第五十七話
自室で寝不足だった体に休息を与えたフィレンは、王子にダンスのレッスンをするため、ドアノブを握った。
体は目的地にいそいそと向かうが、脳みそはまだあらぬ方向を見ている。
誰もいない静かな廊下に心地よい足音が響く。
と、音がばらけた。
別の足音が廊下からふらふらと飛び出る。
そいつは金髪でロングの男。
如何にもお偉いさんですといったような豪華な装飾を身につけている。
第五王子のシャルマン・ミッドガルドだ。
違和感を覚えて眺めていると、どうやら連れがいない。
後ろについて回る金魚のような色とりどりな女性がいなかった。
城内とは言え、王子が一人でいるとは珍しい。
人に知られたくない事情でもあるのだろうか。
シャルマンはこちらに気づくと、顔を凝視して言った。
「君は……たしかサリトールのところの女性か。サリトールがどこにいるかご存じか。いや、あいつの居室にも寝室にも行ったが、見当たらなくてね」
寝室にまで出向くとは、よほどのことだと感じる。
いけ好かないやつだけど、今回は素直に教えてあげようと答えた。
「王子は一階の広めの部屋にいらっしゃいます。私も向かうところですので、ご案内いたしましょう」
「ええ、お言葉に甘えて」
少しの間、無言で歩いていたが、ふと訊いてきた。
「君はサリトールのことをどう思う?」
「……」
答えにくい質問だ。
鼻からこちらの回答を期待していなかったように一瞬の静寂の後、続けた。
「あいつは王族たり得ない。いつでも自信と風格を身にまとう必要があるというのに、サリトールにはそれがない」
そう言って、再び口をつむんだ。
部屋に入ると既にダンス用のミュージックがかかっていた。
サリトールがこちらに気づき、振り返る。
「待っていました……。兄上……」
「やあサリトール。機嫌がよさそうでなによりだ」
そう言って現れたシャルマンを見て、第六王子は動揺したらしく表情を固めた。
「なにかご用ですか」
「堅苦しいな弟よ。プレゼントを持ってきた兄を歓迎してくれないのか」
「プレゼント?」
「ああ、招待券だ。今宵の特別パーティーのね」
サリトールの目が泳いだ。
「あ、今夜ですと……」
「なんだ」
シャルマンがサリトールの目線を追ってこちらに向く。
「用事でもあるのか」
「いえ……」
「では、ここに置いておくぞ」
手に持っていたチケットをそばのテーブルに置き、部屋から出て行った。
王子は目を伏せたまま言った。
「すまない。二人とも……」
赤髪を見て指示をする。
「リア、君はこの城に残ってビレーヌさんをお守りしてくれ。さ、気を取り直してダンスの練習だ」
今夜もまたリアと二人で過ごすことになりそうだ。
少し嫌な予感がした。




