第五話
指先に抵抗を感じた瞬間、ウィルが鋭く囁いた。
「誰か来たっ!」
ウィルがその場に屈み、つられて屈みながら、背に銃を隠す。
廊下から階段を下りてくる音と、話し声が聞こえる。
男と女の声だ。
男は何やら不満を口にする少年のような口ぶりだが、女の方は落ち着いた印象の話し方で、喧嘩している雰囲気ではない。
声が段々と近づいてくる。
つい、呼吸を止めてしまう。
ドクドクと脈打つ心臓の音がうるさい。
男達は左からゆっくりと移動している。
そして、しゃべり声が教室前の廊下を過ぎた。
――とき、ドアが開いた。
「やあ、お二人さん。こんにちは! 面白そうだから邪魔しにきちゃった」
人を馬鹿にしたような口調の男は学生服を着ていた。
口元は片側だけ上がっていて、話すときも片側だけが動いている。
不快感がベットリとまとわりつく。
唐突な登場に静寂の時が流れ、やがてウィルが絞り出すように声を出した。
「……どうも、こんばんは。他にもこの部屋を使っている人がいたとは思っていなかった。使うなら僕らは出て行くよ」
「まーさか、僕ら三人で何やるってんのさ」
――三人?
見回すと、視界の右側にローブを被った女の子二人がこっちを見て佇んでいた。
まるで気づかなかった。
闇に潜む死神のごとく、ひっそりと視界の死角に陣取っている。
双子だろうか。顔がそっくりだ。
違うのは髪型くらいだ。
片方は髪先を右に流した三つ編みで、もう片方がツインの三つ編みを左右でそれぞれ丸くまとめている。
髪留めをほどいてしまえば、区別がつかないだろう。
こちらを見つめながら近づいてくる。
「なに?」
三つ編みが首を右にかしげて言う。
「あなたは人を殺す」
ツインが首を左にかしげて言う。
「あなたは国を殺す」
二人が同時に同じ内容を話す。
『殺して殺す。成り代わる。王座には席が無い。人間の席はない』
二人の声は不思議な響きで耳に届いた。
まるで、古くからある戯曲を朗読しているように。
「君たちは演劇でもしてるのか?」
『ちがう』
「占い師か?」
『ちがう。占いは外れる』
――予言、と言いたいのか。
「まるで君たちの占いは外さないみたいな口ぶりだな。あいにく、僕は人を殺したことはないし、その予定もない――」
「じゃあ、君は何をしようとしていたんだ?」
男がにやけ面で問うた。
「……」
「答えられないよねえ! 答えられるわけないよねえ! 後ろに銃を隠していることを。この男を殺そうとしたことを! さあ、見せてよ。手に持っているものを見せてよ!」
――なぜわかった。
汗が額をつたう。
後ろには鏡はない。反射するようなものもない。
教室には監視カメラ等も仕掛けられていない。
――なぜ……。
立ち上がって、にやけ面男に向かって銃を構える。
「ほら、ほおら! でも、でもでも違うでしょ? 僕じゃなくて、そっちの彼でしょ?」
ウィルが何を言ってるのか分からないといった呆然とした表情でこちらを見る。
銃口をウィルに向ける。
「フィレン? ……冗談だよな?」
「こうするしかないんだ」
トリガーを引く。
カチッ。
弾は発射されない。
「……なんてね。これはさっき廊下で拾った演劇用の小道具だ。君たちが演劇部なら返そうと思ったけど、違うみたいだから、僕から返しておくよ」
「チッ。ま、いーや。行くぞ」
男は舌打ちをして、占い女二人を連れて、出て行った。
「おいおい、心臓に悪いぜ!」
ウィルが手を広げ、演者のように大仰な身振りで言った。




