第五十五話
王子はリアから本を取り返すと、大事に抱え颯爽と走り去った。
あまりの早さに専属使用人であるところのリアすらも付いていけず置き去りになっていた。
その手には三人分のショベルがある。
リアはサリトールが去った方を見ながら、唐突に話題を変えた。
「実は昨夜から外の兵に雑木林を調べさせているのですが、侵入者がいた形跡はなかったようです」
昨夜、幽霊ということにして探すも見つからなかった何者かの話だ。
形跡が無かったということは、敷地内に隠れて野営をしていたわけではないということか。
「敷地外から侵入して、夜の内にまた敷地外に出て行ったなんてことはないのか」
「ないと思います。まず、敷地内に入ること自体が困難ですし、偶然入れたとしても、警備は夜の方が厳重なんです。二度も警備を突破できるとは思えません。それも短期間に行うだなんて」
不可能だと。
そう言いたげな口ぶりだ。
私は外部から来たので城のセキュリティに詳しくないが、長年城に仕えている使用人が言うのだから外部からの侵入は相当な困難を極めるのだろう。
別の角度から考えてみる。
「ベランダに侵入する目的はなんだ。王城に宝でもあるのか」
「金目のものは沢山あります。ただ、お金目当てとは考えづらいです」
「城の中にいる兵か……」
「そうです。ベランダから部屋の中に侵入しても、漁れるのはせいぜいその部屋にある物だけです。ドアを開けてしまえば、兵に気づかれるでしょうから」
となると、リスクとリターンが合っていない。
フィレンは顎に手を当て、ブツブツと呟く。
「盗み以外の別の目的……」
「ムーンナイト様のファンでしょうか」
「ファンクラブを結成した覚えはない」
「クラブを結成するのはファンの務めですよ。さしあたっては私めが――」
「作るな、そんなもの」
「残念……もう遅いです」
「え? 冗談だよな?」
「安心してください。まだファンクラブは私一人ですので、ファンがムーンナイト様の寝込みを襲おうとしたという線はありません」
そんな心配はしていない。
というか、自分から犯人はファンじゃないかと言っておいて否定するだなんて何がしたいんだ。
リアという少女はつかみ所の無い不思議なやつだったようだ。
いまさらながら、彼女に自分の故郷の話をして良かったのかと不安になる。
別の方向へ考えが移りそうになるのを頭を振って遮る。
ただ侵入を防ぐだけなら、はしごを取っ払ってしまえばベランダからの侵入は防げるだろうが、目的がわからないとなると、状況が悪化するかもしれない。
ことは慎重に進めるべきだろう。
リアに訊く。
「そういえば、私の部屋の上は何の部屋なんだ」
フィレンが目撃したのは、侵入する途中ではなく、目的を果たして逃亡するところだったのかもしれない。
となれば、フィレンのすぐ上の部屋に何があったのかが重要だ。
それを聞いたリアは、はっとしたように顔を上げる。
「上の階はサリトール様の寝室です……」




