62 Side.アナスタシア 2
そいつは…、初めからずっとそこにいたかのように…、あまりにも自然体で佇んでいた…。
腰まで伸ばした長い黒髪…。
特徴的な長い耳…。
絶対の自信と確固たる意志を感じさせる漆黒の瞳…。
女性と見紛うほどの端麗な容姿だが…、先程の声からして恐らく男だろう…。
彼奴と同じ黒髪ではあったが…、彼奴とは何もかもが違っていた…。
彼奴のは我儘な子供のそれだった…。
何もかも全てが自分の思い通りになって当たり前という、幼い子供の思考が透けて見えていた…。
だが彼のは…、まず纏っている雰囲気が、支配者のそれだ…。
彼の目からは、私すらも庇護すべき対象という意思しか見えてこない…。
全てが自分のものであり、全て自分が支配して護ってやろうという意志が読み取れた…。
義務感からではなく、欲望からでもなく、そうすることが当たり前であるかのように、天性の支配者として彼は振る舞っていた…。
「貴方は…、一体どこから…?」
『ん? お嬢ちゃんが呼んだんじゃないのか?』
「え?」
『何やら引力を感じたから身を任せてみたら…、お嬢ちゃんがいたってわけだ』
…彼の言葉を信じるのならば…、私が彼をここに呼び寄せたということになる…。
けれどどうやって…?
私にそんな力は…。
『いーや、お嬢ちゃんの力が意志と結びついて…、俺を呼び寄せたのさ。 本来なら引っ張られることもなかったろうが…、丁度力も弱っていたからな…。 そういう意味ではお嬢ちゃんは運が良かったとも言えるか…』
「本来なら…?」
『こっちの話だ、気にすんな。 それで、お嬢ちゃんはどうしたいんだ?』
どう…、したい…?
『俺を呼び寄せたことは幸運でもあるが、同時に不幸でもある…。 お嬢ちゃんの望みが何であれ、先にこっちの対価を示しておこうか』
そう言って彼は、私に近づいてきた…。
『お嬢ちゃんの望みを叶えた場合…、その対価として、お嬢ちゃんには俺の眷属になってもらう…』
「眷属…?」
『そうだ…。 お嬢ちゃんが成し遂げたいことがあるように、俺にも成し遂げなければならないことがある…。 それにはお嬢ちゃんの力が必要だと、お嬢ちゃんを見た時から俺は確信している…』
「私…が…」
私にも…、力に成れる事がある…?
『それでどうする? お嬢ちゃんに成し遂げたいことがあるなら、丁度いいから俺も手伝おう…。 お嬢ちゃんの全てを対価として貰うんだから、それくらいはやってみせないとな』
「…私がそれを…、断ったら…?」
『そんときゃお嬢ちゃんを普通に連れて行くだけさ…。 引力に身を任せたのも、お互いに必要としていると思ったからそうしただけだしな…。 お嬢ちゃんに用は無くても、俺には用がある。 お嬢ちゃんの用事はついでさ』
「…何よ…それ…。 私に拒否権、ないじゃない…」
『拒否権ならあるぞ。 但し、それを実行できるかは別の話ってだけだ…』
「…ふふっ…、酷いわね…、今まで見てきたどの殿方よりも強引で…、そのくせ一番優しいだなんて…」
『それで…、どうするよ…?』
そんなの───
「決まってるわ…、力を貸して頂戴…。 私には身命を賭してでも成し遂げなければならないことがあるの…」
彼に向かって、手を差し出す…。
『契約成立、だ…。 よろしくな、アナスタシア・ロマノフ姫』
彼は私の手に、自身の手を重ねた…。
って、ちょっと待って…。
「何で私の名前…」
『さっき記録を見った』
「さっきって…」
どういうことかしら…?
『俺の力の一端だと、今は認識しておけばいい。 さて、立てるかい、お嬢ちゃん?』
「…さっきから黙ってたけれど、何でお嬢ちゃんなのよ…」
『これでも結構尊重して呼んでるんだぜ? 年齢差は先祖と子孫ってレベルを超えてるしな…』
「…どんだけ年上なのよ…」
『お嬢ちゃんの曾爺さんでも、お嬢ちゃんと誤差もないレベルの差──ってところだな』
……考えるのはやめておこう…。
文字通り考えるだけ無駄な気がする…。
「そういえば…、貴方の名前は…?」
『あぁ…、そういえば名乗って無かったな…』
彼は思い出したかのように、私に名乗った…。
『俺の名は”プラトン”ってんだ。 ま、よろしくな』




