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第四十七話

 リアは顔を上げると、何を言っているのか分からないといったような表情をした。


 フィレンは続ける。


「私はフィレン――と名乗ってる」


「フィレン?」


「そう。ファミリーネームなしの単なるフィレン。以前は名前の後ろに故郷の名称を付けて名乗っていたんだ。例えばこの街が故郷としたら、フィレン・ウィンシャードという風に。ただ、もう故郷はないから……」


「……」


「君は『なぜ王子に近づくのか』と訊いたよね。それは滅んだ故郷の情報を王子から得るため。王子を利用して、王に復讐するために近づいたんだ」


「王様があなたの故郷を滅ぼしたの?」


 リアがかすれた声で訊く。


「分からない。だが、関わっていることは確実だ。……リア、正体を隠して、騙して悪かった」


 フィレンは謝罪の言葉を口にすると、自身の派手な熊の髪留めを手に取り、リアの髪に付けた。


「うん。やっぱり、この髪留めは君の方が似合ってる。復讐に燃える私なんかじゃなく、純粋で可愛らしい内面を持つ君に」


「……こんなのつけたって意味ない。誰も私なんか見ていないから」


「だから誰でも良いから注目されたくて、私のウィッグを持っていったり……キスまでしたんでしょ?」


「あれは――」


「――邪魔するため、なんて嘘。それだったら、ウィッグをわざわざ返しにこない。捨ててしまえば良かったのに、律儀に戻ってきた。自分を見て欲しかったんだよね」


 まるで自己を否定するように赤い髪を横に振る。


「使用人は目立ってはいけないんです! 目立ちたい、褒められたいなんて感情を持つこと自体が間違いだったんです!」


 叫び声と共に小さな水滴が地面に落ちる。

 夜の空気が声を吸い込んだ。


「だったら――使用人を辞めてしまえば良い」


「え?」


「王子にとっては『使用人』かもしれないけど、私にとっては『友達』。それじゃ駄目かな?」


 リアは肩を小刻みに震わせながら、頭を振った。


 両手で優しくリアの手を握る。


 リアの手は母親の帰りを外で孤独に待っている子供の手のように、冷え切っていた。


「よろしくね。リア」


「……うん。でも、その前に本当のあなたを見せてほしい」


 目はフィレンの髪を見ていた。


 そういえば、ウィッグを取られたときは頭にタオルを巻いていたから飾り気のない自分自身を見せたことは一度もなかった。


 フィレンは金髪を強く握り、ウィッグを外す。


 夜の月に照らされて、紫の髪が露わになる。


 リアは目を見開いていた。


「王子様……」


フィレンに聞こえないほど小さな声量で呟き、そして、言った。


「よろしく……お願いします。ムーンナイト様」


「ムーンナイト?」


「あなたの名前。夜のような髪を持ち、騎士学校に通う私の王子様」


 ――つまり、フィレン・ムーンナイト。


 あだ名を付けられるのはあまり好きでは無いフィレンだったが、その名前はしっくりきた。


 気に入った。


 なにより、暗さを持った響きが心地よく感じる。


 ――しかし、

『騎士学校に通う』というリアの発言に疑問が湧き出た。


「騎士学校に通っていることは言っていないはずだけど……」


「サリトール様は初めて会った場所が学校の中庭だって言っていました。先ほどサリトール様が連れていらした同じ騎士学校の生徒達はあなたと知り合いのようだったから。でも、それを隠さないといけない理由。そして、金髪のウィッグを付ける理由。ムーンナイト様が騎士学校に通っている生徒だと、そう考えたら行動の辻褄が合うのです」


 長年使用人として働いているからだろうか、人を見る目は、洞察はお手の物だった。


「バレてたんだ。二人には演技指導をしておこう。それと、様はやめてほしいな……」


 にこりと微笑んだリアの目は月光を取り込み、柔らかな光が灯っていた。

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