第四十三話
「その頃、私はまだサリトール様の専属ではありませんでした。ただの使用人です。サリトール様はどこか田舎町に行ったようでした。裾が土で汚れていましたから舗装されていない道を歩いたのは明白です。そして、その頃から足繁く田舎町に通うようになりました」
リアの視線は遠くの山々を見ていたが、その焦点はあっていないようだった。
「私は使用人でありながらも、幼なじみでしたから、どこに行っているのか気になって聞いてみたことも、連れて行って欲しいと懇願したこともありました。でも、頑なに王子は拒絶し続けたのです。後から分かったことですが、王子は田舎町に向かう途中から、一人で歩いて向かっていたそうです」
リアはふと微笑む。
「それでも良かったのです。子供の頃の王子は臆病で、使用人である私の後ろをついてまわる人でしたから。今思えば、まだまだ子供の年頃でしたけども、当時は大人になったようで嬉しかったのです。そして、半年後、王子はぱたりと通うのを止めました」
声のトーンが低くなり、笑みが消える。
「途端に行かなくなりました。それどころか、王子は変わってしまったのです。なにか憎しみを隠したような、人を心底恨むような表情をみせるようになったのです。魂が抜けたようになって、文武両道になんでもこなしていた王子は死んでしまいました。私を追いかけていた目は、もう私を見ようともしてくれません」
第六王子はウィンシャードの学校では『落ちこぼれの六位』と呼ばれていることをフィレンは思い出した。
彼と接してみて、人を憎んだような表情は一度も目にしていないが、この数年で良くなっているのだろうか。
それとも、裏の顔を隠しているのだろうか。
リアはこちらを向いて話を続ける。
「あるとき、偶然、王子の部屋の掃除をしているときに写真を見つけました。写っていたのは女の人です。横顔でしたが、長いブロンド色の髪が印象的で綺麗な方でした。背後の風景にはこのあたりにはない広大な自然の風景が、のどかな町並みがありました。すぐに分かりました。王子が通っていたのはここだと、そして彼女が王子を変えてしまったと。……その彼女にそっくりな人が最近になって訪れてきました。王子が連れてきました。それがあなたです」
風が向かいからやってきて、フィレンの金髪を揺らす。
目の前にいる赤髪の少女がやたらと突っかかってきたのは、恨みがあったからか。
筋違いで勘違いな恨みだけど……。
リアはそれ以上何も言わず、地面を見つめていた。
フィレンは手を握りしめた。
手のひらに固い感触が返ってきてすぐ手を開く。
「あ、これ……」
出店で買った二種類の熊の髪留めだ。
手をリアに差し出すと、「ありがとう」と礼を言って、地味な色の方を取っていった。
リアは髪留めを付けると、こちらに向き、言う。
「どう? 似合ってますか?」
その質問が「地味な方が私に似合うでしょ」と言っているように感じて、私は何も言えなかった。




