第五十話
「それで、どう調査するんだ。城から出るにしても夜だ。見張りの兵が外に出してくれないんじゃないか?」
訊くと、リアは腕から離れ、ベランダの隅を指さした。
「火事が発生したら逃げられるよう、はしごがついているのです」
柵から体を乗り出して、指し示す先を見ると外側に縄はしごがかかっていた。
リアは颯爽と柵を跳び越え、はしごに足をかけ、少し小声で呼びかける。
「ほら。いきますよー」
「しょうがないな……」
息を吐く。
あれからリアは明るくなった。
いや、根は元から明るかったのだろう。
自身の内面を素直に表現するようになった。
フィレン以外には相変わらず猫を被ったままではあるが、きっと時間の問題だろう。
縄はしごのステップは木で出来ていて、苦労するかと思われたが、思いのほか容易に下ることが出来た。
フィレンに与えられた部屋は二階なので、一階のベランダの柵を踏み台に地面まで降り立つ。
空き部屋になっているのか、一階部分は暗く、静かだった。
一足先に着いていたリアは空を見上げている。
雲の隙間から月が顔を出していた。
「月は、いつ見ても綺麗ですね」
神妙な面持ちで眺める彼女はまるで月からのお迎えでも待っているようだ。
「置いてくよ」
リアの前に歩き出る。
「待ってくださいよ。いったいどこ行くんですか」
「……どこいくんだ」
目的地不明だった。
なんとなく雑木林にという感覚だったが、辺り一面に木々が生い茂っているので、どこに向かえばいいのか分からない。
そもそもフィレンは碌に王城から出ていない。
王族や貴族なんてのは庭で昼間から優雅に紅茶でも飲んでいるものだと思っていたが、兵士が言うには安全面での懸念とかで、紅茶はおろか、散歩すらもさせてもらえなかった。
だから雑木林の中に何があるのかなんて見当もつかない。
というわけで、行き先はリアに頼るしかない。
「そうですね。星空が見える丘なんてどうでしょうか。二人で腰を下ろして――」
「馬鹿言うな。なにか当てがあるんだろ」
リアはわざとらしく、思い出したといった風に手を叩く。
「そういえば、この先に歴代王の銅像があるんです。そこなら幽霊がタンマリ出そうじゃないですか? 歴代の怨念たちが」
「それ不敬じゃないのか……。一応使用人なんだよな」
「いえ、今の私はムーンナイト様の友達です」
「じゃあ、不法侵入だな」
リアは「いじわる」と言わんばかりに頬を膨らました。
しかし、本人は幽霊探しとふざけているように見えるが、ことはそう単純ではなさそうだ。
気になったことを問いかける。
「ベランダに掛かっていたはしご、あれはいつも垂れ下がっているのか?」
「いえ、いつもはくるくると丸められているはずです。ドジっ子な使用人さんがぶつかって開いてしまったのでしょうか」
勿論、そんなはずはないだろう。
あれだけ丁寧に清掃されているベランダで、はしごを誤って開いたまま放置しておくのは考えにくい。
であれば、下から、地面から何者かが何かしらの手段ではしごを下ろした。
そう考えれば、人影が見えたのも、あのはしごを上ってきた何者かだったと考えられる。
であればそれこそ安全面での懸念というやつだ。
きっと、リアもそのことは分かっていて調査を申し出たのだろう。
もしかしたら、幽霊と言ったのはそのような輩がいると怖がらせないためのリアなりの配慮だったのか?
そう思うと無下にもできず、幽霊だったという体で話を進める。
「はしごを使って上ったのか……幽霊が」
「最近の幽霊は大変ですね。死んでもなお地面に縛られるだなんて」
「昔の幽霊を知ってるのか」
「ええ。昔は縦横無尽でした。もう、あちこちに飛んでいて、昼は王城。夜は幽霊屋敷でしたよー」
「……そう」
やはり幽霊路線で話をするのはよすべきだったか。
フィレンはリアに気を遣った自分を恨めしく思った。




