り当てが気になったけれど、ジョゼフとは普通に隣り合わせの部屋を用意された。
何となくドキりとしたのは秘密。
サラ様が部屋を案内してくださる時また手を優しく差し伸べてくれた。
「ジョゼフはね、領主になったけれど本当に私たちが心配なほどの引きこもりになってしまったのよ。婚約破棄のせいで・・・」
2人きりになると、穏やかに微笑みながらこう切り出した。
「話は聞きました。失礼な言い方ですがお兄様に婚約者の方が傾いてしまったと。」
私は上手く微笑めていなかったと思うが、サラ様にも聞いた概要を話した。
「ジョゼフはね次男に生まれたことを今まで後悔したことは無かったと言っていたけれど、この時ばかりは生まれを呪ったとネイサンに話していたわ。
相手の男爵令嬢は悪い意味で向上心のある人だったから。」
「この国の体制なら、貴族の生活レベルと女性の日々の生活はリンクしますものね。」
リゼル嬢は男爵家の貧しい生活をしていた為、伯爵家の母親の実家の生活に焦がれていたのだとサラ様は話してくれた。
庶民の生活では満足しない女性は沢山いるけれど、自分の力でのし上がれないのだから結婚は貴族にとって意味合いが深くなるのも無理はない。
ジョゼフから話を聞いた時よりも、この旅路で私は情報が増えたが故の同情がリゼル嬢に少々だが沸いていた。
「ジョゼフは貴女が来てから変わったわ。
楽しく会話が弾むようになったし、何より笑顔が増えた。」
サラ様は室内灯に灯りを灯しながら嬉しそうに微笑んだ。
「貴女のことを本当に大切に思っているし、30にもなる良い大人だけれどきっと初恋なんじゃ無いかしら。」
え!?まさか!?
私が目を見開いて驚くと、ホホホホと笑いサラ様はお部屋を後にした。
30歳の男の人が初恋・・・・
そんなわけないよね・・・・・
と、思いつつ私としてはサラ様から見ても愛情を感じられるのだと頬が緩む。
ジョゼフの気持ちが嬉しくて思わず枕を抱きしめシーツに潜り込んだ。
まだまだ続きます




