2 Side.フィロン
男は走る。
己を殺そうとする襲撃者から、ひたすら逃げるように。
男は走る。
何故自身の命が狙われるのか理解できぬまま。
(何でだ!? 何で俺が命を狙われなきゃならねぇ!!?)
心からの叫びを口にする余裕もなく、男はただひたすらに走る。
(俺は勇者だろ!? 勇者のはずだ! そう転生させてくれと願ったのだから…!)
男は神との会話を、反芻するように思い出す。
(何で世界で一番強いはずの俺が、こんな無様に逃げるはめになってるんだ!!)
男は立ち止まり、襲撃者も歩みを止める。
(そうだ…! 俺が世界一強いんだ! 俺が負けるはずがねぇ!!)
闘志を胸に、男は襲撃者へと振り返る…。
「俺がこんな奴に負けるはずが…!」
そしてそのまま斬りかかろうとして…、男の両腕が斬り飛ばされる。
「…いぎゃあああぁぁあああ!?!!?」
男は叫ぶ。
「お゛れ゛のうでぇえぇえ!!!」
絶叫を上げながら膝を付こうとする…が、今度は両足が斬り飛ばされる。
「あ゛しがぁああああ!!」
男はそのまま宙に放り出され、地面に這いつくばる。
(何でだ!? 俺が一番強いはずじゃなかったのか…!?!)
男は襲撃者に視線を向ける。
長い黒髪と茶色の瞳を持つその襲撃者は、汚物を見るような冷ややかな目で男を見ていた。
「嫌だ…! 死にたくな…!」
男の視線が宙を舞い、頭部のない胴体が目に映る。
それが男の見た最期の光景であった。
※ ※ ※
胴体と別れた頭部が、恐怖と驚愕の表情で固まっている。
(父上の手を煩わせるような真似をしておいて、死にたくないなどとよくも言えたものだ。)
「そっちの処分は済んだのか? フィロン」
蒼い長髪の女が、木の影より姿を現す。
「滞りなく済んだ…。
既に魂の方は父上が適切に処理してくださっているだろう」
(父上に余計な手間をかけさせる害獣を、楽に殺してやる義理はない)
(が、ここで私が更に余計な手間をかけ、父上に迷惑をかけるわけにはいかない)
「それよりもアグニル…」
「解っているさ」
そう言うとアグニルは、背中より蒼い炎の手を伸ばし、害獣の死体に触れる。
すると、あっという間に害獣の死体は蒼い炎に包まれ、塵すら残さず焼失する。
「相変わらず便利な手だな…」
「我が主の教えの賜物さ」
蒼炎の手を戻しながら、アグニルは言葉を漏らす。
それを聞きながら、私は刀の血糊を布で拭い、刀を腰の鞘に納める。
「さて…、シメール!」
周囲に聞こえるように呼ぶと、近くの木が揺れる。
「終わった~?」
木の枝に立つ、猫耳を生やした女に視線を向ける。
「滞りなく終わったぞ。」
「これで晴れ晴れとした気持ちで、我が主に報告できるというものだ」
(アグニルと同じ意見になるのは癪だが…)
「そうだな…。
父上の心配事が一つ減ったのは喜ばしい」
「とは言っても~、無数にある心配事の内の一つだけだけどね~」
木の枝より近くに降り立ったシメールが、疲れたように言葉を漏らす。
「父上曰く、心配事が無くなる日はない、だったか…」
「無数に存在する世界の全てを監視して~、その世界のみで対処できない世界消滅の危機を私達みたいな眷属を派遣して解決しなきゃならないってんだから~、我が造物主様ながら面倒なことするねぇ~」
「我が主の宇宙よりも広大で、黒穴よりも深い慈悲には、私も感嘆する思いだ……!」
(異存はないが、いつまでもここで雑談している訳にもいかないか…)
「まぁ仕事は済んだのだ。 さっさと我らが母星に戻るぞ」
「はいは~い」
「我が主よ…、今御身の元へ参ります!」
鍵を取りだし、何もない場所に差し入れる。
そうすると、鍵を中心に渦が発生し、通り抜けられるほどの穴になる。
「忘れ物や落し物はないな?」
「問題な~し!」
「あるはずもない」
(だろうな)
「では行くぞ。」
そう言って鍵を右に回すと、その渦が私達三人を覆い隠すように呑み込む。
そうして私達を呑み込んだ渦は、私達を全員、母星へと運ぶ。
※ ※ ※
穏やかな風が、その森を吹き抜ける。
多数の木々にも、地に生える草花にも、何ら異常は見当たらない。
踏み荒らされたはずの草花も、草花に染みついたはず血痕も、何も無い。
まるで何事も無かったかのように、その森には穏やかな風が吹き抜ける。
この日、四つの存在がその世界から姿を消した。
だが、その事を語る者も、噂する者も、記憶している者も、
その世界には誰一人として存在していなかった。
※用語解説:原初の惑星
原初の宇宙で最初に人類が誕生した惑星。
他の宇宙に存在する人類が存在する惑星の基となる惑星。
全ての魂は原初の惑星から始まる。




